表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
イタチは笑う  作者: 足利義光
第十三話
145/154

茶番劇

 

 男にとって、その光景は全く理解出来なかった。

 彼の人生の中で、生きるとは如何に先を読み、出し抜くのか。

 その為に、相手を騙し、裏切り、先手を打ち、命を奪うか?

 その繰り返しでしかない。


 そうして築き上げたのは【砂上の楼閣】。

 簡単に崩れる可能性を孕んだ、歪な帝国。

 本心から付き従う者など数える程しかいない。そいつらさえも、何処まで信用出来るかは分からない。

 何故なら、所詮は他人なのだから。

 人と人が本当に理解し合える訳が無い。


 だから、だからこそ求めたのは【絶対】の力の【象徴シンボル】。それに相応しいと思えたのが、あの【殺戮人形キリングマシーン】だった。

 あれを造り出そうとした政府や研究者共は間違えた、そう彼は考えた。

 あのような存在が量産出来る筈がない。

 絶対の存在とは、唯一無二でなければならない。

 象徴となる者は一人で充分なのだ。

 まだあの薄暗い地下アンダーの穴蔵に隠れていた頃、自分の計画の決め手となる存在を求めていた時に入手した、ある実験と被験者の映像。それを見た瞬間に、男は虜になった。


 それは、まさに芸術作品だった。

 たった一人のまだ少年といって差し支えない被験者が、次々に殺戮を実行していく。驚くのは、その完成度だけではない。一人一人に対する殺しの手口だ。

 一人の人間にこれ程の手口が浮かぶというのか?

 この殺戮者はまさに天才的な芸術家だ。

 これ程の才能が埋もれてしまったなんて、それは世界の損失だ、そこまで思った。


 だから、それから時間をかけた。全ては、あの殺戮人形をこの手にする為に。

【計画】そのものの骨格は既に組み上げていた。その気にさえなればいつでも実行出来るだろう。

 必要なのは、優秀な【傀儡】。それに計画の大部分を実行させればいい。最後の詰めをこちらが奪えばいいだけだ。その為に、資金を集めた。

【ギルド】に対しても潜らせた自分の手の者から、様々な情報は逐一入っている。こちらも、その気になれば簡単に幹部として復権出来る事だろう。

 だが、たかがギルドの幹部でいいのか?

 今更復権せずとも、計画を実行出来れば、もっと高みに立てるではないか。


『まぁ、いいさ。まだ時間はあるんだし……ねぇ』


 そう思いつつ、時は流れる。

 彼の手元には計画の大部分を任せられる優秀な手駒が集った。

 その中でもノンとか言う少年は都合よく、塔の組織に敵対の意思を持ち、その集団を運用出来るだけの頭脳を持っていた。

 更に、驚く事を知る。

 ノンのいた集団を率いていたリーダーの話を聞き、興味を覚え、調査をした。

 そこで分かった。そのリーダーこそ探し続けたあの殺戮人形に間違いない、そう理解した。


『まさに、これ以上ない好機』


 様々な問題はあったが、計画の開始をするべき時だ。

 幸い、殺戮人形が何処にいるのかはすぐに分かった。

 あの、カラスの元に預けられたと聞いた時は笑みが浮かんだ。

 一体、どれ程の確率でこんな事になるのか?

