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イタチは笑う  作者: 足利義光
後日談
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ハングアウト

 

「ふーん、ボクは構わないけども……。ああ、頼むよ」


 ボクは電話を切ると、ギシギシと音を立て、座り心地のいいお気に入りの椅子に腰を沈めた。

 最初は馴れなかったが、こうして一年も経つと今じゃこの椅子もお気に入りだ。この椅子以外に自分の腰を降ろす気にもならない位に、ね。

 そうして、目の前のソファーに座っている来客に視線を落とす。

 この来客は、ここ最近、たまにこうしてフラりとここに訪れる。

 理由はこのソファーの感触が良いからとか……よく眠れるそうだ。

 棲みかだったバーはもう再建されたはずだから、別にここでこうして惰眠を貪る必要は無いハズだ。全く……。


「全く、何なんだろうね、キミはさ」


 ここで起こすと機嫌が悪いのは昔と同じだろう。

 なら、わざわざ虎穴に入る必要もない。

 ボクは椅子から腰を上げると部屋を後にした。

 仕事が待っているからね、火急の、ね。


 キュイイイン、ギュイイイン。

 通路を歩いていて聞こえてくるのは、あちこちで行われている工事の作業音だ。

 今、アンダーではあちこちで工事が行われている。

 耳を澄まさずとも、何処にいようともね。

 大戦中に非常時の為に建設されたこの【地下シェルター】だが、如何せんこの数十年間、マトモなメンテナンス等皆無に等しかったのだ、あちこちにガタが来ても可笑しくなんか無い。

 実際問題、業者の検査で判明したアンダーの状態は最悪と言っても過言じゃ無かった。

 壁には無数の亀裂が走り、柱にもヒビが入っていたそうで、いつ倒壊してもおかしく無かったそうだ。

 こうして、今アンダーでは未曾有の建設ラッシュとなっていた。

 シェルターの機能を回復させる為の基礎工事に、発電設備やプラント設備の機能回復の為に大勢の研究者やコンピューター技師もアンダーに入った事で、アンダーを取り巻く状況は劇的に変わっていた。

 特に大きかったのは、食料増産プラントと下水道プラントに発電プラントといった、生活に欠かせない設備が稼働し始めた事だろう。これらが動き出した事で、アンダーの住人達にも雇用の場所が発生したからだ。

 アンダー内にもキチンとした居住空間を建築する事にもなり、昔でいうところの長屋の様な場所が集落に作られ、基礎教育を教える学校の様な場所も用意された。

 まだたった一年。

 でも、この一年で事態は変わった。勿論、良い事ばかりじゃない。好転しつつあるとは言え、そもそもアンダーには各地から流れ着いた犯罪者達が住み着いていたのだ。

 理由は様々だろうが、彼等としてはここの状況が変わる事は許し難いだろう。その為、治安そのものは改善傾向ではあったが、札付きの犯罪者達による事件は増加していた。

 アンダーの復興で儲けようとしている連中からすれば由々しき事態だったけど、彼等には致命的な問題があった。【地の利】だ。

 アンダーに張り巡らされた地下道は九頭龍全域に及ぶ。

 それだけ広大な地下空間には、かつての政府が極秘利に建築した物もあり、正確なここの地図等は未だ無い。

 なので犯罪者を鎮圧しようにも、彼等が逃げれば、九頭龍の連中には追跡は困難だ。強行した結果、全員が死亡。尚且つ、所持していた武器等一式を奪われる等という笑えない事態も起こるワケ。


「全く、余計な介入なんかしなきゃいいんだ」


 ボヤきながらボクは、施設内にある通信室に入る。

 そこは、無数のモニターが表示され、およそ百人のオペレーターがPCを操作しながら、アンダーの現状について情報の更新を行っている。簡単に言えば、ここはアンダーの地図を作る場所みたいなももかな。

 ボクが用意された席に座ると、複数の通信が目の前のPCとリンクした。さて、【掃除】の時間だ。



 ◆◆◆



「けへへへ、来るな、来るなァァッッッッ」


 口から泡を吹きつつ、男が手にしたアサルトライフルを振り回す。目は真っ赤に充血し、上半身は裸、寒いはずのアンダーで全身が異常に赤く火照っている事から、どう見ても正気ではない。

