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イタチは笑う  作者: 足利義光
第十三話
123/154

塔の区域

 相手の鋼鉄の拳がすれすれを通過する。だが、同時にこちらの拳は野郎の顔面をぶち抜く。

 ピキピキ、と音を立てて、仮面が割れる。

 これで三人目だ。ようやく、な。


「ったく、何なんだお前ら?」


 オレは怒りに満ちた目を相手に向けた。自分でいうのも何だが、今のオレに情けだとか、温情ってヤツは期待すンなよ。


「いいぜ、かかってこいよ。てめーらまとめて地獄行きにしてやる」


 そうしてオレは突っ込んでいく。

 無数の敵へと…………天秤座ライブラの仮面の集団へと。

 ちょいと時間が飛び過ぎちまったかな。

 何でこうなったのかというとだな――



 ◆◆◆



 闇病院を後にしたオレはすぐにマダムに連絡を入れた。

 電話に出たマダムに事情を素直に話し、協力を求めた。


 ――本気なのね? 


 マダムはそれだけを聞き、オレはああ、と答えた。

 マダムによると、【塔の区域】のネットワーク回線は通常のそれとは異質なものらしい。

 軍隊レベルのセキュリティガードを誇るシステムを導入しており、ハッキングしようにも、市販品では向こうのパソコンとのスペック差が大きすぎて侵入は無理らしい。

 だからこそ、塔の区域への侵入方法は昔ながらの方法で行う事にとになった。

 ま、つまり手薄な場所からの潜入って訳だ。


 塔の区域への正面からの侵入はハッキリ言って自殺行為だ。

 いくらオレでも入口前の厳重警備を突破するのはキツい。

 そこで、マダムの伝手つてで塔の区域に出入りする運搬用のトラックに【乗せてもらった】 。トラックの中でも無く、上でも無く、下に張り付いてな。


「へぇ、ここが塔の区域の中か……」


 初めて見るそこは一言で云うなら思っていたより静かだな、だ。

 外にはあれだけの人数が警備を担当していたのに、いざなかに入ってしまうと、そこは拍子抜けするくらいに静かな場所だった。ま、それもそうだろうさ。

 オレがいた繁華街はあちこちからの観光客だの、何だので人がごった返している様な場所だ。まるでごみ溜めみたいに汚れていて、熱気があって、そンで楽しい場所。あんな場所はここいらじゃ、あそこ位のもンだ。もっとも、オレが今いる場所が地下の物資搬入口だからってのもある。ここで荷物の荷降ろしをしてるのは、作業ロボだ。連中はテキパキと効率よく作業をし、エレベーターへと運んでいる。オレもさっさと地下ここから出なくちゃな。


 ――いい、イタチちゃん。地下を出たらまず探すのは【研究塔】と呼ばれる高層ビルよ。あなたの言う、【ナノマシン】関連の物があるならそこしか考えられないわ。

 でも、気を付けなさい。そこは間違いなく、厳重態勢がしかれてる筈。半端な事では返り討ちに合うわよ。


 そうマダムは言ってたっけか。へっ、上等だ。

 幸いにも、地下駐車場には作業ロボ以外には誰もいない。連中も黙々と荷物の運搬をするだけ。監視カメラは稼働しているが、オレはその死角に入りつつ、静かに足音を立てず歩く。そのまま非常階段から一気に登っていく。左手でヒップホルダーから友達のクロウを抜き放ち、警戒しつつも素早く。


 階段から地上一階のロビーに出た。

 ここにも人はいない。いるのはドラム缶みたいな形状の警備ロボが数体だけだが、動いている気配は無い。恐らくはロビーに備え付けのカメラと連動しているのだろう。なら、映らなきゃいい訳だ。

 とは言え、ひょっとしたら音を感知し動く可能性だってある、なるだけ静かにそれでいて足早にロビーからエレベーターに乗る。何処でもいいから上の階にいく必要がある。

 エレベーターのパネル表示によると塔は七十階らしい。大まかに云うと、十階までが【プラント施設】……要は食料生産設備らしい。

 そう言えば、塔の区域は食料自給率がほぼ百パーセントだと聞いたことがある。一つの塔につき住人は数百から千人位。その人数が少ないビル程、住んでる住人は裕福らしい。

 で、二十階までは【エネルギー生産施設】。電力関連の設備って訳だ。これがあるから、塔の区域はどんな時でも停電しないらしい。そして、どんなに暗い闇の中にあっても鮮やかに光っているンだろう。いつだったか、【掃除しごと】をした後にここを見たときに思ったのは、空に向かって伸びていく人間の【手】に見えた。

