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イタチは笑う  作者: 足利義光
第十三話
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思わぬ縁

 それを見たレイジは思わず苦笑するしか無かった。半ば呆れた様に呟くこう呟く「……マジかよ」と。


 それはゆらりと起き上がり、その顔を見せる。

 そこでレイジは気付く。相手は無傷では無かった、と。

 オートマグから発せられた【30カービン弾】が相手の眉間を大きく抉っていたのを。

 奴は脳への直撃を避ける為に大きくのけ反ったのだと。

 咄嗟の事とはいえ、あれだけ至近距離で狙ったと言うのに仕留め切れなかった。もう奴は決して同じ手には乗らない。

 しかも、だ。

 その抉れた眉間の傷が、急速に修復されていくのを目の辺りにして、ナノマシンの適応力が自分や零とは桁違いに高い事を悟る。

 何もかもが規格外なこの殺人人形に、自分は間違いなく殺される、そう認識せざるを得なかった。


『でもよぉ、だからってタダじゃ死なねぇ……刺し違えてでも』


 胸に抱くのは悲壮な決意。かつて自分がやるべきだった事。

 傍目からは、いつも通りに不敵に笑いながら、言葉を紡ぐ。


「……来いよ、チビ助ッッッ!!」


 そう吠える様に叫ぶ。

 殺人人形は、そこで初めてニヤリとその口元を大きく――ぎこちなく歪めて笑う。そして……。


「いくぞ」


 そうハッキリと言葉を口に出すと襲いかかった。


 幾度となく起きた爆発の余波なのか、いつの間にかフロアの照明が突然落ち、非常灯の薄い緑色の心細い光だけとなる。

 そこにまるで狙っていたかの様に雲間から月明かりが入り込む。

 何処か幻想的ですらある舞台装置に彩られ――鮮血の舞台の間が開く。



 ◆◆◆



 そこは真っ暗だった。

 何もかもが真っ暗で、何ていうかドロドロしている。

 オレは何でこンな所にいるンだ?

 確かオレは、レイジ兄ちゃんと殺り合っていて、その途中で急にフラフラして…………。

 何なんだ、ここ?

 周りを見回して見ても周囲はその全てが真っ暗だ。

 それ以外のどんな色もそこには存在しない。

 今が昼なのか夜なのか? 一体どの位の時間が経っちまったのか?

 何もかもが分からねェ。とりあえず手を伸ばしてみる。

 見えなくとも何かに触れれば少しは状況も分かるから。


≪ムダなことすんじゃないよ≫


 声がした。それもすぐ近くからだ。思わずオレは、声の聞こえた辺りに視線を向ける、誰かがいると考えて。

 だが、そこからは何の気配もしない。

 それどころか、オレは気付いた。自分の身体が動かない事に。

 どういう理屈かは分かンねぇ、歩いていると思っていたのに実際にはその場から一歩も動けていないンだ。


≪だから――言っただろう? ムダなことすんじゃないよ、って≫


 声がまた聞こえる。今度はオレの真後ろからだ。

 振り向き様に勢いよく裏拳を放つ。誰だか知らねぇがふざけやがって!! 顔面にでも喰らえ、と思って。

 だが、盛大に空振って勢い余ったオレはその場に転倒した。


≪アハハ、何やってる?≫


 声は、起き上がったオレをおちょくるかの様に今度は真ん前から聞こえる。

 だが、そこには誰の姿もない。何も無いただの空。


「ど、どういうこった?」


 困惑し、目をパチクリさせるオレに対し、声の主は楽しそうに≪アハハハっっ≫と高らかに笑い声をあげた。

 これは一体、どういうこった?

