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イタチは笑う  作者: 足利義光
第十三話
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外道の最期

 

「私を殺せば後悔するぞ――」


 そのヤアンスウの言葉でクロウの刃先は、喉笛を掻き切る寸前でピタリと止まった。

 この期に及んで何か切り札でも持ってるのか?

 表情を見る限りでは、苦悶に満ちてはいるが、その目はまだ何かを隠している事を示している。


「……アンタを殺さない理由があるなら教えろ」


 イタチのその言葉を聞き、抜け目ない黒幕は口元を歪める。

 くくく、と笑いながら後ろに一歩下がる。


「私を殺せば、この街はボロボロになるのさ」

「くだらねぇ、もう充分……」

「…………いいや、もっと悲惨な事になるのさ。まず、その無粋な刃物をしまって……くれないかねぇ」


 イタチはチッ、と舌打ちを入れるとクロウをヒップホルスターに納める。それを満足気に見たヤアンスウは脂汗を滲ませながらも、ようやくこの場での、自身の優位を確立出来たと確信。ニヤリと笑みを浮かべ、頷く。

 それを見たイタチは、苛立ちを隠す事も無く問いかける。


「アンタの言う通りにしてやったぜ、答えろ」


 ヤアンスウはちらり、と後ろに視線を向ける。

 逃走用のヘリは、さっきの無人機の攻撃を避ける為に一旦上空に逃れていた。ゆっくりとこちらに降りてくるのが見える。

 優位は確立したが、一気に逃げ出すのでは、目の前にいる野性の獣の様な雰囲気を纏う少年は躊躇う事も無く自分を殺しにかかるだろう。満身創痍の手負いであっても目の前にいるのは最強最悪の殺戮人形をも従わせた相手、マトモに殺り合うだけ無駄だ。

 今、大事な事はここから生きて脱出する事であって、リスクを取ってまで獣の様に獰猛な目をギラつかせる相手とこれ以上、命のやり取りをする事では無い。


「いいでしょう、この街を崩壊させうる品物を私は握っています」

「品物だと?」

「ええ、あなたにも縁の深い代物――【フォールン】です」


 その言葉を聞き、イタチの顔に僅かな変化が起きる。

 静かな殺意をその目に込めているのは相変わらずだが、それ以上に様々な出来事を思い返したのだろう、浮かべる表情に苦渋が混じっているのが見て取れる。


「どうやら、話を聞いてくださる様ですね」


 ヤアンスウは、ゆっくりと後退しながらこの状況をコントロール出来た事に満足したらしく、その話し方にも余裕が出てくる。

 恐らく、今のイタチなら、躊躇が見て取れる今なら、逃げ切れる事だろう。だが、それでは……。視界に切り落とされた指が入る。

 ズキズキと痛む断たれた指を見て微かに怒りが湧き上がる。


「私は今夜の為にフォールンの精製技術を確立し、研究者を育成した。今、世界で一番このドラッグを取り扱えるのはこの私なのです。何せ、大々的に取り扱おうにも、精製に難があり、コストもかかる。……これが何を意味するのか分かるかねぇ?」


 ヤアンスウの問いかけに、イタチは何も答えない。ただ、押し黙っている。歯軋りする音が聞こえて来そうですらある。


「私は莫大な富を集める事が出来るという事だよ。その富さえあれば、私自身も然程労せずに塔の住人になれる事だろう。……何せ、あそこの住人に善悪の判断等無いのだから」

「なら、何故こんな事を起こした? 大勢の人間を殺し、人生を狂わせた?」


 イタチから出た言葉に、ヤアンスウは堪えきれない。

 口を開け、愉悦に満ちた笑い声が月夜に響く。

 あろうことか、まさかこんな甘っちょろい言葉が、偽善に満ちた言葉を、この生まれ持って殺戮人形として育てられた人物の口から聞ける日が来るとは。思いもよらない発言に笑いを堪えきれない。


