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イタチは笑う  作者: 足利義光
第十三話
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血塗れのおれ

 何が起きたのかは覚えていない。

 もう、オレの中の【アイツ】を抑え付けていられない。いや、抑えつけるのも面倒だ。もうどうでもいい。

 ただ、目の前にいるソイツが憎い。

 ソイツはオレを殺したがったはずなのに、彼女にその下劣な武器を振るった。

 まるでオレに見せつける様に全身を切り刻み、赤く染め上げた。

 初めてだった。オレのにとって初めてありのままをさらけ出せる、さらけ出しても良いって言ってくれた彼女を………………このクソヤロウが!!!


 ――もういいだろう。おれが代わるよ。


 アイツの声が聞こえる。――ハッキリとした声で。これまではこんな風に声なんか聞いた事も無い、もっと凶暴な何かだと思っていた。


 ――おれはおまえを見ていた。リサに対する気持ちも分かっている。おれに任せろ、おまえを助けてやる。まずは、あのクソヤロウを片付ける。おまえはリサの事だけ考えればいい…………だから――眠っちまえ。


 アイツの声は何故か優しく、オレは気がつくと意識が遠退いていくのを感じた。いつもなら決してこんな事にはならない。だが、その時のオレはそうしてしまった。手綱を手放してしまった。そして、【全て】が暗くなった。日の光の差さない闇の沼の中に。

 そして、オレはおれを解き放った。



 目が覚めると、オレは立ち尽くしていた。

 ジープの後部座席には、ミナトのオッサンが一人震えていた。もうここに敵はいない、さっきまで何だか騒いでいたこのクソヤロウはもうピクリとも動かない――ただどす黒い血溜まりの只中に。

 オレはコイツに何の感情ももう抱かなかった。ついさっきまでは感じていた僅かな罪悪感すら消え失せていた。

 代わりに残されたのは血塗れの自分の拳だけ。

 何をしたんだろうか、オレは? まぁいいや、どうでもいい。

 ふと、ジープの窓に映った自分の姿を目にした。

 まるで、真っ赤なペンキでも被ったみたいに……いや、真っ赤な雨でも浴びたのかと思うくらいにオレの全身は血で染められていた。

 クソヤロウを一瞥すると、その全身にどうやったらこうなるのか想像できない様な骨折やら拳の跡が刻み込まれ原形を留めてはいない、そこにいたのは、只の肉の塊に過ぎない。

 被っていたであろうあの仮面は粉々で、このクソヤロウはさっきの少年とはまた別人だと理解した。

 そういえばゴーストはこう言っていた――【ボクたち】と。あれはてっきり、自分の中に大勢の人間の記憶をブチ込まれた事を差しているのかと思ったが、どうもそれだけでは無かったらしい。

 だが、もうどうでもいいことだ。そう思い、リサに振り向いた時だった。


「うっ」


 それは小さな、消え入りそうな位にか細い声。でも、リサだ。

 彼女はまだ生きていた。あれだけ全身を切り刻まれていたにも拘わらず彼女は生きていた。


「リサ、助けるからな」


 オレは彼女に駆け寄ると、その血塗れの身体をそっと抱き起こす。間近でその傷を目視したが、これ程の出血で生きている事が信じられない。出来うる限りの応急処置を施した。ミナトのオッサンを脅しつけ、医薬品――輸血キットを用意し、足りない血を少しでも補う。

 だが、足りない。こんなんじゃ全然だ。


「レイジ……いいんだ」


 リサはうわ言のようにそう繰り返す。冗談じゃねぇ、誰がンな事を認めるか。誰がお前を諦めるかってンだ。お前のいない世界になんかいても仕方がない。


「ぜってぇ、諦めねぇからな」

「バカ……」


 リサは微かに笑った。

 だが、どうするんだ? どうしたらリサは助かる?

 考えろ、考えるンだ。何でもする、コイツを救えるなら例え悪魔とだって取引する。…………悪魔?

