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イタチは笑う  作者: 足利義光
第十三話
124/154

対面

 ――おいおい、大丈夫か?


 レイジ兄ちゃんがオレに声をかける。オレはどうやら、倒れているらしい。一体、何があったんてンだ。

 いてぇ、頬がジンジンしやがる。殴られたみてぇだ……誰に?


 ――しっかし、おまえ弱ぇなぁ。何でそんなんでオレに挑んで来るよな。


 レイジ兄ちゃんは、はは、と半ば呆れた表情を浮かべながらオレに手を差し出す。

 オレはその手を掴む。と立ち上がるふりをして一気に全体重をかけて引っ張り倒す。

 完全に不意を突けたのかレイジ兄ちゃんはぶふっ、と言いつつ顔面から地面にキスした。


「へっへー、レイジ兄ちゃん間抜け」


 オレは満面の笑みで笑うと、急いでその場から逃げる。

 ズシャリ、という音。ゆらりと起き上がるそれはもう修羅の形相をしている。


「クックックック、いい度胸してんじゃねぇか。――待てやゴラァ!!!」


 そう叫ぶと猛然とこちらに向けて全力ダッシュしてくる。ヤバイ、マジ切れしてらっしゃる。


「待てぃ、マジで待てっっっっ」

「へっへー、やだよーー」

 

 何だろ、これ。初めて見るけど、これも、オレの中の記憶なんだろうか? 何だよ、オレ思っていたよりずっと楽しく生きてたんじゃないか。


「ったく、ホントお前悪戯ばっかりだな」


 結局、オレはレイジ兄ちゃんにとっ捕まった。まぁ、そりゃそうだな。オレは手足をジタバタさせるがいかんせん、ガキンチョだ。全然届きそうにない。むきになるオレの様子に兄ちゃんは大笑い。

 オレは叫ぶ。


「ぜってーーーレイジ兄ちゃんをぶっ倒してやんよ」


 レイジ兄ちゃんはオレを降ろすと笑いながら言った。


「おう、いつでも来いや」


 そして、ニカッと笑った。そうだ、オレはこの笑顔が大好きだったンだ。


 オレには複数の記憶が入り混じってる。基本的には【0シリーズ】っていう連中の記憶。レイジ兄ちゃんのも含めてな。そン中にはオレ自身のものだろう記憶も入ってる。レイジ兄ちゃんと遊ぶこの記憶もそうだ。

 でも、オレはある時期以前の記憶がない。

 オレにある記憶はレイジ兄ちゃん会ってからの物しかない。

 オレがそれまでどんな事を経験したのか? どんな奴だったのか? マスターに会ってから、過去の事を色々と思い出せる様になってきたが、オレの過去だけはどうしても思い出せない。何でだろう? 何だか分からないが、漠然とした不安に包まれる。嫌な予感がする。



 ボコ、ボコッ。

 なンだ? 息継ぎがおかしい、何ていうか妙な感じだ。

 何だか身体が妙に軽い、いやふわふわと浮いている感じだ。

 ゆっくりと目を開けてみる。すると、視界がオレンジ色に染まっている。何だ、これは?


