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イタチは笑う  作者: 足利義光
第十三話
135/154

蛮勇と剣術

 

「しゃあっ」


 鋭い気迫を込めてムジナは動き出す。

 零は無言で腰にフォセを握ると迎え撃とうと構え……動く。

 大股に間合いを潰すその動作はムジナからすれば無駄が多く、お世辞にも大した技量とは言えない。

 だが、そんな事は小手先でしかない、そう言わんばかりにフォセが勢いよく振り下ろされる。ぶうん、という力任せに放たれる強烈なその一撃は文字通りに必殺。刀で受ければ間違いなくその重さと威力の前に刀身は易々とへし折られ、そのまま頭を割られるだろう。

 咄嗟に後ろに飛び退く。

 そうしておいて、素早く抜刀、刀を横凪ぎに一閃。

 手応えはあった。刀を鞘に戻すと同時に零の胸部から血が吹き出る。だが、零は微かに身をのけ反った為のか浅かったらしい。

 カウンターとばかりに前蹴りが食い込み、突き飛ばされる。

 そのまま数メートル転がり、態勢を整え、膝立ちの姿勢を取った。

 零は特に追い撃ちをかけてくる様子は無い。

 それがムジナのさっきの居合いを警戒してのものか、或いは余裕からかは分からない。


『にしても、キツいぜ』


 ズキズキ腹部が痛む。これで二発。最初は恐らく何らかの金属を仕込んだ肩での一撃。それから今の前蹴り。そっと手で拭うと、口からは血が滲んでいる。間違いなく、内臓を痛めている。