 錯乱した男の足元には、無残に殺された警察の特別攻撃部隊の亡骸が転がされている。

 その場所は、アンダーの中でも復旧作業が滞っている一帯にあった。理由は幾つかあり、復旧の動きはこの辺りでも当然起こっていたのだが、単純に人手不足であるのと予算不足というのが表向きの要因ではあった。

 だが、それ以上に最大の理由はこの一帯に住み着いた大勢の犯罪者達の存在だった。

 そもそも、上の街から罪から逃れる為にアンダーへと逃れた人間が多く住み着いたこの場所には、一種の【流刑地】の様な意味合いもあった。上の街と下のアンダーで棲み分ける事で、分け隔てられていた微妙なバランス。

 それが、ここ最近の復旧によって、大きくバランスを崩した。

 流刑地に点在していた犯罪者達は、徐々に開発されていく棲みかを追われ、動かざるを得なくなり、いつしか一ヶ所に集まりつつあった。そこの住民の大多数が上の街からの逃亡者、もしくは外の街からの同じく犯罪者、あとは何らかの組織に所属する人員等のオールスター。

 劣悪なアンダーの中でもまさしく最悪のこの一帯を、最近ではこう呼んでいる。吹きだまりの巣窟――【ハングアウト】と。

 ここはアンダーの中でも大戦時に政府が増設した施設が未だ多数放置されているらしい。

 秘密の地下道もある上に、施設の中には外の組織が管理し、稼働している物も存在しているとも囁かれており、謎の多い場所ともされる。




「状況を説明するよ、犯人グループの人数は十人。彼等がアンダーと上の街への階段を爆破しようと試みて失敗、警察が逮捕に赴き逃走した犯人に誘き寄せられ、現場にて返り討ち。以上だ、いつも通り、生か死かは問わない、早急に対処してくれ」


 ジェミニからの通信がそこで切れ、【彼等】は動き出す。

 彼等は、簡単に言うならアンダー内での犯罪者の処断を行う為に設立させた特殊執行機関、通称【UEO】。

 特殊ユニーク執行エキュズキューション機関オーガンの名の組織に所属する執行者である彼等には、犯罪者に対しての【執行権】が付与されている。

 現場で、犯人が脅威だと見なされればその場で即時処刑可能。

 云わば、彼等は警察官と同じ逮捕権を片手に、反対の手には即時死刑を執行する為の死神の鎌を与えられているという事になる。

 そして、執行者に選ばれたのは、いずれも一癖も二癖もある人間達だった。


 バババババッッ。

 錯乱した男は「ぎゃははは」と笑いながら、手にしたアサルトライフルの銃口を包囲していた警官隊に向け乱射した。

 無数の銃弾がばら撒かれ、その内の何発かは運悪く警官にも命中したらしい。その場に倒れた警官達を目にし、男は興奮してきたらしい。血走った目を剥き出し、口を大きく開け、そこからはだらしなく涎まで垂れている。


「目標を脅威と判定する、執行開始」


 漆黒の闇の中。

 その一部始終を監察した男が動き出す。

 彼の役割は主に【援護】と【先制攻撃】だ。

 その手にした武器の有効射程は凡そ二百メートルで、狙撃銃には射程では劣っている。

 だが、それでも彼は自信を崩さない。

 厳しい自然環境で、野生の獣を相手に狩りをする一族の末裔である彼にとっては、アンダーの環境は大した事では無い。

 獣にも悟らせぬ気配の絶ち方を持ち、足音を立てず、そして、矢を弓につがえる早さは、まさに目にも止まらぬ神業。

 シュバアン。

 引き絞られた弦から放たれた矢は風を切り、男の眉間を容易く撃ち抜いた。


「こちらサジタリウス、標的の排除完了。……以後は援護に回る」


 それだけ報告すると、狩人はまた何処かに消える。

 残された警官隊も、突然の事に一体何が起きたのか分からなかったが、敵であった男が仕留められたのを確認。UEOが動いた事を知ると、負傷者の収容に入る事にした。


「おいおいおいおい、何だよ、表が随分静かだなぁ」


 施設内にある、恐らくは集会場には五人の男達がいた。

 彼等は今日初めて顔を合わせた間柄に過ぎない。

 ハングアウトでは、犯罪者の【出稼ぎ】が頻繁にある。

 今やここにはマトモな住人の方が圧倒的に少数派。

 多数派の犯罪者達が普通の経済活動に従事するはずもなく、マトモな仕事等あるわけがない、この一帯では上の街での犯罪こそが経済活動であり、生きる為の最低限の労働なのだ。


