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イタチは笑う  作者: 足利義光
後日談
154/154

イタチは笑う

 

「で、あのガキは元気か?」

 ――勿論だとも。寧ろ、前よりも元気だよ。キミのおかげで、ね。


 電話の相手はジェミニ。今やアンダーの事実上のトップ。

 ちょっとした公人のお偉いさんってヤツだ、オレなンかとは違ってな。今、こうして話してる回線ってのも盗聴不可の極秘回線ってヤツを経由しているそうだ。当然か、公人が掃除屋に仕事を依頼してるなんてバレたらコトだろうからな。


 あの日、一本の電話でオレはジェミニから依頼を受けた。

 それは、アンダーにあるアイツが手回ししている施設から上の街に飛び出したガキの確保だった。ソイツは奴さんのお気に入りらしく、将来有望だそうだ。

 なンでも、そのガキはとある商人の荷物に紛れてこっちに上がってきたそうで、その商人ってのが少し面倒なヤツだった。


 ソイツは表向きはアンダーと上の街を往き来しつつ、様々な物資を売り買いしている。アンダーの連中からすれば、奴の持ち込む上の街の商品に興味津々だったし、こっちの連中からしたら、アンダーから安定供給される食料品は今や日常的な品物になりつつあった。

 以前よりは随分と治安が良くなって来たとはいえ、アンダーにはまだまだろくでなしな連中がたむろしている。

 そういう連中がマトモに働く訳も無く、ソイツらの主な稼ぎは昔ながらの周辺や上の街への略奪と相場は決まっている。

 とはいうものの、再開発されていく各地の集落にはジェミニの奴が手を回してはいたものの、アイツだって万能じゃない。

 街全体に広がる地下都市の全てを掌握する事はまだまだ時間がかかるらしい。

 ってな訳で、ロクデナシどもは一旦は分散したが、まだ統治できていない場所に集合しつつあり、連中は結託して犯罪に手を染めるようになったって訳だ。


 本来なら、街の行政が尽力すりゃいい話だが、この腐った街の形骸化したお飾りに何も出来る訳もないし、誰も期待なんかしちゃいない。

 ってことで、アンダーからの物資の出入りは契約した業者の裁量、つまりは丸投げとなっている。安全第一で遠回りする者もいるし、危険地帯を護衛を引き連れて突っ切る者もいるし、そもそも、グルになって結託してる者もいる。全くあれこれ考える奴らもいるもンだよ。

 海千山千の業者の大半は真っ当なヤツだが、中には前述の通りで、裏で汚ねぇ事をやってやがるヤツもいる。アンダーで外の街からの武器を売買する武器商人。アンダーや外からガキを拐って売り買いしやがる言わば奴隷商人に、クスリをばらまくクソッタレの麻薬商人。


 オレみたいな悪党が言うのもなンだが、こういったクソ野郎を始末すンのが最近のオレの【仕事】だ。

 今回のガキが潜り込んだのは、そン中でも一番タチの悪い麻薬の商人だった。


 ――キミなら必ず彼を取り返してくれると信じてるよ。


 とかぬけぬけと言ってやがったのも、ソイツがアレを扱っているって知ってたからに違いない。オレがソイツを決して逃さない、とな。


【フォールン】。あの最低最悪のクスリは、ヤアンスウ亡き後、何処からともなく街全体に広がっていった。まるで、水が高い所から低い所へ流れる様に、僅かな隙間から水は少しずつだが、確実に街へと浸透していった。


