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イタチは笑う  作者: 足利義光
第十三話
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リブラとの対面

 

「ほ、本当に敵が来るというのか? ここに?」


 目の前のモニターに怯えた様子でそう尋ねるのはミナト。彼はパーティー会場である自身の屋敷の最深部にあるパニックルームに逃げ込んでいた。

 理由は簡単で、自分とギシンの二人で送り込んだ連中があっさりと返り討ちにあった事を知った為だった。


 ――えぇ、既にそちらの会場に例のイタチ君が潜入したのを私の部下が確認済みです。


 そう返事を返すのは、ヤアンスウ。彼が何処から通信をしているのかは周囲が薄暗く、よく分からない。


「君の部下がだと? 私の部下からは何の報告も挙がってはいないぞ」

 ――残念だが、そちらの部下と私の部下では練度が違う。

 私の部下の報告は信頼できる物だ、間違いない。


 ミナトはヤアンスウの言葉に更に震えが来た。このままでは殺される。あれだけの人数でも歯が立たない相手に対抗できる自信が無い。

 ヤアンスウは、ミナトのそんな心を読んでいるらしく話を切り出した。


 ――心配はいらない。そちらに私の信頼する人物を送り込んだ。彼なら君の心配を取り除けるだろう。

「そ、そいつは何処……」

「……ここにいるよ」


 その声にミナトは寒気が走った。思わず振り返ると、カウチに寝転がる人影が見えた。


 ――心配はいらない、彼がそうだ。【ライブラ】任せるよ。


 ヤアンスウはそれだけ言うと通信を切った。

 ミナトはその人物にそっと近付いた。ライブラと云われたその人物に得たいの知れない恐怖を感じたからだ。

 ライブラは驚く程に、無防備に見える。だらしなく足をカウチから投げ出し、ブラブラさせている。


「あ、あんたに任せればいいのか?」

「僕に任せれば無問題モーマンタイだよ。安心して震えればいい」


 そう言いながら起き上がったその顔を見てミナトは言葉を失った。

 ライブラはどう見てもまだ十代の少年だった。

 顔には幼さがまだ残っていて、髪の毛はボサボサ。寝グセまでついている。こんな頼りなさそうなのが、本当に大丈夫なのか? そう思った瞬間。

 ミナトはカウチに引き倒されていた。入れ替わる様にライブラが自分を見下ろしている。改めて全身がゾッとするのが分かる。何をされたのかが全く分からなかったから。


「僕にとっちゃ、あんたなんかはどうでもいいんだ。僕はただ、あのイタチ君を殺してみたいだけなんだから――――邪魔すんなよ」


 その目には異常な光が宿っていた。その目を見たミナトは理解した。自分と目の前の少年とではすむ世界が全く違うのだと。

 ライブラの目は監視映像に捉えられたイタチの静止画像に釘付けで、長い舌を突き出している。

 気になったミナトが思わず尋ねた。


「邪魔なんかしないさ、でも大丈夫なのかね? その、何て言うか体調が悪そうに見え……!!」


 言い終わる前に喉元に何かを突き付けられた。ライブラの目にはイタチの映像を見ていた時の様な興奮等の感情は宿っていなかった。ただそこにあるのはこの少年にとっては、自分の存在等はどうでもいい、という事実だけ。


「余計な事は喋るな、殺すよ……」


 同じく感情の籠らない声でそういい放つと、ミナトを突き飛ばして部屋を出ていった。その場にへたり込んだ彼は気付く――喉元に突き付けられたのが、自分のジャケットに入っていた蓋のついたままの万年筆だったと。

 そして、得体の知れないあの少年もまた紛れもない怪物なのだと理解した。



 ◆◆◆



「さてと、どうすっかなぁ」

「もしかして何も考えて無かったの?」


 オレとリサの間で気まずい空気が漂う。武器を調達したのまでは良かったが、屋敷内の警備が厳しすぎて先には進めそうにも無かった。単に殺すだけなら何とでも出来る自信もあったが、獲物を【生け捕り】となると勝手が違う。