「気が付いたか?」


 そうオレに声をかけてきたのは、レイジ兄ちゃんだった。

 心無しか、その目元には以前は無かった隈が浮かんでいるものの、以前の面影そのままだった。


「久しぶりだな」


 オレには声を出せない。口にはスキューバダイビングで使うような

 シュノーケルの様な物が装着されている。コイツのお陰で呼吸には支障が出ないらしい。


「声は出せないぜ、もうしばらくはな」


 レイジ兄ちゃんもそれはよく分かっているらしい。

 オレに出来るのはただ、微かに身体を、手足の先を動かす事位のものだ。


「お前にはまだ【役目】が残ってるそうだ。だから、こうして【治療】をしている。目は動かせるだろ? 負傷箇所を見てみろ」


 レイジ兄ちゃんの言葉に従って、オレは自分の身体を見てみた。

 すると、全身の怪我が治癒していた。

 レイジ兄ちゃんに膝を喰らったアバラは間違いなく何本か折れたはずだった。普通なら酷い痣が残っているはずなのに、それが跡形も無くなっている。

 それだけじゃない、ムジナの奴と殺り合った際に刻まれた斬撃の傷痕まで消えている。文字通り、傷が無くなっている。


「驚いただろ? それが【ナノマシン】の効能だ。もっとも、誰にでもそんな回復は望めないんだが。

 もう少し休んどくといい。そこから出たら、忙しくなるからな」


 それだけ言うと兄ちゃんは部屋を後にした。

 オレの求めた物が今、オレの傷を癒している。何とも皮肉な状況だ。だが、これでハッキリした。ナノマシンはここにある。

 コイツを何とか手に入れるンだ。そしたら、リサを救える。

 気のせいだろうか、猛烈に眠い。これは、麻酔だろうか? そんな事を考えている内に、オレの意識は薄れて……完全に切れた。



 ◆◆◆



「ジェミニ、あのバカは何処だ?」


 そうボクに言葉をかけると、カラスさんがやれやれと言いたげに肩を竦めた。勿論、彼が何処にいるのかは知るはずもない。

 無理もない。レイジ、いや、イタチからミナトの身柄を押さえたっていう連絡がなかなか届かず、ボク達は気を揉んでいた。

 ようやく連絡があったと思ったら、それは何故か第十区域の繁華街にある闇医者からの連絡で、こうして今、ボクとカラスさんがここに来たという訳だ。何でボク達がここに来たのかと言うと、ボクの場合は表向き死んだから、動きやすいからだ。カラスさんの場合は闇医者との面識があって、話を聞きやすいから。こういう手合いは基本的に初対面の相手に情報をくれたりはしないからね。

 ミナトは拘束されていた。ここに来る前に、隠れ家に連絡が入った。どうやら、ミナトの主催するパーティー会場で一騒ぎ起きたってね。だから、もしかしてイタチが酷い怪我でもしたのかと思ったが、ここにいたのはリサっていう彼の恋人だった。

 見た瞬間、思わず目を背けたくなる様な有り様だった。

 この闇医者の病院は思った以上に設備も整っていて、医療体制はいいと感じた。

 だが、彼女のいる病室だけは異質だった。

 まず、その部屋に入った時に感じたのは強烈な【匂い】。

 これは、アンダーにいる人間なら、すぐに分かる。【死の匂い】だと。彼女、リサはいつ死んでもおかしくない状態だった。

 部屋には血の臭いが充ち満ちている。


「イタチは、何とかするって言ったんだね?」


 ボクが聞くと闇医者はああ、と頷く。

 こんな状態からどうやって救うんだ? そう思っていると、ムジナがここに来た。彼もかなりの負傷を負っている。

 闇医者が手当をしている間に今の状況を確認していく。

 ギシンは、サジタリウスに殺され、ミナトは拘束出来た。

 とりあえず、これで敵の出方を探る事は出来るだろう。


「ナノマシンだ」


 ムジナは舌打ち混じりにそう言った。


「塔の区域には、ナノマシンを使った治療設備がある。あれならその女も助かるかも知れない」

「いや、それは分からん」


 そう言ったのはカラスさんだ。外に用事がある、といって何処かに出ていた彼が戻ってきた。


「ナノマシンは、【人】を選ぶ。誰にでもその効能がある訳じゃない」


 そこから、ナノマシンについての話を聞いた。

 大まかな説明だったけど、それはこういう話だった。

 その治療設備は、大戦時に実験的に作られたもので、コンセプトは【死なない兵士】の研究だったそう。

 結局、【人格統合実験】と同じ。無数の負傷者がこのナノマシン開発の犠牲者になったらしい。

 その屍の上に出来たのが、試作品のナノマシン溶液。

 これは、ナノマシンに満たされた溶液に対象者を付ける形で、細胞レベルからの自然治癒力を促進させるという物らしい。

 カラスさんやクロイヌさんもかつてナノマシンでの実験に参加したらしい。二人の場合は傷は癒えたものの、適合した訳では無かったそうだ。

 ムジナが最後に補足した。


「あれに完全に適合するのは、俺達ゼロシリーズだけだ。その為の【改良】を施されてるからな……遺伝子レベルで」


 そう言うと苦々しげに表情を歪めた。彼にとっては嫌な記憶なのだろう。分かる気がする、つまりは結局、全てが実験だったのだ。

 人格統合実験により、【自分自身アイデンティティー】は不明瞭あやふやにされ、まるで、ゲームでもしているかの様に遺伝子を弄られ――ナノマシンに適合する身体にされた。

 死なない兵士とやらの【試作品】として、最強の軍隊の【雛形】として一体どれだけの犠牲者の上に立っているのか? そう思うと、かつての彼が自暴自棄気味に暴れたのも理解は出来る。


