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イタチは笑う  作者: 足利義光
第十三話
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天秤にかけられた命

 イタチが目の前にいる。

 そう、ボクはかつてコイツに殺された。

 いや、違うな。【ボクたち】だ。

 ボクたちはかつて、何でこうなったのかも分からない内に一度【死んだ】 。

 あの日、あの晩の事だ。とは云ってもあくまでも晩の事だろうって位の事だけど。


 そこにはたくさんの住人がいた。それぞれにアンダーの別の集落や、塔の街の外からの人もいた。

 経緯はバラバラだったけれど、そこは平和な場所だった。確かに妙な場所ではあったさ、集落の周りはデカイ壁に囲まれていたし。

 だけど、そこは平和な場所だった。


 だけど、あの日……全ては変わった。

 それはあまりにも唐突。微かに松明やランプの光る集落は真っ赤に染まった。鮮やかな赤に。勿論、それはボクたちの【血】をもってね。

 実行したのはボクたちの隣人だったアイツだ。

 アイツがみんなを殺していった。ナイフを突き立て、喉を描き切り、首の骨を折り、殴り殺し、首を締め付けてね。

 この身体の元の持ち主がどうやって殺されたのかはもう分からない。

 それはどういう理由だったのかは、知らなかったけど、ボクたちが目を覚ましたのは見知らぬ研究施設だった。そこは色々と奇妙なモノがたくさん置いてあった。色んな動物の標本から始まり、人間の標本までそこにはあった。


 そこでボクたちは事実を知った。あの集落はあの流血は全ては、一人の殺戮人形キリングマシーンの完成の為に用意された【箱庭】だったのだと。ボクたちは最初からあそこで殺されるためだけに生かされていた、あわれな【家畜】だったのだと。

 白衣の連中は臆面もなく言った。あれは貴重な実験だったのだと、あれで研究が完成に近づけるハズだったと。


 だけど、そこで実験は破綻をきたした。肝心の被験者が行方をくらましたのだから。

 回収出来たのはアイツと一緒に暮らしていた【レイジさん】だけ、しかもそのレイジさんをもアイツは殺したんだ。あれだけ可愛がって貰ったクセに。

 ボクたちが生かされたのは、その際の詳細な事実を白衣の連中が知る為。だから、元の持ち主の肉体にまだ脳が完全に死んでいなかったボクたちの記憶を【一つ】に纏めたのだそう。奴らからしたら、あの悪夢のような光景こそ見たいものだった。

 所詮、こいつらもアイツと同類だ。ボクたちは殺されてからも家畜にしか思われていない。変な液体に満たされた試験管みたいなモノに入れられ、そのまま放置された。

 どのくらいの時間が経ったのかも分からない。

 ただ、生かされるだけの無意味な日々。そうして考えるのも面倒になったその日。不意に思い出した。

 それは多分、この身体の持ち主の記憶だったのだと思う。


 それは酷いモノだった。来る日も来る日も繰り返し人殺しの技を教え込まれた。教え込まれた技を実際に誰かも分からない人間相手に実践し、記録を取られる日々。

 持ち主はひたすらに人殺しの技術だけを叩き込まれ、最期を迎えた。相手はまだ小さな子供で、驚く程に感情の無い目をしていた。

 白衣の連中がこう言っていた。


 ――これで、コイツの【戦闘技術プログラム】は完全に出来上がった。この人形の役目も終わりだ、プログラムを【移植】させるのに成功したのだから、な。


 そう、持ち主も家畜だった。そしてあの子供のあの目をボクたちは忘れるハズも無い。間違いなく【アイツ】だ。

 ボクたちは悟った。ボクたちはアイツというたった一人の為だけに消費されたのだと。

 たった一人のバケモノを完成させる為だけに数百、いや数千数万かも知れない命をエサにして。

 ボクたちはひとつだけ誓った。アイツを必ず殺してやると。

 その為にここから出てやるのだと。

 そうして、ボクたちは一つになった記憶と元々の身体の持ち主に染み付いた知識を元にそこを出て、外の世界を見た。アイツを探しながら、出会ったのはあのヤアンスウ、信用なんか出来る相手じゃなかったけど、とりあえず協力する事にした。これもまたアイツを見つける為に、だ。

 それから数年経ち、遂に見つけた。アイツを。

 イタチという名を持ったアイツを。

 そうして、今――ボクたちはやっと巡り会えた。この世に神様なんかいないのかも知れない、だけど今、この瞬間だけは信じられる様な気がした。これで、アイツを殺せるのだから。