「何だぁ、サツに殺られたんかよ……ダッさ、あのヤク中」

「ってことはさ、サツが来るんじゃねぇの? ……やべえじゃん」

「ハハハッッ、ヤバイヤバイ。ぶっ殺さなきゃヤバイよー」


 ここにいた五人は、単に暇潰しでここにいたに過ぎない。残りの四人は施設の奥に引っ込んでいた。何でも、外への出口があるだとか何だとかだそうだ。彼等もまた札付きの犯罪者だ、警察に遅れ等を取らない自負がある。


「まぁ、よ。正直言って、十等分じゃ分け前すくねぇよな」

「だなぁ、何人か死んでくれた方が金も儲かる」

「しょうがねぇ、死んでも恨みっこなしで逝こうぜ」

「さっきからよ、気になってんだが……」


 そう声をあげた一人が、部屋の隅で座り込む男を指差す。

 その男は仕事の際も大した働きをしなかった。

 隻腕のその男はボロボロのフードつきのパーカーを羽織り、杖を付きながら仕事に参加した。

 その姿や振る舞いを見ていた誰もがこう思った事だろう。


『いざとなったら、こいつをエサにしよう』


 だが、仕事に際して、男は全員が思っていたよりも機敏に立ち回った。そうして、見捨てていくつもりだったのが、そのタイミングを見失い、今もこうして隅に座り込んでいた。


「おう、腕無し。お前、何もしねぇつもりか?」


 モヒカン頭の赤髪の男が見下す様な視線と言葉を相手に投げ掛ける。その手には、生々しく血のこびりついたトマホークを握っており、刃先を喉元に押し付けていた。


「何もしねぇなら、とりあえず死んどけ」


 そうニヤついた笑みを浮かべ、武骨な得物で喉を切り裂こうとした時だった。

 隻腕の男は初めて口を開いた。小さくだが、ハッキリと。


「……お前がな」


 そう声を出した瞬間だった。

 モヒカン頭の目の前に血が飛び散った。

 赤黒い血が吹き出す。

 相手の喉を切り裂いたと思っていた。

 だが、おかしい。トマホークの感触が感じられない。

 あの得も言われぬ最高の悦楽――相手の命を無慈悲に断ち切るのを実感するあの瞬間が今は感じられない。

 その答えはすぐに分かった。

 舞い上がったのは、手首だった。

 その手は武骨なトマホークを握りしめた、自分の手だった。


「ぐぎゃあああああああ」


 絶叫が木霊し、モヒカン頭はその表情を大きく歪め、その場に倒れ込む。

 隻腕の男はゆっくりと起き上がる。

 その杖からは鈍く銀色に輝く刀身が覗いており、今しがた吸ったであろう赤黒い血が滴っている。


「て、てめぇ……」


 モヒカンが転げ回りながら睨みつけた相手の目を見て思わず、ひいっ、と声を出した。

 隻腕の男から覗く目に宿っていたのは凶暴な光。

 それは、自然の底辺で這いつくばって生きる小動物のそれではない。明らかにそれらの動物を獲物にする【捕食者プレデター】のそれだった。

 フードを外し、捕食者としての本性を露にした隻腕の男――ムジナは獰猛な笑顔を口元に浮かべた。


「うわわっっ」

「な、なんだてめっ」


 解き放たれた凶悪を前に、さっきまでの威勢の良さは何処へやら、戦意を喪失し、もはや蛇に睨まれた蛙となった男達は及び腰になり、我先に逃げ出そうとした。

 いち早く集会場から逃げ出した男が、安堵の笑みを浮かべた時だった。

 メリメリ、その顔面に蹴りが突き刺さっていた。

 哀れな男は、ぷぎゃ、と叫びながらぶっ飛ぶ。


「ハイハイ、あんたらはここから出れないよ。………。さっさとお縄につきな。じゃなきゃ――!」


 そう言いながら姿を見せたのは華奢で引き締まった肢体を見せる少女――キク。

 以前負った傷は完全に癒えたらしく、軽快にステップを刻みながら宙を飛び、鋭く早い蹴りを見舞う。

 男達は、仕込杖に切られ、蹴りを叩き込まれ、悲鳴を上げる事しか出来なかった。時間にして、わずか数秒。文字通りの瞬殺で五人は制圧されたのだった。全員、死んではいないがズタボロになっている。


