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イタチは笑う  作者: 足利義光
第十三話
132/154

二つの激突

「行くぞ」


 暗闇の中を二つの影が駆け抜けていく。

 一人はその巨体に見合わない素早さで、もう一人は微かに煌めく得物をその手に。


「はがっ」

「げふっ」


 巨体の男、カラスはその重い拳を鳩尾にめり込ませる。

 もう一人、ムジナは刀の柄で顎を突き上げて見張りの意識を奪う。

 二人が今倒したのは、この先に進む為に必要な物を持っていた為。この先にある研究施設の入ったビルはIDパスが無ければ入る事は出来ない。研究員についてはID以外にも静脈に網膜、おまけに声紋チェックと様々なパスが必要になるが、ここの清掃員についてはIDさえあれば入る事は可能。

 研究員とは違って、清掃員はセキュリティのある部屋には一切立ち入り出来なくする事で、情報などの流出を事前に阻止している。


 チチッ。

 ビルの入り口で手にいれたばかりのIDをかざすと、あっさりと入る事に成功。ロビーを抜ける事にした。

 ガタガタと音を立てながら、清掃用具を運んでいると、ドラム缶の様な形状をしたロボットが周囲を伺っている。

 このビルに限らず、塔の区域に警備員は基本的にはいない。

 ここでの警備の殆どは今、二人の周囲を回っている様な警備ロボットが受け持っている。

 外では、重武装の軍用ロボットが地上及びに空中に点在している。

 明らかに警戒を強めているのは、つい先日、たった一人の侵入者にここの警備網が突破されたからだろう。


「ここはマズイ、分かるか? ムジナ」

「ああ、確かに。こんなのがどれだけいるんだよ、ここ」


 カラスは、以前戦場でこうした無人機による攻撃を散々目にしていたからか、表情に動揺の色は無い。

 だが、ムジナはこうした無人攻撃ロボットをこれまで見た事が無かった為か、緊張の色を濃くしている。

 対人戦闘とは違い、無人機には感情も気配も当然存在はしない。

 カラスにしろ、ムジナにせよここで無駄に戦闘行為を行うつもりははなからない。


 二人がここに来たのは、カラスが恐らくはここに捕らわれているらしい、レイコを救い出しに。

 ムジナはその援護の為にこうして行動している。

 さっきの通信から、第十区域で大規模な戦闘が起きているらしい。ミナトからの情報通りに、ヤアンスウは実地試験を行った模様らしい。【フォールン】の亜種を投与されたであろうアンダーの住人達は地下から続々と上がっており、そこを待ち構えていたクロイヌとジェミニの部下達が迎撃。被害の拡大は何とか防げてるらしい。


 ヤアンスウは同時にこの実験に自身の私兵も投入しているらしく、大規模な戦闘の主な原因は寧ろ、この私兵達との銃撃戦によるものだ。

 何れにせよ、今ここの警戒レベルは通常時よりも低下している。

 ヤアンスウは、無人機を信用してないらしいので、身の回りは全て自分の部下に任せている。とは言え当然、低下しているとは云っても警護はそれなりにいる、ここでの行動は迅速に行わなければならない。


「時間制限は、二十分。いいな?」

「それを過ぎたら互いにここを脱する、了解してるさ」


 互いの腕時計の針を合わせると、作業用エレベーターに乗り込む。用具を積めたカートからムジナは相棒たる銀色の鞘と柄を持つ刀を抜き出し、カラスは二丁のベレッタを収納したヒップホルスターを腰に差し込み、さらにそれとは別にショルダーホルスターも装着する。それを目の当たりにしたムジナは思わず、ピュー、と口笛を鳴らす。


「へぇ、アンタも結構武器を仕込むもんなんだな」

「十数年振りだ、この装備はな」


 そこにいるのは、全身を黒一色に統一したカラス。

 作業服から夜戦仕様の特殊戦闘服と、黒のフェイスペイント。

 クロイヌの全身黒一色が、威圧感を与えるものなら、このカラスの服装は実用性重視、長年戦場で生き抜いてきた相棒。戦場を生き抜いた屍肉を貪るカラスを連想させる。ここから先は強硬策しか選択肢は存在しない。その凄惨な光景を想起させる何処か不吉さを感じさせる。


