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イタチは笑う  作者: 足利義光
第三話
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暗転

 時刻は午後八時。ここは第三区域(第三スラム)。塔の組織の支配が強いとされる区域で、ここに住むのは【下の住人】の中では裕福とされる層だ。


 ここには、組織に関係する施設も多く、一般的には第三区域より数字の後の区域スラムの住人は許可なく入ることは制限される。


 イタチとカラスがクロイヌの出した許可証を使い、そこへ入る。目的は【奥羽】の屋敷。


【奥羽仁】(おうう ひとし)かつて塔の組織の幹部の一人だった人物。クロイヌとカラスの上司でもあった男。

 がっしりとした豪快な男で、よくも悪くもハッキリしていた。

 病を得てからは、組織を抜け、その縄張りをクロイヌが継いだという経緯がある。



「カラス兄さん、気が進まないならオレ一人でやりますよ」

「問題ない」


 やれやれ、イタチの奴に心配されるとは俺もヤキが回ったかな。

 確かに写真を見たときは正直驚いた。だが、冷静に考えればよくある話だ。金を持った男が金を使い、殺しを依頼する。ただそれだけのな……。


「……開きましたよ」

「ん、よし入るぞ」


 二人は屋敷の扉を開くと足音を消して歩く。イタチは一階を、カラスが二階を担当して調べていく。


「あ〜〜〜嫌な感じ」


 イタチが食堂に近付くと鼻を突く異臭に気付く。よく知ってる匂い、死の匂いだ。

 ドアを開くと、むせかえるようなその濃密さに思わず表情を歪める。いつになっても慣れない匂いだ。

 食堂には、無造作に使用人達の死体が転がされていた。全員、食事中に襲われたのだろう。八人の死体はテーブルからほとんど動いた形跡がない。


 一方で二階にいたカラスも異常に気付いていた。引退したとは言え、仮にも組織の元幹部の屋敷に、護衛が一人もいないのだ。

 あまりの不用心さに頭の中では結論が出ていた。


「…………」


 カラスが部屋に入ると、ベッドルームだった、本来なら家の主たる奥羽が寝込んでいるはずの場所には、誰もいなかった。

 部屋には質のいい調度品が揃えてあり、暮らし向きは良かった事がよく分かる。

 ふと、この部屋には不釣り合いなラジカセが目に入る。中にはテープが入っている。テープにタイトルがついていて、

【レイヴンへ】と書いてある。




 しばらく調査して、屋敷には生存者はおらず、何か意味があるのは、このラジカセだけだった。

 カチャという音を立て、テープが回りだす。数秒間はガサガサという衣擦れの音だ。聞こえてくるのはジャズの曲だ。

 途端にカラスの表情が変わるのをイタチは見逃さなかった。

 明らかに怒気が浮かび上がっている。普段見ることがない程の怒りを感じた。。


「いやぁ、【レイヴン】。ひさしぶりだねぇ」


 聞こえてくる声にカラスが更に怒りを掻き立てられたのか、カラスの目付きに殺気が篭る。声の主は話を続ける。


「あ、失礼、今は【カラス】だったね、キミがここに来ることは分かっていた、私がそう仕向けたからね」


 そういうと心底楽しそうな笑い声をあげる。


「ミスター奥羽には何度か協力してもらってね。実に協力的だったよ、息子さんが【旅行】に出掛けてからはね。ただ、今は彼には協力して貰ってはいないよ。そこに足跡を残しただけだよ。……意味は分かるね? ではまた会おう………ああ〜、そうだ、もう一つだけ」


 そう言うとしばらくの沈黙が流れる。そして、


「……今、キミの手元にいる【イタチ】という青年。彼にも【ヨロシク】と伝えてくれたまえ」


 それだけ言うと再び心底楽しそうな笑い声をあげてテープは途切れた。


「くそっ」


 カラスがラジカセをいきなり壁に投げつけた。 更にテーブルを拳思い切りで殴り付ける。

 本来ならイタチは止めに入る所だが、イタチもまた困惑していた。


 《何だ……オレはあの声に聞き覚えがある》


 自身の中に湧いた疑問が思考を奪っていた。知らない人間なのに、聞き覚えがある。何とも言えない不快感を感じる。


「行くぞイタチ」

「………………はい」

「イタチ!!」

「……あ、ハイッ」

「アイツに嵌められた、ここに来たのは俺を遠ざける為だ、今頃ドラゴンの奴らは仕事中だ」

「あ、あのカラス兄さん。あの声は?」

「アイツは【マスター】だ」

「マスター?」

「ちょっとした昔馴染みだ。二度と会いたくはない奴だが、どうかしたか?」

「いえ、別に」


 普段のカラスならイタチの様子にも気付いただろう。しかし、この時はカラス自身冷静さを失っていて、気付けなかった。



 ◆◆◆



 同時刻、第八区域内の発電所。ここは既に血の嵐が吹き荒れていた。


「ハッハァーッッっ」


 ファングが笑いながら両手のナイフを左右に振り回す。その都度、一人、また一人と犠牲者が増えていく。

 警備をしていた軍隊の隊員も反撃をしてきた。彼らの持つAK−47アサルトライフルから放たれる銃弾が容赦なくファングを狙う。

 しかし、当たらない。 

 ファングはまるでダンスをするように舞いながら、銃弾をかわし、ナイフを振る。その度にナイフは容赦なく、隊員達を切り裂いていく。

 ある者は喉を裂かれ、またある者は心臓を一突きにされ絶命していく。

 二本の牙が命を噛み砕いていく一方で、発電所内の制御室では、スケイルがマシンガンを乱射していた。


「もっと抵抗してよ、つまらないじゃないか」


 足元に大量の薬莢をばらまきながら、昂る気分を抑えられずにスケイルが叫ぶ。


 スケイルのマシンガンが更に弾丸をばらまく内にその場に立っているのはスケイルだだ一人になっていた。


「何だよ、まだ足りないなぁ」

「へぇ、たまにはテメェと同じ意見になるんだなぁ、オレも喰い足りないぜ」


 スケイルの背後から全身血にまみれたファングが相づちを入れる。両手のナイフからは、ポタポタと血が滴り落ちている。


「これで軍隊だってんだから大したことないなぁ」


 スケイルはまだ気分が昂るのか、顔から湯気が出そうな汗をかいている。


「ま、いいや。タロンの【援護】はしないとな、スケイル」


 興味無さげにスケイルの肩に手を置く。


「うん、分かった」


 スケイルは両手のマシンガンを構えると発電所の計器なとを撃ち、破壊していく。


 直後、第八区域は光を失った。暗闇に包まれ、人々はパニックに陥る。


 ◆◆◆


「イタチ、急ぐぞ」

「急ぐったって何処に行くんですか?」

「二手に別れる、時間がない。俺を信じろ」


 カラスには確信があった。イタチは、疑問を抱きつつも、無言で付いていく。


 ◆◆◆


「タロン、第一段階は達成だね」


 抑揚のないテイルの声が伝わる。


「援護を頼む」

「了解」


 タロンは、この事態に満足気に笑顔を作ると、ゆっくりと動き出す。暗闇は自分に味方している。


「さて、仕上げだな」

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