 長期戦は間違いなく自分の不利。

 零にすれば焦る必要が無い。敵が向かってきてくれるのだから。

 その攻撃は、お世辞にも洗練されたとは言い難い雑なものだ。

 だが、その圧倒的な筋力から繰り出される一手は必殺。

 あのフォセも元々は両手で扱う為の武器だと何かの本で読んだ事がある。

 重さは三キロから四キロ。自身の刀はせいぜい一キロちょい。

 まともに打ち合うのは愚の骨頂だ。

 フォセを躱すのは別に困難では無い。だが、そこにあの前蹴りや奴の残った一方の拳が飛んでくる。

 蹴りは実感した。拳も相当の重さなのは容易に想像できる。


『さて、分が悪いな。――だがな』


 ムジナはゆっくりと一歩を踏み出す。

 足の裏にまで全神経を集中させ、荷重をかけて、前進する。

 集中しながらも、その身体には無駄な力を一切込めない。極々自然に、野生の獣のように歩む。

 これは、かつてイタチと殺り合う前にマスターに手解きを受けた際に教えられた歩法。

 かつての古武術の達人と呼ばれる者達が用いたという技術。

 教えられた時はバカにされた気がした。だから、イタチと殺し合いの時には使わなかったし、使えなかった。

 使えるようになったのはこのほんの数日前だ。


『……俺は、弱い。あの0シリーズの中じゃ多分一番、な。

 だがな、それがどうした? 弱いから負けるって訳じゃないだろ。自分をよく知る奴は、そう簡単にゃ殺られないってことを、教えてやるよ。なぁ、零』


 ムジナはそう思いながら悪戯っぽく少し笑う。


 零はムジナの、相手の様子が変わったのを理解した。

 さっきまでと違い、ピンと引き締まった動きではない。

 寧ろ、ゆるゆるで隙だらけにすら見える。これでまるで先に仕掛けてこい、そう言わんばかりにも感じる。

 自分の間合いの方が、相手よりも深い。互いに【スイッチ】と【リミッター】は使える。

 尤も、零自身には【リミッター】は不必要な代物だ。

 リミッターは痛覚を一時的に意図的に遮断するものだ。戦場で生き抜く為の機能として。

 だが、零は長年のナノマシンでの治療及びに投与により、そうした機能を必要としていなかった。

 ナノマシンの効能により、細胞の再生と結合力は常人の数十倍にまで高められている。

 さっきの手首の結合のような事も今の彼には可能だ。

 とは言え勿論、この超回復も無限ではない。

 ナノマシンには【限界】がある。それを過ぎると、反動で身体に強い負荷がかかる。感覚で分かる、その限界が近いのだと。


 ナノマシンは作動の度に体力を消耗する。

 傷が深ければ深いだけ、ナノマシンはより大きく稼働する。

 それに伴い、体力を多く消費するのだ。


 だが、そうであっても自身の優位は揺らがない。

 自分は細胞レベルでナノマシンに肉体を試作品レベルではあるが最適化されている。

 目の前の相手は未だまだ未調整の半端品に過ぎないのだから。


『な、何をおそれる必要がある? おれの方がコイツよりも強く調整されて、る』


 そう判断した零は先に仕掛けた。

 思いきりフォセを上に振り上げる。そのまま上段に構えたまま距離を詰めてくる。

 それを目にしたムジナだが、構わずゆっくりと動く。

 零はフォセを振り下ろした。ぶおん、と唸りをあげながら襲いかかる。ムジナはその動きを冷静にみる。身体を半身に反らし躱す。

 そうしておいて、刀を微かに抜き、柄で刃の横っ面を弾く。

 零の左手が反らされ、身体が泳いだ形になった。そこを見逃がさずに居合いを叩き込む、そのつもりだった。


「ぐあああっっ」


 態勢を崩された格好だが、零はフォセを強引に横殴りに膂力だけで振るった。予想外の反撃にムジナは意表を突かれる。

 ガツン、辛うじて鞘で受け止めるがそのまま押し負け、弾かれる。そのまま勢いよく壁に叩き付けられた。

 意識が遠くなりそうな衝撃がムジナを襲った。

 そこに零が突き刺す様な左ミドルを放つ。まともに喰らえば間違いなく更に内臓をやられる攻撃を後ろに倒れ込む様にして躱す。


『チッ、力任せがっっ』


 内心、舌打ちをしながらムジナは二転三転して膝立ち。そこから刀を抜き放つ。それを見た零が後ろに飛び退く。

 距離が空いた事で、緊迫した空気が微かに弛緩する。

 ムジナの脳裏に浮かんだのは今の零の素早い引き際。


『今、奴は明らかに俺の居合いを警戒した。奴がもしあの回復能力を頼みにしているのなら、文字通り肉を切らせて骨を断つ事も可能だったはず……限界があるっていう事だ、あの回復能力にも。

