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イタチは笑う  作者: 足利義光
第十三話
139/154

殺意の奔流

 

「ぐあああああっっっっ」


 フロアを轟かせたのはレイジの叫び声だった。

 それはもう、戦いとかそう言ったレベルを通り越していた。

 そう評するには、あまりにも違い過ぎる凄惨な光景。


 ヤアンスウの言葉を皮切りに、イタチの姿をした何かはゆっくりと動き出した。

 一歩一歩距離を詰めていく。相変わらずの無表情に、一体何をしてくるのかも想像がつかない。

 先手を打つべくレイジが仕掛けた。

 右手のPXー4ストームを左手にスイッチすると即座に弾丸を見舞う。パパパパン。信じられない程の早撃ちで相手の額、喉、心臓、そして肝臓へと狙いを定めた。こんな芸当が瞬時に出来るのも【スイッチ】が入っているからだ。


 四発の弾丸が迫り来る。レイジは相手が躱す事を前提に次の動きを見せるつもりだった。今のイタチがかつて自分を殺した時の状態だと言うのなら、正直言って分は悪い。

 あの時も決して殺られるつもりは無かったのだから。

 だが、だからこそこの場にいる誰よりも知っているつもりだった。目の前に迫る何かを、その危険性も。


『悪いな、助けたいが、殺すつもりじゃないととても太刀打ち出来そうもないんだ』


 だが、現実は予測を裏切る。

 弾丸はあっさりと相手の急所を撃ち抜いた。

 全身から血を吹き出しつつ、どう、と後ろに倒れていく。

 思わず唖然とした空気が流れる。

 思わぬ始まりにヤアンスウですら驚いていた。

 誰もが、当然弾丸を見切って躱すはずだ、と思っていたのだから。だと言うのに躱す事を試みもせずにそのまま弾丸の直撃を受けたのだから。

 尤も、レイジも驚きこそすれ、気を抜く事は無い。

 相手が死んでいない事は分かっていたのだから。

 死んだのであれば、あの途方も無い殺意の奔流が雲散霧消しているはずなのだから。

 悪意はゆっくりと起き上がる。間違いなく弾丸は命中していた。

 着ている白いシャツには赤い染みが浮かんでいる。

 立ち上がったそれは、全身を捻り一気に回転させた。

 カラララン。

 甲高い音を立てて床に落ちたのは、紛れも無く今まで体内に入っていた弾丸だろう、微かに血が付いている。

 レイジが「ちっ」と舌打ちすると再度引き金を引く。

 至近距離で発せられた弾丸。

 それに向けナイフ――クロウを一閃させる。

 有り得ない、そう誰もが思っただろう。一体どんな速度で振るえばそうなるのか、と。弾丸はナイフで切り落とされた。

 そのまま残された左手のナイフで切りつける。弾丸をも切る程の高速で襲い来る刃先はスイッチでもボヤける程に速い。

 左へ飛び退き、鋭い斬撃を躱す。

 それでも完全には躱せないらしく肩口に血が滲む。


「く、ハハハハハッッッ」


 ヤアンスウの哄笑が響き渡った。


「素晴らしい、全く素晴らしい、よ!! 前の実験での映像を見た時も驚いた物だが、こうして本物を目の前で見るとやはり違うものだねぇ。正真正銘の怪物じゃないか!!!」


 気分が高揚しているのだろう、饒舌だった。


「実験? 何を言ってるの?」


 イタチの過去を知らないレイコの疑問は至極当然だった。

 顔をしかめ、ヤアンスウに尋ねる。


「そうか、君は知らないんだったねぇ。あれの正体を。

 …………いいだろう、私が教えようか。

 あれこそが【最高傑作マスターピース】。その名の通り最強の【殺戮人形キリングマシーン】だよ。……長年この国が研究しても完成しなかった素晴らしい兵器さ」


 そう声高に語る黒幕はさも誇らしげですらあった。


「あれの完成までに数万、いや数十万もの兵士や研究者、はたまた何も知らない馬鹿を餌にしたのだ。その憎しみや怒りはどれ程のものだろうね? あれは、そのすべてをその身に植えつけているのだよ。最早、凡人がどうこう出来る様な存在では無い」