「で、どうするんだ? あのバカを」

「その前にやることがあるだろ?」


 ムジナの問いかけにカラスさんは、顎をしゃくった。そうだ、ボク達はまず敵の動きを知らなければ行けないんだ。



 ◆◆◆



「ううっ…………」


 オレが目を覚ますと、シーリングファンが回転する見知らぬ天井を見上げていた。

 ゆっくりと身体を起こしてみる。どうもフラフラしやがる。

 今度は立ち上がってみることにした。

 真っ白なベッドから足を踏み出す。床に足を運び、体重をかけた瞬間――グラリとバランスを崩して派手にぶっ倒れた。しばらく悪戦苦闘して、ようやく仰向けに転がった。悔しいが無駄に足掻かない方が今はいいだろう。


「……いててて」


 どうも運動神経がまだ戻っていない感じだ。

 思い当たるのは、意識を失う直前に感じた麻酔剤のせいだろう。

 病院服を着せられている。武器は当然だが、奪われたらしい。

 どの位の時間が過ぎたのだろうか? 何でこういう場所には当然の様に時計が置いていないンだ? チクショウめ。


 しばらくはそのまま待った。リサのヤツはオレなんかより強い。アイツならオレが行くまで絶対死なない。

 そんな事を考えている時だった。

 ガチャリ。

 オレのいる殺風景な病室に入って来たのはモグラ、いや、ヤアンスウ。あの油断ならねぇ爺さんだ。


「おやおや、目を覚ます頃だとは思ったが、もうそこまで身体を動かせるとは……流石に【最高傑作マスターピースの完成品】だねぇ」


 その言葉の一つ一つに呪詛のような気味の悪い響きを感じる。


「何でオレを殺そうとしない?」

「私が君をかね? 冗談はよしてくれ。私程に君の価値を理解している人間はいないのだ、殺すハズがない」

「だが、オレはあんたを殺すぜ――絶対に、な」

「君なら殺るだろうねぇ、でもいいのかね? 私に害をもたらすと君の大事な人が死ぬよ?」


 ヤアンスウはくくく、と笑うと指を鳴らした。

 すると、病室に入って来たのはオーナー、レイコさんだった。


「しばらく二人にしているあげよう。積もる話もあるだろうしね」



「久しぶりだね、イタチ君」

「へっ、そうッスね」

「とりあえず手を取りなさい、いつまで寝転がってるワケ?」


 オレは伸ばされた手を取ると、ゆっくりとベッドに腰かけた。

 で、話をした。

 オレがどういう経緯でここに来たのかを、包み隠さずに。

 その間、レイコさんは静かにオレの話を聞いてくれた。

 ただ、それだけの事なのに、心にこびり付いていた何かが消えていくのが分かる。


「そ、か。イタチ君も大変だったわね」


 レイコさんはそう言うとオレの頭をそっと撫でた。

 ちぃとばかし恥ずぃけど、悪い気はしない。


「だから、正直言ってオレはリサの事しか頭に無かったンです。

 ぶん殴ってもいいッス、すみません」


 ありのままの本心だった。オレは選んだンだ、レイコさんとリサとを秤にかけて。

 レイコさんにはオレに怒ってもいい、そう思った。


「何で?」


 だが、彼女から出たのは予想外の言葉だった。


「だってオレ、あんたを見捨ててもいいって考えちまったンだよ? それだけじゃない、他の皆も裏切ったンだ。あいつらはあんたを助けようとしてンのに、オレは――」

「イタチ君を責める気なんて無いよ。アタシもこうなったのは結局、自分自身の行動の結果なんだし。それで、こういう状況になったのは、結局のトコ――アタシがこういう【道】を選んだってコトなの。

 それに、アタシは嬉しいよ。ようやくイタチ君にも大事な人が出来たんだってね。…………好きなんでしょ、リサちゃんのこと」


 その時に見せたレイコさんの笑顔をオレは多分、生涯忘れないだろう。その笑顔を見た瞬間、オレは泣いていた。

 何でだろ? 涙が止まらなくなった。レイコさんはただ、優しく微笑みながら黙ってオレの頭を撫でてくれた。
















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