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イタチは笑う  作者: 足利義光
第十三話
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狩人の最期

 戦いの決着というものは別段、凄いことが起きる訳ではない。

 アクション映画等では、主人公が圧倒的に不利な状況からの一発逆転という場面があり、それはクライマックスでその盛り上がりを最高潮に高めるスパイスとして扱われ、重宝される。

 だが、現実はそうもいかない。

 相対するもの同士で歴然たる実力差があれば、戦いにすらならないのは、歴史好きの人間なら大国が小国に対してのどういう言動を取り、小国がどう応じるのかを見ていればよく分かる事だ。


 それと同じで、この静かな死闘も一方が動いた段階で、結末はもう見えていた、少なくとも狙撃手にはそうだった。

 この場での先の読み合いを制したのは、駆け引きを制したのはカメレオン。

 サジタリウスは動き出した敵に対してのアクションを取ろうと試みる。一呼吸する間に矢をつがえ、狙いを飛び出した敵に向ける。


 ギリリ、という弦を引き絞る音。俄に発せられる鋭く突き刺さる様な殺気。即座にカメレオンもその場に転がると【USSR VSS】の照準を殺気の主へと合わせる。

 シュバン。風を切るのは矢の音。

 ピシュッッ。消音器により空気の抜けた様な音を立て発せられるのは、九ミリ弾。

 狙いは向かってくる矢。それさえ落とせば勝ちだからだ。

 この狙いは間違ってはいなかった。確かに、速射性では間違いなくカメレオンが勝ってるからだ。

 だが。

 次の瞬間だった。

 弾丸は寸分違わずに矢を撃つ。そして爆発が起きた。

 矢に仕込める爆薬の量はたかが知れている。それでもその爆風を想像だにしない狙撃手には想定外の出来事。


 サジタリウスが射たのは矢尻の先端に爆薬を仕込んだ【炸裂矢グレネードアロー】。たった一発限りの切り札。

 相手カメレオンの腕が尋常ではない事を見越し、放った矢を撃ち落とす事を予期した上での一手。


「く、ぬうっっ」


 カメレオンは思わぬ攻撃で、一瞬相手への注意が逸れる。

 この隙を生み出す事こそがサジタリウスの狙い。

 予期せぬ爆風で、視界を遮られ思わず目を破片から守ろうとしながらその場を転がる。


 ここでサジタリウスの取るべき選択肢は二つ。

 一つはこの場から逃げ出す事だ。マタギの家系に生まれ幼き頃から山での生活に慣れ親しむ事で優れた身体能力を持つ彼は自然と【パルクール】の様な動きを可能にした。その彼ならばここからの退却も可能かも知れない。

