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イタチは笑う  作者: 足利義光
第十三話
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不死者

 

 沈黙が場を支配していた。

 無数の中身を失った肉の塊があちこちに散らばって転がる。

 咽せ返る様な血の臭いと火薬の薫りが濃密にそこで何が起きているのかを雄弁に語っている。

 その場に立っているのは二人の獣。

 彼らはかつて、同じ時間を共に過ごした仲間。


 だが、今は違う。

 一人は、その優しさの為に繰り返される実験に心が壊れた。

 もう一人は、自分が単なる使い捨ての存在だと理解し、逃げ出した。自分の周囲の世界を呪詛しながら。


 心を失くした少年は、虚無を抱えた【殺戮人形キリングマシーン】と化し、只々命じられるままに全てを殺し尽くして来た。

 何故、殺すのか? 時折入る【ノイズ】に微かに何かが乱される。だが、殺す度にノイズは少しずつ薄れていく。

 心を失くした少年は青年になり、その殺傷力をさらに肥大化させた。今の彼はも誰にも阻めない。

 様々な相手を殺した、女子供であろうとも。病人老人だろうとも躊躇なく殺し尽くした。殺戮人形は理解していた、殺さなければ、自身に存在する価値は無いのだと。

 別に自身がどうなろうともどうでもいい事ではあった。

 だが、微かにノイズが残っていて、ある日こう囁いた。


 ――お前は殺戮人形じゃない、人間だ。


 何故か、目から何かが流れた。その声に何故か震えた。

 あれは何だったのだろうか? 答えは出ない。


『コイツなら分かるかも知れない』


 何処か、懐かしい匂いのする刀使いを前に零は口元を歪めていた。



 周囲を呪った少年は成長し、呪詛の根源たる青年と対峙し、自分の全てをぶつけた。

 根源であった彼はあろうことか、自分が何の為にいるのかすら忘れ、それでいて与えられた能力だけは把握していた。

 青年が生きていると言う事は、一つの残酷な事実を突きつける。

 それはかつて、彼があの実験場で信頼していた友の喪失。

 彼には理解出来た、友の最期が。

 あの非道な世界の中でも決して心を失わなかった友は、誰よりも思いやりに満ちていた友は、あの根源たる少年を救う為に命を散らしたのだろう、と。そうして、最期は笑顔で死んでいったのだと。


 だからこそ許せなかった。

 自分という存在が如何に恵まれて来たのかも理解せずにのうのうと生きている根源に。

 彼を殺す為だけに腕を磨き、挑み――破れ去った。

 それも、完膚なきまでに。

 一対一では負けていなかった。だが、根源たる青年には支えてくれる仲間がいた。自分は、一人だけ、今となっては敗北は必然だったと思える。

 だが、その戦いで彼は一つ手に入れた物があった。

 その少女は、根源たる青年を慕っていた。

 彼女は、あの戦いの終結の中であろうことか、敵だった自分を守り、深い眠りに就いた。

 最初は、どうでもいい、そう思った。

 だが、見捨てる事は出来なかった。

 理解しているのに、彼女は間違いなく自分にとっての【足枷】にしかならないと。理解しているのに……離れる事が出来なかった。


 眠る事がずっと不安だった。

 目を閉じれば、夢に落ちれば必ず浮かぶのはあの非道な実験場での日々だった。

 徐々に汚れていき、血に染まっていく自分の手を見つめ、一緒にいた仲間と離ればなれになり、自分一人だけがのうのう生き永らえるだけの悪夢を。

 眠るのがあれほど嫌だったのに。

 あれから夢に変化が出た。

 それは、仲間と共に生きる夢。

 笑いながら、日々を懸命に生きる夢を。

 分かっている、そんなのは夢でしか無いのだと。

 だが、どの夢にも共通項があった。

 それは少女がいつも傍らにいた事。

 何故、彼女がここにいるのか分からなかった。彼女は根源に心を寄せていたのに。

 怪我の治療もあり、することがなかった彼は幾度も少女の様子を見に病室に足を運んだ。

 少女はただ眠る。まるで、おとぎ話の登場人物の如くに。

 あまりにも安らかに、優しい微笑みを浮かべながら眠っている。

 その寝顔を前に、何かがほつれていくのが実感出来た。


 そうした日々で、自分がこの少女に心を寄せていると気づいた。

 そう、彼女は笑っていた。

 敵だった自分を庇った時ですら笑っていた。

 あの笑顔をきちんと見てみたい、そう思う様になっていた。

 そして、彼が一つだけ決意した事があった。

 自分は、少女――キクを守る為に全てを尽くそうと心に誓った。

 彼女こそが、本当の意味で自分の心を救ってくれたのだから。



 唸りをあげたミニガンの斉射によって、このフロアはほぼ壊滅状態に陥った。今この場に転がっているヤアンスウの私兵達の大半は零の扱うこの小型バルカンによってその命を絶たれ、肉片に変えられた。

