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イタチは笑う  作者: 足利義光
第十三話
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思わぬ助っ人

 

「コイツは……酷いな」


 オレは思わず鼻を摘んだ。辺りを包む濃厚な【血の臭い】に耐えられない――少し吐き気を覚えた。

 自分で云うのもあれだけど、オレはこの臭いが大嫌いだ。散々他人を殺してきた、だからそのうちに感覚もマヒするだろうと思っていたけど――やっぱ、ダメだ。

 クロイヌの奴に連絡が入ったのがおよそ一時間前の事だった。

 クロイヌにしては珍しく慌てた様子を見せながら、「行くぞ、来い」と云われ、オレだけを連れて来たのがここってワケなんだが……。



 そこは第九区域の外れにあった。一見すると廃墟みたいなビルの地下。ビルからは入れない様になっていて、そこに行くためには一番近くのマンホールから入るしかない。

 マンホールから降りてみるとそこには下水は流れておらず、完全な地下通路で入り口が偽装だったと分かった。

 そこから既にここの警備員だったと思われる連中の死体が転がっていた。人数は数えてみると八人。通路に落ちている薬莢の数が二つだけなトコを見るとほぼ一方的な奇襲で全滅したらしい。

 恐らくは、スタングレネード辺りを投げ込んで無力化したのか、或いは外に出ていた警備員を捕らえてソイツに入口を開けさせてからの不意討ちって辺りだろう。


「何を感心してる、行くぞ」


 クロイヌは警戒しながら歩いている。周囲をしきりに確認しながら先に進むのは、元特殊部隊の一員だからというよりは、ここに来るのが初めてだからだろう。念の為にオレも罠の有無を確認しながらクロイヌに続いていく。


「ンで、ここは何の場所なんだい? オレしか連れて来ないのはここが表向き【存在しない】場所だからだろ?」


 オレの問いかけにクロイヌはというとさぁな、とだけ返した。それならこうも警戒するのは理解出来る。初めての場所、そこが何か分からない以上、何処に【罠】があってもおかしくはない。

 一本道の地下通路っていう場所で警戒すべきなのは第一に爆発物だ。最低限の爆薬を入口に仕掛ければ簡単にここに閉じ込められる。

 そこに毒ガスでも仕掛ければ間違いなくオダブツだ。

 だから、オレにしろクロイヌにしろ、確認するのは主に爆発物の有無だ。もしも仕掛けが見つかったら、迷わずに逃げる為に。


 結局、通路には罠は仕掛けられてはいなかった。そのまま進むコト大体二百メートルってトコか。大きな分厚い鉄の扉は手では開けれず、パスワードの入力でのみ開く。

 ギギギ……!

 重々しい音を立て、扉が自動的に開かれる。今度はオレが前に立つ。クロイヌは例によって銃を携帯しない。て言うかコイツはオレを自分の【駒】にした時からコイツは武器を持たなくなった。

 あの野郎はかつてこう言った。


 ――これからはお前が俺の代わりに【汚れろ】。


 これがクロイヌとの契約だったからな。オレが裏切ったらどうするのか聞いた事もある。


 ――その時は俺は其処までの男だったというだけだ。


 だとよ。ったく、そこまで言われたら殺る気も失せるってモンだ。

 野郎は、マジで油断ならない奴だ。様々な所に手を回し、裏工作や取引なんてのも日常茶飯事。今更ながら、大した悪党ワルだ。

 だが、この汚れきった塔の街で生き抜けるのは善人なんかじゃない。

 ここでのし上がれるのは悪党の中の悪党だけ……。その為ならどんな汚い手段も躊躇わずに使わなくちゃいけねぇ。オレも当然、他人には知られたくないコトも散々やって来た。クロイヌの奴の【ナイフ】としてもそうだし、【掃除屋】としての仕事でもそうだ。

 オレみたいなヤツは、平和な世界じゃ生きてはいけない。生きていくには今更手遅れってもンだ。

 オレには明るい世界は似合わない、悪党らしく何処かで野垂れ死ぬのがお似合いだろうよ。


「行くぞ、イタチ」


 どうやら考え事をし過ぎたらしい、オレらしくもねぇ。

 扉が開くと、其処には更に無数の死体が転がっていた。今度は警備員以外に、ウージーやショットガンやらで固めた紺色の戦闘服姿の連中も倒れている。コイツらはどうやらここに援軍で来たのだろう、円形に倒れてるのはコイツらの陣形フォーメーションだろう。誰かを包むようにして守る為のな。


「にしても、これはまたスゴいな」


 誰の仕業かは分かんねぇが、唸るしかなかった。コイツらの死因はその殆どがナイフでの【喉裂カットスロートき】。エグい殺り方だが確実だ。しかも、どうやら一人でコイツらを全員始末したらしい――その証拠にその切り裂き方が全て同じ。複数での実行なら同じ方法で殺し方を統一しても微妙な差異が出る。