「何だ、手応えのない連中だなぁ。ムジナ、怪我はない?」

「無い。お前はどうだ?」

「大丈夫。……何ならくまなく調べてみてもいいよ?」

「ば、ばか。ならいいんだ。行くぞ」

「へへ、了解」



 その頃、施設最深部。

 そこには、残りの四人が出口へと足を向かわせていた。

 彼等には、他の人員とは違い、ある共通点があった。

 他人を装っていたが、彼等は元は【ギルド】のメンバー、正確にはヤアンスウの部下だったのだ。偉大な指導者であった彼の死に際し、その【遺言】に従い、彼等はある活動に従事していた。

 それは、【フォールン】の流通。

 各地に隠されたボスの残した【遺産】を塔の街に流し、汚染し、混乱を招く。


 その言葉に従い、これまでは密かに動いていた彼等が、今回こうして強盗をすることになったのか? それは、彼等自身が、今やフォールンに依存する体質になっていたからだった。

 自分達の受け持った分はもう流通させ、取引での余りを試した結果、今やあの刺激が無ければ生活出来なくなった。

 フォールンは、通常のドラッグよりも高価だ。

 それを大量に手に入れるなら、大金が必要になる。そういう短絡的な理由で、彼等もまた目先の金欲しさで強盗をしたのだった。


 慌てて逃げたので、本来よりも少なめの取り分ではあったが、四の五の言っている時間は無かった。

 彼等は監視カメラに写ったある人影を目にした。

 間違いなく執行官だった。

 恐らくは、他の五人は【捕まった】だろう。

 UEOに所属する執行官は化け物揃いだ。

 まともにやり合うのが自殺行為である事を理解する位には、彼等はまだ冷静だった。

 幸いにも、この施設の構造は大体把握していた。

 五人を囮に、ここから逃げおおせれば上々。そう計算して、外へのドアを開こうとノブに手を回す。

 そこに煌めく光が振り下ろされ――ゴトリ、と音を立てノブを握った男の首が胴体からズリ落ちた。


 まだ何処かに幼さを残した可憐そうな少女が、容姿に不釣り合いな、巨大なサイズを振るっていた。


「マスター、標的の足止め、成功です」


 彼女はそう言うとその場にかしづく。まるで、従者の様に。


「すまないな、キャンサー。……あとは任せろ」


 残された男達は、背後から気配が漂うのを察知した。

 その青年は金色に輝く髪を軽く纏めていた。容姿端麗とは、こういう事かと、十人いれば十人ともに思う事だろう。

 一見、虫も殺さない様な顔をしたその青年の印象を台無しにしているのは、手にした【ハルバート】のせいだろう。


「マスター、事実関係を探るので、一人は生かしてください」

「やれやれ、私はもっと心踊る戦いに興じたいのだがな……仕方無い、君たちで我慢するよ、今日は」


 そう言いながら、その長大な武器を突き付ける青年を目にした三人は心底、後悔した。目の前にいる百獣の王、【レオ】は軽く微笑むとその獰猛な爪であり、牙を振るった。



 ――終了だ。フォールンを流した一味の一人を確保。

「了解。お疲れ様、レオ」

 ――ちょっと、ノン。そっちにレイジ、じゃないイタチ来てるってホント?

「あ、ああ。ボクの応接室でまた昼寝してるよ」

 ――じゃ、絶対帰さないでよ。いっつも逃げるんだよ……アイツったら。

「ああ……善処するよ、キク」


 通信が切れ、ジェミニはため息を着くしか無かった。

 肝心の珍客はいつの間にか昼寝を終え、もういなかったから。


「はぁ、これでまたキクが怒るな、困ったもんだよ……キミは」


 そうボヤきながら頭を掻き、思わず苦笑するしかなかった。



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