 警備に見つからずに出ていくのはかなり難しそうだ。


「とりあえず、リサは移動手段を確保してくれ。バイク以外で」

「分かった、でもレイジは大丈夫?」

「何とかするさ。連絡は――」

「この骨振動式の無線機を耳に、でしょ」


 そう言うとリサは元来た通路を静かに移動していく。

 これで、多少強引な手段を取っても周囲を気にする必要は無い。遠慮なしに突破出来るだろう。

 ポケットから特注品のスマホを取り出すと、通話ボタンを押す。

 相手は、この軍仕様の盗聴不可の代物を譲ってくれた【マダム】だ。裏社会の人間にとって、自分の情報源は最大限の注意を図って隠さなければいけない。

 だから、オレはマダムの事はカラス兄さんにも、クロイヌの野郎にも話してはいない。逆にオレはカラス兄さんの情報源を全ては知らない。それはそうする事で情報源との信頼関係を築けるのと、例えば【偽情報】をわざと流した場合等にそのうえ流出源をすぐに見つける事が出来るといったメリットがある。

 そういう意味で、マダムは最高に信頼の置ける協力者だ。


 ――もしもし、イタチちゃん。意外と早く掛けてきたわね。どうかしたのかしら?


 マダムは電話に出るなりすぐに用件を尋ねてきた。こういった無駄の無い所もオレが彼女を信頼する所以ゆえんだ。オレは今の状況をかい摘んで話した。勿論、全ては話さない。出来うる限り、簡単に説明した。


 ――成程ねぇ。【九頭龍】を生け捕りにするのね……分かったわ。そこの監視カメラはすぐにハックするから、待ってて頂戴。


 マダムは一旦、通話を切った。そうこうしている内に、オレの隠れている茂みに誰かが近付いて来る。

 そいつはアクビをしながらいかにも眠そうな目をしたタキシードに仮面をしている所を見ると、パーティーの招待客らしい。

 どうやら、酔っぱらってここまで入ってきちまった様だ。

 そういや、ここに来るまでに目についた警備員にはぐっすりとお寝んねしてもらったからなぁ。

 どうやら、招待客はションベンをしたいらしい。しかも、オレが隠れている茂みの前で……。最悪だ、マジに最悪。


「うえぇぇっっ」


 悪酔いしたソイツは今にもゲロをブチまけそうな様子だ。ションベンにゲロだと? マジでざけンな、もう我慢の限界だと思っていると、奥から警備員らしき二人組がこっちに向かってきた。


「すみません、ここは立ち入り禁止なんです」

「あぁぁ? べるにいいなろ、さんぱしれもよぉ」

「この先は雇い主の居住場所ですので……」


 厳つい顔をしたいかにもな強面の警備員がおろおろしている様を眺めるのは愉快だ、ひょっとしたらこの酔っぱらいはVIPか何かで迂闊な事が出来ないのかも知れない。まぁ、何にせよこの状況を利用しない手は無いだろう。

 警備員二人が脇を抱えて何とか元の通路に酔っぱらいを連れて行くのを確認して、オレは茂みから出る。そのまま出来るだけ姿勢を低く保ちながら、足音を出さない様に且つ、素早く先へと進める。

 しばらくして監視カメラが見えたので、視界に入らない様に慎重に速度を落として移動。

 すると、丁度マダムからメールが来た。どうやらカメラの操作とついでに警報も切ったらしい、これで断然仕事がやり易くなった。


 警備システムが厳重なのは、逆に云うならここに大事なモノがあると教えているのと同じだ。何にせよ、物事には裏表がある。

 物事を客観視しろ。目の前の物を見て、常に二つの可能性を考えろ。

 あのマスターの言葉だ。こいつがオレに直に教えた事なのか、それともレイジ兄ちゃんやらムジナに教えた事なのかは分からない。だが、あのオッサンは噂よりは随分マトモな人間だった。

 まぁ、今考える事じゃない。今は、さっさとここにいるお客さんを連れ帰らなきゃいけない。


 監視カメラとシステムを無力化した以上、こっからはスピード勝負だ。オレは一気に走り込みながら、パーティー会場で奪い取ったナイフを取り出す。前方に警備員らしき二人組が見えた。オレは迷わずに突っ込む。

 前に何かの本で読んだ話だが、警察官が犯人に対して拳銃をホルスターから抜き放ち、相手を撃つまでの時間は早くても大体一秒半位だそうだ。それに対して、例えばナイフを構えた敵がそれまでに詰める事の可能距離は六メートルとか何とか。

 つまり、オレが云いたいのは警察官が銃を抜くよりも早く犯人の方が先手を打つ可能性は実はかなり高い、という事だ。

 どれだけ、銃を撃つ訓練をしていようが所詮は訓練だ。実戦馴れした犯人なら機先を制して相手を無力化出来る。ま、オレがこの場合は犯人になるのが少し癪ではあったが、実際ここに【誘拐】しに来たンだから仕方がない。