「行くぞ」


 カラスはそう一言だけ呟く。

 次の瞬間にムジナはゾクリとした。決して殺気に満ちている訳では無い。寧ろ、静けささえ感じ取れる。

 だが、その静かな様子の中に、その目の中に獲物を待ち受ける肉食獣の様な雰囲気が漂っている。


『これが裏社会最強と呼ばれた殺し屋か。……相手にしたくないね、これは』


 その一挙一動をゴクリと唾を飲み込みつつ、ムジナもまた静かに呼吸を整えた。

 目を閉じて、その時を待つ。


 ドオオオオンン。


 爆発音が響き、その衝撃でエレベーターが揺れた。

 今のは、二人が最初に仕掛けた爆弾。

 ロビーには無人の警備ロボしかいないのは確認済みなので、それなりに火力の強い仕掛けにしておいた。

 これでロビーは火の海だろう。無人兵器は、外は巡回出来るが、塔の中に関しては、許可がなければ決して入れない。

 彼らが入れるのは、二十四階まで。もっとも、それを防ぐ為に仕掛けた訳なので、二人の表情に変化は無い。


 ドドンン。

 二度目の爆発音。

 今度は、階段に仕掛けた爆弾が爆発した。

 これで、一階から上に上がるのは困難になったハズだ。

 それを見計らって、二人はエレベーターを停めた。

 扉を開き、フロアに侵入。

 けたたましい非常ベルの音が耳をつんざく程に鳴り響いている。

 これなら多少の物音も誤魔化せる。

 カラスがエレベーターを再稼働させ、扉を閉める。そうして二人が向かうのは階段。

 二人が降りたのは二十三階。ここのエレベーターは二十五階で終わりで、後の三十階までは階段でいくのみ。

 ヤアンスウはここの二十五階から最上階の三十階までを借り受けているらしく、最上階までまっすぐ向かうのは馬鹿げている。


 チーーーン。

 エレベーターが着くと同時に激しい銃撃が浴びせかけられる。

 その銃弾はあっさりとエレベーターの扉を突き破り、見る間に穴だらけにしていく。


「へへ、バカが」


 そう言いながらエレベーターの扉が開く。待ち受けていた兵隊達の足元にカツン、と何かが転がった。それはコロコロと幾つか転がってきて、兵隊達のブーツに当たって止まる。何なのかを確認しようと視線を向けると、そこにあったのはピンの抜けた手榴弾パイナップル

