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イタチは笑う  作者: 足利義光
第十三話
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殺戮の夜の始まり

 

「さぁ、こちらに」


 そう言われオレは今、通路を歩かされている。

 案内しているのは、じい様で、多分ヤアンスウ、モグラの野郎の側近だろう。そう思うのは単なる勘だけどな。

 にしても、ムダにでかいビルだ。

 どうやら、あの【ナノマシン治療】の際に麻酔をかけられたらしい。此処が何処なのかがさっぱり分からない。正直、今すぐにでも暴れだしてこっからトンズラしてぇ所だ。だが、場所が分かンない以上、そういった行動に出るのはまだだ。

 それにだ、オーナーに、レイコさんに会っちまった。あの人なら、アタシに構うな、位は言ってきそうだ。

 とは言え、あの人を見捨ててここから逃げる訳にはいかねぇよ。


『もうちょっとだけ待っててくれ、リサ』


 祈る様な気持ちを何とか押し殺しながら、歩く事数分後。ようやく目的地に辿り着いた様だ。案内役のじい様がわざわざドアを開いてオレに部屋に入るように促す。


最高傑作マスターピースをお連れしました」


 部屋に足を踏み入れると、じい様はそう言ってドアを閉めた。


「ようこそ、イタチ君。待ってたよ、君がここに来るのを」

「オレは、アンタに会いたくなんかこれっぽっちも思っちゃいねぇけどな」


 オレを歓迎してくださった野郎はやはりモグラだった。

 まるで王様みてぇに部屋の奥に十段程の階段があって、その上にこれまたいかにもな玉座ってヤツみたいな椅子を用意し、そこに腰掛けていやがる。いい気なもンだぜまったく。


「王様気取りってか? ……ったくいい気なもンだな、アンタ」

「ククク。そうでもないさ。私など、所詮は【飾り物】だよ」

「へっ、随分と自分を卑下すンじゃねぇかよ。…………遺言状でもオレにくれそうな勢いだな」

「ハハッハハハ。君こそ、一流だよ。一流の【道化師ピエロ】だよ、まさしくな」

「言うじゃねぇかよ、良いのか? ここにゃ、アンタとオレしか居ないンだぜ?」

「君が【その気】にさえなれば私を簡単に殺せるぞ、かね?」


 その言葉にオレは眉を微かに吊り上げた。

 コイツはやはり油断できない、これ見よがしに隙だらけの状況をこうして構築しながらも、それでもオレにこうして【交渉】を持ち掛けてきている。

 あちらさんも、オレの反応に気付いただろう。口元を微かに上に動かし、歪めた。


「ま、君があのビル、研究施設に侵入しようと試みた経緯は私もよく知っているよ。確か、リサだったかな?