 ンな風に見えたのは、多分、オレ自身の問題だろう。よく覚えちゃいないが、その時のオレはよく【過去ゆめ】を見ていた。当然、部分部分が欠けていて意味不明だったと思う。正直言ってオレは怖かったンだ。自分の中に【異物】が入ってる実感があった。

 だから、そんな自分の【不安】が空に伸びていく塔を見て、そう思わせたんだろう。

 で、五十階までは【レジャー施設】。公園や、トレーニングジム等があるらしい。降りるならここらが良さそうだ。

 ついでに五十五階までは【レストラン】。そっから先が居住区になってるみたいだ。

 チーン。

 エレベーターが止まったのは三十三階。ここは公園のフロアになるらしい。とりあえず、暗い。街灯代わりの照明が天井にいくつか備え付けられているらしく、その部分は浮かび上がっている。

 幸いにも、監視カメラは驚く程に少ない。このフロアは住人の憩いの場所なんだろう、全く優しい場所だな。キッチリとプライバシーは守ってる訳だ。

 気配を探ると、数人の住人がここにいるらしい。たったっ、と多分、ここを走ってるらしき足音が聞こえる。ジョギングでもしてるンだろう。なら、オレもそれらしく紛れればいいって訳だ。


 フロアの端に着くと窓ガラスを確認する。ここのガラスは防弾仕様らしい、やっぱ金が有り余ってる連中の居住区だな。探すのはトイレだ。どうやらこの塔の中にあるトイレは居住区以外は全ての階で右端にあるらしい。

 トイレもまた小綺麗だ。こまめに掃除されているのか便器が光ってやがる。使うのに気が引ける位だ。


「よっと――せーの」


 オレはトイレの窓を開け、腰にトイレに固定したワイヤーを腰に付けた固定ベルトにくくりつけると一気に外に飛び出した。このワイヤーの長さは二百メートル。これで足りるはずだ。

 気分は【バンジージャンプ】か【スカイフォール】って所だ。

 ただ、遊びじゃないけどな。


 ようやく地上に降りたオレは走り出す。

 で、気付いたのは塔の区域の警備は外側こそ人間の兵士が担当しているようだが、中に入ってしまうと、その役割は無人兵器がとって代わるって事だ。さっきから周囲を見回すとところどころでライトの光点が動いている。最初は何かと思ったが、光点の正体は小型の無人偵察機サイファーだった。カメラにライト、それからその下には小型の恐らくは機銃が取り付けられている。


 無人偵察機が空中から監視をしている一方で、地上にもまた別の無人兵器が動いている。大きさは一メートルって所だが六つのタイヤでゆっくりと走っている姿は装甲車を小さくしたような物だろうか? そいつはライトを使ってはいないが、サイファーと連動しているらしく、その動きはなかなか侮れない。武装はサイファーと比べ、明らかに殺傷力の大きそうな重機関銃に、四連装のロケット弾と過剰な位に思える殺傷力だ。

 こんなのが、パッと見で数体はセットで稼働している。もしも発見されたら更にその数も増えるのだろう、厄介だ。


 とは言え、こちらが油断しなければそうそう見つかる事はない。巡回ルートを見極めると早足で駆け抜ける。

 マダム曰く、研究棟のある塔はこの中でも一際サイズが小さいらしい。そして、一際光が強いそうだ。ほンとかよ? と少し疑っていた訳だか、その建物はすぐに分かった。

 話し通り、その塔は周囲の高層ビルと比べると明らかに低い建物だった。そして、考えればすぐに分かる事だが、様々な機械や計器類が稼働しているからだろう、ビル全体が光源に満ちていた。


 これだけハッキリと目立つビルに、これ迄気づけなかったのが全く不思議だ。それもこの研究棟が周囲を取り囲む無数の高層ビル群にまるで隠されている様な立地だったからだろうか? 或いは最初からその為に周囲の高層ビルをこんなに見上げる程の高さにしたのだろうか。

 ともかく、目的の品物ナノマシンがあるなら間違いなくここだろう。


 とりあえず、侵入経路を探る必要がある。オレは茂みに身を潜め、周囲を伺う。

 しばらくすると、研究棟の入口から白衣を来た連中が出てきた。どうやら気分転換でもしに来たのかバラけた、好都合だ。オレはサイファー等に見つからない様に細心の注意をしながら一人で備え付けのベンチに座る白衣の中年に忍び寄る。

 どうも、警戒心が足りない奴だ。これだけ暗い場所に一人で休憩とはな。これも、場所柄ってやつだろう。

 ふあーあ、と欠伸をかいている所で仕掛けた。手を伸ばし、素早く後ろから首に手を回すと一気に物陰に引き込む。余計な抵抗を防ぐ為に左手にはクロウを持ち、喉元に押し付ける。