 だが、一方で相手が超一流の狙撃手である以上、下手に間合いを取る事は相手の望む展開になりかねない。

 もう一つは、この間隙を抜きながらの接近戦。奇襲攻撃だ。

 機先を制する事が出来た今なら、倒す事も可能かも知れない。


 そして、サジタリウスが選択した行動は――。


 カメレオンがチッ、と軽く舌打ちを入れた。

 瞬間、その身体は反応した。爆煙に紛れる気配の動きを感覚的に感じたのだ。その場から飛び退きつつ、腰に差したナイフを抜き出すや否やそのまま前に向けて切りつけた。

 ザシュ、という血肉を切る感覚。

 カメレオンの左手とサジタリウスの右手が互いのナイフで抉られ――血を吹き出す。

 この瞬間、狙撃手は射手の状態を目視出来た。

 どうやら、万全の状態でないという予測は的を得ていたらしい。

 顔を見ただけで、その微かな表情の歪みを目にするだけで把握出来た。その上で、こうして接近戦を敢えて挑むのは相手もまた超一流という証左に他ならない。

 火中の栗を拾う。

 虎穴に入らずんば虎児を得ず。

 色々な言い方は有るだろうが、少しでも生存率の高い選択肢を取らず、向かって来た事は評価に値する。


『――だが、ここまでだな』


 互いのナイフが付けた傷はまだまだかすり傷程度の物だ。

 だが、初手で深手を負わせる事が出来なかった以上、もう彼に出来る事は無い。素早く身を翻すと即座にナイフを振る。

 サジタリウスはその猛攻を何とか凌いでみせたものの、キレは確実に落ちていく。それと比例してナイフが徐々に身体を抉り始める。


「く、ぐうっっ」


 遂にサジタリウスはナイフを落とす。

 飛び退こうとするのを足で踏みつける。そうして動きを遮ると右手から左手にナイフをスイッチ。素早く鋭い突きを放つ。

 射手はその攻撃が、自分の命を間違いなく刈り取るだろう、と認識した。

 不思議と悔しさは感じなかった。

 今の自分が持ちうる手段を選んだ結果、なのだから。

 だが、ナイフが心臓に届く事は無かった。

 気が付けば、狙撃手は改めて距離を取っていた。

 その理由は単純明快で、新たな敵がこの場に姿を見せたのだから。

 カメレオンはサジタリウスから飛び退く際に、油断無くUSSR VSSを拾っていた。そして銃口を新たな敵へと向け――引き金を引き絞った。

 相変わらずのプシュ、という空気が抜けた様な音と共に弾丸が襲った。

 狙いは特に付けない。何処でも構わない。とにかく先手を打つ事を最優先する。

 その乱入者は向かってくる弾丸をあっさりと躱す。

 狙撃手は、さらに自動小銃から二発の弾丸を放つ。

 今度は確実に仕留める為に、狙いを定める。

 一発は、肝臓に。もう一発は心臓へと。

 えげつない程に冷静な精密射撃と言って過言では無い。

 それを乱入者はシュルンと風を切る音を出しながら、何かを振るう。そして、俄には信じられない光景を目の当たりにした。

 弾丸が叩き落ちた。その振るわれた棒状の何かによって。


「くだらんな、ここは面白そうだったと想ったのだが……」


 そう心底ガッカリした様子すら伺わせるのは、レオ。

 百獣の王の異名を持つその男は不敵に笑う。

 彼がここに姿を見せたのは理由がある。



 ◆◆◆



 ――もしも、合図があったら、君にそこに向かって欲しい。


 そう言ったのはジェミニだった……そうだ。

 彼はあのクロイヌと協力関係となり、今夜の出来事に備え、いくつか対抗策を練っているらしい。

 尤も、私自身はそういう準備が好きでは無いので、細かい打ち合わせは全部従者たるキャンサーに放り投げていた訳だったが。

 とにかく、クロイヌ、もしくはジェミニがフォールンにより自制心を失った連中の相手をするのはヤアンスウにとっても想定内の事だろう。そこで、確実に仕留める為に投入されるのは、【狙撃手】。