 君も随分物好きだね、あんな出来損ないの【実験動物】にすら成り切れなかった者を大事にするとは……」

「……やめろ……」

「……まぁ、あれは確かに【愛玩人形】としては一級品かもしれんな……」


 殺す。

 オレはそう思うや否や【スイッチ】をONにしていた。

 殺すまでの時間は二秒もかからない。

 階段を二歩で登り切る。そのままの勢いでこの外道の喉を潰す。

 声も出せなくなった所を、首をへし折るなり、撲殺するなりその場で決めればいい。簡単な事だ。


「やめとけ」


 だがその時、オレと外道の前に立ち塞がる人影が一つ。

 レイジ兄ちゃんだ。

 オレの突進を軽くいなし、床に転ばせる。


「安い挑発にイチイチ乗るんじゃない。ヤアンスウ、アンタもアンタで挑発するな」


 そう言うとレイジ兄ちゃんは、オレとモグラのジジイを睨み付ける。


「分かったよ、やれやれ。君にしろイタチ君にしろ、少しは【ゆとり】というものを覚えたまえ」


 モグラのジジイはやれやれとばかりに肩を竦めてみせる。

 にしてもだ、レイジ兄ちゃんはこの部屋に潜んでいたってことになる。オレはこの部屋に足を踏み入れた際にちゃんと、気配を探った。なのに、こうして不意を突かれた。

 これがもし、オレを殺すつもりで潜んでいたのなら――そう考えると背筋が寒くなる。


「さて、少しは頭が冷えた所で交渉をしようじゃないか」


 モグラのジジイはそう言いながら口角を吊り上げた。



 ◆◆◆



「これで良いのか?」

 ――ああ、これが最善手だよ。ボクの考えうる限りの、ね。

「ならいい。…………仕掛けるぞ」

 ――了解、生き延びたら酒でも呑もうか、ムジナ。

「……考えておく」


 これ以上無線での会話は相手を利するだけだ。

 イタチの奴が恐らくはヤアンスウの手に落ちてから一日。

 ジェミニの奴の優しい【追究】により、ミナトの奴は自分が知りうる限りの情報を吐いた。

 それによると、ヤアンスウは【フォールン】の改良品のデモンストレーションを今夜実行するつもりらしい。

 既に【塔の区域】とは話を付けているらしく、今や、ヤアンスウ及びにその傘下の連中は塔の組織の一部にすらなりつつあるそうだ。

 当然、それを良しと思わない連中は出てくるだろう。

 そこで、くだんのデモンストレーションを実施する訳だ。

 場所は第十区域、つまりカラスの奴の担当区域で、02……いやイタチの奴の棲みかでもある場所で、散布するつもりらしい。

 それで、今夜は第十区域とよそを結ぶポイント毎に検問があり、事が始まれば完全封鎖をするつもりのらしい。


 それで、今夜は二手に分かれる事になった。

 ヤアンスウのいる塔の区域内にあるビルへは、俺とカラス。

 第十区域内でのデモンストレーションに対しては、ジェミニとクロイヌ。

 本来なら、九頭龍の一人だったクロイヌはこちらに来ても良さそうなものだが、フォールンの実験を阻止するには少しでも頭数が必要で、それに対しては、兵隊を持っているジェミニとクロイヌがそれぞれに仕切って対処した方が確実。そういう理由からだ。


 クロイヌからの情報で、塔の区域へは簡単に侵入出来た。

 ただちに目的地へと近付く事にする。

 にしても、ここは思った以上に外に人の姿は少ない。


 この区域の住人は数万人らしい。詳しい人数が不明なのは、ここの情報は表には出ることが極端に少ないからだ。

 九頭龍全体だと五百万人にも人口は及ぶ。そこにアンダーの住人まで合わせると一体どれだけの人間がここに暮らしているのか。

 そして、その中のほんの数%であるこの区域の連中の都合で、他の人間の【生殺与奪】が決められる。

 そう思うと、俺でさえ反吐が出そうだ。


 やたらと無人のロボが多い。しかも物騒な事に銃火器を装備している。今、俺とカラスは丸腰で、作業服姿。クロイヌが手配した偽造IDで検問を突破しているので、目立たなければ問題は無い。

 目的地であるヤアンスウの根城であるビルにも侵入出来た。

 地下にある作業員の用具置き場で得物をチェック。

 あとは、行動開始までの時間を待つだけだ。


「お前はこの戦いが終わればどうするつもりだ?」


 話を切り出してきたのはカラスだった。


「どうするとは?」

「お前も裏社会に戻るのか? そう聞いている」

「さぁね。考えた事も無い、俺が武器を手にしない光景なんて」

「そうか……そうだな」

「そういうアンタはいい加減、この世界から引退しないのか?

 アンタ位の人間なら、いくらでも身分を変えられるんだろ?」

「考えた事は無かったな、身分を偽るのは【掃除】の時ばかりだ」

「そうか、なかなか離れる事は難しいもんだ」


 よく考えてみればここにいるカラスは、云わば俺やイタチ、レイジの実験の為にその人生を狂わされたのだ。

 俺達よりも長い時間を血と硝煙の中で生き抜き、その手を汚してきたのだ。

 俺達には、一体どれだけの人間の命の重みがかかっているのだろうか? 考えると少し震えが来やがる。


「時間だ、動くぞ」


 カラスはそう言うと動き出す。俺も続けて動き出す事にした。


『あれこれ考えても仕方が無い。今はこの時、この瞬間だけに集中だ』


 そう考え、刀に手を添えた。



 ◆◆◆



「さて、と。そろそろかな」


 そう言いながらボクは時計を確認した。

 時間夜の八時。いつもならばこの繁華街は見渡す限り人の海の時間帯だ。

 だが、今夜に限ってはいつもとは勝手が違う。

 何故なら、この第十区域への往き来が制限されているから。

 テレビやネットで九頭龍行政府がそう告知したからだ。

 一応、建前上はこの九頭龍行政府がこの塔の街の最高執行機関となってはいるものの、この機関が単なる傀儡であるという事実を知らない奴はいないだろう。その裏で糸を引くのは、塔の組織だというのは公然の秘密だ。

 彼らがわざわざマスメディアを使ってまでこうした警告を発するという事は、何らかの【出来事】が起きるという事を宣言したも同然なのだ。


 そういった事もあって今夜に限っては、この第十区域の自慢である繁華街も通常時に比べれば、通りを行き交う人数は相当に少ない、という訳だ。

 今、ここを往き来しているのは、ハッキリと言ってしまうなら情報弱者か、事情を察しながらも敢えてここにいるボク達のようなバカ位だろうか。

 さっきから、ボクの息のかかった連中や、クロイヌの手下達が続々と繁華街にセットされていた【フォールン】をバラ撒く為に用意された噴霧器を発見している。

 いずれもタイマー式で、時間が来れば希釈された【フォールン】を撒き散らす仕組みらしい。確かにミナトの情報通りだ。

 でも、これでいいのか?

