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イタチは笑う  作者: 足利義光
第十三話
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生きる意味

「思ったよりも容易いな」


 フォールンの亜種を投与された連中との戦いはこちらに優位に状況が進んでいた。

 連中の出てきたアンダーへの出入り口は既に爆破等で崩落させた。これ以上、新手が出ることはないだろう。

 俺は正直もう少し手応えのある物だと思っていた。

 モグラ、いや、ヤアンスウが実施していた実験の映像では、フォールンの亜種を投与された人間が狂った様に暴れる様子が詳細に映されており、だからこそ、こちらも俺やジェミニの動員出来る兵隊で迎え撃つ構えに出た。

 いざ連中とやり始めたが、連中は正直云って弱い。

 元々、本来のフォールンの純度を落としているのも関係しているのだろうが、痛覚こそ麻痺している様だが、身体機能の強化には繋がっていない様に見える。

 これでは、単に痛みに強いだけの一般人レベルでしかない。

 この程度の連中で何をするっていうのか?


「うがあああぁああ」


 物思いに耽っていた俺の隙を突いて、一人の投与者が襲いかかってきた。不意を突かれたものの、所詮は一般人レベル、動きに無駄が多過ぎる。

 突き出してきた右手を左手で払う。そのまま腰を捻りながら踏み込み右拳で顎を打ち抜いた。痛覚が無かろうが、脳を揺らせば関係ない。投与者は意識を失い、倒れる。

 この程度なら、わざわざ出張る事も無かったか。


 ガガガガッガ。


 凄まじい破壊音が夜の繁華街で轟いた。

 これは重機関銃マシンガンだ。

 しかも、今のを契機にあちこちから同様の斉射音が聞こえる。

 さらに、上空からもヘリが近付いているのも見える。

 流石にヘリでの攻撃は控えるつもりらしい。だがその代わりに夜空には無数のパラシュートが上がっている。


『こちらが本命か? いや、違うな。いずれにしろ考えている時間は無い。立ち塞がるなら全て倒すだけだ』


 一転して、戦場に変わった繁華街を俺は駆ける。

 降下して来たのはどうやら、ヤアンスウの手持ちの兵隊らしい。

 さっき、ジェミニを狙ってジャッカルが襲撃をかけてきたと報告が入った。連中の目的は俺、もしくはジェミニの始末だろう。

 ジェミニの奴にはかなりの腕を持つ仲間がいるとは聞いていた。

 ソイツがジャッカルを蹂躙しているらしい。どうやら、かなりの隠し玉を持っていた様だな。


「クロイヌだ」

「始末しろ」


 兵隊に見つかったらしい。この裏通りは照明もなく真っ暗だ。そんな中で俺を特定したのなら、連中は暗視装置ナイトビジョンを着けているのだろう。

 火花が上がり、俺の横を銃弾が通過していく。なかなかに悪くない腕だ。だが、それだけの事だ。

 俺は連中に向けて駆け出す。その動きに気付いた兵隊達は間断無く銃撃を浴びせてきた。

 だが、甘い。俺はこの程度の銃撃で殺られはしない。

 俺は、銃弾の雨を避けながら間合いを詰める。そうして、肉薄した所で左右の掌底で奴等の顎を打ち、肘を鼻先に叩き込む。

 連中は俺が素手だからと甘く見たのだろう、所詮はその程度の連中と言うことだ。

 気絶した連中を見下ろしながら俺はかつて負った銃創を擦った。戦場では四方八方から散々銃撃を受け、何度となく銃弾が身体を撃ち貫いた事か。

 コイツらには足りない。生き抜こうという【意志】がな。


 俺の手は血塗れだ、それも無数の人間の返り血でな。

 戦場で考えていたのは只々生き抜く事だけだった。

 その為なら、どんな事でも躊躇わない。カラスとは違い、俺には圧倒的な武力はない。相手を気遣う余裕等、持ち合わせない。

 だからこそ、あらゆる手段を行使した。

 倒した敵兵士の服を奪い、敵陣に潜入する事等は日常茶飯事。

 潜入した後で、そこに滞在している敵司令官を夜陰に紛れて暗殺したこともある。

 敵に内通する振りをして、偽情報で釣った事もある。その為の一貫で、味方を殺した事もある。迷わず、躊躇わずにな。


『生きる為なら迷うな、迷いは俺の命を刈り取る……一瞬で』


 俺は生き抜いた。他者を出し抜き、踏みつけにして只々前だけを見る。決して後ろを振り返りはしない。振り返って見えるのは、俺が生き抜く為に踏みつけた連中の累々とした屍だけだから。


 大戦が終わり、俺は世界を巡った。

 何年かの時間をかけて目にした世界は、混乱していた。

 終結までに数十年もの歳月をかけたこの戦争が何をもたらしたのかは一目瞭然だ。

 既存のシステムや権益を守ろうとし、またシステムや権益を手にしようとした連中はその全てを喪失し、没落していった。


 世界に残されたのは、癒えようもない深い傷痕。

 国にも、人の心にも深く刻まれたその傷は、暗い陰となり世界そのものを覆っていく。

 戦争は終わったにも関わらず、人々から争いの種は消えなかった。それどころか、寧ろその争いはより深く、広く、底辺にまで拡散していった。荒んだ心を持った人々が互いに疑心暗鬼になり、疑い、蔑む。ちょっとした、ほんの些細なきっかけで簡単に火が付き、簡単に命を落としていく。


『こんな世界の為に戦争をしていたって云うのか? 馬鹿か、どいつもこいつも?』


 俺の中に残されたのは、最早、救い様のない世界に対する【怒り】だった。

 こんな物を守る価値があるのか?

