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イタチは笑う  作者: 足利義光
第十三話
131/154

生きる意味を奴に

 

「…………ふん」


 銃声が少しずつだが、少なくなってきた。どうやら、ケリがつきそうだな。

 俺の周囲には、おおよそ二十人の兵士が転がっている。

 耳元に入る現状報告も、こちらの優勢を肯定するものばかりだ。

 無論、犠牲者はこちら側にも出ている。それでも、想定していたのよりその割合はずっと低い。


『これで、あらかた片付いたな』


 そう思った時だった。

 ――――ピスッ!

 空気が抜けた様な微かな音。

 本能的に俺の身体は動いていた、【危険】を感じたから。

 この音には耳馴染みがある。それも戦場で、よく聞いた。

 瞬間、身体が弾き飛ばされそうだった。局地的な突風を唐突に喰らったかの様に。

 ガシャン。

 ショーウインドウを突き破り、何とか近くの空き店舗に飛び込んだ俺は、奥に転がった。


「……チッ、やられたな」


 左腕が動かない。手の感覚が感じられない。

 ドロッとした血が手の甲にまで滴り落ちているが、これまた感覚が麻痺している。

 右手で左腕を確認してみる。左肩を弾丸が貫通しているのがすぐに分かる。

 俺が着ている黒いコートには防弾処理が施されている。

 これもまた軍事テクノロジーの恩恵に預かった物で、至近距離からのマグナム弾の直撃にも耐えうる仕様で、衝撃をコートの広い面積で受け流す仕組みになっている。

 事前に見たデモンストレーションでは、アサルトライフルの斉射にも耐えていた。

 あの小さな空気が抜けた様な音は、間違いない狙撃銃スナイパーライフルによる狙撃だろう。それも丁寧に消音機能サプレッサー付きらしい。

 音が聞こえてから俺に届くまでの時間を考える限り、数百メートルは離れていた事だろう。凄腕の狙撃手スナイパーだ、そして俺にはこれを実行した相手に心当たりがある。

 RRRRRR。

 と、俺のスマホにコールが入った。当然非通知だ。

 実にいいタイミングだ、わざわざこうして電話をかけてくる様な奴。まず間違いないだろう、奴だ。


「随分、久し振りだな……【カメレオン】」

 ――おや、気付かれたのか。久し振りだね、ブラックドッグ。

「相変わらずこそこそと遠くから高みの見物らしいな」

 ――いいだろ? こちらからお前は丸見えだ。文字通りにな。

「なら、さっさと撃ち抜けばいい。早くしろ」

 ――強気だな、云っとくけどお得意の口八寸では勝てないよ?

「そうだな、確かにマトモな手段では無理だな」

 ――ん、気になる言い方だ? 何か手を打った様だな。

「さてな」


 それだけ言うと俺はスマホの電源を落とした。

 と同時にその場を移動。即座に俺がいた場所に奴からの弾丸がプレゼントされ、頭一つ分はあろうかという大穴が壁を撃ち抜いて出来上がる。奴の言う通り屋内にいても奴からは丸見えらしいな。

 なら、少しでも貫通されない場所に逃げるのが一番だ。

 手は確かに打った。どの程度の効果を示すかは不明だが、やらないよりはマシだろう。 



 ◆◆◆



『――見られている? しかし誰だ?」


 カメレオンは微かな視線に気付いた。

 彼もまた、カラス、クロイヌ同様にマスターに見出だされた男だ。その脅威的なまでの【集中力】の高さを活かす為に、マスターは彼に狙撃手の役割を与えた。

 彼はその期待通りの働きを見せ、数多の戦場で鮮血の花を無数に咲かせた。どんな場所にいようとも、どんなに少ない機会も見逃さず、相手を仕留める。そんな彼を敵も味方も恐れた。

 カメレオンという名前の由来は、彼が狙撃の為には敵地に潜入も辞さないからでもある。敵の内部に潜入し、文字通り、見つかれば即座に死に瀕する状況下でも標的だけを狙い、確実に仕留める。