 当然、クロイヌを始めとした【九頭龍】の奴らにしてもフォールンに関してだけは【根絶】と、立場と意見を一致させていた。

 勿論、アンダー、ジェミニも同様だ。

 だから、あのクソ胸糞悪いクスリを取り扱っているバカを見つけては徹底的に攻撃した。

 そして、そうした大なり小なり様々な組織や集団の元締めを生け捕りにし、情報を聞き出そうと、懇切丁寧に聞き出したそうだが、結果は散々だったそうだ。

 特に始末が悪いのは、売人を捕まえても、誰も流通経路を把握していない事だった。

 どいつもこいつもある日、縄張りに情報が入ったのがキッカケでその場所にあるフォールンを受け取る。

 あらゆるクスリの中でも最高級品、ダイヤモンドとでもいえるシロモノだ、一攫千金を目論む奴らがその誘惑に抗う事など不可能ってものだ。

 そうして、次々と新たな業者が出てくる。

 潰しても潰しても、フォールンは潰えない。

 この一年間そうしたイタチごっこをこの街は繰り返している。

 間違いなく何らかの組織が裏にいるってこった。


 気が付くと、いつの間にか中央公園のすぐ側まで来ていた。

 今日は日曜日、本来なら今の時分ならガキんちょどもが大勢ここを所狭しと駆け巡っている……ハズだった。

 オレの視線は公園のすぐ横にあったある場所に向けられていた。

 そこには、何も無い。ただの空き地だ。

 以前は違った。

 この空き地にはある建物が建っていた。この中央公園を庭にしていたクソ生意気なガキんちょどもの暮らしていた【孤児院】が。


 あれは、丁度半年位前の事だったか。

 その晩、ここいらで連続放火が起きた。一晩で断続的に、次々に繁華街の周辺で火の手が上がり、消防や警官でここいらは騒然となった。

 犯人を警官が追い詰めた時には、もう手遅れだったらしい。

 連続放火魔は、孤児院に火を付けた所を取り押さえられた。

 だが、時既に遅く、孤児院に回った火の手は勢いを増していて、手の施しようがなかったそうだ。

 逮捕されたそのイカレ野郎はフォールンの依存者だった。

 フォールンを買いたくとも金が無くて、ムシャクシャして火を付けたそうだ。ふざけやがって。ンな理由でここは……。


 幸いにも孤児院のおばちゃんやガキんちょ共は無事だった。

 だが。

 もうここにアイツらはいねぇ。

 元々この孤児院は、資金繰りが良くなかったらしい。

 そこにあの火事で孤児院は全焼。

 院長をしてるおばちゃんは、ショックからか体調を崩しちまい、病院に入院。

 後は、あれよあれよという間の事だった。

 ガキんちょ共は、それぞれ別々の施設に散らばった。


 そうさ。

 オレは守れなかった。

 確かに、誰も死ンじゃいねぇ。

 だが、それでもオレは、アイツらの人生を、ここでの生活を壊しちまった。


 ――だから言ったはずだ、私を殺せば後悔するよ、とね。君が壊したんだ……君のせいだ。


 ヤアンスウの野郎の嘲笑が聞こえてきそうだった。

 ふざけやがって。死んでからもクソッタレな外道だ。


 だが、そうだ。

 この事態はある意味オレが引き起こしたンだ。

 ここだけじゃない、街で起きたフォールンによる様々な事件。それの全てに間接的にオレは関わっている。

 全く……笑えるぜ。

 何よりも、誰よりも、街を汚したのはオレかも知れないってワケかよ。冗談キツいぜ、ったく。



「あ、イタチ君。まーた寄り道してきたんでしょ。今日の仕入れ終わったワケ? ……さっさと働けや、ボケ!」


 やれやれ、どうやらレイコさんに見つかったらしい。

 あの人が帰ってきて、バーは明るくなった。まるで、太陽が昇ったみたいにな。相変わらず、ムチャクチャだけど。

 まぁ、しょうがない。戻るとしようか、我が家にさ。


「ハイハイ、今行きますって」

「返事は一回」

「ハイハイ」

「一回だっつてんだろうが、ボケイタチ!」

「仕事はしますよ、オレの店なンだし」

「はぁ? オーナーはアタシなんですけど」

「ハイハイ、ですよね……金出したのオレっスけどね」

「あ、それはそうとあの赤毛の男の子、遊びに来たわよ」

「ゲッ、またッスか」

「あの子、よっぽど見る目が無いのね、こんなボンクラのヘッポコに憧れるなんてさ」

「……はぁ、ったくどいつもこいつも」



 ◆◆◆



「ね、ねぇ勘弁してくださいよぉ、ダンナぁ」


 どうやら、眠っちまってたらしい。

 下卑た声だ。本当に気に食わない。こんな声で起こされるとは気分最悪だ、どうせなら美女に耳元で囁いて欲しいぜ。

 苛立ち混じりの視線を野郎に向ける、ヤツは怯えて身体をビクつかせた。