 そこに集った面々は、彼の計画の最後のピースに必要な全てを残さず揃えていた。

 あの実験以来、完全に裏の世界に潜り、姿を消したマスター。実験の、殺戮人形の起動に必要な情報を持つ唯一の人間の肉親であるレイコ。


 その傍に影の様に控えるのは、マスターの鍛えた男にして、最強の殺し屋のレイブンことカラス。かつて男の命を奪う任務を帯び、その銃口を突き付けた男でもある。


 そこに、放り込まれたのは記憶を持たない青年、いや少年と言うべきか。

 ソイツこそ男が探し続けたあの殺戮人形の現在の姿。

 神の如きあの殺戮をいとも容易く行った事を忘れ、愚かにもその持ち合わせた才能を【掃除屋】などというくだらない事に用いている。


 そう、全てがそこに集まっていた。

 まるで、そう自分に全てを手にしろと何者かがそう差配したかの様に。

 この時ばかりは、神という存在を認めざるを得なかった。

 偶然とはとても思えない奇跡の様な確率で、全てのピースがそこに存在していた事で、男は――モグラことヤアンスウは、計画を進める決意を固めた。


 そして、全ては自身の思う様に展開し、殺戮人形を目覚めさせる事にすら成功。

 その圧倒的な能力により、邪魔者をこの場で排除し、憂いを断ち切るはずだった。

 全ては順調に推移していた。

 殺戮人形の目覚めは、同時にフォールンで正気を失わせた愚者共を破壊と殺人衝動に駆り立てる。

 既に塔の組織には話をつけた。

 繁華街を愚者の軍団で蹂躙し、壊滅させる。

 仮にクロイヌが生きていようとも、責任を取らされ失脚。始末はどうとでもなるはずだ。

 そして、繁華街を再建するのはヤアンスウの息のかかった新たな【九頭龍】。そこから本格的に街を牛耳る。

 砂上の楼閣から脱し、全てを手にする。

 その為の足場を今夜構築出来るはずだった。

 ――だのに。


 目の前で起きた出来事は、その全てをぶち壊しかねない。

 くだらない【絆】や信頼等という生き抜く上で何の役にも立たない愚にもつかぬ些細な物があれを壊したとは、にわかに信じられない。

 だが、現実はその信じられない事実をヤアンスウに突きつける。


「く、くはははははっっっっ」


 その笑いは彼自身にとっても予想だにしなかった。

 自然に湧き出たその哄笑を見た、愚か者共が僅かに戸惑うのが見てとれる。

 予想外ではあったが、この茶番劇の仕掛人がこうしてここまで生きてこれたのは、あらゆる事態に備える習性を身に付けたから。

 まさかと思っていたが、念の為に用意した【切り札】を使う機会が訪れるとは……。そう思ったからこその哄笑だった。


「まさか、ねぇ。あの殺戮人形がこんなくだらない事で消え失せるなんてねぇ」


 頭を抱え、高らかに笑う声は不快感を聴衆に与える。

 ムジナが一歩進み出る。


「悪いが、仕留めさせてもらうぜ」


 左手で刀を振り抜き、突き出す。


「アンタにゃ、狭っ苦しい試験管から出してもらったがよ、コイツは別の話ってやつだ」


 ふらつきながらもレイジの目からは未だ力強さが感じられる。

 長くない命を燃やし尽くすつもりであるのは明白だ。


「アンタを前に殺さなかった事を後悔してたが……今回は諦めろ」


 カラスの目に宿るのは、静かな怒りと殺意。

 最早、躊躇う理由など彼には存在しない。


「寄ってたかってになるが……綺麗事ではないからね」


 マスターは、穏やかに微笑む。

 その微笑の中には、確かな敵意を潜ませている。

 彼はここにいる愚か者達の師匠に当たる。顔色一つ変えずに敵対者を始末するだろう。


「普段なら、人が死ぬなんて目の前じゃ認めないけど……。

 アンタは別ね、死んだ方がマシだと思える痛みを教えてあげるわ」


 レイコもまた、怒りを隠さずに解き放つ。容赦なく瞳に写る相手をズタボロにする事だろう。


「オレはある意味じゃ、アンタに感謝してンだぜ。

 こンな機会がなけりゃあ、オレはきっと自分を取り戻す事なンざ、無かったろう、よ」


 だからといって……そう言いながら目覚めた男は目を細める。


「だからってよぉ、アンタにゃ、たっぷりと【礼】はしないといけねぇ。――落とし前はキッチリと付けるぜ」


 その脳裏に浮かぶのは、この茶番劇で命を失い、自分が奪った命の数々。そして……巻き添えになり、瀕死の状態のリサ。

 そう、彼女がああなった原因は自分にある。

 だからこそ、その落とし前はここで付けてみせる。

 そう云わずとも決意はヒシヒシと伝わってくる。


 この場にはまだ護衛でもある【リブラ】達がいる。

 相手は六人、リブラ達は八人。連中は油断出来る相手ではないが、ここまで来る上で既にボロボロになり、今まで殺戮人形のお陰で半死半生の状態だ。問題なく充分に対応出来る事だろう。