 ドドン。

 その場にいた兵士達は無残に吹き飛ばされた。


「な、何だ?」

「向こうだ!」


 爆発に気を取られ、注意が逸れた瞬間。一気に階段を駆け昇ったムジナが刀を一閃。何をされたのか分からない、といった困惑した表情で絶命する兵士。

 続けざまに、気を散らしていた三人の兵士をも、左右の斬撃及びに鋭い突きで仕留める。


「やるな」


 その手際の良さにはカラスも舌を巻く。

 これでまだ本気では無いらしく涼しい表情を浮かべている。そう思うと味方で良かった、と思う。


「とりあえず、ここは俺が引き受けた。アンタはお嬢さんを迎えに行けよ」


 ムジナはそう言うと、刀を鞘に納める。

 続々と足音が近付いてくるのが聞こえてくる。


「いいんだな?」

「ああ、俺に任せな」


 その言葉に、カラスは一度だけ頷くと上の階へと再び階段を昇り始める。

 いいんだな? というのはムジナを心配しての事だ。

 無論、ザコ兵士相手に遅れを取る事などは有り得ない。

 その言葉の真の意味は、ハッキリとここまで伝わる殺気の主に対して大丈夫か? という意味だ。


 その大男は、極度に肥大化した筋肉を纏っているのが着ている戦闘服越しでも確認出来る。

 手にした得物は常人ではまともに扱う事は不可能であろう、小型のバルカン、【ミニガン】。その超重量級の武器を平然とした様子で構える。

 見るからに異形と云える相手。

 だが、ムジナにはそれが誰なのかよく分かった。

 どれだけ見た目が変貌しようとも決して変わらない。

 目に宿った微かな光りを見逃さなかった。


「久し振りだな、00」

「お前は、こ、こでころす」

「上等だ、かかってこい。俺は強いぜ」


 そう言うや否や、二人の0はぶつかり始める。

 その一騎討ちはもう誰にも阻めない。



 ◆◆◆



「む、どうやらお客さんが来た様だ」


 爆発音に目を覚ましたのはヤアンスウ。

 どうやら軽く眠っていたらしく、頬には肘をついて寝ていた事を物語る痕がクッキリと残されている。

 懐中時計を取り出し、今の時間を確認。ニヤリと口元を大きく歪める。


「全ては予定通りに進んでいる」


 そう呟くと、手元に置いてあったタブレット端末で何かの指示を出した。



 カラスは止まらずに階段を走り抜ける。

 敵は見つけた瞬間に始末していった。ショルダーホルスターから【クーガー】を取り出し、すかさず射撃。出てきた兵士に弾丸を撃ち込む。狙いは正確無比で確実に眉間や心臓を貫く。


「いたぞ、殺せっ」


 敵からの銃撃の雨を掻い潜りながら、続々と立ち塞がる敵を一人、また一人と排除していく。

 人数差は明らかだった。

 にもかかわらず、それをものともせずに平然とした様子で殺戮を行う黒いカラスに、ヤアンスウの私兵達は恐怖を覚え、怯んだ。

 そこを見逃す事なく容赦なく躊躇なく殺していく。

 数分経つ頃には、フロア中に死体が転がっていた。

 一部屋、一部屋と障害のいなくなった部屋を確認していく。


「ハズレか」


 一言だけ呟くと、カラスはクーガーを投げ捨て、腰に差した二丁のベレッタを抜き取る。

 感じたのだ。上の階に自分の良く知る人物がいると。

 二十九階。

 そこに足を踏み入れると、既に惨劇が起こった後だった。

 無数の私兵達が、物言わぬ屍に、肉の塊へと変えられていた。その誰もが喉を裂かれ、または心臓を一突きにされている。


 その血に塗れた通路の中に立っているのは、自分の恩師、自分の父親代わり、そして名付け親たる男。


「待たせたね、レイヴン」

「久し振りです、マスター」

「あぁ、久し振りだね。君には感謝しているのだ。

 ……娘を、レイコをずっと守ってくれた。すまなかったな」


 そう言うと彼は初めて頭を下げた。

 その表情は穏やかそのもので、まるで現実感を感じさせない。

 ここが流血に染まっていなければ、誰もが気付かないだろう。

 今、目の前にいる壮年の男の内包する危険を。


「マスター、充分です。俺はお嬢と過ごせて色々な事を知る事が出来ました。こちらこそ有難うございます。

 ……もういいでしょう、アイツをここに」

「いいのだな?」

「ええ、奴とはケリをつけます」


 カラスの返答にマスターは一度だけ首を縦に振る。

 ゆっくりと目を閉じて深呼吸を入れる。


 すると異変が目の前に起きる。

 カラスの目の前にいた、穏やかな雰囲気を持つマスターの雰囲気が一変したのだ。

 雰囲気だけでは無い。

 その見た目すら変貌していく。

 壮年の男は見る見るうちにその肉体に若さを取り戻していく。

 同時に全身から漂わせるのは殺気の塊。

 凶悪且つ、残忍な光を内包した両眼を見開く。

 その男はマスターが後天的に生み出したもう一人の自分にして、カラス、クロイヌと同じ部隊で暗躍した最凶の兵士。


「久し振り、レイヴン」

「あぁ、久し振りだな、【オウル】」

「今日は随分素直じゃないか。彼女を優先しなくていいのか?」

「あぁ、お嬢なら無事だ。マスターのあの目を見れば分かる」

「そうか、ならいいんだな? 殺し合いを始めよう」


 オウルは腰に差した二本のナイフを抜き出した。

 その刃にはベッタリとした血に塗れている。ついさっきの殺戮をその二本のナイフだけで行ったという事だろう。


「「行くぞ」」


 互いの言葉を合図にして、最強と最凶の殺し合いが始まった。








 

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