 いっそ、世界ごと無くなればいい、とまで俺は考えた。

 気が付けば俺は日本に戻っていた。

 行く宛などは無い。

【九頭龍】に足を運んだのは偶然だった。

 この塔の街は俺が世界を巡った中でも尤も繁栄している場所だった。ここには、大戦で失われた多くの物がまだ残されていた。

 だが、この街もまた多くの矛盾に満ちている。

 この繁栄の裏で、街を仕切るのは【塔の組織】と呼ばれる連中。

 奴等は、単なる裏組織とは違い、ありとあらゆる場所に浸透しており、街と一体化していた。

 そして、この街の光である塔の住人達の創意で組織は動いていたのだ。

 一方の街の陰と云うべき場所はアンダーだった。

 ここは街の掃き溜め。何処から来たのかも分からない連中が次々と押し寄せ、地下世界を構築していた。

 こっちは文字通りに【弱肉強食】を地で行く場所だ。

 弱者は強者に搾取される為に存在している。少ない物資を奪い合う場所だ。こんな場所では住人に理性を求めるのは難しい。

 そして、俺はこの街に落胆した。だが、同時に安心も出来た。

 行き場のない俺が住むことにしたのは、この街最大の繁華街を持つ、第十区域、別名第零区域。組織すらここにだけは支配の手を伸ばせないといわれる場所。


 すぐに組織の支配の手が伸びていない理由は分かった。

 ここは、あらゆる犯罪の温床だった。

 無数の犯罪組織がここに密集し、争っている。

 日々、銃弾が街を行き交い、関係のない一般人は昼間でもビクビクしながら表通りを通る有り様だ。

 中でも、クスリの汚染は酷かった。ヤク中があちこちにたむろう姿は異常としか云えない。

 だが、皮肉な事にこんな場所が俺には心地良い。

 日常と非日常が混在するイカれた場所、ここはかつて俺が過ごした戦場によく似た場所だったから。ここに根を下ろすのも悪くは無さそうだ。ここなら、マトモな場所では使えない、俺が戦場で学んだ数々の技を使っても問題は無いだろうから。

 ならば、まずはここの下調べをしなければ。そう思った俺は繁華街に存在する悪党どもを調べる事から取り掛かった。

 どうせ、弱い連中から搾取するだけが取り柄の救いの無い連中だ。痛め付けても誰も文句も出ないだろう。

 そうして、連中から如何に搾取するかを考えていたある日の事だ。俺は、ある話を耳にした。

 何でも化け物じみた強さの大男がここに流れ着いたと云うのだ。

 そいつの人相を聞いてる内に、脳裏にはある男の姿が浮かんだ。

 そいつは繁華街の中心から少し離れた場所でバーを開いている、そう聞いた俺はそこを訪ねてみた。


 アイツだった。かつてあの戦場で生き抜いた戦友。

 互いに初めて【友】と云える存在となった、アイツがそこにはいた。

 聞いた話では、奴部隊の解散後は【殺し屋】をしていたと聞いた。そして、裏社会でも最強と呼ばれる存在だった、と。

 奴の持つ技術ならそれも当然だろう。

 だが、奴は数年程前に忽然とその姿を消した。

 様々な噂が流れた、奴はもう死んだとか、何処かの組織に雇われたとか、挙げ句には何処かのガキを守っているだとか……馬鹿馬鹿しい話ばかりだ。


「よぉ、デカブツ」

「何だ? ヒョロか」


 そこにいたのは間違いなくあのデカブツだった。

 かれこれ何年か振りの再会は、そのまま酒盃を交わす場になった。俺は、この数年あまりの世界で見てきた事を話した。

 だが、話している内に気付いた。こいつは何処かが【違う】と。

 以前とは何かが違うと。

 その違和感が何かは、すぐに分かった。


 ――ただいまーーー。その人はだぁーれ?