 オレは大人しくしろ、と小さく言葉をかける。白衣の中年は無言で何度も頷く。


 しばらくして、オレは白衣を纏い研究棟に入った。ブカブカの白衣は邪魔だが、仕方がない。何でも、入口に入る際には白衣に縫い付けられたICタグが必要らしい。

 ゲートがカチャ、と言う音を立てて開かれた。どうやら中に入れたみたいだな。

 中年のおっさんにはキッチリとお寝んねしてもらった、当分は目を覚まさないだろう。


「へっ、なんつーか…………悪趣味なこった」


 そう言いながらオレは目を向いた。

 入口の先に広がっていたのはでっかい吹き抜けの天井。

 そこを螺旋状に階段が無数に伸びていて、無数の部屋が見える。

 例のドラム缶みたいな警備ロボが動いている。

 数はそこそこいるらしいが、外にいた無人兵器に比べたらかわいいもんだ。あまり目立たない様に歩きながらビルの内部を確認してみる。


「――ここか?」


 オレの目を引いたのは全三十階の建物の中で【遺伝子ラボ】と書かれた最上階、つまり三十階だ。

 エレベーターに乗り込む。すると、パネルには二十五階迄しか表示されていない。この先には今乗ってるコイツでは行けないらしい。オレはヒップホルスターに手を回す。右手で相棒たる金色のオートマグの感触を確かめる。ショルダーホルダーにかけたワルサーPPQ、キクの収まりも確認する。

 準備は万端だ。こっから先は【組織】を敵に回す。つまりはこの【街】をオレは敵に回すという事になる。

 だが、知った事かよ。オレにとって大事なのはアイツだけだ。

 チーン。

 エレベーターが開くとそこには既にお迎えが来ていた。

 どうやら、オレがここに来ることはバレていたって訳だ。

 オレの目の前に立ち塞がるのは、何度となく目にした【天秤座ライブラ】の仮面を被った集団、まさに【亡者ゴースト】って事か。


「……まだ、いたって訳だ」

「心配する必要はないよ」


 そう言うのは先頭にいた男。声の調子を聞く限り、コイツもまた少年だろう。


「だってボクたちはここにいるだけだから、ね」


 連中は一斉にククク、と笑い出す。

 ゆらりとした動作で脱力しながらこっちを睨む。

 恐らくは全員が前に死んだ奴等と同等と考えるべきだ。

 人数は六人。最初から本気でいくだけだ。



 ◆◆◆



「はぁ、はぁ」


 めんどくさい連中だ。連中はオレにオートマグを使わせない様に取り囲みながら間合いを的確に潰してきやがる。

 ここに来て、オレ自身の体力もヤバくなってきた。

 ここまでの連戦での負傷が痛み、動きに切れが無くなってる。


「どうしたんだい? 随分とお疲れだねぇ」

「仕方がないさ、ボクたちには勝てないんだ」


 仮面を付けているからくぐもった感じだが連中はククク、と笑い声をあげている。

 しかも、さっき倒したはずの三人がいつの間にか起き上がっていやがる、マジかよ。


「君には勝ち目は無いんだよ、ボクたちには【決して】、ね。

 折角だから、少しネタばらししようかな。

 ボクたち九人は、互いの情報を【相互リンク】している。

 これがどういう意味か分かるかい?」

「さっきまでのオレの戦闘も筒抜けって事か?」


 オレの返答に仮面が割れたゴーストは満足そうに笑みを浮かべながら頷いた。


「これが、【人格統合実験】の行き着く先さ。戦場の全ての兵士のリアルタイムな情報リンクネットワークの統合と、統制。

 ありとあらゆる戦場でのデータが即時に経験値として全ての兵士に蓄積される。

 新兵であっても戦闘に参加する事なく、実戦を経験できる。

 一人の兵士が鍛えぬいた殺しの技術スキルを共有、すぐに使えるようになる。……どうだい? 面白いだろう? だから――」


 死ね、とゴーストは言うと一斉に向かってきた。

 こうなれば、一か八かか。オレは【スイッチ】に【リミッター】の両方をONにしようとした。

 ドスン。

 身体に衝撃が走り抜ける。重い一撃だ。

 オレの身体が浮き上がっている。突き刺さる様な勢いの膝を喰らったらしい。


「ここまでだな、イタチ」


 レイジ兄ちゃんだった。完全に不意を突かれたオレは成す術なく崩れ落ちる。目の前が真っ暗になり、沈んでいった。そう、オレは完全に【負けたンだ】。














 

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