 何とかここまで躱しきったものの、ムジナは全身にビッシリと汗を滲ませていた。ここまで、緩急を付けながら【スイッチ】をずっと切り替え続けて来た。ここで交戦してからまだ五分程度だろう。

 その間、ムジナはただひたすらに回避を強いられた。

 あの弾丸はかすればそれでお陀仏だ。

 そのミニガンを一人で動き回りながらこうして乱射してくる零はまさしく化け物と言える。

 凄まじい轟音と破壊を撒き散らすその様は怪物と呼ぶに相応しい。

 だが、ムジナはようやくその【呼吸】を読み取れた。

 ムジナの戦闘スタイルは、刀での接近戦。敵に肉薄しての刺突や斬撃で敵を葬り去る。

 敵に肉薄するには相手の間合いを測る必要がある。そして仕掛ける機会を逃さない為には敵の呼吸を読む事が重要になってくる。

 零にしても呼吸はする、生きている以上は。


「しゃあっ」


 ムジナは気迫を込めつつ、相手に接敵。零がミニガンの銃口を向ける。このままだとバラバラになるだろう。

 銃身が回転を始めるのがハッキリと見え、斉射を始めた。

 ムジナはいきなり横に飛ぶ。そうしておいて着地した瞬間、刀を抜刀。右斜めに切り上げた。狙いはミニガンを持つ零の手。

 零もムジナの狙いに気付いた。だが、反応は遅い。ミニガンの弱点としてその重量と、斉射の際の凄まじい反動がある。

 普通の人間には決して扱えない理由は、その反動に耐えられないからだ。まるで五体がバラバラにされる様なその反動に生身で耐えられるのは彼だけだ。

 だからこそ、相手の接敵を見逃さないのが、零の戦い方。

 ギイィン。

 ミニガンが跳ね上がる。手首はその重量級の破壊兵器を握り締めたまま宙に浮いた。

 ムジナはそのまま逆袈裟に斬りつける。必殺のタイミングでの斬撃。勝利を確信していた。

 ガギン。

 だが、その期待は外された。斬撃は入った。間違いなく、相手の右肩に刀身は届いた。何が起きたのかをムジナの目は見ていた。

 零は自分から右肩を差し出したのだ。

 鈍い音が聞こえた。刀が弾かれた。間違いなく、あの肩には金属が埋め込まれている。そのままの勢いで右肩を突出す。

 ムジナの腹部に肩がめり込む。内臓が潰される様な衝撃が走る。

 のけ反ったムジナに対し、零はしね、と小さく呟きながら左手を腰に回し、フェイファーツェゼリカを取り出す。

 拳銃というのにはあまりにも長大なそのフォルムは玩具にすら見える。だが、ムジナは危険を察知し、即座にその場に倒れ込んだ。

 ドウン。

 そこを拳銃とは思えない轟音を発し、弾丸が吐き出された。

 本来の標的を通過した弾丸は壁をあっさりと貫通、さらにその場室内で破壊音が響く。


「冗談キツいぜ」


 ムジナは、その常識外れの破壊力に苦笑いしつつ、身体を捻りながら跳ね起き――足払いを放つ。

 だが、零の巨体はビクともしない。淡々と、【ゾウ殺し】の異名を持つ巨銃の銃口を向けていく。自身の敵を確実に仕留める為に。

 零の口が動く。声を聞かなくても分かる、こう言っている。おわりだ、と。

 しかし、零の視線が急に上を向いた。

 何が起きたのかはすぐ分かった。ムジナの両足が自分の右足を挟み込むのを。そのまま一気に引き倒したのだ。


「うおおおおおっっっっっ」


 相手を引き倒れたのと同時に、ムジナは後転。素早く膝立ちとなる。右足を一歩前に踏み込み、刀を一閃させる。

 それは、古流剣術の居合いの一種。互いに膝立ち等の状況で踏み込み、間合いを潰しながらの斬撃。この距離ではあまりに相手に近すぎてまともに斬りつけるのは困難。そこで左手で鞘の向きを反対にする。そこから左手を一気に引く事で右手の刀を刃を下向きのまま逆袈裟に斬り上げる。

