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イタチは笑う  作者: 足利義光
第十三話
146/154

黒幕との対決

 

「はぁ、はぁ」


 ヤアンスウが息を切らせながら、階段を駆け昇る。

 その表情からは、さっきまでの様な余裕は感じられない。

 今、彼は追われている事を実感していた。

 自分が狩りの獲物にされている事がヒシヒシと肌に伝わってくる。


 階下では銃声が轟いている。リブラとは別に控えさせていた部下達が交戦しているのだ。

 時折聞こえるあの銃声は、間違いなく【オートマグ】だろう。

 この旧式かつ強力な死神の鎌を、それを扱うのは二人。

 だが、どちらが今狩人となり、自身を追い詰めようとしているのかは考えるまでもなく明白だった。


 一人は紛れもなく最早、絞りカス程度の命しか残ってはいないのだから。

 この追撃者チェイサーは間違いなく【イタチ】のはずだろう。

 エキュズキューショナーⅠの攻撃から生き延びた事には驚愕するほか無かった。あの襲撃は完全に不意を突けたはずだったのだから。

 しかし、最早、終わった事を、事実を変える事は出来ない。

 頭を切り替え、今は何としても生き延びる事を優先せねば。

 屋上に、ヘリポートにさえ辿り着けば、何とかなる。

 ヘリは既に待機している。


『この窮地を凌げばいい。この程度の事はこれ迄散々乗り越えて来たのだ、今回も無問題モーマンタイだ』


 殺戮人形が消えてしまった以上、下の街――繁華街での衝突も終息向かう事だろう。

 あの暴徒化した集団の核となっていたのが、彼の【脳波】だったのだから。

 あの集団には問題があった。

 本来ならほんの数分程度しか獰猛な獣になれないという稼働時間の短さ、という欠点が。とは言え、戦場で相手に混乱を与えるだけならあれでも充分ではあった。

 だが、ヤアンスウが欲したのはそんな中途半端な存在ではなかった。彼が最終的に塔の区域の住人をすら支配する為には、あれでは不充分と言えた。

 そこで注視したのが、あの殺戮人形の【脳波】だった。

 殺戮人形が出す脳波の波形は、【憎悪、殺意】といった【衝動】を誘発する物だった。

 そこで――。

 彼の持つ、異常に肥大化した【衝動】を特殊な音波として解析し、上空からヘリで流す。これがあの異常な集団の秘密だった。

 言うなれば、殺戮人形があの集団を動かす【コントローラー】。

 その大元が無くなった以上、彼らは単なるヤク中の集団に過ぎない。

 所詮は【フォールン】の劣化版を投与されただけの連中だ。すぐにでも鎮圧されるはずだ。結果的に見ればヤアンスウは自身の持つ手駒の大半をこの一晩で喪失し、尚且つ今や自分の命すら危うくなった。大敗だといえる状況下に陥ったと言える。


『だが、まだだ、まだ終わらんさ』


 それでもヤアンスウにはまだ、残された物があった。

 それさえ、手に握っていれば巻き返しも可能だろう。

 確かに、自分の持つ私兵が壊滅したのは痛いが、損失を受けたのは自分だけでは無い。九頭龍自体が、この一連の騒動でその九本の首に影響が出た上に、何人かの協力者と、それ以外の間には溝が出来たのは間違いない。