 つまり、奴もそう長時間はやれないって事か』


 実際、零は今の動きでムジナに自身の稼働限界を悟られた事に微かに表情を曇らせた。

 右手を正確には指の稼働を再確認してみる。

 第一、第二関節がきちんと動くかを、手首をくるりと回し、動作を確認。

 実はさっきまで、右手はまだ完全ではなかった。組織が繋がってはいたが、神経はまだ不完全だったのだ。

 零がわざわざ相手の、零の土俵とも言える距離でフォセを振るっていたのは、右手の回復時間を稼ぐ目的もあった。


『だ、が、これであいつを殺せ、る。確実に』


 零はもう一つのフェイファーツェリザカを右手でホルスターから抜き放つ。そして、銃口を向けると迷わずに引き金を引いた。

 ドオウン。

 空気が震える様な轟音。放たれるゾウ殺しの弾丸が襲いかかる。

 ムジナはその軌道を冷静に目に【スイッチ】を入れて見切る。

 身体を回し躱しながら、一気に肉薄。そのまま両手持ちで鞘で殴りかかる。

 零がフォセでそれを受け止める。それこそが、狙いだった。

 ムジナは右手で刀を抜き放ち、そのまま喉を掻き切るべく狙う。

 対して零は強引に身体を宙に浮かせる。胸部を切られたが、喉を狙った今の居合いでは傷は浅い。逆にフェイファーツェリザカの銃底が向かってくる。

 重さは六キロもあるそれはもはや下手な鈍器よりも強烈。

 顎先を掠めただけでもその衝撃は脳を激しく揺らす。

 思わずグラリとふらつく。足から力が抜け、踏ん張りが効かない。

 そこに左手のフォセを振るう。それは間違いなく、直撃すれば零の膂力も手伝い、相手の胴を両断するだろう。


『なまじ、スイッチを入れちまったのが仇か』


 ムジナはゆっくりと向かってくるその鉈をまるで他人事の様に呆然と見ていた。迫りくる【死】に対しても驚く程に達観している。


『ま、仕方ないよな。俺は散々、他人を殺してきたんだから。

 これが因果応報ってやつなのかもな』


 そんな事を考える位には、冷静だった。

 そう、いっそ目を閉じればすぐに死ぬのかも? そんな事さえ考えていた。その時だった。

 脳裏に浮かぶのはこれまでの様々な出来事の数々。

 アンダーでいつ死ぬかも分からずに怯えていたかつての自分。

 そこから、救いだされたかと思えば今度はただひたすらに【人殺し】の為の技を叩き込まれた日々。

 そこでは友と言える相手も出来た、だが、自分の為に自分から捕まった。自分が弱かったからだ。

 助ける為に何年も剣の腕を磨き、そして知った。

 もう研究所が無くなったと。

 出来うる全ての手段で分かったのは、【最高傑作マスターピース】と言う存在がいて、そいつの実験で研究は壊滅したのだと。生存者は、その最高傑作のみ。あとは、【全て死亡】だと。

 最高傑作はやがて見つかった。

 だが、そいつは【記憶】を失っていた。

 もう、殺す気にもならなかった。


 そこから更に数年、噂が流れてきた。

 塔の街にある【掃除人】がいると。そいつは、まだ十代ながら信じられない程に腕が立つと。

 聞けば聞くほどにかつての友を彷彿とさせる。奴は死んだはずなのに。

 自暴自棄になっていた自分に手を差し出したのは、仮面を付けた一団だった。そのリーダーはこう言ったのをよく覚えている。

 君の力がボクには必要なんだ、と。


 そして、遂に対峙した。根源たるその相手、最高傑作。

 記憶を失い、自身の罪を認める事も無く、のうのうと生きるソイツを憎悪した。だが、戦っている内に何故かソイツにかつての友が重なる。

 そして、彼女に出会った。

 敵である自分にすら笑顔を見せる彼女に。

 彼女は言う。

 守ってやるよ、と。そして自分がいる。

 そうだ、今の自分がいるのは何故か? 死んでいいのか?


 瞬間だった。薄れていた意識が戻る。フォセが迫る。もうすぐにでもその凶悪な刃が胴へと届く。

 ギイイイイイ!

 零は目を剥いた。一体どういう反応でこうなったのかは分からない。フォセが鞘に阻まれていた。勿論、力では完全に勝っている。押し切ってしまえばいい。仮にフォセを防がれようとも、右手のフェイファーツェリザカが残っている。この距離では躱すのも困難、まして防げるはずもない、必殺の一弾が。

 いずれにせよ、自身の勝利は揺るがない――そう確信していた。


「ぐあああっっ」


 雄叫びをあげながら左手を振り切るべく力を込める。

 思惑通りに相手の鞘を弾くが、その胴体はすでに半身で躱されている。なら、次善の策で右手の巨銃を使うだけ、そう思った。

 ガツン。

 電気が走った。身体に上手く力が入らない。

 柄が眼前に見えた。刀で切られた? 違う。弾いたはずだ、刀身を抜く様な時間など無い。せいぜい、鞘から【柄】を抜き出す位の時間しか……無い。

 そう思った瞬間、さっきの鞘がやけに勢いよく弾かれたのに気付いた。そして、相手の思惑通りに動いた事に思い当たった。


 相手の右手から刀が抜かれていく。銀色に鈍く輝くそれは不思議と美しかった。相手の身体が跳躍した。そのまま左右の足が前後逆に変わっていくのがよく見える。同時に刀が完全に抜き放たれた。