 そこに姿を見せたのは小さな少女だった。

 その少女は、ごく当然の様にデカブツに挨拶し、俺の目を真っ直ぐに見据えた。

 あの様々な噂の中でも、最も有り得ないと思った事が事実だと知り、俺は心底驚いたものだ。


 話を聞いた。彼女は、俺達の【教官マスター】の娘だそうだ。マスターからの依頼で、デカブツは彼女を引き取り、あちこちを転々とした。とは言え、そうした日々をいつまでも送れるハズも無い。

 そこで、彼女を連れて、この繁華街に住むことにしたそうだ。

 確かに、ここならある意味安全とも云える。

 最悪過ぎて、組織すらまともに手を出せない場所なのだから。

 とは言え、ここはあまりにも非日常が身近過ぎる。

 アイツもそれは分かっていた。だからこそ、夜な夜な外に出ては危険度の高い売人や、犯罪組織の橋頭堡を潰して回っているそうだ。


「お前、そこまであの子にしてやるのは何故だ?」


 素朴な疑問をぶつけてみた。

 俺の知っていたデカブツと、今のコイツとではあまりにも印象が違って見えたからだ。

 何故、ヤバイ橋を渡ってまで、あの少女を守ろうとしているのかが分からない。


「俺は、お嬢に【生きる意味】を貰った」


 奴はそう言った。

 何の事かは、これもすぐに分かった。


「カラス、アタシちょっと外にいるねー」


 あの少女、レイコに【カラス】と呼ばれた時、俺はコイツが何に命をかけているのかが理解出来た様に思えた。

 俺達は似た者同士だった。共に生きる為に俺は詐術を、アイツは持ち合わせた腕力を――持って生まれた天性を武器に生き抜いてきた。ありとあらゆる物を生きていく為に利用出来る物は全てを利用し、出し抜き、友を持たずに生きてきた。

 だからこそ、俺達は分かり合えた。手段の違いこそあれ【似た者同士】だったからな。

 俺達は互いに【名前】を持たなかった。だからこそ、互いに【デカブツ】や【ヒョロ】なんていうある種ふざけた物でも自分達の仮初めの名を大事にしたのだし、初めて俺達を【認めてくれた】マスターに敬意を払ったのだ。

 名前を与えられると言うのは、【命】を貰ったのに等しい。

 名前とは生きる【目的】を与えられる事だ。

 何にせよ、都合が良かったのは事実だ。


 俺にとってもここで暮らしやすくする為には、多少の治安の改善は必要だと思っていた。二人で取りかかれば効率よく出来るだろうしな。

 だから、俺は提案したのだ。


「俺と【掃除屋】をしないか?」


 とな。


 こうして掃除屋を始めてから数週間たった。

 とりあえず、バーの近辺からある程度の悪党を追い払う事に成功した。

 不思議なもんで、悪党がいなくなると、ここいらの住人が生き生きしていくのが目に見えて分かった。

 日中でも一人歩きには気を付けないといけなかった場所に子供が走り回る姿には、柄にも無く心が和む。

 俺は、その日もバーに立ち寄った。

 すると、学校帰りらしくあの少女――レイコが丁度帰ってきた所だった。

 そういや、この少女には驚かされた。

 この子は掃除する前からここいらを平然と歩いて学校に向かっていた訳だが、その理由は簡単で、この子に手を出すのは危険だとされていたからだ。

 そこで普通なら原因はあのデカブツ……いや、カラスだと思う所だが、実際にはあのお嬢ちゃん自体が強いからだとさ。

 この前、興味本意で腕試しをしてみたが、これがなかなか。

 想像以上に腕っぷしが立つのに驚いた。

 元々、マスターが身体の【使い方】を遊びの一環として取り入れていたらしく、最初から下地は出来ていたらしい。

 そこにカラスが彼女にも無理の無い技を教えていった結果が、こうなったらしい。全く、末恐ろしいお嬢ちゃんだ。

 そんな事を考えているとレイコが話しかけてきた。


「カラスに用事なの?」

「ん? あぁ、そうだな。……留守なのか?」

「そうだよ、買い出しに行くって言ってたよ」

「そか、なら待ってるかね」


 別に急ぎの用事があるわけでも無い。そう思った俺が適当に椅子にに座って待ってると、嬢ちゃんは俺の前に立った。


「……何か用か?」


 訝しむ俺の目に対し、彼女は一歩も引かずに見据えてきた。


「あのさ、あなたのお名前こわい」

「ん? そうか、ブラックドッグ。かっこいいと思うぜ?

 で、それがどうかしたんか?」

「だからね、お名前かんがえたの」

「はっ、俺の名前? ……何だよ言ってみな、お嬢ちゃん」

「お嬢ちゃんじゃないよ、レイコだよ」

「はっは、悪い悪い。んで何なんだ?」

「うん、あなたのお名前は――【クロイヌ】なの」


 その名前を貰った瞬間だった。

 俺の中で何かが開いたのを感じた。

 目の前にいるお嬢ちゃんからは、何の打算も感じない。当然だろう、彼女はまだまだ子供なんだから。


 始めてだった。

 何の見返りも無く、何かを貰ったのは。

 そうして気付いた。

 何故、あのデカブツ、カラスがあんなに変わったのかをな。

 アイツも同じだったのだろう。

 俺もまた同じ気持ちだったに違いない。

 俺は精一杯の強がりを込めて彼女に、レイコに言った。


「何だよ、結構いい名前じゃねぇか。貰っとくぜ――――有難うな、レイコ」

「うん、今日からあなたはクロイヌ。よろしくね」


 レイコは、そう言って満面の笑顔を浮かべながら俺に手を差し出した。

 この時からだ。俺の新しい戦いが始まったのは。

 この命をかけるのに相応しい目的が出来たのは。











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