 夢でも……。


≪夢じゃないよ、これは。いやぁ、待てよ…………ある意味じゃ、ここは【夢みたいな】世界かも。うん、そうかな≫

「何を一人で勝手に納得してやがンだ! 答えろ、ここは一体何処なンだ?」


 この光景を、もしも他人に見られたら頭がおかしい、そう思われるかも知れない。オレ一人で誰もいない場所に話しかけてるンだからな。だが、実際声は聞こえる。


≪アハハハっっ、そうかあんたが【ここ】に来るのはこれが初めてなんだったね≫

「笑ってンじゃねぇよ……答えろ!」

≪そうだね、もうあんたに戻る道は無いんだし、いいか。

 ……ここはあんたの【中】だよ。でも待て、もう違うな。あんた、いやこの身体、【器】の中さ≫


 意味が分からねぇ。

 声の主は愉快そうに笑いながらそう話してきた。

 何だってンだ、中だの、器だのって。オレをおちょくってンのか? いや、それにしちゃ妙な気分だ。何故か分かンねぇけど、不思議とここに【懐かしい】何かを感じる。


≪鈍いなぁ、ここはあんた……だった【者】達の墓場みたいなもんだよ≫

「墓場?」

≪そう、勿論、実際に墓場じゃあないさ。ここに死体なんかないしさ。でも、ここにはたくさんの……おれ達の残りカスがいるのさ≫


 そう主が言った瞬間だった。

 それは無数に、一斉にオレの耳に――いや、違う。

 オレの脳内、全身に響き渡った。

 それは一体、どれだけの数なのだろうか?

 無数の【声】が聞こえる。声にならない、かすれる様に弱々しい数えきれない声が。

 そこから感じる感情は【怒り】【憎しみ】【後悔】【妬み】【哀しみ】等々。

 それらの感情が一斉にオレの中に流し込まれた感じ、とでも言えばいいのだろうか。

 身体が動かない、いや、違う。動かせないンだ。

 まるで、身体なんて最初から無かったみたいに。


「なンなんだ、これ? 身体が……消える」

≪ようやく、自分が何かを理解出来てきたみたいだな、アハハハ≫


 オレは震えた。少しずつ朧気になっていく自分の身体を目にして。そうだ、怖いンだ。徐々に消えていく自分が。


≪おめでとう、これであんたも【恐怖】を理解出来てきたじゃないか。――そして、ようこそ【無限の怨嗟の世界】に≫


 何も無かったと思っていたその場には無数の何かがいた。

 何かっていう言い方なのは、それらには身体が無かったから。

 オレも同様だった。もう手も足もない。何かを掴む事も出来ない。大地を踏み締め、一歩を踏み出す事も出来やしない。


「オレは、なンだったンだ」

≪あんたは、簡単に言うならここにいた誰かの残りカスとレイジ兄ちゃんの人格の組合わさった【何か】だよ≫

「そうか」

≪そう、この器にいる無数の人々の中でもとびきり歪な何か。それがあんたさ≫

「じゃ、アイツは誰だ?」

≪殺人鬼か? あれはここにいる全ての残りカスの総意の形だ。

 ここの誰でもあり、それでいて誰でもない。

 あんたは少なくても、よく頑張ったと思うよ。ここに入っている数十万人の情報の前に人格が破綻する事なく、数年間生きてきたんだからな。……だからもういいだろう? 諦めな≫

「………………」


 オレは沈んでいく。もう、何も分からない。何も感じられない。何処か深い所に沈んでいく。



 ◆◆◆



「や、やるじゃないか」

「レイジ兄ちゃんこそ、よくここまで持ったよ、ホント」


 凄惨な光景だった。

 レイジは文字通りに全身をクロウで刻まれていた。

 その傷はさっきまでとは違い、深々とした物で、普通の人間ならあまりの痛みでショック死しているのでは、そう思わせる程の状態、そもそも失血死してもおかしくない。床はベッタリと血で染まり、この一方的な殺人ショーを鮮やかに彩っている。


 そして、その光景を目にしたヤアンスウは目を輝かせる。


「素晴らしい、これが【最高傑作マスターピース】の性能なのか。あの02を全く相手にもしないとは」


 この光景が心底嬉しいのか破顔する。

 手を口に当てて、必死に笑い声を抑えようとしている。


「……最低ねアンタ。あんな物で何を笑えるの?」


 リブラ達に組伏せられたレイコが軽蔑の眼差しを向ける。

 彼女が見る限りでは、二人にそこまでの差を感じない。

 二人ともに常人を完全に凌駕しているから。

 にも関わらず、何故こうも一方的な展開になったのだろうか。

 ヤアンスウがレイコを一瞥すると、笑いかける。


「理解出来ていないようだねぇ。何故こうなったのかを。

 あの最高傑作の素晴らしい所は、膨大な戦闘データを活かせる事だよ。普通なら一生かけて到達する武術の領域。それを手っ取り早く取得する事が出来たら――――無敵だと思わないか?

