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イタチは笑う  作者: 足利義光
第十三話
136/154

生か死か

「「せやあああっっっ」」


 かけ声と共にぶつかり合う二人。

 互いの肩と肩が激しく衝突する。

 体格ならカラスが一回り以上優っている。

 だが、この場合は相手が、オウルが押し切った。

 理由は簡単、その場から動かないカラスに対し、オウルはその身軽さで攪乱しながらぶつかってきたからだ。加速した勢いを受け、カラスはよろめく。そこにオウルは左手に握ったナイフを振るう。

 その軌道もまた読みにくい。何故なら、オウルはその狙いを直前で刃先をずらしてくるからだ。今回はカラスの右手首から刃先を変更して肩口を狙ってきた。避けきれないカラスは倒れ込む事で深手を避けるも「つっ」と言い、表情を歪める。

 更にオウルは右手のナイフを上から振り下ろすべく構える。

 カラスが反撃にベレッタから弾丸を放たなければ、間違いなく死んでいただろう。

 弾丸はオウルをのけ反らせた。そして、互いに一旦距離を外し、間合いを取った。


「フフフ、楽しい。楽しいよレイヴン」


 オウルはそう言いながら左に握ったナイフの刃先に付いた相手の血を舐め、満足そうに微笑む。


「そうか、俺は生憎ちっとも楽しくないな」


 カラスは淡々とした様子で返す。

 こうして交差しながらぶつかり合っているが、形勢は芳しくはなかった。

 深手を負った訳ではない。だが、今の肩口以外に、太もも、腹部、肘……とあちこちにナイフで傷を付けられた。

 こうして少しずつ抉られていけば、徐々に動きは鈍くなっていくだろう。現に腹部は痛みだす。

 これがオウルの戦闘スタイルだ。全身を切りつけ、徐々に相手の動きを制限していき、動けなくする。そこにトドメを刺す。まさにオウルが木の上から獲物を仕留める様に無慈悲な一撃で。


「まぁ、そう言いなさるな。私がこうして本気を出せる相手は、お前位の者なんだから。……もう少し楽しませてくれよ」

「御免被るね、俺には遊んでいる時間は無い。とっとと仕留めに来いよ……風穴を開けてやるさ」


 そう言うなり、カラスは両手のベレッタから弾丸を放つ。

 微かに左右の引き金を引くタイミングをずらし、オウルの動きを牽制。そうしながら自分から突進――距離を詰めていく。

 オウルの恐ろしい所は、持ち前の機動力を駆使する事で、間合いを実質六メートルにまで変えている事だ。

 相手が距離を取り、呼吸を落ち着けようとしている隙に喉を掻き切る。

 別の相手が瞬きした瞬間に眉間にナイフが突き刺さった。等々の話がごまんとある。

 相手がナイフしか使わないから接近しなければいい、そう考えている内は決して勝てないだろう。

 だからこその突貫。


 オウルは向かってくる弾丸を半身で避け、頭を下げて躱し、ナイフに取り付けたナックルガードで弾いていく。

 そうしながら、相手が向かってくるのが嬉しいのか満足そうに歯を剥いて笑う。

 距離は一メートルも無い。ナイフもほんの一歩踏み出せば、簡単に届くだろう。しかし、その一歩が遠い。

 カラスからの弾丸はほんの少し発射タイミングが違う。素人が慣れない手付きで扱っているのではない。歴戦を生き抜いた殺し屋からの攻撃だ、間違いなく自分を仕留める為の射撃だろう。

