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イタチは笑う  作者: 足利義光
第十三話
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友との約束

「ま、まってくれ。今ので知ってる事は全部話す。話すから――――た、頼む殺さないでくれっっっ。

 き、きみは確か【ジェミニ】。そうだろう、わ、わたしにはまだ価値がある。だから……殺さないでくれッッッッ」



 ミナトは叫びながら懇願している。

 みっともない奴だ。この程度の薄っぺらい男が仮にもこの塔の街を統べる組織の実行部隊の長である【九頭龍】の一人だと? 笑わせる。

 奴はベラベラとよく喋る。一つの質問に十の答えを出すかの如く。とにかく、早口でまくしたてる様に続々と話す。その様には大物としての威厳等は全く無い。こんな奴には殺されるだけの価値も無い。ボクは嫌気が指し、一度部屋を出た。



 ボクには夢がある。

 それは、僕達みたいな【捨てられた人間】でも這い上がれるって事を証明することだ。

 ボクは、正直云って弱い人間だ。腕っぷしには全く自信など持ってない、からっきしさ。

 でも、だ。ボクが弱いなら、強い奴を味方にすればいい。

 その場での上下関係なんかどうでもいい。どうせいずれは、ボクの為の踏み台になるだけなんだからさ。

 そうやって、強い奴の後ろから物事を動かしながら、ボクは生き抜いてきた。

 必要だと感じた事は覚えたし、勉強した。勿論、アンダーじゃなかなか本なんて手に入らなかったから結構苦労したけどね。

 そんなボクだけど、まがりながりにも、ある程度の集団を形成する事に成功した。


「じゃあ、お前がリーダーだからな」


 カケルはアッサリとそう言った。

 カケルとは、ボクがアンダーのあちこちを彷徨っていた時に出会った。彼もまた、ボクと同じで【捨てられた人間】だった。

 彼とは一緒にあちこちを彷徨った。

 ボクと彼とでは決定的に違うことがあった。

 カケルは、物凄く強かった。何を食べてそうなるのかは分からなかったけど、身長は多分二メートル近くあったし、体重も百キロはあっただろう。とにかく、アンダーの中でその巨体はよく目立った。だから、必要以上に他人からは警戒されていたし、ワル達からもよく狙われていた。

 その一方でカケルは基本的に平和主義者だった。

 余程の事が無い限り、自分から暴力を振るう様な事はしなかった。自分が如何に周囲と比べて危険な存在なのかをよくよく理解していたんだと思う。

 彼がキレたのは知ってる限りで一度も無い。

 ボクが彼と出会った時の事だ。

 あの時、ボクは迂闊にも、ちょっとしたトラブルの渦中にいた。やってもいない盗みの罪を擦り付けられてね。

 アンダーに【裁判所】なんか当然無い。その場で判決が下される、【死刑】判決がね。

 怒りにいきり立った住人達は逃げようと試みたボクを捕らえる。

 彼らは気の済むまでボクを殴り、蹴り続けるだろう。まさに獣の如くに。ボクはここで死ぬ、そう諦めかけた時だった。


「おい、よせ」


 カケルの奴はそう言いながら住人達に割って入る。

 獣の如く凶暴化した彼らも、大男の発する威圧感には抗えないらしく、道を開けていく。住人の一人がたまらず喚いた。


「おい、あんた邪魔しないでくれ」

「邪魔だと? 何のだ?」

「そのガキは貯蔵していた食料を盗み出しやがったんだ。だから思い知らせてやる、盗みの代償をな」

「じゃあ、聞くがこいつは何だ?」


 カケルがそう言いながら住人達の前に引き出した男の姿を見て、住人達がどよめいた。その男は顔を真っ赤に腫らしていて、ついさっき殴られたのは明白だった。


「こいつはこの集落の近くに隠れていた。気になったから声をかけたら問答無用とばかりに襲いかかってきた。

 返り討ちにしてからこいつがいた場所を確認してみたら、そこには明らかに数十人分の食い物が貯蔵されていた。

 …………もう一度だけ聞くぞ?

