百獣の王
「やれやれだな」
そう言いつつ、レオは如何にもくだらなそうにかぶりを振る。
灰色の戦闘服を纏った集団が持っているのは【H&K G36】で、ボクの知り得る限り、組織内でこれを標準武装しているのは【ジャッカル】。組織の誇る【裏の軍隊】。
ボクの設立した【サルベイション】の施設を壊滅させた連中だ。
コイツらがここに動員されたという事は、組織とヤアンスウが少なく見積もっても、共闘態勢にあるという訳だ。全く厄介な事態だよ、ホントにね。
「ジェミニ、さがってろ。邪魔だ」
「ああ、任せるよ――ボクの剣」
「仕方が無いな――」
任せろ、そう言いながらレオは部屋を出る。
「さてと、死にたい者から向かってくるといい」
レオの声が聞こえ、返答代わりの銃撃が浴びせられ、開戦の号砲となった。
ボクは外に出た。
銃弾飛び交う戦場に於いて、通常なら指揮官が最前線に出るなんてのは愚策もいいとこだろう。
でも、ボクのいるこの何の変哲も備えもない単なる空き家では、ジャッカルの連中からしたらいい的にしか見えない事だろう。
連中の襲撃方法は、襲撃時の映像やら生き残った仲間が懇切丁寧に話してくれたのだから。
このまま蜂の巣やら粉々にされるのをただ黙って座して待つのは、殺してくれと宣言したも同然だろう。
「……云っとくが、お前の身を守るつもりはないぞ」
「分かってるさ、でも、今は君の近くが一番安全なんでね」
「好きにしろ」
ボクの説得を諦めたらしく、レオはため息をつくと、前に向き直った。腰に帯びていた鞘に手をかけると左手でそれを抜き放つ。
シュルン、何処か柔らかいしなりを持つその刀身は、殺傷力という点に於いては他の刀剣類には一歩劣る。
「さ、これは本来の得物ではないが――かかってくるといい」
レイピアの切っ先を、目の前に立つジャッカルの面々に突きつける様はまさに中世の騎士か貴族の様にも見える。
ハッキリ言ってしまうなら時代錯誤も甚だしいその様を見た灰色の兵士達からは嘲る様な微かな笑いが漏れ聞こえてきた。
その顔に暗視装置とか、フェイスマスクを着けているから表情を伺い知る事は不可能だけど、目の前の相手を頭におかしいバカか何かと思っているに違いない。
シュルン。
だが、その嘲りの声はすぐに静まり返った。
レイピアが一番手前にいたジャッカルの一員を貫いている。
何をされたのかも理解出来ないままに喉を刺し貫かれ、剣先を抜き取ると、ごふっ、と口と喉から大量の血を吐き出しその男は絶命した。
「かかって来ないならば構わん、こちらから行くのみだ」
レイピアを振るい、血を払うや否や――レオは踏み込む。
そのまま迷う事なくレイピアの剣先を小刻みに、まるで蛇の如く操りながら素早い突きを繰り出していく。
それはまさに、一陣の風とでも例えたらいいんだろうか。
レオがそのままジャッカルの面々の真っ只中を通り抜け、レイピアを一度振るった。
ピピッ、と血の滴が地面に落ちるのと同時に、立ち尽くしていたジャッカルの面々は血飛沫をまき散らし――無言で崩れ落ちていく。
全く、何回見ても人間業とは思えない技の冴えだよ。
ボクの知る限りで、こんな規格外の戦闘力を持っているのは、レイジの奴と、ムジナ、そしてこのレオ位のものだ。
全く、これで特に誰かに【師事】を受けた事も無いのだから畏れ入るよ全く、ね。
そこに恐らくは、増援なのか新手のジャッカルの面々が駆け付けてきた。すぐに仲間が殺られた事を察知すると、いきなりの銃撃。無数の銃弾と、それから一人が取り出した【スパスショットガン】からの散弾が襲いかかる。
レオは即座に建物の柱に隠れ、やり過ごそうと試みる。
だけど、ジャッカルの攻撃は容赦が無い。
その名のごとく一度狙った相手に喰らいつくかの如く 、続々と敵に向けて、弾幕を張り続ける。
あの身を隠した柱が徐々に抉り取られていく。この分だと、ジャッカルの狙いは単純にボクなのだろう。その前に障害となっているレオを排除するつもりなのだ。
「ハハハ」
レオは笑っている。彼は決して気が触れた訳じゃない。
ボクが【彼ら】に出会った時もそうだった。
彼は、【笑っていたんだ】……命の危機に。
◆◆◆
それは二年前の事だった。
傷も癒え、ヤアンスウの元から離れたボクはかつての失敗の教訓から、【自前の軍隊】とも云える組織の設立の為にアンダーを中心に奔走していた。
中核となるメンバーもいた。彼らは各々に得意分野を持ち、あちこちで暗躍していた。