 弾丸は頬を掠めた。仄かに熱を感じ、何かが流れていく。

 気分が高揚するのが良く分かる。

 久し振りに身近に感じる自分の死の予感。


『やっぱり、殺しあいにはこうした緊迫感が必須だよなぁ』


 そう心から思い、オウルはその一歩を踏み込む。

 踏み込みながら右のナイフをアンダースロー気味に投げ付けた。

 殆ど零距離での反撃は、カラスの左手のベレッタで叩き落とす。そこにオウルから右手刀。左手首を痛打されベレッタが落ちた。

 カラスが、残った右のベレッタの引き金を引く。狙いは相手の眉間。距離は無い、間違いなく直撃。そう思った。


「ぐううう」


 オウルは無理矢理、肩口から先を横にずらし躱す。

 そうしておいて交差する刹那にそのまま強烈な頭突き。

 ガツン、という鈍い音が互いの中で響き、衝突の余波で互いにぐらつく。それでもカラスは前のめり、オウルは後ろへ身体がふらついた差が出た。

 左拳を鳩尾へと放つ。オウルはそれをまともに喰らった。

 フワリとした妙な手応えを感じた。まるで、暖簾を殴った様に。

 オウルはクルリと身を翻す。そして何事もなかった様に、態勢を整える。

 カラスはチッ、と舌打ちを入れると呟く。


「軽功ってやつか」

「理屈は近いかな、少し違うけど」


 オウルは笑いながら飛びかかる。カラスはベレッタから弾丸を放つ。それをナイフで切り裂き――そのまま相手の喉元へと向ける。

 カラスが左の掌を差し出し、その刃先を受けた。

 ズブリという嫌な感触が突き通る。だが、同時にオウルの身体が宙に浮く。その鳩尾に今度こそ前蹴りが食い込んだ、はずだった。

 だが、オウルは表情一つ変えない。身体を蹴りの勢いに合わせ回転。容易く威力を殺す。カラスは半ば呆れ気味に言った。


「軽業師みたいな動きだな、全く」

「と言うより、お前が弱いんじゃないか? ……どうやらこの数年間で随分と腕が鈍ったみたいだな」


 オウルはそう言葉を投げ掛け、挑発してくる。

 その疑問は、カラス自身感じていた。

 いつの頃からだろうか、自分の中で決定的に何かが欠けていくのがある日分かった。

 それは最初はほんの小さな綻びだった、様に思う。

 動きそのものが衰えた訳じゃないのは分かっていた。

 現に手合わせをしていても、イタチにしてもレイコにしても遅れを取った事はなかった。だが、何かが確実に欠けていく。

 それを特に実感するのは、命のやり取りの際だ。

 相手の動きは前と変わらず見えている。だから【目】が衰えたのではない。

 オウルのナイフが迫る。ハッキリと見えている。狙いは喉元だと。

 オウルの戦い方は昔から変わらない。確実に敵を殺せるという理由から頸動脈を断ち切ろうとそこを起点に狙ってくる。

 そうしておいて、相手が反応してくるのなら手首や足首等の末端を攻撃してくる。確実に敵を弱らせる為に、だ。分かっていても喉を狙われればそこをカバーするしかない。

 オウルの戦い方は一言で言うなら究極の【ワンパターン】だ。

 他に余計な事を覚える必要はない。それだけを徹底してその身に染み込ませる。そこに【天性】は存在しない。あるのは只々確立されたシンプルな選択肢のみ、だ。【生か死か】という単純な選択肢。

 ナイフは軌道を反らし、カラスの左手首を掠めた。

 それは確実に迫って来ている。一つ一つならそう大した事は無いだろう。だが、僅かな積み重ねの繰り返しの行き着く先は、死だ。

 徐々に出血が増えている。このままだとあと何回かで失血死も重文に有り得る。そういう嫌な意味で確信出来る。

 目の前にいる【猛禽類オウル】は、決して狙った獲物を逃しはしないのだから。


「かはっ」


 カラスは呻くとその場で膝を付いた。

 身体が重い、悲鳴を上げているのが分かる。

 オウルはそんなかつての戦友に対して、哀れむような視線を向けた。かぶりを振り、はぁ、と一呼吸する。そうしておいて、顔を上げたや否やその場で後ろ回し蹴りを顔面に叩き込んだ。

 カラスの巨体が大きく揺れる。


「いくら頑丈な身体をしていようが、脳を揺らされたら元も子もない。…………言っただろ?」


 それは、マスターが何度となく自分の授業で繰り返し教えた事だった。


「結局、強さとは才能の有無ではなく、それまでの積み重ね」


 カラスの口から出たのは、同じくマスターが授業で教えた言葉。

 才能という意味で言うのなら、カラスは間違いなく図抜けた存在だった。恵まれた体格と豪気な性格。たったこれだけで周囲を圧倒出来た。そこに日々の実戦で身に付いた血と汗が経験値として加算されていく。これがカラスやクロイヌ達のあの特殊部隊の個々の強さの源流だ。