 それも超一流の腕を持つ、【カメレオン】であるだろう、と。


 先手を取られるのは、仕方がないと二人は考えているらしい。

 そのカメレオン、という狙撃手は敵地への単独潜入を得意にしており、見つけ出すのは極めて困難だそうだから。


 そこで、三段構えでその狙撃手を仕留める算段となった。

 まず、クロイヌがわざと目立つ様に動く。

 カメレオン、という相手は最初は警告射撃をしてくるらしい。

 わざと、相手を仕留めずに狙われている事を自覚させてから殺しにかかるという。【狩人】気取りというわけだ。

 底意地の悪い男だ。

 そうして、先手を打たせた所で、次の手。

 予め、いくつか存在する狙撃に適した場所を凄腕の【射手】に監視させ、時間を稼ぐ。ここでもしも、倒せるなら幸いだそうだ。

 だが、もしも、手に負えない時は【合図】が上がる。

 そこにカメレオンがいるという合図を。

 そして三つ目。

 私がカメレオンを仕留める。これで終わりだ。

 特に問題は無い。


「成る程な、射手とはお前か?」

「そう言うお前はレオか」


 そこにいた射手とは、サジタリウスだった、と言うわけだ。

 無論、【サルベィション】にいた頃は互いに仮面を付けていたから、素顔は知らなかった訳だが。

 見た瞬間に理解出来る物らしい、仮面から滲み出る互いの【本質】というものは。


「何だ。もしかして私は嵌められた、という訳か?」


 カメレオンが笑う。この男の本質、それもよく分かる。

 この男にとって、殺す事は【悦楽】だ。

 目を見れば分かる事だ。

 持っている自動小銃は、見た所二十発程の装弾数という所か。

 それに、自動小銃としてはかなり軽量化されているらしい、その気になれば連射までこなせそうだ。


「お前に一つ尋ねる。……お前にとって【闘争たたかい】とは何だ?」


 この問いかけは、私が敵を斃す前に聞く儀式の様な物だ。

 自分に自信を持つ者なら必ず何らかの答えを返してくる。この狙撃手の場合は…………。


「決まっている。生きる為の【息抜き】と【実感】だ。心が落ち着くのさ、殺すとな。そして、生きている実感を覚える」

「そうか、思った通りの外道だな」

「逆に尋ねよう、そちらはどうなんだ? 【闘争さつじん】とは何だ?」


 カメレオンは、舌でも伸ばしそうな勢いでジトリとした視線をこの私に向けてきた。

 実に不快な視線だ。こちらをどう料理しようか考えているらしい。全く無駄な事をするものだ。


「相手に対する【敬意】だ、私なりのな。

 私は手を下した相手の顔を忘れない。その顔を、目を忘れない。……決してな。」

「何だそれは……昔の騎士気取りか?」


 奴には理解出来ないだろう。

 奴に取って他者は狩りの【獲物】でしかないのだ。自分の娯楽としてのな。

 私には、闘争こそ生きる事だと思っている。

 互いの信念と信念とのぶつかり合いを解消する究極の手段にして、尤も原始的な解決法。人としての本能だ、と。

 だが、奴には理解出来ぬだろう、構わんさ。だからこう言葉を返そう。


「もういい、始めようか」


 それが開戦のキッカケになった。

 カメレオンは自動小銃の引き金を引きながら、後ろに飛び退く。

 その武器を活かす為の距離を取りながら。

 好きにするといい、私はお前の全てを飲み込むだけだ――百獣の王として。この牙にして、爪であるこの【ハルバート】でな。


 奴の放つ弾丸は的確にこちらの急所を狙ってくる。だからこそ、躱すのは容易い。半身にしながら体捌きだけで躱していく。

 シュン、シュッ、と身体を掠めていく弾丸。

 滲む血潮、に実感する。そうだ……これこそが生きる為に必要な事だ。互いにな。抱く感情は違うが、な。


 奴は不意に足を止めた。

 そして下半身を低く沈めると、こちらに突進してきた。躱せぬ距離まで肉薄するつもりだな――いい度胸だ。私も足を止めると、腰を捻りハルバートを構える。

 これは、一発勝負。退路にげみちを無くし、覚悟を決める為に。


「らああああっっっっっっ」


 私は吠える。

 この身体を細胞の一つ一つにまでこの声を届けるように。

 全てを出し尽くして、敬意と尊厳を込めて、この一撃を放つ。

 ブウウオン。

 風ごと叩き切るような勢いで奴に迫る斧の刃。

 カメレオンは詰め寄りながら弾丸をばら撒く。狙いは全身。全てを躱し切るのは不可能。上等だ!

 ガキャン。

 斧の刃は自動小銃を直撃。弾き飛ばし、叩き切る。

 奴は表情を変えない。予期していた様だ。私の身体に衝撃が走る。躱し切れなかった弾丸が何発か貫通したようだ。

 吹き飛ばされそうな身体をハルバートを振るい押し留める。

 ジャキッ、何かが引かれた音。

 カメレオンが腰に手を回し、二丁の拳銃を向けてきた。聞こえた音は安全装置を外した音で間違いないだろう。

 距離にして二メートル。奴は既に懐に入り込んでいる。

 間に合うか?


「く、ぬううっっっ」


 私はぐらつくのを堪えた。相手の身体にぶつかりながら何とか倒れないように。アドレナリンの分泌で一時的に痛みは麻痺しているらしい。

 右肩、左腕、腹部、それから右の大腿部。どれもこれもギリギリで急所を逸らした。だが、即座に病院送りだろう。


「くっっはは……充実したなぁ。いい狩りだった……」


 笑いながら、カメレオンは口から血を吹き出す。

 ハルバートの槍は奴の心臓を貫いていた。

 私が仕掛けた事は、ハルバートを使う上での基本動作だ。

 斧で切りかかり――鉤で引っ掛け――槍で貫く。

 最後に頼るべきは、日頃の積み重ねと言う事だ。

 どう、という音を立て、カメレオンは倒れ、私は抜き取ったハルバートを杖代わりにし、堪える。


「これでいい。戦いの中で死ねる事こそ……願いだった」

「そうだな、その点だけは同意する」

「いい、月夜……だ…………なぁ」


 それが最期の言葉だった。

 その言葉を刻もう、心に。そこにいるのは命を懸けたやり取りをともにした戦士なのだから。


「結局、お前の方が重傷だな、百獣の王。」

「そうだな、強い相手だったよ、射手」


 心無しか、月明かりがいつもよりも目映かった。

 こうして、一人の戦士が散った。

 願わくば、安らかに逝けた事を祈るとしよう。



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