後始末は速やかに
暮田勇夫は焦っていた。依頼した件が失敗に終わったからである。
まずその事を知ったのは四時間前。定時連絡が無いのを不審に思い、自身の部下を送って様子を見に行かせた。
倉庫は燃えて跡形も無くなっていた。更に依頼していた土地のある集落には、多数の死体があり、警察沙汰になっていた。
問題は死体の中にデモリッションがいたという事。
あの化け物じみた巨漢を殺した相手が誰か分からない、そしてソイツが自分に辿り着かないかと気が気でないのだ。
「クソッ。何が解体のプロだ、あっさり殺されやがって」
思わず目の前の鏡に椅子を投げつける。バリッと音を立てて、鏡にヒビが入る。
警察は買収すればどうてでもなる。問題はマスコミだ。
集落の件が新聞に載れば、土地の所得で自身と住民と対立が明るみに出るのはマズイ。いくら金がかかるかと考えると気分が悪くなった。
「暮田様、お客様が来てます。」
ホテルのフロントから内線が入る。嫌な予感を感じた暮田は、自身のいる部屋に来るようにと伝言を届けると、護衛を呼ぶ。
だが一向に部屋には誰も来ない。
「おい、何をしてるんだ! 呼んでいるんだ!」
しかし、なおも反応は無い。暮田は苛立ちながら、部屋のドアを荒っぽく乱暴に開く。部屋の外には護衛の為の部下が待機していたからだ。
「おい、急ぐぞ」
「…………」
「貴様、ふざけているのか? おい」
暮田がが怒りを込めて、護衛の肩を叩く……。護衛の男はグラリとするとそのまま倒れ込む。よく見ると、既に死んでいると分かる。
慌てて部屋に戻る。いつの間にか敵が来ていたのだ。慌てて荷物を纏めながら、フロントに連絡を取ろうとする……。
連絡がつかない。
「慌てるなよ。オッサン」
不意に声がする。暮田が驚いて振り返ると、そこには一人の小柄な青年、いや少年かもしれない男。イタチがいた。
「お、お前は誰だ?」
「月並みな質問だな、まぁいいや、……オレの名はイタチ。死ぬ前に覚えておけよオッサン」
◆◆◆
オレはそういうとオッサンに無造作に近付く。
オレがここに来れた理由は簡単だ。デモリッションの手下を一人だけ、殺さなかったからだ。
オレは手下に【物凄く丁寧】に質問した。最初はダンマリだったが、やがて【素直】になった。
奴から何故あの集落の住民達が殺されたのか?そして雇い主について聞いた。
目の前のオッサン、暮田勇夫。コイツはあの集落を買収しようとしていたそうだ。かなりの金を動かしていた。
集落の住民達はそれを断った。金があっても住む場所がある訳ではないし、そもそも、何のために土地を使うのかが不明だったからだ。
だから、オレはコイツに聞くことにした。住民達の死んだ理由をハッキリさせる為に。オレが受けた依頼の為に。
「話してくれるよな?」
「バカにするな! 話したら殺すだけだろうが、このチンピ……」
奴の言葉を遮るようにオレは奴の手首を捻り、足を払った。ぐるりと床に転がるオッサン。
「もう一度聞くぜ、……話してくれるよな?」
と言いながら満面の笑みを浮かべて手首を更に捻る。あと少しで手首は折れる。
「や、やめてくれ。は、話すッッッ」
「いいだろう。じゃ」
と言うなりオレは左足で転がっている奴の右足首を踏みつけた。折った訳ではないが逃げるのを防ぐ為だ。オッサンは「グギャアっ」と呻き声をあげると怯えた表情で、
「ど、どこから話すか。話す前に約束してくれ、わ、私を殺さないと」
そう懇願してきた。オレはニヤリと笑いながら、
「アンタの話次第だ。嘘や偽りがあればアンタは死ぬ、保障するよ」
やがて奴は覚悟を決めたのか口を割り出した。
「――事の発端は組織に対抗する為だ」
「対抗する? ……続けな」
「我々は長年この街を牛耳るあの連中を倒すために力が必要だった。まずは資金だ。我々には切り札がある…………」
「切り札?」
「【フォールン】だ。アレは我々が管理している。アレの精製は我々の研究者しか出来ない」
「あの土地は何に必要だったんだ?」
オレはその答えに気付いていた、だが分からないフリをして調子に乗って熱弁しているこのオッサンに話を続けさせる事にした。オッサンはオレの思惑には気付く様子などなく、話を続ける。
「フォールンを精製するはずだった施設が先日、組織に破壊された。だから、予備の精製施設が必要だった」
『――それはオレの事だ。つまりオレの仕事の結果であの集落は……』
「最初は穏便に済ますつもりだった、しかし住民の一人が見たのだ。我々の倉庫にまで尾けてきたらしくな」
「倉庫? 何のだ?」
「勿論決まってる…………」
とオッサンの脳天に赤い光点がついていた。気付いたオレはとっさに飛びのく。
次の瞬間バッと音を立てて窓を突き破った弾丸がオッサンの頭をスイカでも割ったみたいに吹き飛ばした。
「クソッ」舌打ちしながら回転しつつ隣の部屋まで退く。途中二発の狙撃。銃声が聞こえない。かなりの遠距離狙撃だろうか?
状況が動いたのは、一〇秒程後だ。部屋に電話の着信音が響く。
手鏡で向こうの部屋を確認すると……オッサンの携帯が鳴っているようだ。どうやら、オレと話したいらしい。
部屋のドアに出るにしても、電話に出るために向こうに行くにしても、同じ通路だ。相手には最低一発は【狙撃】のチャンスがある。相変わらず、携帯の着信音が続く。
「ハイハイ、出ますよ」
仕方ないので、普通に部屋に戻り、オッサンのジャケットのポケットからガラケを取り出すと通話ボタンを押す。
「もしもし、こちら哀れな子羊です」
――ハハハッ、キミはなかなかユーモアがある。
「あんたは誰だ? いい腕だよ。一発でオッサンの頭が無くなってるし、危うくオレにもおへそが増えそうだった」
――名乗ってもいいけど、もっとお互いを知ってからだね、イタチ君。
「そっちは知ってるんじゃないかよ、親友になろうぜ」
声を聞いた感想としては、年齢はオレより年上、理性的といった所か。
――それはまた今度にしよう。私も用事があるからね。あ、そうだ、彼にヨロシクと伝えてくれないか?
「誰でしょうか? 心当たりがありすぎて困りますね」
――キミは本当に愉快な奴だね、【レイヴン】。あぁ、今は【カラス】だったね。彼に。近いうちに会おうと伝えてくれれば充分だよ、じゃ。
電話が切れてガラケを投げると即座に狙撃されガラケは無残に粉々になった。思わずヒューと口笛を吹いた。
『……やれやれ、何だかめんどくさくなりそうだな』
窓に開いた穴は気のせいか丁度オレの脳天、心臓の位置に合わせていた気がした。




