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イタチは笑う  作者: 足利義光
第十三話
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共同戦線

 

 結果から云うと、キリュウの爺さんは助かった。

 とは言え、集中治療室送りで当面の間は面会謝絶だそうだ。

 クロイヌはキリュウの側近に連絡を入れ、爺さんの身柄を委ねると帰ることにした。病院みたいな不特定多数の人間が行き来する場所に立ち寄るのは危険だからだ。それにこの件でオレもすっかり【賞金首】らしいからな。


「で、お前は何でここにいるんだ? どっかいけよ」

「お前に用はない、それと、俺はお前より年上だ。少しは言葉遣いを正せ」

「はぁん?」


 オレは正直言ってこのムジナの野郎がキライだ。何て言うかその……気が合わない。正直、味方じゃねぇなら今すぐにでもブッ飛ばしてやりたい位だ。今、オレとコイツがいるのはリゾートホテルの一室。ジェミニの奴が手を回した部屋の一つだ。

 ちなみにジェミニの奴は他にも、拠点にしているコテージを起点に周りのコテージもいくつか確保している。ここもその一つだ。

 ガチャリ。

 どうやらクロイヌが戻ってきたらしい。相変わらず、無愛想なツラをしてやがる。だがさっきまでとは違い、いつものクロイヌの顔だ。収穫ありってトコだな。


「どうだった?」

「連中の雇い主の居場所が分かった」

「だとよ、ムジナさ・ん」

「チッ、気持ち悪ぃ」

「ンだとコラァ! こっちが気を使ってやったらこれか? やっぱりケリつけてやる、表出ろやコラァ」

「上等だ、今度こそ刀の錆びにしてやる」

「ククフフ、君達仲が良いねぇ、ホント」


 そう言いつつ入ってきたのはジェミニ。どうやら二人でここに来たらしい。にしても、気配を消すのが上手くなったもンだ。これなら、ちょっとやそっとの連中じゃまずこいつに気付けない。一時期、ヤアンスウの元にいたらしいから、恐らくはそこでこう云った【気配の絶ち方】なんてのも学んだンだろう。


「君達が捕まえたあのサブマシンガンの三人は兄弟でね、意外と簡単に落ちたよ」


 ジェミニはそう言うと酷薄な笑みを浮かべた。どうやらあの三兄弟はコイツに【尋問】されたらしい……可哀想にな。コイツは昔から尋問が得意だった、この数年間で恐らくその技術は錆び付いたどころかより洗練されたんだろう。オレは絶対コイツには尋問されたくは無い。


「で、あのお粗末な待ち伏せを手配したのは?」

「誰だと思う? 傑作だよ」


 オレの問いかけにジェミニは悪戯っぽく笑った。

 そもそもコイツはもうあの不気味なデスマスク状の仮面をしてはいない。あの仮面の下は火傷の様な負傷を負っていて、その醜い顔を隠す為にあの仮面をしていたって【設定】で、実際には火傷の跡も特殊メイクによる擬装だった。で、それを知ってたのはジェミニ――ノンの側近数人だけだったというから徹底してやがる。

 恩人であり、実質上のボスだったヤアンスウにもそれを隠し通していたってンだからな。コイツらが如何にお互いの事を信用してはいなかったのかがよく分かるってもンだ。

 コイツが素顔を見せた時の言葉が印象的だった。


「あー、自由だ」


 だとさ。

 素顔を見せるという事がコイツには命懸けの事だったのだろう。命を賭ける奴にはこっちもそれに見合うだけの協力をしなくちゃならない。だからこそ、オレはジェミニとクロイヌの間を取り持った。ま、お陰でお尋ね者にしちゃあいい生活をここ数日味わってるってワケだ。


「そこでボクらからお二人に依頼さ――仕事のね」

「オレは構わないぜ」

「俺も同じく……ただ、コイツとは組みたくはない」

「それは問題ない。お前らは別行動で動くからな」


 クロイヌはそう言うと、説明を始めた。



 ◆◆◆



 それからおよそ二時間後。

 ムジナは第四区域にいた。彼の仕事の標的を押さえる為に。


 ――キミに確保して欲しいのは【ギシン】だ。


 ジェミニに依頼された相手は、ここ第四区域を仕切る九頭龍の一人であるギシン。

 その名の由来は【疑心】であり、その名の如くの経歴の持ち主。彼はこれまで、節目節目で所属していた組織を裏切り、その功績でのし上がっていった曰く付きの男。

 それ故に、他者を容易には信用せず、原則彼は自分の屋敷から出ることは無い。

 ジェミニは言った。


 ――ギシンは一言で云うなら【風見鶏】。形勢の有利な方に付いてるだけの男さ。だからこそ、【主犯】にはなり得ない。


 ムジナからすると、ジェミニの方が信用出来なかった。彼はムジナに会ったときにはあれだけイタチに敵意を向けていたのに、今じゃすっかり友達みたいだ。以前、ジェミニが言っていた言葉を思い出した。