 あんたらがいたぶってるそいつは何をしたんだ?」


 ボクは、助かった。住人達は不満そうにしていたが、カケルが睨みを利かせていたので、それ以上は手を出さなかった。

 それから、ボクの後をカケルは何も言わずについてきた。

 最初は気にしない様に努めたけど、やがて限界を向かえ、ボクは問い正した。


「それで、ボクにどうして欲しいんだ?」

「何をだ?」

「アンタのお陰でボクは助けられた。その事は感謝してるよ」

「ああ」

「で、ボクに【借り】を返せって言うんだろ? 何をすればいいんだよ? 言っとくけどね、ボクは荒事はからっきしだ。それ以外の事で頼む」

「別に、何もしなくていい」


 その言葉を耳にした時、ボクは耳を疑った。

 そんなバカな、と思った。この弱肉強食のアンダーで、何の見返りも無しに人助けをするような奴はバカだ。

 ここじゃ、人の命は【軽い】。ちょっとした諍いですぐに刃傷沙汰になり、簡単に人が死ぬ。ボクはそうした場面をたくさん見てきた、ここにいる限りこんな事はごくごく当たり前の出来事、そう思いながら生きてきた。

 なのに――――。

 目の前にいる巨漢は一切の見返りを欲しない。

 ここじゃ強い事は正義と同じ。困ったときに頼れるのは自分の腕っぷし、そう考える連中で溢れている。

 この巨漢は、そうした殺伐としたここでも、間違いなく恵まれた生活が出来るハズだった。

 あの盗人の腫れ上がった顔を見た瞬間、周囲の人間が凍り付いたのをハッキリ目にした。まともにやりあえば命が危ない、そう思ったに違いない。だからこそあの場からボクは逃れる事が出来た、それはよく分かっている。こいつにボクは大きな借りがある。

 なのに――。

 こいつは何もいらないと言う。


「バカを言うんじゃないよ、何も無いなんてウソを言うな!!」


 ボクは思わず声を荒げた。

 じゃあ、何で助けた? 意味が分からなかった、何もメリットが無いのに。何で他人を助けられる?


「ただ、困ってる奴を見捨てられなかった。それだけだ」


 カケルのその言葉はボクに衝撃を与えた。

 確かに、【外の世界】ではそういう奴だっているのだろう。

 でも、ここはアンダーなんだ。くそみたいな場所にくそみたいな連中が集った【掃き溜め】なんだ。

 ここでマトモな神経をしていたら、骨の髄までしゃぶり尽くされるのがオチだ。そんな場所のハズなのに…………。

 その時、ボクは初めて理解したんだ。

 結局世界を変えたいのなら、自分から変わらなきゃいけないのだと。

 ボクはカケルという仲間……いや、盟友を得て動き出した。

 それまで、各地を流離っていたのは、それぞれの集落の現状を見るためだった。

 いくつもの集落の中で一番マトモな所に住み着き、住民と交流し、信頼を得るために本で学んだ知識を活用して、簡素ながらも食料を時給出来る様にした。

 それから、折を見ては話をした。


「アンダーのこうした無秩序さの要因は、上の街の政策に依存しているからだ」


 そう、アンダーは九頭龍の地下空間に出来た人工的な居住区。

 ここじゃ、食料生産は極めて難しく、マトモな水の確保も困難だ。

 なのに、何故ここから人がいなくならないのか?

 それは、上の街からの【支援】の為だ。

 支援物資が定期的にアンダーには届けられる。

 食料に水、それから生活必需品が住人を生かしていた。

 つまり、アンダーの住人は極端にいうなら、何もしなくても不満さえ抱かなければ、喰うことには困らないのだ。

 こうしたシステムこそが、ここを掃き溜めに変えた最大の要因。

 元々、少数の生活困難者を支援する為のシステム便乗した連中が押し掛けた事でここが最悪の場所に変貌したのだ。

 支援は今でも定期的に来る。

 だが、ここで争いが起きる。限られた物資を巡り、住人達が諍いを起こし、時には殺しにまで発展する様になった。

 こうした事態に、争いはいつしかエスカレート。

 今じゃ、集落同士でのちょっとした戦争もどきまで頻発している。上の街の奴等は一切関わらない。彼らからすれば、【最低限の支援】は既に実施した。後の事など知りたくもない。こういう理屈だろう。