『だが、それでも万が一と言う事もあり得る……』


 だからこそ、万が一の可能性をもここで潰し尽くす。

 ヤアンスウは微かに口元を歪めてみせた。



 それは誰にも気付かれない。

 当然だ、それは彼らに察知される筈はない。

 それは静かに待機していた。


 この塔の組織――正確には塔の区域にマトモに敵対する者がこれ迄殆どいなかったのは、この区域が秘める巨大な戦力を前に闘争を諦めざるを得なかったから。

 実際、彼らが秘する戦力を行使すれば塔の組織とか、九頭龍等という代行機関も必要ではないのだ。

 なら、何故そうしないのか? 理由は単純で、塔の住人達はわざわざ自分達でどうこうするつもりが無いからだ。

 自分達の貴重な時間を使ってまで、面倒な下の街の統治に関わるのは人生の無駄でしかない。

 自分達からすれば下賤な者達に関わる事を厭うからでしかない。

 支配者たる自分達の為に、せいぜい必死に地に這いながら見苦しく生きればいい、その程度の存在なのだ。

 それは、自分達以外を人として見ていない事を意味する。

 天上人である自分達の為の家畜。

 これが、塔の住人達にとっての下の街、スラムの住民への認識。


 だからこそ、これは【茶番劇】なのだ。

 連中からすれば、どうでもいい者同士が殺し合うその様はさぞ愉快な見世物だろう。

 彼らにとってこの出来事も所詮は、人の命を賭けた【娯楽】に過ぎないのだから。


 突如、轟音を轟かせるのは、空からの来襲者。

 ゴオオオン、と言うその音を響かせながら窓を突き破る激しい銃撃音。

 誰もが意識の外にあったそれは、塔の区域の戦力の一端を雄弁に示す無人兵器――エキュズキューショナーⅠ。

【死刑執行人】の異名を持つそれに搭載された重機関砲が火を吹き、銃弾の嵐が襲いかかる。

 それは、その場にいた人間を熱により識別する事が可能。

 事前に、登録しておく事で、殺傷対象とそうでない者を分けて攻撃が出来る。


「さぁ、受けてくれ。君たちへのご褒美だっっ」


 叫びながらヤアンスウはその表情を大きく歪め、眼下で起こる殺戮劇を満足気に眺める。

 更にトドメとばかりにロケット砲弾が襲いかかりフロアを吹き飛ばす。

 ドオオオオン。

 爆風と爆音が巻き起こり、全てを飲み込む。


「美しくはない勝ちですが、まぁ仕方がない」


 ヤアンスウは、足元で起きた殺戮に拍子抜けする。

 そして、足早にその場を立ち去る。

 念の為にリブラ達に死体の確認を命じ、自身は階段へと姿を消していく。



 リブラ達は、もうもうと巻き上がる爆煙を避ける為にガスマスクを装着。下のフロアへと降りていく。


「…………」


 彼らにとって、殺すべき相手はあくまでイタチだった。

 殺戮人形は云わば、自分達の上位に君臨する存在。敵対する対象ではない。

 だが、いくら何でもこの攻撃の前では最早誰も生きてはいまい。

 死体どころか、全てがミンチにでもなっているのかも知れない。

 それどころか、痕跡すら消え失せていてもおかしくはない。

 無駄な作業になりそうだと思いながら、煙の中に入った瞬間。

 手が伸び、一人がその姿を消す。


 残されたリブラ達も微かな気配を感じ取った。

 敵が生きている事を悟り、腰に備えたナイフを引き抜くと、一斉に階段へと飛び上がる。


「ち、気付かれたか」


 声が聞こえ、出てきたのはムジナ、それからカラスとマスター。

 ムジナは奪ったマスクを着け、カラスとマスターは目を閉じて、音で敵の接近を察知していたらしい。


「悪いがよ、テメェらの相手は俺達だ」

「ま、そういう事だよ。諦めたまえ」

「雑魚の相手には過分だがな」


 三人もまた階段へと飛び上がり、戦闘が始まった。


「ど、どうやら、おっ始まったみてえだな」

「レイジ兄ちゃん、喋んな」

「そうよ、だって――」


 イタチとレイコがレイジに心配そうな視線を送る。

 レイジは倒れていた。

 全身から夥しい出血をしている。

 だが、その傷はさっきの様にナイフで抉られた切り傷ではなく、銃創だった。

 あの、エキュズキューショナーが襲いかかる瞬間。

 いち早く反応したレイジがイタチとレイコを押し倒し、ムジナを押し飛ばすとまるで盾になるように銃撃を身に受けたのだ。

 もしも、ヤアンスウがその襲撃で全員が死んだと、確信していなければ、追撃で全滅も充分に有り得た事だろう。

 実際には、その身を犠牲にしたレイジ以外は、爆発での余波で負傷した程度で済んでいたのだ。

 だが、レイジはもはやその命をも散らそうとしていた。

 その傷は誰が見ても【致命傷】であると理解出来ただろう。

 溢れ出すその血は彼の命そのものの流出と喪失を意味している。


「レイジ兄ちゃん……」

「へ、何て顔をしてるんだよ。いいんだよ……こんで、よ」


 それより、そう言いながらレイジはゆっくりと口を開く。

 残された最後の力を振り絞り「――コイツを託すぜ」と、そう言いながら差し出したのは――。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