 ほんのひと押しで上手くすれば内部で抗争すら起きる事も期待出来る。

 種蒔きなら充分しておいたのだ、まさかの為の備えとして。


 バタン。

 ようやく屋上のヘリポートへ辿り着く。

 既にヘリは飛び立つ準備を終えている。

 あと二十メートル、それだけでここから逃げおおせる。

 足を早め、急ぐ。

 あと十五メートル。階下からあれほど聞こえていた銃声が完全に途切れた。

 十メートル。カンカンカン、と階段を登ってくる足音が聞こえる。

 五メートル。ほんのもう少し、あと少しで辿り着ける。

 その時だった。

 ガアアアン。

 オートマグから放たれた一発の弾丸が足元を抉り、歩みを止めた。


「アンタ、どこ行こうってンだ?」


 声が聞こえる。不敵な若造の声だ。

 あと、ほんの二歩。それだけでヘリに飛び乗れる。老境に差し掛かっているとは言え、ヤアンスウもかつてギルドの凶手。

 まだまだ身体の切れは健在だ。殆ど一瞬で二歩位の距離を往き来出来る。

 だが、今、背後に迫る相手イタチはその隙を見逃すとは思えなかった。


「ま、待ちたまえ……」


 ヤアンスウは弱々しくそう声をあげると、ゆっくりと振り返る。

 イタチが銃口を向けながら迫ってくる。

 この一瞬で、油断ならない初老の男は状況の確認を行う。

 相手イタチが、どういう状態でそこにいるのかを。

 自分との距離、汗のかき具合に、手足の震え。

 何よりもその目を注視した。

 そうして、彼は結論を導き出す。自身が生き延びる可能性を。


「アンタをここから逃がす訳にゃいかねぇな」

「は、ははは。怖い目をしている。君の勝ちだよ」


 ヤアンスウはそう言いながら膝を付く。

 もう抵抗しないという意思を示すかの様に手を後ろに組み。

 普通に考えれば、諦めたと見える。

 だが、イタチは確信していた。

 目の前にいるこの外道はこんな簡単に諦める筈がない、と。

 何かしらの【策】を弄しているに違いない、と。


 だが、それでも敢えてイタチは一歩を踏み出す。

 どのみち、今、ここで仕留めなければならない相手だ。

 この老人は逃がす訳にはいかない。


 既にイタチの身体は限界に達していた。

 ついさっきまで自分の意思では無かったにせよ、殺戮人形として動いていたのだ。

 傷そのものは、体内に入れられた【ナノマシン】のお陰で殆ど残ってはいない。

 だが反動からか、精神的な疲労の極致に達していた。


 階下の戦闘も、本調子であれば手こずらなかったはずだ。

 その程度の相手に時間がかかった事が、今の自分が本調子に程遠いと実感させた。

 それでも、今しかない。

 ここでこの外道を逃がせば、間違いなく地下に潜るだろう。

 そうなれば、また将来間違いなくこの老人は、街に災害をもたらす事だろう。


「言い残す事はあるか?」


 そう言いながら金色のオートマグの引き金に指をかける。

 老人はゆっくりと顔をあげる。

 そこに浮かんでいるのは【笑み】。自身の勝利を確信する笑顔が貼り付いていた。


 刹那――!!