「……ふざけないで」

「うん? ……何だって」

「ふざけるな! イタチ君をどうしたの?」


 レイコが激昂し、ヤアンスウに詰め寄ろうとした。

 気付いた黒幕は飛び退きながら口笛を鳴らす。

 すると、そこに影が現れた。

 それは天秤座の絵が描かれた仮面を被った九人の一団。

 リブラだった。


「どきなさい!! どけッッ」


 レイコは構わずに、手前のリブラの顎に掌底をアッパー気味に喰らわせた。そうして前に一歩でも進もうとした。

 次に控えていたリブラは拳を放つ。それを顔を反らし躱すや否や身体を反転。通過した腕をキャッチ。そのまま一気に投げ落とす。そうしておいて、起き上がる瞬間に両肘を後ろに放つ。それが二人のリブラに命中、ぐらつかせる。更に足を払い、膝を叩き込み、と猛然と前に向かっていく。ヤアンスウはほんの三メートル前だ。あと少し、少しなのに。

 そこまでだった。

 レイコはリブラ達に取り押さえられる。

 両肩を掴まれ、床に組伏せられた。


「いやいや驚いたね。ほんの少しだったのにねぇ。思っていた以上に君は強い。……さすがはマスターの娘と言った所だろうか。

 しかし、所詮は【人殺し】ではない業に過ぎない 。【児戯】だねぇ」


 ヤアンスウは上から見下ろしながら話しかける。

 わざわざ「可哀想に」と大袈裟に両手を動かしながら笑った。


「答えなさい、イタチ君をどうしたの?」

「何も知らないと言うのも罪な事だねぇ、いいかね?

 あれはそもそも【人格】等と言える物を必要としないのだよ、戦場で敵の【殲滅】を実行する為の人形なのだからね。与えられたのは擬似的な【記憶データ】で、それも何処の誰かも知らんそこいらの人懐っこいガキのそれだ。

 さっきまでの人格にしても、前の実験で喪失した人格を埋める為に下で戦ってるそこのレイジ兄ちゃんが、瀕死の状態で分け与えた自分自身の記憶と、喪失した前のガキの記憶の残滓が融合したものに過ぎん。…………分かるかね? あれは自分が誰かも何かももう知らんのだ、ハッキリ言ってやろうかねぇ――イタチは【死んだ】んだよ」


 ハハハハハッッッ、という哄笑でヤアンスウは会話を打ち切った。

 悔しい、レイコは今、心底そう思っていた。

 何も知らなかった自分が悔しかった。自分が何で子供の頃から人目を避けるようにして生きてきたのかずっと疑問に思っていたにも関わらず――何も知らずにいた事に。

 カラスははぐらかしてはいたが、根気よく何度も問いただせば、その内話してくれたに違いなかっただろう。

 なのに、聞かなかった。

 何となく当たり前の事だと勝手に思い込んでいた。理由は簡単だ、都合の悪い話を聞くのが【怖かった】からだ。自分が臆病で無ければ【父】の事ももっと前に分かっていたかも知れない。

 自分にもう少し、ほんのもう少しだけ【勇気】が有ればこんな最悪な事態になるのを防げたのかも知れないのだ。

 イタチにしてもそうだ。

 彼が普段から時間を見つけては何かを調べていた事は分かっていた。何年もの間、一緒に暮らしていればお互いの事は大体分かってくるものだ。どんな事が好きで、どんな事が苦手で敬遠しがちか、等々の事は把握できる。

 イタチが【過去】、それも五年前以前の【記憶】に拘っていたのもよく知っていた。以前、酒に酔ったイタチが言っていたのを思い出す。


 ――オレには何にも無いンですよ。あるのはこの五年間の事だけ。後は、ボヤけてて何て言うか、バラバラの【パズル】みたいなンです、それも欠片ピースの足りないパズルなンだよ。

 色々やってみたンだ。催眠療法とか、何だかをさ。

 でも分かンなかった。何も分かンなかったンだ。

 だから、オレはもしかしたら一生昔の事は分かンないままなのかも知れない。…………でもどうしても知りたいンだ、あの夢に出てくる【おっさん】とか、他の誰かの事を――オレは知りたいンだ。