 部隊が解散され、大戦が終結した後もカメレオンはマスターの傍にいた。

 彼にとって世界で一番楽しめる場所は、尊敬すべきこの名付け親だけだったのだ。


「いるな、誰かは分からないが、見事な気配の絶ち方だ」


 とはいえ、相手もまた自分をハッキリとは捕捉出来てはいない。

 もしも、捕捉出来ていたのなら、とうに何かしらの仕掛けが来るはずだから。

 狙撃手同士の戦いは、通常のそれとは違う。

 互いに扱うのは一撃必殺の威力を持つ狙撃銃。弾速の早さは人間の動体視力では太刀打ち出来る物ではない。

 イタチやムジナ等の【スイッチ】を発動してもかなりの速度で飛んでくる事だろう。

 先手必殺。これこそが狙撃の戦いのルールだ。

 そしてカメレオンはこの勝負に負けた事は未だ無い。


『いいでしょう、ブラックドッグよりも君の方が楽しめそうだ』


 カメレオンは何年か振りに満面の笑顔を浮かべた。



 ◆◆◆



 ――へっ、上等じゃねぇか。こいつが【塔の組織】様の歓迎会ってワケだ。


 不敵な笑みを浮かべる奴だ。


 一応、顔写真は事前に目を通していたが、こうして目の前に相対すると改めて感じるのは、【幼さ】だ。

 恐らくはまだ、十代の半ば位だろう。

 こんなガキが、もしくは仮にもアンダーで今や最大勢力を築いたとは最初はにわかには信じられなかった。

 こんなガキが一人で文字通り力で一大集団を築いた。

 最初は悪い冗談かとも思った。

 だから、最初は俺はこの件を部下に任せた。

 いきがってるガキを、大人が本気で相手にするのは馬鹿馬鹿しい、そう思っていた。


 だが、このガキは倒れなかった。

 そしてガキの仲間も塔の組織を相手にしているにも関わらず、一歩も引かずに抗戦してきた。

 仮にもこちらは暴力のプロだ。アンダーの連中が群れた所で、所詮は素人の集団、どうとでもあしらえる。これまではそうだった。

 しかし、この時は違った。

 コイツらはガキではあったが、決して烏合の衆では無かった。

 お世辞にも上手く結束力が強いという訳でも無かったが、拙いながらも集団で立ち向かってきた。

 俺がしばらく放置している内に、連中の勢いはますます増大し、第十区域にも影響力を及ぼしかねなくなり、九頭龍でも議題になり、俺が担当する事になった。


 連中からすれば、新参者の俺を試す魂胆もあったのだろう。

 荒らされてるのは、拠点があるらしい第六区域と俺の担当する第十区域だけだから他の連中からすれば他人事。

 成功しても構わないし、失敗したらそれを理由に俺を失脚させる口実にも使える、とかこんな所だろう。

 そんなくだらない思惑交じりではあったが、結果的には上々と云えた。俺自身、そのガキに興味が湧いたからな。


 ガキについて分かっていた事はレイジ、という名前だけ。

 奴は自分の年齢もよく分かっていなかったがよくある話ではある。アンダーに限らず、完全な天涯孤独とかならな。

 俺は部下に命じ、ソイツの事を徹底的に調べさせた。

 どんな些細な事でもいいから、情報を集めさせる事にした。

 どんな奴でも、生きている限り、何らかの痕跡を残す。

 その痕跡を辿っていけば、奴が何者なのかも分かる。


 だが、結果は俺の予想を裏切った。

 奴は唐突に現れた。

 フラりとアンダーのとある集落に流れ着き、そこであっという間にガキをまとめあげた。

 その前の痕跡がどれだけ調べさせても、分からない。

 流れ着く前の足取りが存在しない。

 そんな事は有り得ない、普通ならな。

 部下に更なる調査を命じたが、その部下は二度と戻ってこず、代わりに俺の所には何者かからのメッセージが届いた。

 上等だ、コイツは面白い。


 結局の所、奴に関してはそれ以上の事は分からないまま、レイジのガキとその仲間と対峙する事になった。

 戦いは始まり、俺は奴の暴れっぷりを目の当たりにした。

 縦横無尽という言い方がまさにピッタリで奴は近付く相手をちぎっては投げ――と続々と俺の部下をのしていく。

 そうして、俺の目の前に奴はいた。


 ――はー、はぁ、はぁ。

「どうした? もうへばったか?」

 ――へっ、冗談ぬかせ。今までは準備運動ってヤツだ。こっからがオモシロイとこじゃねぇかよ。

「強がりにしても、そこまで言い切れれば清々しいな」

 ――るせぇ!!