「ボク達は上の街の奴等からすれば、野良犬なんだ。

 彼らは上の街で暴れられたら困るから、【餌】を撒いてる。

 それにボクらが飛び付いてる様は愉快だろうね、【共食い】してるみたいで」


 こうした話をしていると、反応は様々だ。

 ある住人からは、頭のおかしい奴だと思われた。

 ある住人からは、危険な奴だと思われ、命を狙われた事もある。

 彼らに共通するのは、【変化】を畏怖している事だ。

 無理もない、彼らからすれば多少不自由はあるものの、何もしなくても最低限の生活は出来るのだ。

 そうしたぬるま湯な環境に骨の髄まで浸かってしまった以上、今更そこからの脱却なんて狂気の沙汰なのだろう。


 でも、変化は起きていく。

 住人の中にも、ボクの話に聞く耳を持ってくれる人が徐々に増えていったのだ。

 そうして時間はそれなりにかかったけれど、ボク達はアンダーを変えようと動き出そうと試みて、頓挫した。

 いつの時代でも変化に反発する連中はいる。

 彼らは、新たな変化を拒絶し、それまでの関係すら棚上げしてボク達を攻撃してきた。

 まだまだ力を持たないボク達に彼らからの攻勢に対抗する術は無かった。日に日に仲間の数は減っていく。

 カケルがいくら強かろうと、百人力だろうと、相手が二百人いたら太刀打ち出来るはずもない。

 辛い日々だった。いつ敵が来るのか分からず、気が張りっぱなしでボク達は肉体的にも、精神的にも追い込まれていった。


 そうした日々が何日経ったのか、変化が起きた。

 ボク達の立て籠った集落近くに新手の集団が姿を見せたのだ。

 最初は、いよいよこれで終わりかと、覚悟を決めていたっけ。

 だが、予想外の事が起きた。

 その新手の集団は突如、ボク達を包囲していた連中に襲いかかったんだ。

 見たところ、五十人足らずの集団は四倍の数の包囲軍を蹴散らした。信じられない、そう思った。同時にあの集団がこちらに攻めてきたらもう太刀打ちできそうにも無い、そう悟った。


「ン? お前らがここの代表か?」


 あれだけの武闘派集団のリーダーは、どんなにゴツくて厳ついのかと怯えていた。だけど、そこに姿を見せたのは、まだボク達とそれほど歳の差も無さそうな少年だった。

 彼は自分の事をレイジ、と名乗った。


「何でボク達を助けた?」

「ンあ? ああ、そりゃ簡単だ。オレは数頼みのザコが大嫌いなンだ。だから、ついつい連中を蹴散らしたくなるんだよな」


 カケルも相当な変わり者だったけど、目の前のこの男もまたそれに輪をかけて変人だった。

 こうして、レイジとその集団にボク達は合流した。

 そこからの快進撃はアンダーじゃ、今でも語り草になるくらいだ。ボク達は向かう所敵なしで、世界の王にでもなった様な気分だった。だから、ボク達は上の街へと上がった。


(ボク達は無敵だ)


 今思えば、本当に傲慢な態度だった。その結果が、組織との衝突。そして、敗北 。クロイヌさんはレイジを奪い去った。

 急激な成長の代償は大きかった。レイジという、ある種のカリスマを失ったボク達はバラバラになった。

 この機を幸いにとばかりに、それまでボク達に従っていた連中こきここぞとばかりに反乱を起こした。

 真っ先に狙われたボクをカケルは必死に守ってくれた。

 でも……………………。その時は訪れた。


「何だ? 深刻そうな顔を見せるな」

「カケル、大丈夫なのか?」


 カケルは平然とした様子だったけど、出血量が多すぎる。

 助からない、そう確信した。なのに、何でそんなに冷静なんだ、君は?


「俺は腕っぷしだけの男だ、だがお前は……違う。

 お前は絶対に……叶えろよ、アンダーを……変え――ろ」


 そしてカケルは笑った。彼は何事も無かったかの如く、旅立っていく。

 それから先の事は今更思い出したくは無い。ヤアンスウに拾われたボクは紆余曲折の末、【救済サルベイション】を設立――今に至る。

 ボクは誓った、必ず目的を果たしてみせるか? とね。



「話す、話すからやめろっっっ」


 ミナトの絶叫で、ボクはようやく我に返った。

 彼はボクの問いかけに全て答えた。


「そういう事か」


 ようやく全てが繋がった。

 ヤアンスウはいよいよ実施するつもりだ。【救済】を。

 それは、かつてボクが考えたそれを元にはしていた。だが、決定的に違う点がある。

 ヤアンスウはこの最終計画で、大勢の何も知らない街の住人を虐殺するつもりだ。

 何としてもこの【救済】は食い止めなくては。


「そいつを拘束しておけ」


 そう部下に言うと、ボクはその場を後にした。この男には殺すだけの価値も無い。

 それに一刻の猶予も無かった。全ての決着は明日――そこで付くのだから。


(カケル、君との約束は必ず果たすよ)


 ボクはそう自分自身に言い聞かせ、電話を手にした。









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