 個々人での体格差とか、僅かの癖なんかでな。

 だが、ここで死んでる連中の傷は全く同じ。そのナイフの侵入角度とかが同じだ。オレは鑑識とかじゃ無いが、これは断言出来る。コイツは間違いなく【単独犯】だ、と。


『なら、誰の仕業だ?』


 これだけの腕を持つ殺しのプロなんてそうはいない。

 当然、オレなら殺る自信はある。他にこれだけの事を出来そうな面子はカラスはここでは論外。

 後は――オレが分かる範囲ではあの刀使い、【ムジナ】。コイツはオレと殺り合ってから消息不明。生きてるとは思えなかったが、そう簡単に死ぬとも思えない。

 次に、あのバカみたいなデカイ銃、【フェイファーツェリザカ】を使うあの巨漢のバケモン。アイツも多分オレと間違いなく【同類】だ。

 で、あともう一人……それは【レイジ兄ちゃん】だ。あの人なら問題なくこれ位の事をやってのけるに違いない。

 もしくは他にもいるのかも知れないが、オレが思い付く限りじゃこんなもンだ。


「がはっっっ」


 すると突然、呻き声があがった。思わずその声の方にオレもクロイヌも視線を向けた。金庫室の壁にもたれるように背を預けていたのはどうやら警備員でも兵隊とも違う、キチンとした身なりの爺さん。多分ここのボスだろう。現に、クロイヌの奴がその爺さんへと駆け寄っていくのが証拠だ。


「キリュウさん」


 その名を聞いて思わず驚いた。 この街でその名を知らない奴なんざソイツはモグリだ。【九頭龍】の一人にして、名目上九頭龍の取り纏め役を勤める【ミナト】が唯一その存在を恐れる男。

【塔の建設】に大きく関わっていて、その縁から塔の住人とも太いパイプを持ち、その情報収集力は随一とされる大物だ。

 ただ、普段人前に姿を殆ど見せない為にその素顔を知る者は極々限られる。オレも今、初めてその素顔を見た。


「クロイヌ……来たか」

「誰がこれをやったんですか?」

「彼が……例のイタチ君だな」

「そうです――おい、こっちに」


 クロイヌに呼ばれたオレはキリュウの傍に近付く。

 その身体にはナイフが突き刺さったままで、見ただけで気の弱い奴なら失神モンの重傷だ。だが、どうやらわざと致命傷を避けているらしいのも分かった。どうやら、キリュウの爺さんだけが生きているのは偶然なんかじゃない、意図的ってワケだ。


「ふむ、こうして会うのは初めてだ……」

「そうだな、だがいいのか。オレなんかに話をするより、クロイヌと話した方がいいんじゃないのか?」

「くは……は。聞いてる通りにつっぱった、小僧だ。クロイヌも厄介な奴を切り札にし……たものだ」

「……ンで、オレに何の用なんだ?」

「お前が……この一連の出来事の【中心】だ…………気を付けろ」


 それだけ言うとキリュウの爺さんはガクリと脱力した。呼吸はしているから、気絶したらしい。


「行くぞイタチ。時間が勿体ない」

「結局、誰の仕業なンだ? ここの有り様はよ」

「…………【オウル】だ。間違いない」

「オウル? て言うと、裏社会最悪って評判の殺し屋か?」


 クロイヌはその問いには言葉を返す事無く、一度大きく首を縦に動かす。

 チッ、また何だか面倒くさい事になってきやがったってワケだ。



 ビィィィィィィィィィッッッッ。

 けたたましい耳障りなアラーム音が響き渡る。間違いなく誰か侵入者かなんかに対する警告音に違いない。何処もかしこもこの手の音は共通らしい。


「イタチ…………任せる」


 云われる迄もねぇ、クロイヌの野郎に降りかかる火の粉を振り払うのがオレの仕事である以上――こうなるだろうさ、問題ない。


「って言ってはみたものの…………なンだこりゃ?」


 この地下通路から外に出たオレを待ち受けていたのは、何処からかき集めたのかは知らねぇが、雑魚がワラワラと群がっていやがる。

 何人いるのかも数えるのがめんどくせぇ。とにかく大勢だ。

 その殆どは単なる雑魚だが、何人かはそれなりの奴も混じっていやがる。ソイツらが【本命】で、他の雑魚はその為の【デコイ】ってトコだろうさ。


「ケケケ、テメェを殺しゃあオレは一気に有名人だぜ」

「おいおい、金は山分けだからな」

「いくらあのバケモンでも、この人数でかかりゃあイチコロってもんだぜ」


 好き勝手言ってやがる。普段ならオレに目すら合わせられない様な連中でも、数に任せりゃ勝てるって思えるワケだ。ま、確かに一理あるな。ケンカにしろ、戦争ドンパチにしろ、数が多いってのはそれだけで相手よりも圧倒的に有利だ。