 あれはそれを可能にしたんだよ。無数の人々の知識や知恵、それらを完全にトレース出来る様に【調整】されてねぇ」

「イタチ君はもういないってワケね」

「当然だよ、あれは所詮【蓋】だったんだから。もう、蓋を開いた以上、用無しだ」

「良かったわね、でも、アンタに彼を動かせるとは思えないんだけど……」

「……少々お喋りが過ぎたな、さっきも言ったが君にもう、利用価値はない。……死んでもらおう」


 黒幕はそう冷たく言い放つ。

 リブラ達に抱えられたまま、レイコは下のフロアに投げ落とされようとしていた。

 二つの影が動いた。


「「ヤアンスウ様」」


 それは、ヤアンスウの護衛を務めていた双子の老人だった。

 彼らがヤアンスウの前に膝を突く。


「何のつもりだねぇ?」


 二人の主は不快感を隠さずに、横目から冷やかな視線を向ける。

 彼の知る限り、二人がこうして自分の前に進み出るのは初めての事だった。

 彼にとっては、絶対服従の従者。それが、この双子の存在意義。


「「…………」」

「君達、何のつもりだ?」


 ヤアンスウは一層の怒りを露にし、歯向かう従者に殺意すら浮かべた。その殺意に怯まずに双子の兄、ツイィが進み出る。


「その方に危害は加えないでください」

「何? もう一度いってみたまえ」

「私からもお願い申し上げます」


 そう言いながら双子の弟、リンも懇願した。

 その手駒の思わぬ反発にヤアンスウは侮辱された気になる。

 表情こそ、変えないがその目にはハッキリとした憎悪が滲む。

 その視線にも怯まずに、ツイィは言う「その方は恩人です」と。

 リンも続いて「我々はどうなっても構いません」と続く。


 レイコはこの二人が何故ここまでするのかが分からない。

 この二人には特別何か繋がりがあった訳ではない。

 敢えて言うなら、ギルドの巣窟に囚われた際に、双子の恐らくは兄であるツイィには親切にしてもらった位だろうか。

 それだけなら、単に相手が紳士だったと思うだけだ。

 でも、こうして今、二人が何故自分の命乞いをするのだろうか?

 それが、サッパリ分からなかった。


「くだらん、そのお姫様に【娘】を助けてもらったからか?」


 思わぬ言葉を吐いたのはヤアンスウだった。

 苦々しい表情を二人に向ける。


「言ったはずだよ、【家族】は邪魔でしかない、と。

 あの小娘を一度は見逃した、それで充分だろう?

 なのに、いつまでもしつこく父親を調べた。だから、利用したのだ、お前達も理解していただろう? そのお姫様を捕まえる為の贄にすることを。それを今更……」

「……ウサギちゃんの家族なの?」


 レイコは思わず双子に問いかけていた。

 双子の老人は、言葉こそ発しなかった。だが小さく、一度頷き、肯定する。

 思わぬ縁を感じざるを得ない。そして確信した。

 あの巣窟でのこの老人から確かに温かみを感じた事を。

 あの、人間性を削ぎ落ちた集団の中で異質な雰囲気を纏っていた理由も。


「くだらん、くだらん、くだらん!!!! 肉親? 愛情? 恩義だとぉ……全てがくだらん感傷に過ぎん」


 ヤアンスウは怒りに任せ、腰から銃を引き抜くとそのまま二人を銃撃。胸部を撃たれ、二人は倒れる。


「楽には死なせんさ、そのお姫様がズタズタにされる様を見届けてから、ジワジワと嬲り殺してやる」


 ヤアンスウは銃口を下に向ける。

 その合図に、リブラ達は躊躇う事なくレイコを投げ落とした。

 まるで物の様に扱われたレイコだったが、空中で姿勢を整え、着地する。


「さぁ、新たな生け贄だ。じっくり味わうといい!!」


 ヤアンスウが腹の底から響く大音声でそう叫ぶ。

 殺人人形は、その声に反応したのか不意にレイジから視線を変え――動き出した。


「しまった」


 相手がレイコを狙った事を察したレイジだったが、身体が動かない。殺人人形は新たな生け贄、レイコに向け猛進。

 無邪気に笑みすら称えている。


「しね――」


 そう言いながら、右手のクロウを左手にスイッチすると、上段から勢いよく突き立てる。

 心臓めがけ、凶刃が襲いかかる。











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