 あの時のイタチの言葉に偽りは無かった。

 あの時、もしも自分も手を貸していたら、今の展開も変わっていたのかも知れない…………そう考えると、悔しかった。


『アタシは何もしなかった。最悪だ』


 今となっては、その小さな積み重ねが、この事態を招いた様な気すらする。

 この、眼前でしたり顔で勝ち誇る外道を止められたのかも知れなかった。思わず叫ぶ「放せ、こんのクソ野郎」と。

 その言葉は、ヤアンスウに届いた。そのニヤついた笑顔が瞬時に変わっていく――怒りの形相へと。


「今、なんと言いましたか? 気のせいですよねぇ」

「何度もでも言ってやる、クソ野郎!!」


 ヤアンスウは、もう一度浴びせかけられたその罵倒に目をギラつかせた。逆鱗に触れたのがよく分かる。離れていてもヒクヒク、と顔の血管がヒクつくのが見えるから。


「上等だ、このくそアマが!!! いいでしょう、死にたいのならそうしてやる。どうせもうお前に価値など無いんだしな!!」


 そうこれ迄とは打って変わった口調で捲し立てると、指をパチン、と鳴らす。そして宣告する、死ね、と。



 ◆◆◆



「くっ、ったく。可愛げも何もあったもんじゃねぇな」


 レイジは自身がボロボロにされていくのを実感していた。

 既に、全身をナイフで切られていた。手も足も、顔も背中も腹も全てをだ。深手に至っていないのはレイジ自身の反射神経によるものだが、このままでは確実に失血死を免れないだろう。

 だが、同時に一つの疑念が浮かんでいた。

 それはあの殺戮人形に、【自我】があるのでは無いのか? という事だった。

 どうにも妙だった。昔、あれと殺り合った時、あれは満面の笑みを称えていた。あれがイタチのものでは無いのなら、【誰】が笑っていたと言うのか?

 あれは間違いなく、殺しを【楽しんでいた】。楽しめるという事は、そこには感情が存在する。感情とは、自我があるからこそ存在する物だ。

 あの時の殺戮人形より、今の奴の方が段違いに強いのは、この数年間で身体の持ち主が強くなったからだろう。

 だからこそ感じる【違和感】。

 コイツがその気なら、もう自分は死んでいるハズだ――そう思えて仕方が無かった。

 それは、ナイフ捌きからしてそう思えた。

 奴は敢えて【急所】を外しているのでは? そう感じた。

 こちらの反応速度を見切った上で、ギリギリ躱せる速さと狙いを付けている様に感じる。

 勿論、そうは言っても少しでもタイミングを外せば即座に致命傷になりかねない。こちらは文字通りの命懸けだ。余裕なんか無い。

 奴は表情こそ変えないが、しかしその行動には微かな感情の吐露を感じるのだ。これは傍目からは気付けないだろう、肌と肌を合わせてみない事には理解出来ない感覚。

 そして、レイジの中で出た結論。それは、あの殺戮人形は自分を【なぶっている】というものだった。


 それは即ち、それだけの差が横たわっていると言う事だ。

 悔しいが勝ち目は低い。

 コイツの中には自分やムジナ、零の中に叩き込まれたデータに合わせて、更にイタチとしてのこの五年間の経験まで入っている。

 コイツから発せられるこのダダ漏れの殺気は良くも悪くもこの殺戮人形に膨大過ぎる【何か】をブチ込んだ結果なのだろうから。

 さっきまでのイタチと五分以上にやり合えたのは単にイタチが兄と慕う自分の記憶と戦闘データをベースにしているからだ。

 だからこそ、ああも噛み合ったに過ぎない。

 五年前、あの時の事は今でもよく覚えている。


『あれはもうアイツじゃなかった。今度はもう――救えない』


 ふぅ、息を小さく軽く吐き出す。

 そこに殺戮人形が向かう。相変わらずの無表情で、左手のナイフを喉元めがけて滑らせる。

 ガツン、ナイフにPXー4ストームの銃身がぶつかった。一瞬ナイフの軌道がずれる。だが、殺戮人形は気にしない。そのまま刃先を喉元へ向ける。

 パキィン。

 目の前でナイフがへし折られた。そして何かが高速で飛んでくる。

 弾丸だと認識した瞬間――それは眉間を貫いた。

 その反動で殺戮人形の身体が後ろに吹っ飛んでいく。

 文字通りに糸の切れた人形の様に力無く、転がった。


「ハア、ハァ」


 ムジナの右手には【銀色のオートマグ】が握られていた。

 ムジナがこの銃を使うのは相手を間違いなく【殺す】。そう決意した時だ。


『いくらナノマシンで回復力が高まろうが、脳髄を破壊すれば終わりだ』


 仮にも自分の【弟】とも言える存在を射殺した、という実感がねっとりと纏わりつく様だった。

 だが、これで終わりでは無かった。

 レイジの全身に怖気が走る。

 殺意の塊はまだ死んでいなかったのだから。

 それはゆらりと起き上がった……何事も無かったかの如く――平然と。






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