 身体に力が入る。まだ、間に合う。唐竹割りを警戒し、身体を横にずらす。

 だが、相手は刀を振り下ろさない。その切っ先を前に突き出しながら地面に着地。膝立ちとなり、左掌を峰に添えたまま――突きを放った。所謂、【添え手突き】という技だ。

 狙いは喉元。狙い済ましたそれは真っ直ぐ向かう。


 ムジナは渾身の突きを放つ。必殺のそれはもはや躱せない。確実に相手に届く。

 ザシュ、刃が貫いたのは零の鎖骨付近。これも狙い通り。右手がこれで使えない。相手に痛覚がない、マヒしていようが、付け根が動かなければ動かすのは無理だ。

 素早く刀を抜き、右足を引く。刀を振りかぶると同時に右足を踏み出し真っ向から斬撃を放つ。

 零もフォセで迎え撃つ。力任せではなく、最低限の力で攻撃を防ぐ為の最速の防御。

 純粋な速度の激突。


 血飛沫がバアッ、と上がり――赤い噴水を吹きあげたのは零だった。ムジナの一刀は零の左手を斬り、なおかつそのまま肩口から切り裂いた。

 零はどう、とそのまま大の字に倒れる。

 ムジナは鞘を杖代わりにして何とか倒れるのを拒む。

 もう、限界だった。

 これ以上は動かない。


 それでも刀の切っ先を相手に向ける。

 零は起き上がらない。倒れ込んだまま動かず、床に血溜まりが出来上がっている。

 ナノマシンはもう動作していない様だった。


「…………おれの負けだ」


 その声はさっきまでの零ではなかった。何処か清々しさすら漂わせる声にムジナは聞き覚えがあった。思わず駆け寄り、相手の身体を起こす。


「強くなった、な。あの変な歩き方は何だったんだ?」


 少し悪戯っぽくぎこちなく零は笑った。その目にはさっきまで虚無感を漂わせていた殺人機械の面影は無い。

 ムジナも答える。


「あれは、先生マスターから教わったんだ。無駄な力を抜く事で、刀を抜く速度も上がるし、何より冷静になれる」

「なるほどなぁ…………先生はお前がお気に入りだったからなぁ、出来の悪い子供程……かわいいって奴かな?」

「ぬかせっ」


 穏やかな笑い声が響く。

 そこにいるのはもう殺しあった敵同士でなかった。

 かつての仲間がいた。

 二人は他愛のない言葉を交わす、零は残り少ない時間を精一杯生きようとしているのかぎこちないながらもよく笑った。

 しばらくして、零は目を細め……言った。


「いいか、ヤアンスウには気を付けろ」

「どういう意味だ?」

「奴の真の目的は最高傑作の【完成】だ」

「?」

「俺達は最高傑作の為のモルモットだ、だからこそナノマシンも完全に稼働しないし、長時間持たない、不完全なのさ。……だが」


 零の口から血が吹き出た。ゴホゴホ、と咳が止まらず、その都度赤黒い吐血が滲む。


「やつは、既に恐らくナノマシンを投与された。あとは、完成させるだけだ。…………奴を、ヤアンスウを止めろ。さもなくば」

「分かった、任せろ」



 ムジナは笑顔を浮かべ、頷く。

 それを見た零もまた笑った。目を閉じて、はぁ、とゆっくり息を吐く。そして同じくゆっくりと息を吸うと、口を開く――


「随分長い間寝ていた様な気がする……ありがとな」

「ああ、俺もそのうち行くさ」

「当分来るんじゃないぞ、俺だけでバカンスだ……から、な」


 そして、笑いながら息絶えた。


「わかってら、まだ死なねぇよ……当分な」


 ムジナは少しの時間、その身体を震わせた。




















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