 躊躇なくガキは俺に向かってきた。その動きは早い。人間離れした速度でこちらに迫ってくる。

 ――だが。

 所詮は、まだまだ。

 くがっっ、と呻きながら奴を地面に引き倒す。

 まだまだ、と叫びながら奴は跳ね起きると足を払う。俺は倒れるのを防ぎ拳を放つも、奴はその身体を捻りながら受け流す。

 そうして一旦間合いを取った。


「やるなガキ、随分と場馴れしている」

 ――へっ、オッサンこそやンじゃねぇかよ。だがよぉ、まだ【本気】じゃねぇンだからな。


 奴は歯を剥いて笑う。その不敵な笑みは絶対の自信から来ている。奴はまだ手の内を隠している。

 周囲の乱戦状態をよそに、まるで俺とこのガキの周囲には他者を寄せ付けない空間が構築された様だった。

 睨み合いが続く中で、その均衡を破ったのはあちらだった。


 ――行くぜ。


 そう小さく呟く。瞬時に奴は俺に肉薄してきた。さっきまでも充分に人間離れしていたが、これは別格だ。奴の手が腰に回されていた。金色の何かが煌めく。

 危険を察した俺は迷わずに寧ろ距離を詰めた。奴がいくら早かろうが、この距離なら腰に差したそれを引き抜く事は出来ない。

 激突したが、俺の方が体格で勝る分、押し勝った。弾かれた奴の身体が転がっていく。


 ――くそっ。

 ここまでだな。


 奴の持っていたのは金色に輝く銃。この独特のデザインから【オートマグ】だろうか。そいつが俺の心臓に押し付けられていた。

 だが、俺もまた【ワルサーPPK】を奴の額に押し付けている。


「お前、俺の為に働けるか?」


 何故、その言葉が口から出たのか? 恐らくは何となく分かったからだろう、コイツは何処か俺やデカブツに似ていると。

 殺すには惜しい、そう思ったからだろう。


「仮にお前が俺を殺しても、そうなればお前も仲間も皆殺しになるだけだ、どうする、お前は周りを道連れに出来るのか?」


 奴は俺に降った。約束通りに奴の仲間は解放した。


「お前、誰だ?」


 その質問に奴は答えられなかった。奴自身、自分が誰なのかを分かっていなかったのだ。

 そうか、だからか。俺は内心で理解出来た。

 コイツもまた、【名前】を持たないのだ。ハッキリとした自分を持てず、有り余る力を持て余す。何処かで見てきた話だ。

 だからだろう、俺はこのガキをデカブツ、いや、カラスに預ける事にしたのだ。

 狙いはコイツをもっと使える様に仕込ませる事、それからコイツに【名前】を与える事だ。

 俺やカラスと同じく、生きる【意味】を与える為にな。


 こうして、【イタチ】が誕生した。

 奴は俺の期待通りに働いた。街の【掃除】を代行したし、俺の敵も始末した。

 俺はコイツを自分の【ナイフ】に仕立てた。代わりに俺はナイフを捨てた。これは誓約だ、自分自身へのな。


 こうして、何年かが経過し 、奴の素性が分かるに従い、奇妙な因縁を感じずにはいられなかった。

 俺達のデータを元に行われた実験の被験者だったのだから。

 だが、分かったのはそこまでだった。

 結局、イタチが元々誰なのかは分からない。そこまで調べたのも、罪滅ぼしのつもりだったのかも知れない。コイツの人生を狂わせた実験に俺もまた関わったのだから。


「【…………】をお前に殺して欲しい。出来るな?」

「へっ、当然。…………いいのかよ?」

「お前こそだ、いいのか?」

「構わねぇさ、どのみちオレはアンタのナイフだからな」


 俺はイタチに重荷を背負わせた。

 あの依頼をいつ果たすのかは奴に任せてある。

 奴がその依頼を果たした後、一体どうするのか。

 或いは俺をも殺すのかも知れない。



「うっ、気を失っていたのか?」


 気が付くと、時計の針が進んでいた。

 腕の痛みがさっきよりもハッキリしてきた。


「……状況はどうなった?」


 そう思い立った俺は、部下に通信を試みた。

 だが、繋がらない。どうやら通信妨害されている。

 代わりに聞こえてきたのは耳をつんざく様な激しい銃撃音だ。

 一体、何が起きている?

 俺は応急で血止めを施し、表通りに出た。

 そこで目にしたのは――。












 



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