 ――敵の懐に入るのは実は簡単なんだよ。ただ、【仮面】を被ればいい――相手の興味や同情を引く仮面をね。


 ヤアンスウという男がどういう人物なのかは知らない。ムジナが知っているのは、あくまでもクロイヌからの情報であり、ジェミニからの情報に過ぎない。どちらも断片的な物であり、客観的な判断を下す為の参考にはなりそうもない。


『どうでもいいことだ。俺はただ、【アイツ】を助けたいだけだからな』


 ムジナの脳裏に浮かぶのは、まだ病院にいるキクの姿。相変わらず記憶は戻らず、誰にも心を開かない。


『俺も何だかんだで、バカって事だ。そんなお荷物を助けたいと考えてる訳だからな』


 そう一人で考えていると、持っていた腕時計型の通信機が緑色に点灯した。どうやら、行動開始の時間らしい。


『細かいことは後だ、今はここに集中』


 ムジナは静かに動き出す。




 一方、同時刻。場所は第五区域、そこは長い階段か少しきつめの坂を登らなければいけない。ちょっとした山にある邸宅。

 そこでは、定期的にとあるイベントが行われていた。


「ったく、何だここは?」


 イタチはボヤいた。自分の周りの光景に呆れていた。

 そこはパーティー会場だった。大勢の男女がワイングラスを片手に談笑している。

 ただし、このパーティーは奇妙だった。参加者の誰もが仮面を着けている。これだけならば、単なる仮面舞踏会とでも考えればいいだろう。だが、ここで振る舞われるのは酒と料理と【クスリ】だった。会場のあちこちで酒のせいなのかクスリのせいなのかは不明だが、意識が朦朧としている奴等がいる。

 中には、奥の部屋に姿を消していく連中もいる。そこに近寄ると、まるで獣の様な嬌声がイタチの鼓膜を突き破る勢いで届いた。


「最悪なパーティーだな」

「聞いたことがある。第五区域の富裕層が定期的に行うパーティーについて。お酒にクスリをガブガブ飲んでハイになった人達が仲良く乱れるって。冗談かと思っていたけど、ホントだったみたい」


 リサの話はイタチの気分を最悪にするのに充分だった。ここにいる連中が仮面を着けるのはお互いに誰なのかを隠す為。というワケだ。こんな所には長居したくは無い。さっさと目的を果たして出なくては、とそう決意させるのには充分に。


「クスリはともかく、お酒だけでも飲んでる振りをしなくちゃ。いくら顔を隠してもこんな場所でいつまでもシラフだと怪しまれるわ、ほら」


 リサの持っていたワインを口に入れる振りをしながら、外に流した。クロイヌが何故リサを連れていけと言ったのかがよく分かった。つまり、他の連中と同じ様に擬装するのには、相手がいた方が都合がいいから、と事だろう。理屈は分かる、だが不愉快だった。


「ほら、奥に――」


 リサに手を引かれ、イタチも奥の【個室】に入っていく。

 ドアを開けると、そこはちょっとしたホテルのロビーの様になっている。出入口はこのドアだけ、そこには隠していてもハッキリそれと判別できる銃を備えた黒服の警備員。

 ここに入る際に銃は勿論、金属反応も細かく調べられ、参加者は武器を持ち込めない。それは当然だとは思えたが、本当の理由はクスリでラリったバカが暴発するのを防ぐ為だと理解した。


「二名様ですね?」


 受付の黒服は下卑た表情を隠さずに気味の悪い声で聞いてきた。仮面をしているイタチとリサの事を他の連中同様に、愛欲に溺れた馬鹿にでも見えているのだろう。それに、ラリった奴らに自分の表情なんて見えていないとでも思っているらしい。


 イタチはよろけた振りをしつつ、黒服から部屋の鍵を受け取った。丁度その時――イタチにもムジナ同様に腕時計型の通信機がついていたが、緑色に点灯した。

 ようやくか、と内心安堵しつつイタチはリサにキスをすると見せかけて「いくぞ」と囁いた。

 パチン。

 突然の音に黒服達は驚く。リサがイタチの頬を張ったのだ。


「この、変態ヤロウ!! 一人でオナってやがれ」


 そう激しく罵倒し、怒り心頭なのを表現するように大股にドレスの裾を振りながら出ていこうとする。


「まぁまぁ、落ち着いてください」


 警備役の黒服がなだめるようにリサに近付く。その目はリサを品定めするかの様で下心が見えている。

 近付いた警備にリサは寄るな! と叫ぶと、ヒールで思い切り足を踏みつけた。グシャという音。警備の表情が瞬時に苦痛で歪む。

 受付が慌ててリサに向かおうとしてその場に崩れ落ちた。背後からイタチが当て身を喰らわせていた。

 警備にはリサが膝を股間に直撃させ、更によろめく相手の勢いを利用して壁に叩きつけた。頭から壁に直撃した警備は完全に失神したのかその場に力なく倒れた。


「見てレイジ、この銃」


 リサは警備のジャケットから抜き取った銃を見て興奮した様子で見せてきた。イタチもその銃を見ておお、と声を出した。


「すげぇ、【ワルサーPPK】じゃないか」

「ね? 驚くでしょ?」


 ワルサーPPK、ドイツが前世紀に開発した名銃の一つ。当時、第一次世界大戦での敗北により、軍隊用の銃の開発を禁じられた事から【警察用の銃】として開発したのがこの銃だ。