だけど、ボクには大きな懸念材料が存在していた。
肝心要の中核メンバー自体がその過半数に於いて、ヤアンスウからの何らかの影響下にあったのだ。
中にはそもそもヤアンスウの手駒まで紛れ込んでいるらしく、これでは折角のボクや皆の為の組織があの老人の私兵として使われるのが目に見えている。
だからこそ、少しでもボク自身の影響力を確保する為にも、強い仲間が必要だった。
そんな中で、とある情報が耳に入った。
何でも、アンダーのある集落に最近流れ着いた男がかなりの凄腕だとの噂を聞き付けた。
その集落は、最近になって隣接するもう一つの集落から略奪を受けており、対抗する為に外部から助っ人を募集していたそうで、ボクがそこに辿り着いた時も、新たな助っ人候補が数人来ていた。
勿論、ボクにこの集落同士の諍いには興味も関係するつもりも無かった。さっさと、情報にあった男をこの目で確認して、使えるかどうか見極める。
その機会はすぐに訪れた。
隣の集落から略奪の為の連中が襲いかかってきたからね。
人数はおよそ三十人。こちらは元々は二十人だったけど、相手が銃火器を備えている光景を目にして恐れを抱いて逃げる奴もいるし、おまけに寝返る奴まで出る始末で、気が付けば頭数は五人になっていた。
集落の住人達はパニックに陥っていた。荷物を持てるだけ持ち出して逃げようとしていたり、もう駄目だ、とばかりに諦めながらに嘆息する者。悲壮感に包まれる集落を目の当たりにしたボクもいざとなればここから脱出する為の算段をしていた。
その時だった。
彼は、一際薄汚れた服装をしていて、みすぼらしくてとても戦う様には見えなかった。
印象的だったのはその目。目だけが異様なまでに生き生きとしており、思わず背筋に汗が流れるを感じた。
フードを降ろすと金髪がその場で広がる。思いの他、サラサラそうなその髪の毛がフワリと宙を舞い、近くにいた住人がざわつく。
顔も薄汚れていたが、その顔立ちは思いの他整っていて、その辺りの有象無象とは明らかに異質。
纏っていたフードコートを脱ぎ捨てる。
すっかり色褪せてはいたものの、着ているシャツも仕立ては悪くは無さそうだ。
『こんな色男が何をするつもりだ?』
彼は腰に一本のレイピアを帯びていた。鞘もまたなかなかに上等な装飾が施されており、その出自は資産家だろう、とそう思った。
襲撃者達も、自分達に向かってくる相手に注目したものの、すぐに笑いだした。
「とりあえず、死んどけ!!」
大男が手にしていたのは、バトルアックス。彼は迷う事なく、その巨大な刃先が敵めがけて、振るわれるその刹那。銀色の剣閃が鈍く煌めいた。
◆◆◆
そう、彼はいつもそうだ。
命のやり取りの中にこそ自らの存在意義を見出だし、相手がどの様な武器を使おうとも、自身はあくまでレイピアや、あの得物以外の武器を手にしない。
レイピアはあくまでも個人的な護身用であり、本来の得物では無い。彼の得物は――
「蟹座、あれを私に!!」
金髪を振り乱しながら叫ぶ。
その声を何処から聞いていたのだろうか、彼女は必ずその姿を見せる。
彼女は最初からレオの傍にいた。そう、まるで影の様に。
あの小柄な女性は恐らくは幼少期から付き従っていたそうだ。
普段はその姿を見せる事は極々稀だ。
だが、一度自身の主人が求めた時、彼女はその姿を必ず現す。
主人が一番得意とする得物をその手にして。
それは、今もそうだ。
「主人。これに」
音もなくとはこの事だろう。
蟹座の仮面を着けた彼女はさも当然の様にその姿を見せた。
そして、その得物を自身の主人へと渡した。
それを見たジャッカルからはどよめきが起きた。
「大儀であった」
受け取ったレオは彼女を見る事なく、そう言う。
キャンサーは、言葉もなく頭を垂れるとレオの背後に控えた。
シュン、シュバン。
風を切るそれは長大な武器だった。その全長は凡そ360センチといったところで、重量もそれなりにあるだろう。
彼はその超重武器をそこいらの棒切れでも扱うかの様に軽々と振り回す。
それは何処か、優美な舞いを披露している様にも見え、ジャッカルをも魅了したのか攻撃は止んだ。
「さて、待たせたな。これが私の一番の得手とする物だ」
レオはこれまでにない哄笑をした。それはほんの僅かな時間だったとは云え、膠着した状況を打破した。
ジャッカルの面々がG 36やスパスショットガンの銃口を敵に向けた瞬間。
一体、どんな速度で間合いを詰めたのか?