 あのヤアンスウがこうした事態を想定していないハズが無い。

 何らかの対抗手段を講じていないハズが無いのだ。

 にも関わらず、今のところボクの耳に入るのは、一方的に上手くいっているという報告ばかり。


『上手くいき過ぎている。まるで……』


 そう、これは罠だ。ならどんな罠を講じただろう。

 考えろ………………ボクがヤアンスウの立場であるなら、どういう対処を、いや、どういった【プランB】を用意する?

 そう考えている内にボクはようやく気付いた。

 そもそも今夜ここで何を起こすつもりなのか? 決まっている。

【デモンストレーション】だ。あの【フォールン】の亜種の。

 その為にここから人払いをしたのだ。

 そして、それは紛れもない事実として事態は大きく変わった。



 それは、最初は単なる泥酔した通行人にでも見えたのだろう。足元はフラフラしているが、街の住人は特に気にするでも無かった。

 だが、その泥酔した様に見えた男が目の前の通行人にぶつかって倒れると、彼が普通の人間では無い事がハッキリとした。

 ぎゃああああああーーーー。

 繁華街中に轟いたのでは無いか? そう思う程の悲鳴がデモンストレーションの始まりの号砲だった。

 カメラが捉えたのは、首筋に噛みつくあの泥酔したと思われた男。そして、頸動脈を切られたのだろう、首筋から大量出血して無残に殺された被害者の姿だった。

 それを見た他の通行人は一気にパニックに陥る。

 慌ててその場から離れようと、逃げようとする様がありありと映された。

 だが、彼らは逃げれない。彼らを狩ろうと数百人ものフォールンを打たれたらしい連中が行く手を阻んでいた。

 連中にマトモな思考は残されていない。まるでケダモノのように目に映った通行人に襲い掛かり、容赦なく殺していく。


「やっぱりこういうコトか」


 ヤアンスウが用意したこの生きる屍は、その身に付けているぼろぼろの服装からアンダーの住人なのだろう。

 出鼻を挫かれた。だが大丈夫だ。

 連中が出てきたであろう、アンダーへの出入り口はついさっきボクの仲間が【爆破】して封鎖を完了した。

 パパパラララ。

 そして、彼らはその足で、MP5サブマシンガンを手に銃弾をプレゼントしていく。


「いいかい、狙うのは頭部だ 。そこを撃ち抜かなきゃあれは止められない」


 通行人に紛れ込ませたボクの仲間も攻撃を開始した。

 さらに、クロイヌの手下達もそれに加わり、掃討態勢に入る。

 人数はこちらの方が少ないものの、所詮は素手でケダモノの様な攻撃しかしてこない連中だ。徐々に状況はこっちに傾き始めた。


 ――気を付けろ。簡単過ぎる。


 突如、クロイヌからボクに無線機越しに声をかけられた。

 そうだ、この程度で収束するハズが無かったのだ。

 ボクと、クロイヌにとってこの夜会はまだまだ始まったばかり。

 それを裏付けるかのように、ボクのいた建物が大きく揺れた。

 監視カメラも切られたらしく、相手が誰かも分からない。

 一つだけ言えるのはこれは紛れもなく【プロ】の仕業で、ボクの殺害を目的にしているってコトだろう。

 バラララララ。

 アサルトライフルの斉射音が聞こえた。

 どうやらここにいた警備はもう殺られたのだろう。

 ボクは殺されるのか?

 バン。部屋のドアが蹴り破られ、灰色の戦闘服に身を包んだ敵が銃口を向けてきた。

 否。ボクはまだまだ死なないさ。

 ゴキン、その銃口を向けた敵は瞬時に首を捻られた。

 ここにはとっておきがいるんだ。ボクの知りうる限りで尤も強い男がね。


「ふん、ザコがわらわらと」


 そう言いながらへやに殺到する敵の一団を前に立ち塞がるのは、

【獅子座の仮面】を着けた金髪の男。


「まぁいいさ。かかってくるがいい」


 レオはそう言うと仮面を外し、笑みを浮かべた。





















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