 その動きに応じて、ジャララ、と天井から伸びている鎖が音を立てた。

 全く本当に気分が悪い。空気が淀ンでいやがるな……この地下室は。


 目の前でオレに媚びる様な視線と声を出すのは、あの麻薬商人。

 あの後、赤い髪のガキを送り返したオレは、すぐにあの場所にとって返した。

 流石にガキの前じゃ遠慮したが、オレの目的はフォールンと、それを取り扱う連中をこの世から消すコトだ。

 商人は、何とか抵抗しようと試みたがオレの相手じゃない。

 こうして生きているのは、コイツが情報を寄越す、と言ったからに過ぎない。

 とりあえず五体満足で済ましちゃいるが、腹部や、背中、それから脛にそれなりの【勲章】を付けてやった。

 最初は、顧客に関する情報なんか言えないだのなんだのと、プロらしい見上げた言葉を吐いてはいたが、ちょいと可愛がったら、所詮はこンなものだ。


「も、もうアンタにゃ刃向かうわないし、騙したりもしない。わ、ワタシだって自分の命が第一だよ」


 だ、だから、と懇願するような目で商人は訴えかけて来た。

 ま、しょうがねぇ。こンな奴でも使えるなら使うまで、だし。

 鎖を外し、コイツから情報を聞き出す事にした。


「ンじゃ、言ってくれ。嘘やガセネタなら命は無いから、な」




 そして、その日の深夜。

 午前二時。

 最近は夜のお勤めが多い。そンだけ、金が稼げるワケだが、街が不安定ってコトだ。欠伸が止まらない。

 どうも、一年前からオレは緊張感に欠けている。

 理由は単純だ。

 気分が高揚しないからだ。

 今のオレは、普通の人間じゃない。

 今も体内にはあの【ナノマシン】が入ったままだ。

 どうやら、コイツはオレの中でずっと活動し続けるシロモノだったらしい。

 その結果、今のオレは常人とはケタ違いの回復力がついた。限定的な不死みたいものらしい。数多くの死者の屍を越えて遂に完成したってコトだな、政府の研究ってヤツが。


 どうも今のオレは、ギリギリの紙一重での命のやり取りで生じる緊張感ってのに憧れているらしい。

 一瞬の判断ミスで、命を落とすかも知れないっていうあのひりつくような刺激が欲しいらしい。

 オレはもう狂ってるのだろうか?


 いや、或いは死にたいのかも知れないな。

 だがよ。

 まだオレは死なねぇよ。

 視線の先には、あの小男の商人が待ち人と顔を合わせる姿。

 何やら声も聞こえてきやがる。商談開始の様だ。

 さて、と。仕事に入ろうか。


 バスッ。

 銃声が一つ。

 一つの肉の塊が転がった。


「……だ、だからワタシは見逃してくれるんだよね? ダンナ」


 待ち人を殺したオレの後ろで商人、いや小男が機嫌を伺うような媚びた笑顔を浮かべる。

 奴の笑顔が、声が、姿そのものが不愉快だ。

 何をほざいているのかは知らないが、どうでもいい。

 オレは黙って背を向ける。


「じゃあ、ワタシはこれで……」


 安心したのか小男がまた背を向けた瞬間だった。

 バスッ。

 もう一つの銃声が夜の闇に響き渡り、肉の塊がもう一つ地に伏せた。

 ああ、どうでもいい。どうせ死ぬンだから、よ。

 心配すンな、大勢地獄に送ってやるさ――これからも。

 あのクソッタレのクスリに関わるヤツは誰だろうとも、な。



 ふと空を見上げる。

 見えるのは、満天の星空……にゃ程遠いが、幾つか星が見える。

 それから……あの無数にそびえ立つ塔。

 かつてバベルの塔ってのが、神様への挑戦だとか何だとかで怒りを買ったって話を聞いた事がある。

 こうして見ると、あの塔ってのはまさに神様ってのに対する挑戦なンじゃないかって気になる。

 いや、違うか。

 あそこにいる連中は、自分達こそが神様って思ってやがる。

 自分達は完成されたあの天上世界で自由を謳歌。

 中には生まれてこの方、一度も外の世界を、九頭龍の下の街を見た事もない温室育ちのボンボンもいるらしい。

 連中の生活は下の街の連中、オレも含めたスラムの住人全ての稼ぎの中から自動的に金を吸い上げてぬくぬくくらしているそうだ。

 で、退屈凌ぎに犯罪者等で人間狩りに興じる。

 全く、最高にイカした連中だぜ。

 でも、な。

 いつまでもそうして、我が世の春ってヤツを満喫出来るとは思わねぇこった。

 盛者必衰、何事にも終わりはあるンだからよ。

 てめぇらにも終わりは来る……必ずな。

 それまでは精々愉快に楽しく過ごすがいいぜ。



 オレの名はイタチ。

 最低最悪の悪党共が跋扈する、この塔の街の底辺に暮らす――チンケな悪党の一人さ。



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