その得物は持ち主が腰を回しながらの遠心力を込めた一撃を見舞っていた。
力任せの豪快な初撃で一人が身体を文字通り両断。さらにそのままの勢いでもう一人横にいた仲間にも刃先は直撃。バキバキッッ、という音と共に哀れな被害者は壁にそのまま叩き付けられ、暗闇でも、ハッキリと分かる位に壁を赤く染めた。
レオは止まらない。
豪快な初撃に合わせ、身体を回転させつつも前に出る。
ジャッカルの面々は銃撃をかけつつ後ろに飛び退こうと試みた。
だが、遅い。
レオは浴びせられた銃撃を回りながら躱す。そして今度は鋭い突きを相手に放った。その一突きは一気に敵を貫く。
銃撃は間断なく続けられたものの、レオは怯まずに突き殺した相手の身体を肩から突き飛ばす。そうしておいて、今度は左にいた相手のスパスショットガンを鉤で弾く。
レオはなおも、まるで舞踏会で華麗に躍りを披露しているかの如く、ステップを刻みながら自分の手足の様にそれを振るう。
それは豪快に敵を叩き斬る。それは相手を刺殺する。それは敵の武器を引っかけ、弾く。
その動作は極々自然で、無駄がない。
レオが敵を見ているのかすら疑問だ。彼は躍りに夢中にも見えるから。だが、その優美な舞いを振る舞う度に――観客は賛辞の代わりに血とその命を支払う。
戦況の不利を悟った最後尾にいたジャッカルの面々が逃げようと試みた。
確かに、レオは追い付けないだろう。だけど、彼らは肝心な事を見落としている。
そう、彼の背後に影の様に付き従う従者の存在を。
ゴギャン。
鈍さの中にも甲高い音。不自然に首が曲がり、折れた。
ジャララ、という鎖の音。
今度は横にいた一員の胸部を直撃。その身体を吹き飛ばす。
「逃がしません」
それだけ呟くと、彼女は鎖状の【モーニングスター】を振り回す。誰一人ここから逃がさない、そういう意図を込めて。彼女もまた尋常ではない。まるで生き物の様に鎖を扱い、変幻自在の打撃。そして、鎖での絞首はモーニングスター本体の重量も手伝い瞬時に敵の頸部をへし折る。
そうして敵の注意は前後に分散し、生じた隙は彼らに致命傷を与えた。
「よそ見してる暇あるのか?」
そう言いながらレオは暴風の如く吹き荒れ、猛威を振るった。
その暴風の根源は彼の手に握られた【ハルバード】によってもたらされる。
その斧は相手の肉を、身体を寸断する。その槍の穂先は相手の心臓を貫く。その鉤は敵の武器を絡め、時に肉を抉り取る。
確実な死を自在にもたらす武器を扱うには技量が必要になる。
「こんなものか?」
暴風が吹き荒れた後にその場に立つのはレオと従者であるキャンサー。あとはボクだけだ。
「さて、次に行こう」
そのボクの言葉にレオはかぶりを振る。やれやれと云わんばかりに、ね。でも――
「まぁ、いい。今日はせいぜい雑魚を相手にしてやるさ」
そう言いながら哄笑した。
そう、まだまだ夜は始まったばかりだ。