 バララララララッッッ。

 轟音を響かせ、イタチの背後に姿を見せたのは無人機エキュズキューショナーⅠ。

 一旦は下がらせた無人機をヤアンスウはここまで来る前にもう一度呼び寄せたのだ。

 ロケット弾は撃ち尽くしたものの、サブウェポンである重機関銃は健在。

 たった一人の死に損ないの小僧一人を葬るには充分過ぎる代物だ。その重機関銃が火を吹き、銃弾の嵐が襲いかかる。

 最早、限界に達していたイタチはスイッチを入れる事も出来ない。まさに絶体絶命と思えた。黒幕たる男は勝利を確信する。


『逃げろ、せいぜいな。だが、念の為に――』


 だが、イタチは何を思ったのか、逃げるどころか処刑者の異名を持つ殺人機械に向かっていく。

 確かにオートマグの弾丸を何発も直撃させれば破壊も可能だ。

 だが、それにはあまりにも状況が悪い。

 不意打ちを受け、先手を取られているのだ。

 勝てる筈がない。

 重機関銃からの銃撃がアスファルトを削り取り、襲いかかる。

 それに対してイタチは――。



 ◆◆◆



「コイツを受け取れ」


 レイジ兄ちゃんがオレにそれを手渡す。


「何言ってンだよ、これは兄ちゃんのもンだろ? オレが受け取れるかよ」


 笑ってもらっても構わねぇ、オレは怖かったンだ。

 それを受け取っちまったら、もう終わりだと認める様な気がしたから。


「イタチ君。受け取りなさい」


 レイコさんはレイジ兄ちゃんの手とオレの手を繋ぐ。

 そして、それをオレの手に。

 ズシリ、と重い。

 何でこんなに重いンだよ? オレのと何も変わらないハズだってのによ。


「重いよ、コレ」

「そう、か。んなら大事にしてくれるよ……な」

「何言ってンだよ、アンタが死ぬわけねぇじゃないかよ!」


 オレは思わず吠えた。

 周りではリブラの連中と、カラス兄さんに、マスターのおっさん、ムジナの奴がやりあってるってのに。

 分かってンだよ。ここで兄ちゃんと喋ってる場合じゃないって事はよ。……それでも、だ。


「いいから使えって。心配すんな、泣き虫な弟を置いて先に逝きやしねぇからさ」


 レイジ兄ちゃんはニカッ、と笑う。

 その笑顔は記憶の中と同じで優しく、眩い。

 太陽みたいな明るいそれは、オレにハッキリと告げていた。

 コレが最後だと。


「行くよ、オレ。だから死ぬな」


 それだけ言うとオレは走り出す。

 リブラの一人が横からナイフを突き立てようと襲いかかる。

 だが、オレは気にしない。だって横にいるんだぜ。


「アンタ、邪魔しないでくれない」


 誰よりも頼りになる姉ちゃんが横によ。

 リブラは手首を掴まれ、そのまま壁に叩き付けられる。


「イタチ君。さっさと片付けなさい。皆で帰るわよ」


 レイコさんはそう叫ぶ。

 そうだ、オレにはまだ帰る場所があるんだ。

 早く先に進もう。

 腐れた外道を仕留めて、帰るンだ。



 ◆◆◆



 イタチは、オートマグの引き金を引いた。

 その反動を両手で受け止め、さらに弾丸を放つ。

 重機関銃の銃弾が腹部を、頬を掠め、抉り取る。

 だが、怯まない。

 続けて二発目の弾丸が、30カービン弾が放たれた。

 無人機とイタチが交差し、決着は着く。

 いくらオートマグの弾丸が拳銃弾としては過大な殺傷力を持っていようが、無人機を破壊するのは困難だった。

 だから、狙ったのは搭載されている【カメラ】。

 30カービン弾は一発目で目を潰し、二発目で重機関銃の銃口を破壊。

 そうして、三発目を叩き込み――すれ違い様にヒビが入ったボディにレイジから受け取ったナイフを突き立てた。

 ステルス性の追求から、小型且つ、軽量化されたエキュズキューショナーはそれがトドメとなり、煙を上げながら下へと転落していく。


「おのれっっっ」


 次の瞬間、ヤアンスウが躍りかかっていた。

 この油断ならない初老の元凶手は、イタチがオートマグの引き金を引いた時に動き出していたのだ。

 鋭い手刀が左右から繰り出される。イタチは後ろに飛び退きつつ、オートマグの銃口を向けようと試みる。

 だが、ヤアンスウはそのオートマグを持つ右手を右足で蹴りあげた。オートマグが手から落ちる。そうして飛び上がりながら、左足を顔面に叩き込むべく放つ。

 イタチは辛うじて直撃は避けたが、側頭部を掠め、激しい頭痛が走り、身体が大きくぐらつく。

 ヤアンスウの攻撃は続く。

 右手をまるで引き裂く様に振るい――指先が銀色に鈍く輝きを放つ。


 ヤアンスウの両指先に鋭く尖った金属製の【爪】が煌めく。

 それは【猫手】と呼ばれる暗器の一種。

 決して爪自体の殺傷力は高いものではない。だが、その金属の爪先に毒を塗り付ける事でほんの小さな引っ掻き傷で対象を殺害出来る凶悪な武器だ。


「すあああああっっっっ」


 ヤアンスウがこの暗器を好むのは、相手が苦悶を浮かべながら死ぬ様を眺める事が出来るから。

 ナノマシンがある以上、毒でも致命傷にはならないかも知れない。だが、彼の目的はこの場からの撤退。一時的でも動けなく出来れば上出来だった。

 ヘリにも重機関銃は備え付けられている。それで若造をバラバラにしてもいい。


 左手での貫手。これが本命だった。猫手に強烈な攻撃は不必要。

 わずかでも傷さえつければ勝ちなのだ。鋭い一手がイタチの心臓めがけ突き出される。

 バッッ。

 血が吹き出す。

 ヤアンスウの表情が、見る見る驚愕に染まっていく。

 血を吹き出したのは自身の指先。

 ぼとり、と切り落とされた指が落ちた。

 イタチの左手に握られたクロウの刃先からは血が滴る。


「か……くがぎゃっっっ」


 苦悶の表情と叫びをあげつつ、ヤアンスウが後ろに倒れる。

 イタチは汚いモノを見る様な視線を向ける。


「な、何故だ? 何故反応出来る?」

「オレにはもうスイッチを入れるだけの体力はない。でもよ、【目】だけならいつでも使えるンだぜ」

「見えていたと言うのか? あの重機関銃の銃撃の嵐が、私の攻撃も全てが――――!」

「アンタについちゃ【見えなく】ても関係ねぇな……。

 外道の殺意なんて見なくても何を考えてンのかは、お見通しだからな」


 そう言うとイタチはトドメを刺さんと詰め寄る。

 クロウの刃先を振り、着いた血を飛ばす。

 そして喉元にめがけ突き立てようとした時だった。


「ま、待て、私を殺せば後悔するぞ――!!」


 外道にはまだ切れる【カード】があったのだ。

 とっておきの切り札が。

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