 そうだ、オレは知ってる。この状況を打開出来るかも知れない事を知ってる。



 ◆◆◆



 それは、オレの中の記憶の欠片だ。オレの――いや、これは多分、オレの中にいる【殺戮人形】の記憶だろうか。

 それは見たこともない場所。まだおれはガキなのだろう、天井やら部屋がやたらと高く見える。

 部屋を見回すと、様々な容器に様々なモルモットが納められている。ホルマイン漬けってのにも似たそれは、だが、明らかに尋常な物では無い。何故なら――。


 そこに入っているのは、ネズミとかウザギ等の小動物を入れて保存するには巨大すぎる代物だ。

 そこに入っていたのは、人だった。それも、【生きた】人間。

 この容器は、生きた人間を保存、いや保管する為の用途で使われているらしい。

 それにしても酷い光景だ。ホルマイン漬けのネズミとかを見ても不愉快な気分になると云うのに、ここにいる人間はまるで生きている感じがしない。

 理由は簡単で、彼らは程度の差こそあれ、そのいずれもが五体満足には程遠い有り様だったのだ。


 あるものは手首から先が欠損していた。

 またその横には、酷い全身火傷を負ったヤツ。

 で、他にも目玉を無くしたヤツに、下半身が無いヤツ等々、見るに堪えない光景が広がっている。

 かくいうおれもどうやらその中の一人らしい。

 ぼこぼこ。

 泡立つ液体の色はオレンジ。何て形容したらいいのか分からない。炭酸水みたいな感覚でちょっとしたジャグジーみたいな感じだ。

 何をしてこうなったのかは分からないが、おれの全身は傷だらけで、かなりの重傷だ。

 特に裂傷が酷く、ひょっとすると爆発に巻き込まれたのかも知れない。楽観的に見てもかなり深刻だ。

 痛みは感じない、多分、麻酔でもかかっているのか?

 ふと気付くのは、あれだけの裂傷が明らかに治癒していく事だ。勿論、時間をかければ回復するだろう、だが…………【これ】は違う。明らかに短時間で傷が塞がっていくのが実感で分かる。

 おれが自分の周囲の連中に目を向ける――すると、だ。

 おれ以上の酷い傷を負っていた彼らの傷も治癒していた。

 まるで魔法みたいだ、そのオレンジの溶液に使っている内に欠損していた手首の先が【生えていた】。

 酷い全身火傷はほぼその痕が消えつつある。上半身だけの奴については流石に生やしたのではなく、一度手術をしたのか代わりの下半身を繋いだ状態で溶液に入れた。

 溶液に浸かる前は苦痛に満ちた顔を浮かべていたというのに、そこから出るときには平然とした顔をしていた。

 白衣の連中の話が聞こえてきた。


 ――どうやら、上手くいったな。

 ――しかし、この【ナノマシン溶液】は本当に凄い。まさか、あかの他人の下半身の神経組織を適合させるなんて。これがあれば死んだヤツでも生き返るんじゃ無いのか?

 ――死んだら無理さ、だが、瀕死の患者なら助かるかもな。

 ――ま、これを使えるのは一部の特権階級と、例の【実験体】位のもんだろうさ。



 ◆◆◆



 そうだ、あれならリサを救える。

 だが、あそこは何処だ? 見たことも無い場所で、そこを使えるのは一部の特権階級かねもち

 そんな場所があるのなら噂位は立つのが普通だ。でもこの話は聞いた事も無い。裏社会にも知る事が出来ない場所……そんな場所は。


 一ヶ所ある。この塔の街で唯一といってもいい、特殊な世界が。

 オレはそこに目を向けた。そびえ立つ無数の高層タワービル群。まるで、天に繋がるかのようにそびえ立ち、君臨している別世界が視線の先にある。

【塔の区域】。ここなら、リサを救えるはずだ。

 なら、迷う事は無い。オレにとって一番大事な事は彼女だ。

 他はどうでもいいことだ。

 オレはジープを走らせた。向かう先は例のリゾートホテルじゃない。第十区域――繁華街のど真ん中。表向きには存在しない犯罪者の御用達の闇病院。


 第十区域に着いたのはジープを走らせてから大体三十分。その間に闇医者には連絡を入れた。これまで散々世話になった医者だから、金に汚いという点を除けば腕利きなのもよく知ってる。


 ――保証は出来ないぞ、だが、まず一度状態を見せろ。


 そう言われた。要するに【覚悟】はしておけってこった、最悪の場合をな。

 闇病院の前にジープを止める。急いでリサを運びだそうとすると、邪魔が入った。

 二人組のいかにもな、ジャンキーだ。目は濁った光を讃え、口からはヨダレを垂らしている。明らかに禁断症状だろう。


「か、金を出せっっっっ」

「く、くすりを買うんだ。早くしろ」


 二人組は言いながらポケットから折り畳みナイフを取り出す。

 その刃先をこちらに向ける。

 その狙いは手先が震えていて、定まらない。その上、全身が震えている。どうやら、コイツらは強盗するのは初めてらしい。禁断症状で震えてると言うよりは、今のこの状況にビビってる。