 ◆◆◆



「ゴーストだと?」


 オレはソイツの目を改めて見た。

 底知れない【何か】を感じる目だ。何て例えるべきかは分からない、だけど途方もなく深い深海のような目だ。


「ボクたち誰かなんてキミが思い出すはずがない。ボクたちはキミの人生にとっては単なるエサに過ぎないのだからね」


 ゴーストはそう言うと再度襲いかかっていた。やはりこれは【スイッチ】だ。信じられないが、こんな急加速を普通の人間が出来るはずが無い。オレも同じくスイッチをONにして対抗する。


 あっという間にオレとゴーストは来た道を戻っていく。戻ってきた警備員は明らかに不審なオレ達に銃を抜いたがそんなことはお構い無しだ。哀れな彼らはオレからは肘をプレゼントされ、ゴーストからは強烈な体当たりをご馳走になって吹っ飛んだ。

 ヴーヴー。

 アラーム音が鳴り響く。どうやら誰かが避難警報でも鳴らした様だ。パーティー会場が見えてきた。丁度いい、何でもいいから武器が欲しかった所だ。

 迷わず、パーティー会場に飛び込みながらコルトM1877から弾丸を足元に相手に放つ。当てるのが目的じゃない、足止めが目的だ。


 ――レイジ、何があったの? 会場から招待客が逃げ出してる。


 リサから通信が入った。無理もない、パーティーは強制終了したのだから、な。


「わりぃ、ちょいと厄介ゴトだ。標的を頼む、オレも後で絶対に合流するから」

 ――分かった。死ぬなよレイジ。


 リサは何も聞かずに受けてくれた。これで安心してコイツに専念出来るって訳だ。


『ンでどうする?』


 コルトM1877はその場に捨てた。護身用というよりは単なる趣味に近いこのアンティークではコイツには通用しそうもなかったからだ。

 パーティー会場には武器になりそうなモノがゴロゴロしている。

 どうにかここでコイツを仕留めておきたい。

 正直、オレは困惑していた。

 相手が何者なのかサッパリだ。恨まれる覚えは有りすぎてどれだか分かりゃしない。


「シャアアアッッ」


 かけ声と共にゴーストが突っ込んできた。まるで突き刺す様な勢いと共に左手を突き出す。普通なら躱せるはずの攻撃だが、今ここにはまだ状況を理解しきれていない泥酔した招待客がいた。その中の一人がオレの背中にぶつかる。貫手がこちらに迫る。

 ガコオン。

 鈍い音と共にテーブルが真っ二つになる。咄嗟にパニックの中で倒されたテーブルを盾に貫手を躱した。にしても、コイツの貫手は威力が強すぎる。さっきから左手に見えるのは手甲なんかじゃないのかも知れない。

 オレは後ろに転がりながら、足元に転がっていたステーキナイフを右手で拾うと、追撃してきたゴーストに切りつける。奴は避けようともせずに無造作に左手で払いのけようとした。すかさず左手でも同じく拾ったステーキナイフでその左手を狙い切りつけた。

 仮にゴーストもスイッチを持ってるとしてもコイツは躱せない。

 ガキャン!!

 ナイフが二本ともに弾け飛ぶ。奴の左手の袖が切り裂かれて、露になったのは銀色に光る義手だった。

 今の感触から判断するに鋼鉄製の義手だろうか?

 道理でさっきからこちらの攻撃にも動じない訳だ。

 ゴーストは止まらない。オレはステーキナイフを捨てると、代わりに椅子を手にした。そのまま奴の腹に当て、動きを止めると横に捻る様に動かす。そうして態勢を崩した所でオレは足を払う。

 バチン、という音が耳に入った。同時にオレの足に痺れる様な痛みが走る。コイツ――足も義足だってのか?

 ゴーストはそれを肯定するように口元を歪めるとそのまま足を振り切る。その勢いにオレの身体が飛ばされた。


「どうだい、イタチさん? ボクたちの強さは」


 ゴーストは薄ら笑いを浮かべながら、こっちを見た。たまたま自分の足元で転んだ招待客を一瞥すると、迷わずに足を振るった。

 ゴキャン、という首の骨が折れる音がハッキリと聞こえ、哀れな招待客は壊れた人形の様にだらしなく倒れ付した。


「ボクたちの手足はキミも気付いている様に軍仕様の特殊金属製だ。その硬度と威力はもう分かったよね?」


 奴はくくく、と笑いながら足をプラプラと振る。


「後は、【スイッチ】も使えるよ。だって、ボクたちのこの身体の【元々】の主はキミの【試作品プロトタイプ】だったんだから

  」

「何だと?」

「言ったままの意味だよ、キミや他のゼロシリーズって奴らの為の試作品で、ある事の為だけに生かされ、そして破棄された哀れな存在さ」


 ゴーストがこっちに突っ込んでくる。周囲にいる招待客を蹴り飛ばし、殴り付けながら突っ込んでくる。

 単純な打撃力ならオレの数段上だ。しかも軍仕様の特殊金属製の義手や義足はライフル弾も通用しない。つまり防御力も上ってコトだ。だから接近戦をするべき相手じゃ無いのかも知れない。