 もっとも、ソイツは【普通】の奴なら、な。


「ケケケ、さぁて誰からアイツに弾を喰ら……わじぇりゅ」


 ゴキン――ガタガタうるせぇアホの首を捻ってやった。イチイチこんな雑魚に喋らせる様な時間は、キリュウの爺さんには無いだろう。あの重傷じゃ、そう長くは持たないからな。とっととこの連中を始末して病院に運ばなきゃいけねぇ。


「くっだらねぇなぁ。さっさとかかってきやがれ――三下」


 オレは手招きしながら雑魚の群れを挑発。一気にヒートアップした連中がオレにめがけて殺到してくる。こんな連中に銃を使うまでも無い。

 安い挑発に雑魚どもは向かって来た。とりあえず軽く遊んでやるぜ。まずは一番手前にいるモヒカン頭に、飛び込みながらの右肘を顎先へ叩き込む。ガキン、って音は顎を砕いたもンだろう。モヒカンはぷげっ、と言うと一回転して倒れた。オレは姿勢を低くし、そのまま横にいたバンダナ男に左肩を鳩尾へ喰らわせる。今度はメキッとした感触で、肋骨でも折れたんだろう。バンダナはそのまま声すらあげる事無くぶっ倒れた。雑魚どもの動きが止まった。


「な、何だよコイツは?」

「ホントにバケモンじゃないか」


 ビビった雑魚どもがどよめいたのを見たオレは、迷わずに仕掛ける。今度は飛び込みながらのドロップキックをお見舞い。そのまま雑魚のど真ん中に突っ込む。チンタラはしてらんねぇ、テキパキやんないとな。足をはらい、膝を踏み砕き、男のお宝に膝をプレゼントし、顎から鼻先めがけての頭突き。とりあえず四人。


「クソガキが!! 死にさらせ」


 そう叫び声が聞こえ、パパパパパッッという音が響く。オレはその場から更に次の雑魚のど真ん中に移動し、盾代わりにした。憐れな雑魚数人は声すらあげられずに蜂の巣にされていく。バカか? わざわざ数を減らしてくれるとはよ。

 一瞬周囲を確認。サブマシンガンらしきモノを構えた奴が三人いて撃ったらしい。コイツらが本命で間違いないだろう。


「喰らえチビスケ」


 後ろから誰かが叫んだ。振り返ると巨漢が斧を手に襲ってくる。めんどくせぇな。オレは横にいたメガネを捕らえて押し出す。ソイツの頭を斧がかち割る、エグいね。オレはメガネの手にしていた特殊警棒を拝借すると、巨漢の斧を持つ指先にフルスイング。いくら普通の攻撃には強かろうが、狙えるポイントはいくらでもある。巨漢がひぎっ、と圧し殺した声をあげて斧を離す――まだまだ。踏み込みながら巨漢の足をブーツで踏み潰し、素早く大外刈へ持ち込む。倒れたソイツの顔面にサッカーボールキックを直撃させブッ倒す。


「オイオイ、もうビビったのか? 数打ちゃ当たるンだろ」


 そうは言ってはみたものの、まだまだ、雑魚は多い。もっとテキパキしないと――そう考えた瞬間だった。鋭い殺気を感じ、思わず身構えた。


「俺もその遊びに混ぜてくれよ」


 そう言ったのは、忘れもしないあの野郎――【ムジナ】。奴がいつの間にかオレのすぐ近くにいた。切り落としたはずの右手がある。手術でもしたのか?

 同じく折れた日本刀も新調されていた。厄介な奴がいやがる。コイツまで相手にしたら流石にヤバイ。ムジナが一気に刀を抜き放つ。以前よりも明らかに速度が上がってやがる。

 ただし、ムジナが斬ったのはオレじゃなかった。ムジナの周囲の奴等が崩れ落ちた。さらに――。


「コイツは……」

「俺も【仕事中】だからな、お前と殺り合うのはお預けだ」


 オレの手にはムジナからのプレゼントが投げ渡された。それは【クロウ】。オレの第二の相棒たるナイフだった。久々に手にしたが、よく馴染む。コイツがあれば百人力ってヤツだ。ムジナがオレと背中合わせになる。


「お前に一つだけ言っとく」

「何だよ? 今はパーティー中だぜ」

「あのキクって女は生きてる」

「…………そ、か」

「だが、アイツは俺の女だ。お前には関わらせない――二度とな」


 オレはムジナの奴の目を見た。どうも雰囲気が違う。前みたいにギラギラした攻撃的な殺気じゃなく――もっと静かな、いや抑えた殺気だ。前の狂犬じみた感じはもう無い。


「オレからも一つだけ言っとく」

「何だ?」

「アイツを頼む」

「承知した」


 それを合図にオレ達は仕掛けた。雑魚たちがどうなったのかは言わなくても分かンだろ? そういうこった。









 

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