「何故、だと? …………決まっているじゃ無いかねぇ。

 支配する為だよ。こんな糞みたいな世界に何かを期待しても無意味なのだ。…………ならいっそ、自分が支配する側に回った方がいいに決まっている。それだけの事だ。

 それも単に上部階層の存在ではない、誰よりも何者をも支配出来るだけの権力を――この手に掴むのだよ」


 ヤアンスウは演説している内に気分が高揚したのだろう、頬にはうっすらと赤みが差し、恍惚に満ちた笑顔を浮かべる。

 イタチはその表情を見て悟った。

 この男にはもう何を言っても無意味なのだと。

 この男を逃がせば、また何度でもこうした【茶番劇】を間違いなく繰り返す事だろう。

 そして気付いた、この男の本質に。

 この狂人の根底にあるのは、自身の栄達ですらない。

 自分は常に背後に回り、都合のいい駒を操り、ソイツが引き起こす災いを最前列で眺めつつ、結果だけを手に入れる。

 全ての因果を駒である相手に押し付けて、だ。

 色々と理屈を付けているが、結局の所、他者が藻掻き苦しむその様を楽しみたいだけなのだ。

 この狂人に、最早、人としての良心等を期待するだけ無駄なのだ。

 ジェミニことノンも、今回はたまたまこうした役割を与えられたに過ぎない。ただ、利用するのに都合が良かった……それだけの理由なのだ。


 もう、かけるべき言葉もこの男には無い。

 イタチは押し黙る。

 その様子を見て、自分を殺す事を諦めたのだと判断したヤアンスウは待ち受けるヘリへと近付く。


「君には感謝しているのだよ、お陰で今回はこれまでになく楽しめたからねぇ、ハハハハハッッッ」


 哄笑をあげつつ、ヘリに乗り移ろうとしたその時だった。

 音が聞こえた。

 ヘリの手摺に手を伸ばし掴む。後はそのまま身体を引き寄せ、乗り込むだけだった。

 だのに。

 気が付くとヘリが上空へと上がっている。

 何故、自分を置いて行くのだ?

 そう思ったヤアンスウは気付く、自分の身体が落ちている、と。

 手摺を掴んだ筈だった右手の感触がおかしい、と。

 視線を向け、目にしたのは――血を吹き出す欠損した右手。

 手首から先はしっかりと手摺を掴み、空へと上がっていくのが見えた。待て、置いていくな。そう思いながらヘリポートに落ちた彼は、そこでようやく一体何が起きたのかを知る。


 そこに立っているのはイタチ。

 その右手が何かを握っている。

 何かの先端からは煙が上がっており、それは、【銀色】に輝く【オートマグ】だった。


「くぎゃああああああああああっっっっっっっ」


 耳をつんざく様な悲鳴を喚きながら、ヤアンスウはその場を転がった。あのヘリの先には、また新たな【ゲーム】が待っている筈だったのに。

 だが、もうヘリは空に上がり、そのまま気付かず飛び去る。

 いや、或いは気付いていたのかも知れない。

 何故なら、この場にいる野生の獣の如き青年とも少年とも言える様な男がそこにいたのだから。静かながらも圧倒的な【殺意】を放つそれに圧倒されたのかも知れない。


「お前はもう放っといても失血死するだろう」


 その口から出る声は実に淡々としていた。


「だが、それだとお前の【望み】は叶えられない」


 相手が何を言っているのか、ヤアンスウには理解出来ない。

 これ迄も命の危険は数多あった。何度も死線を潜り抜け、相手を出し抜き、生き抜いていた。

 どれだけ追い詰められても、彼は生き延びる為に頭脳を働かせ、それが彼をここまで生き残らせた。そうしている時、彼は不思議と気分が高揚しているのを感じていた――そう、さっきもそうだ。

 だが、今は違う。

 あれだけフル回転していた筈の思考が止まっている。

 いつもなら、どんな窮地であってさえも働き続けるにも関わらず、何故、今は働かないのだ? こうも鈍いのだ?


「ま、待て。私をここで殺せば、フォールンの【流通網】を把握している人間がこの世からいなくなる――理解出来ているのか?

 お前は、お前は街を一層の混乱に陥らせるんだぞ!!

 それでも、一人を殺せるのかね、君はッッッッ」


 そうだ、こう言えばいい。この若造は愚かにも【情】が深い。

 ならば、これでもう動けないだろう。現にこの愚者は動きを止めた、これでいい。出血が多い、だが、止血出来れば何とかなる。

 黒幕たる男はそう思いながら立ち上がった。

 その時。

 正面から火花が上がった。

 身体に衝撃が走る、よろめきながら後ろに下がっていく。

 その火花を放った男はこう言った。


「だから――なンだってンだ? お前は――」


 イタチの口がゆっくりと動く。

 ヤアンスウにもその動きで相手が何を言ったのかは理解出来た。

「しね」とハッキリと宣告した、と。

 いつの間にか左手が【金色のオートマグ】を握っていた。

 ゆっくりとその銃口が向けられ――。

 その銃口から一発の弾丸が放たれる。

 弾丸はまるで、コマ送りでもしているかの様にゆっくりと向かってくるのが視認出来た。


『な、何を間違えた、私は何を一体――――――!!』


 その思考が最期だった。

 30カービン弾は狂人の眉間をぶち抜く。

 よろめいた身体はそのまま落下していく――血と脳漿を撒き散らしながら。

 イタチは葬送の言葉をかける。


「良かったじゃねぇか。……これでアンタもなれたぜ、この塔の区域の【一部】によ」


 グシャッッッッ。


「喜びな……これでアンタも立派に街の【染み】になれたぜ」


 イタチはそう言うと、街を眺めた。

 あれだけの騒ぎがあっても、この街は何も変わっていない様に見える。激しく、明るく、下品な数多の光が天へ届かんばかりだ。


「――へっ、守ってみせるさ。全部かけて、な」




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