 ゆっくりとカラスは立ち上がる。その身体は重い。その事実は、今の自身が緩慢ながら【死】に近付いているという証左。

 このまま戦える時間ももうあまり長くは無いだろう。


「ほう、そう来たか」


 オウルが感心した声を上げる。

 カラスはベレッタをその場に投げ捨てた。その代わりに手にしたのはたった二発だけしか弾丸を込められない【デリンジャー】。

 黒のデリンジャーをホルスターから抜く。


「制限することで集中力コンセントレーションを高めよう、という事だな! 思い切りのいい奴は好きだぞ……尤も、それで勝てる程に世の中は甘くは無いんだがな」


 オウルは口元を大きく歪めて笑うと、左手のナイフを指揮棒タクトの様に相手に向ける。

 それは彼なりの【死の宣告】。次で仕留めるという宣言。


「お前も似たような事をしてるじゃないか。仕留められなかったらどうするんだ?」


 カラスの指摘に、オウルはもう言葉を返す事は無い。

 さっきまでの様な何処か、楽しんでいる様な雰囲気はもうそこに存在しない。

 そこに立っているのは、かつて、カラス達の経験した大戦の前に起きた戦争で世界中で暗躍した男に植え付けられた、殺戮人形キリングマシーンとしての絶頂期の自身の姿。

 ただ、立っているだけで全身をナイフで切られているのでは無いのか? そう錯覚してしまう程に圧倒的な【殺意の権化】。

 思わずジリジリと気を抜けば後ずさりしてしまいそうになる。


『気圧されるな! 俺はここで負ける訳にはいかない』


 カラスは自身にそう言い聞かせると、改めてその身体を微かに前傾姿勢にする。いつでも動ける様に適度に全身を脱力させて。

 殺意の権化となったオウルは大きく目を見開き、相手の動きの全てを目視した。

 オウルとは、言うなればイタチやムジナ、レイジ達に植え付けられた様々な【戦闘データ】の根幹。いわば【試作品プロトタイプ】と言っても過言ではない【仮想人格プログラム】。

 この【オウル】と呼ばれる殺戮人形は、百年に一人の存在とされた天才脳医学者が開発したのだが、その脳医学者はオウルを完成させた直後に自殺。同時に研究資料を破棄。その後このプログラムを結局、誰も解き明かせずにこうして長年に渡って様々な実験が繰り返され――今に至った。


『確かにオウルは化け物だ。だが』


 カラスが先に仕掛けた。二人の間合いは五歩くらいだろうか。時間に変換すれば、ほんの一秒少しだろう。

 オウルは見開いた目を凝らし、向かってくる相手の全てを見る。

 一歩、二歩とコマ送りの様にゆっくりとした相手の歩みの全てが見える。カラスはデリンジャーをギリギリで使うだろう。こちらが反応しきれない、そう思えるギリギリまで引き付けて。

 三歩目。カラスのデリンジャーが俄に動く。間違いない。次で発砲する、そう確信したオウルも動き出す。

 四歩目。

 互いの身体が交差する。カラスはデリンジャーの銃口を相手に向ける。オウルはその銃口を左手に持ったナイフの刃先でカツン、と反らす。そのままの勢いで腕を滑らせ――喉を狙う。

 ドス。ナイフが肉に食い込んだ。カラスの左肩に。瞬間、衝撃が走った。オウルの身体がぐらつく。何をされたのかはすぐに理解できた。カラスの頭突きを貰ったのだ。そこへ突き刺さる様な勢いの膝がめり込む。思わずのけ反るオウルは、ヨロヨロと後ろに下がる。


『不味い、デリンジャーが来る』


 そう確信していたオウルは咄嗟にナイフを手放す。そうして相手の右手を掴む。引き寄せて間合いを無くす為に。

 またも強烈な衝撃がオウルを襲った。

 カラスはオウルの攻撃パターンを読み切っていた。だからこそ、さっきのナイフも受け流せた。だからこそ、こちらの思惑通りに誘導出来た。カラスの本命はデリンジャーでは無かった。

 最初から、自分自身の巨体を武器にするつもりだった。

 引き寄せられる勢いで左肩をオウルの顔面に打ちつけた。まるでハンマーを喰らった様な感覚がオウルを襲う。受け流そうと身体が後方に下がる。だからこそ――そのまま押し進む。

 ドオン。オウルの身体はそのまま壁に叩き付けられる。

 思わず「がっはっっ」とオウルは呻くと、そのままズルリと力無く崩れ落ちた。



「く、はっ…………負けたの、か」


 オウルが目を覚ます。目の前には膝を付いているカラスの姿。

 その傷口は止血済みらしく、それなりの時間が経った様だ。

 気が付いたカラスが言葉をかける。


「ぐっすり眠れたか?」

「ふん、ぬかせ。何故……負けたんだ、私は」

「殺し合いなら、お前の勝ちだったさ。だけど、俺にはお前を殺す理由がない」

「……どういう意味だ?」

「お嬢の――リサの親父を殺せるはずが無いからな。こいつがお前の言う【弱さ】なら俺は甘んじて受けるさ」


 その言葉を聞いて、オウルは「ハハハハッ」と大笑。カラスもつられて笑う。


「そういう事か、勝てない訳だ。こちらと違い、最初から【先】を見据えているんじゃ、な。………………私の負けだな。

 初めてだよ、自分よりも弱い相手に負けたとは。ハハハハッ」


 それは最凶の猛禽類が地に落ちた瞬間だった。






















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