 とにかく、一見すると不利に見えるナイフと拳銃の対決ってのは実はそれ程ナイフに不利な訳じゃないってこった。

 そして何よりも一番重要な事は実戦じゃ訓練みたく【ヨーイドン】でお互いに動き出す訳じゃないって事だ。

 現にオレは警備員がこちらに気付き、ホルスターから銃を抜くよりも早く肉薄すると、そのまま一閃――喉を描き切った。

 少なくとも先制攻撃という状況に限るならば、使い手が習熟していてばナイフは銃に勝てるって事。

 オレはその後、警備員の持っていたIDカードでミナトがいるであろうこの別館に首尾よく侵入。そのまま目的のパニックルームがあるとされる地下へと足を向ける。

 良くも悪くもオレが標的に近付いている事は、警備員がいることにより証明されている。とにかく、素早く確実に一人、また一人とオレは連中を始末していく。リサから通信が入った。


 ――レイジ、こちらの準備は出来たわ。これからそちらに向かいます。


 最近は以前とは違っておしとやかなリサともう一人のボクっ子のリサとの境目があやふやになっていると感じる。元々、お互いの人格が何をしているのかを把握しているからか、性格以外は格闘技等の技術もほぼ同じ、そういう二人だったが、本人曰く、その【境目】が最近は、自分でも曖昧になっているって言っていた。

 一度、精神科の先生にも見てもらったそうだが、二人の人格が一つになろうとしているのでは? と云われたそうだ。

 それまではお互いに支え合わなければいけなかったリサが、心を許せる人物に出会えたのをキッカケに、一人になろうとしているのではないか、と。

 それを聞いたとき、思わず思ってしまった。一人になった時、心はリサはリサのままだろうか?

 もし、そうならば、オレは果たしてどうなのだろうか?

 考えても仕方の無い事だとは分かっている。だが、ついつい考えてしまう。オレは一人になることが出来るのだろうか、と。

 そしてその時、オレはオレとしての自我を保てるのだろうか?


 そんな事を考えていた瞬間だった。

 ソイツはそこにいた。

 真っ暗な通路に一人で立っていた。


「やぁ、イタチさん」


 その声はまだ完全に声変わりしていないのか何処か甲高い。シャツにダメージジーンズとスニーカーの組み合わせで一見すると、見た目もまだ成長しきっていない。声同様に少年としか思えない。


「お前は誰だ?」

「そうか、やっぱり【知らない】ンだな」


 ソイツはくくっ、と軽く笑うと首をおもむろに回した。

 その瞬時にオレに向かい直進してくる。信じられない程の踏み込みだ。シャツの袖が微かに光った。何か刃物を隠していると感じたオレは咄嗟に後ろに飛び退きながらクロウを構えた。

 ソイツはそのままオレに肉薄。オレは迷わずにクロウで切りつけた。

 ガキャン。

 金属音が響く。火花が上がる。ソイツはナイフを持ってはいなかった。だが、そのシャツから見える腕には何かが装着されているらしく、銀色に鈍く光る。

 オレは【スイッチ】を入れると一気に後退した。あの体格と踏み込みの速さから接近戦に特化していると思えたからだ。

 あまりここで時間も掛けられない以上、一気に行く。

 ナイフを右手にスイッチすると、左手は腰に差したコルトM1877を抜きつつ迷わずに弾丸を放つ。

 そして反撃に転じるはずだった。

 奴はもう目の前にいた。それだけじゃなく、至近距離での弾丸をあっさりと躱した。こんなことが出来るのは――!

 そう思った瞬間だった。奴の拳がオレの腹部にめり込んでいた。信じられない重さの一撃だ。意識が飛びそうになり、身体が後ろによろめく。

 シャアアアッッ、というケモノの様な叫びと共に追撃の前蹴りが襲いかかる。その前蹴りはこっちも肘で弾く。だが、ガツンという不自然な音と、痺れる様な痛みが走る。ナイフを横に振り、動きを牽制してようやく間合いを取れた。オレはもう一度尋ねる。


「お前は誰だ?」


 ソイツは腰から何かを取り出す――天秤の絵が描かれた華美な仮面を。


「ボクの名はライブラ――いや、違う」


 そう言うと仮面を叩き割った。


「ボクは、お前を殺す為に蘇った【亡者ゴースト】さ」


 そう言うと不気味に笑った。






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