「金が欲しいのか?」

「あ、当たり前だっっ、く、くすりが足りない」

「いいからだせ」


 蹴散らすのは簡単だが、コイツらを相手にしてる時間が惜しい。オレは財布をポケットから出すと投げて寄越す。

 まるで、餌に群がる飼育動物みたいな勢いで財布へと駆け寄ると、二人組はいくら入ってるのかを数えている。

 オレは奴等には構わずに、リサ乗ってる助手席に回り込もうとした時だ。


「お、お前。まだ金目のもの無いのか?」

「警告してやる。今すぐここから消えろ……今すぐだ」


 ジャンキーどもはオレの言葉に耳を貸さない。こちらに回り込むと、リサを見た。よせ、見るな。

 奴らの鼻息が荒くなるのがハッキリと分かった。リサは身体中を切られていたが、顔だけは無傷だった。

 奴らの下卑た視線がリサに向けられている。


「おい、その女置いていけ」

「お前みたいな情けない奴にはもったいない、おれらが可愛がってやる――――」


 ブチン。

 何かが切れる音がした。あくまでもそれは感覚だ、何かが切れたわけじゃないのは分かってる、分かっているンだ……だが、抑えきれない、コイツらを【殺し……殺りたい】。

 どす黒い何かが溢れ出していく。

 それはオレの血管を駆け巡り、循環し、肌に浸透し、手足を動かしていく。そして、プツリと、自分の中で切り替わるのが分かる。

 ぬらりとした歩みをしていた。

 オレの身体がおれのものになる。

 さあ、少しだけ遊んでやろうか。



 まただ。また、オレはソイツを抑えられなかった。

 気が付いたら、ジャンキーの一人はジープのドアに文字通り顔を埋め込まれ、もう一人はフロントガラスを突き破り、顔を真っ赤に染め上げていた。

 それだけじゃない、いつの間にか周囲には他にも十人程のチンピラ達が倒れていた。コイツらもオレがやったらしい。

 軽く見たが、全員素手で片付けたらしい。拳が顔面にめり込んだらしく、その形に変形している。しかも、コイツらをオレは【死なない】程度に痛め付けたらしい。


「何をやってるんだイタチ! 彼女の手術が終わったぞ」


 闇医者が慌てた顔をして玄関に出てきた。そういえばリサが助手席にいない。良かった、どうやらアイツは無事だった。


「にしても、ハデにやったもんだな。連中がウチに入院してる患者を引き渡せと暴れたからお前さんが外に連れ出したんだが、こりゃ病院にいかなきゃな、ハハハ」


 無責任な発言しやがる。とは言え、すぐさまに連中を運ぶように看護士に声をかけたのだから、助けてやるつもりらしい。勿論、【特別価格ぼったくり】でだろうが。これだから医者ってのは質が悪い。ま、こんな腹黒い奴もそうはいないだろうがな。


「にしてもだ、彼女だが……かなりヤバかったぞ。あと少し遅れたら失血死だった。強いなお前さんの恋人は」


 彼女は緊急処置室と書かれた部屋でその身を休めていた。

 さっきよりは幾分かその表情がマシに見えるのは、とりあえずではあるが、手術が上手くいったからだろう。

 闇医者が言うには、リサが何とか命を留めたのは、あのクソヤロウがわざと彼女に致命傷を与えない様に切り刻んだからだそうだ。

 派手に出血したものの、動脈等が切断されなかったから生き延びた……そういう事らしい。


「とは言え、彼女はあまりにも傷を負い過ぎている。依然、予断を許さない状態だ。彼女を助ける方法があるのなら急げ」


 闇医者の言葉にオレは軽く手を挙げ、応えた。やるべき事は分かってる、シンプルだ。塔の区域に入り込み、そこにあるでろうナノマシンを手に入れる。

 カラス兄さんや、クロイヌの奴には悪いが、オレにとっては街の事よりもリサが大事だ。


「絶対助けるからな、リサ」


 そう呟くと、オレは動き出した。

 自分自身の不安要素を考えない様に。

















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