 更に、返す刀で頭部への唐竹割り。最後にダメ押しで眉間への突きを放つ。三手共にムジナの剣腕なら必殺になるはずだった。

 ガシュッ。

 血が吹き出た。逆袈裟が零を捉えた、ムジナは一瞬そう思った。

 だが、その予測は外れていた。

 刀が止められている。零は右腕を突きだして、それが刀を押し止めていたのだ。ムジナは構わずに刀を振り上げる。バッ、と血が吹き出る。刀を返し、今度は唐竹割りを放つ。


 キィィン。

 甲高い金属音が響き、ムジナは見た。

 零の左手に握られていたのは鉈状の剣で【フォセ】。無骨な印象の峰側には突起がついており、そこで刀を受け止めていた。


「う、ぐうおおおおおっっっ」


 零が吠えながら強引にフォセを振り切った。単純な力ではムジナに勝機は無い。軽々とその唐竹割りを跳ね返し、身体が宙に浮いた。

 ムジナはそれに歯向かう事なく後ろに退く。そうしておいて、自身の状態をざっと確認。大した負傷は無い、そう結論付けた。

 しかし、それでも身体は重くなっているのは実感出来た。

 理由は明白で、【スイッチ】の多用で体力を半ば消耗仕切っていたからだった。


『そろそろ……ケリを付けないとな』


 そう思いながら、刀を鞘に収める。

 ムジナは全てを【居合い】にかける事にした。

 中途半端な斬撃は、見切られるだろうし、相手の持つあのフォセは刀よりも間違いなく重く分厚い。仕留めるのなら、最速の一振りにかけるしかない、そう判断した。


 帯して、零は何を思ったのか、フォセを床に突き刺した。

 そうしておいて、さっき切り落とされた右手首を拾い上げる。

 それを訝しむムジナを尻目におもむろに右手にその切れた手首から先を押し付ける。


「ああああああ」


 唸りをあげ、零の表情が歪む。さっきまで痛みを感じていたとは思えない程に淡々としていた零が【痛み】を感じているのか、大きくその表情を苦しげに歪め、顔には見る間に大粒の汗をかく。

 何とも異様な雰囲気を前にムジナは動けなかった。

 一見、隙だらけに見える。だが、何かがおかしい。そう感じて動く事が出来なかった。


「なんだと……」


 ムジナは絶句した。

 それはまるで趣味の悪い手品でも見せられた気分だった。

 ついさっきまで、相手の右手首から先は切断されていた、それは間違いない。にも関わらず、零の右手は動いていた。

 思わず、義手だったかと思ったが、そういう自分自身、右手が最先端の特殊義手だ。だから、感触で分かる。あれは【生身】だったはずだ、と。

 達人の振るう刀で大根を切り落とした後にもう一度くっつけると元に戻る、そういう話を聞いた事はある。

 だが、それをそのまま人体で真似を出来るはずは無い。


「ナノマシン……だ」


 答えを言ったのは零だった。

 彼は続けて言う。


「こ、の身体は……ナノマシンと【クスリ】によって回復能力が高め、られている。ふだんは、痛覚を麻痺させているが、こう……して意図的にナノ、マシンを作動させれば、多少の……怪我は治る」


 その言葉はムジナを愕然とさせた。

 さっきの負傷で多少の怪我? ならどこまでやれば治らないのか? そう思った。一瞬、脳裏に浮かんだ言葉は【不死身】だったが、すぐにそれは打ち消した。


『本当の意味で不死身なんざ有り得ない。もしそうだと言うなら、最初から奴が出張ればいいだけの話。にも関わらず、ここまで勿体ぶった。ということは、だ。

 奴のあの回復能力には【制限】がある。何回でも回復出来る訳じゃない、あくまでも使用制限か何かがある条件付きの回復能力だ。

 だったら……』


 ムジナはふうぅ、と小さく息を吐いた。

 膝を少しだけ曲げ、そこに重心をかける。

 左手は鞘に、右手は刀の柄にそっと添える。


「死ぬまで斬るだけだ」


 そう呟きながら、敵を見据えた。






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