 小型でいて、秘匿性に優れ、その上に命中精度の高さからか、かの世界一有名な女王陛下のスパイも使っていたとされる。今では製造されていないこの銃はかなりのレア物であり、アンティーク品といっても過言では無い。


「こっちは……お!」


 イタチが自分が倒した受付の所持品から見つけたのは、【コルトM1877】。こっちは19世紀にアメリカで開発されたリボルバー拳銃の一つ。西武開拓時代に名を馳せた、ビリー・ザ・キッドが愛用した事で有名だ。当然ながらこちらについてもアンティーク品と云える。


「凄いわね、この人達。まるで古い銃の作品展でもなかなか見ることも無いような銃ばかり集めて」

「趣味全開だな。何にせよ 、丸腰よりは随分マシだろうな」


 二人は嬉々とした様子でイタチはコルトM1877を、リサはワルサーPPKをポーチに入れた。

 それから完全にのびている二人の黒服を、持ってた鍵の個室に運ぶと、そのまま放り込んだ。念の為に、口と手足はリサのポーチに入れていたガムテープで完全に塞いでおいた。これで目を覚ましてもしばらくは時間を稼げる。


「こちらイタチ、武器は入手した。肝心の標的は何処だ?」

 ――そう急かすな。ミナトは、この倒錯したパーティーが大好きだそうだ。間違いなくそこだ、その建物の最上階の展望室に行ってみろ。

「あいよ、了解。ちゃちゃっと片付けるぜ」


 通信を切ると、イタチが先導してリサが続く。


「いいかリサ。無駄に戦うなよ」

「出来る限り無駄弾を撃つな、でしょ。大丈夫」

「よし、なら行くぞ」




「く、来るな! 来るな」


 叫びながらショットガンを乱射するのはギシン。相手はたった一人のクレイジーな男――つまりムジナだ。

 ショットガンが火を吹くたびに部屋に飾っていた美術品が砕けていく。パリィィン、今度は景徳鎮の青磁器の花入れが粉々になるのが見えた。


『コイツ、その青磁がいくらするのか分かってるのか?』


 怒りが蓄積し、更にショットガンで侵入者を狙うが、その狙いは悉く外れていく。

 他人を信用しないギシンは外にこそ警備を配していたが、家の中には一切の出入りを禁じている。最新鋭の警備システムを利用し、これまで誰もここには入った事も無かった、これまでは。


 一方で、ムジナは正直退屈していた。確かに外にいた連中はまぁまぁだったが、ここの警備システムとやらは拍子抜けも良いとこだった。確かにこそ泥や、警察位なら防げるかも知れない。

 だが、ムジナにとっては子供騙しもいいレベルで、これが仮にもこの街の実力者の本拠地とは思えなかった。


「くそっ、死ね……っ」


 ギシンが引き金を引く前にムジナの刀が一閃。銃身を斬り飛ばす。そのままムジナは右手でギシンに喉輪を喰らわせ、押し倒す。


「ゲ、ゲホ、ゴホッ」


 呼吸が上手く出来ず、悶えるギシンの冷徹に切っ先を突きつけるムジナ。


「ま、待て。お前は誰に雇われた?」


 その問いにムジナは答えない。


「キリュウか? いや、奴はもう違う」


 焦りの余り、キリュウが死んだと思っている事を口にした。

 ムジナは何も答えずに、切っ先を喉に近付ける。


「そ、そうか。ミナトだな。奴がこちらの口を閉じさせる為に……!! な、なら金を払う。奴はいくら払った? 私はその三倍出す。だからな、殺さないでくれ」


 ムジナはこれが、大物とは思えず、呆れるばかりだった。だが、ジェミニからの依頼は【殺し】ではない。あくまでも警告だ。

 コイツに疑念を抱かせ、ミナトと敵対するように仕向けるのが狙いだそうだ。


『殺す価値も無い』


 ムジナが刀を引こうとした瞬間だった。鋭い殺気を感じ、その場を飛び退く。

 ドスッ。

 それは【矢】だった。それは寸分の違いもなくギシンの額を射抜いている。そして、これが誰の仕業かすぐに理解した。


「【サジタリウス】だな!」


 その声を肯定したかの様にムジナを矢が襲いかかった。

 パキィン。

 ムジナは右手でその矢を横から弾く。


「上等だ、相手になってやる」


 さっきまでとは違い、ムジナは気分の高揚を抑えきれなかった。



















 

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