「シャアアアッッ」


 そう叫びながらゴーストが飛び蹴りをこちらに放つ。あれを捌くのはマズイ。だが、対抗できない訳じゃない。

 オレはテーブルクロスを手にすると奴に被せる。そうしながら身体を反らしながら肘を奴の肋骨に叩き込む。

 バキン、という感触。奴の肋骨を折った。更にそのまま回り込み、背後を取ると体重をかけて押し倒す。

 距離を取ったオレはふぅ、と一息入れた。手応えはあった、間違いなくな。

 だが、奴は何事もないかの如くユラリと起き上がった。

 くくく、とその表情には薄ら笑いすら浮かべるその様子は、人間離れしていて、確かに亡者ゴーストという名前に相応しい。


「どうしたんだ? ボクたちを殺しにかかって来ないのか?」


 見え透いた挑発だ。だが応えない訳にはいかねぇ。

 オレはゆっくりとした足取りで一歩踏み込む。そこから一気にスイッチして加速、奴の足に向けてタックルを仕掛けた。ゴーストは一歩分退きつつ、左フックを放つ。それを右肘を掲げて防ぐ。逆に左肘で、奴の肋骨にもう一撃喰らわせる。うっ、という呻き声を挙げ、奴の姿勢が崩れる。だが――オレは嫌な予感を感じ、そこで後退した。

 シュバッ!!

 風を切る音と共に刃先がオレの胸を掠めた。ヤバかった、そのまま突っ込んでいたらお陀仏だったに違いない。

 ゴーストはちぇ、と言いながらその刃先に付いたオレの血を舐め取った。奴の義手の手首から両刃の短剣の様な刃物が飛び出していた。成程ね、仕込ギミックみ付きの義手アームってワケだ。


「趣味のいいオモチャだな」

「キミの血を抜き取り、肉を全て切り裂いてやるよ……それでもボクたちの味わった苦痛と恐怖のほんの少しだけどね」


 ゴーストはそう言いながら、近くにいた連中をその刃物で切り裂いていく。喉を裂き、心臓を背後から一突きに。その姿は何故か、オレにあの事を思い浮かばせた。

 あの時、オレがオレじゃ無くなったあの時の事をだ。

 そう、コイツから感じるのはあの時の感覚。

 無機質にただ相手を殺すだけの【殺戮人形キリングマシーン】と化したあの時の形容し難いどす黒い気分、それを感じる。


「お前…………誰だ?」


 そのオレの問いかけを待っていたとでもいうかの如く、ゴーストと名乗る目の前の少年は笑った。

 だがそれは、異様な笑顔だ。それを見たオレの感想は、巨大な闇。只々、底知れない泥沼の様な底知れない何かを感じ、背筋には寒気が走る。


「……くくく、ボクたちは、キミという存在の為の【にえ】として扱われた者達の【総意】だよ。

 キミという唯一無二の【完成品マスターピース】を造り出すための、ね」

「――――お前【達】をオレは殺したってコトか?」

「流石に理解出来た様だね。――そうさ、ボクたちは【あの夜】キミに殺され、挙げ句にその死さえも弄くられた【亡者】。

 最早、ボクたちに個々の区別なんか存在しない。

 だが、皮肉な事にボクたちこそが【人格統合実験】の最初で、最後の成功作というワケさ」


 その言葉を聞いて、オレの中で様々な出来事が瞬時に浮かび上がった。と、同時に思った事がある。

 コイツらに対してオレは言わねばならない。だから――


「悪かった、だから……殺す」

「へぇ、奇遇だね。ボクたちもキミを殺すつもりなんだよ」


 オレもゴーストも微かに口元を歪ませた。

 恐らく、考えてる事は同じだろう――奴が口を開いた。


「じゃあ、殺ろうか? キミか、ボクたちか。

 どちらの命の天秤が軽いのかを確かめよう」


 オレはああ、と応えると奴に向かっていった。












 

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