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イタチは笑う  作者: 足利義光
第十三話
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対面

「ふう」


 コテージを出たイタチはため息混じり散歩した。とにかく気分が悪かった。

 あの動画に心底ムカついた。あれは、【虐殺】だ。それも一方的で容赦のない虐殺。

 殆どの住人は、自分達が何故殺されるのか理解する事など出来なかっただろう。それも当然だ、何故なら虐殺それを実行した本人達でさえ、その訳を知らないのだから。しかも、正気に戻る事もなくその場で力尽きたのだ。

 あの虐殺に立ち会った奴等は何を思ったのだろうか?

 あれを見て、何の感情も抱かなかったとでも云うのか?

 だとしたら、そいつらはもう【人間】じゃねぇ――そうイタチは思った。

 だが、同時にあの光景に自分が激しく心を揺さぶられたのも事実だった。あの凄惨な光景。あれが焼き付いて離れない。


『――オレはあれによく似た光景を知ってる』


 それは、かつて実験で暴走した自分がもたらした虐殺そのままだった。手段こそ、ナイフや木材等で違いはあったが、見た際の印象はそっくりだった。まさに【既視感デジャブ】を見た様な感覚。

 さっきのはただ映像を見ただけだったと言うのに、イタチは疲れ果てていた。ごっそりと体力が失くなった感じで、もし今誰かに襲われたらひとたまりもないだろう、それほどに疲れていた。

 頭はまだ少しズキズキと痛んだ。

 自分の中の殺戮人形キリングマシーンが暴れだしそうだった。


「レイジ、どうしたんですか?」


 そう声をかけてきたのは、リサの主人格。おしとやかな彼女だった。その表情から伺い知れるのは不安。イタチを心底心配なのだろう。そうじゃなければいくら敵の来る可能性が低いとは言え、こんな暗い場所に一人で待っている訳が無い。


「何でもねぇよ」

「そうは見えない。何だか、とても苦しそう」


 リサはイタチの目を真っ直ぐに見つめる。その目の前では、嘘や誤魔化しは通用しそうにない。

 やがて根負けしたイタチは、話し出した。

 さっきの画像ファイルの事は言わなかったが、自分の中の殺戮人形については話した。


「――オレは怖いンだ。自分の中に得体の知れない誰かがいて、そいつは表に出るのを今か、今かと待ってる。もしオレを怖いと、そう思うなら、無理すンな」


 そう本音を吐露する。

 リサは優しく、穏やかに微笑み――


「私は、怖いと思った事はないよ。レイジはいつも私に優しく接してくれた。あなたは【私達】を何の躊躇いもなく受け入れてくれた。あなたは優しい人、だから私達が守るわ」


 そう言ってイタチを抱き締めた。その暖かみはイタチの冷えきった心に安心感を与えた。言葉は必要ない。ただ、同じように抱き締め、今の気持ちを最愛の人に伝えた。



 ◆◆◆



 私がここに来てどの位日数が経ったのだろうか?

 目の前にはアンティーク物のテーブルが置いてあり、そこにはイチゴにキウイに林檎など、色んな果物がカットされたお皿があって、

 飲み物に関しては、野菜ジュースと紅茶が入ったポッドが置いてある。

 部屋の外には見張りがいるものの、基本的には食べ物を運んできたり、着替えた服の回収以外には誰も入っては来ない。

 最低限の配慮はしている、って事だろうか。

 ここはどうやら、塔の区域だろう。

 ヘリで連れてこられた際に、風を強く感じたし、何より街が眼下に小さく見えたから。

 確かに塔の区域には一度来ては見たかった。

 きっと別世界なのだろうと、子供の頃はよくそう思った。

 でも、ここも結局何も変わらない。


 ――貴女の協力が必要なのです。


 そう言っていたのは、何でもここに拠点を持つ自称貿易商の――多分、武器商人。見た目は穏やかそうな紳士を気取っているのか、口調は丁寧だった。

 でも、いくら身なりを整え、話し方を意識しても、その【目】はこれ迄の彼の生き方を嘘偽りなく語っている――彼が如何に他者を踏みにじったのかをこれ以上無く雄弁にね。

 だから私も返事を返した。軽く空中遊泳をさせてあげた。

 床に着地した彼はぷぎゃ、と呻いて気絶した。


 ――あんたには別段、価値は無い。だが、あんたの近くにいる人物には大いに価値がある。悪いことは云わん、素直に協力しろ。

 そうすれば、あんたを飼ってやってもいいぞ。


 こう話しかけてきたのは、外の街から来た自称サービス業界の親玉。要は風俗関係の組織を仕切っているのだろう。

 下卑た笑いを浮かべながら、隠すことも無く言い放った。

 生憎、私にも男を選ぶ権利がある。こんな下品な奴はお断り。


 ――さぁ、どうするね?


 そう言いながらこちらの肩に手を置いた瞬間、手首を掴みながら捻り上げてそのまま壁に叩き付けた。


「女をナメるんじゃないわよ、ブタ野郎」


 白目を向いて気絶したソイツにそう言うと、部屋の外にいた見張りにこの下品な奴を運んでもらった。こんな奴とは同じ空気を吸いたくも無い。

 他にも、何人か色んな肩書きのお歴々がわざわざ私に面会しにきたけど、嬉しい事にその全てがろくでなしだらけだった。

 まぁ、無理も無いわ。私自身、そいつらよりも外道な奴にこうして捕まって【籠の中の鳥】なんだから。そんな外道の知り合いにまともさを期待するだけムダよね。


 お客さんを全てお寝んねさせると、ようやく一人の時間をしっかりと持つことが出来るようになった。

 あの外道は私を確保する事で、何か利益を得るのが目的らしい。

 あの【ギルド】の首領らしかったお爺さんも、私を人質にする事で、【誰か】と交渉するみたいな話をしていた。


 思えば、子供の頃から私はずっとあちこちを転々としてきた。

 カラスと私は塔の街の繁華街に辿り着くまで、何処か一所に長い間留まる事なく、次から次へとすむ場所を変え、時には名前まで変えて来た。私は時折、カラスに聞いた――何で、こんな生活をしなきゃいけないの? 、と。


 ――お嬢、すみません。話す事は出来ないんです、でも信じてください。俺は絶対にあなたを守ります。


 彼は諭すようにこう言った。でも、決してそれ以上の事は言わなかった。カラスは約束通りに私を守り続けたわ――こうして大人になるまで。

 今思えば、私の為にカラスは全てを犠牲にしたんだと思う、文字通りに。私なんかの為に、人生の全てをくれたんだ。それなのに――私は今、こうして捕まっている。この状況を打開したくても、その方法が浮かばない。


 そんな事を考えていると、ドアをコンコン。とノックする音が耳に入る。入っては来たのは、ヤアンスウ。私の知る限り最低最悪の外道。彼は一見すると、穏やかな笑みを浮かべ、その口調もそれに見合う丁寧さだ。


「レイコさん、ご無沙汰です。何か不都合はありませんか?」


 でも、この男の本質を知りたければ、目を見ればいい。

 彼の目からは、【悪意】が感じ取れるだろう。それも途方も無い程のそれを。


「いいえ、不満は無いわ、あなた以外にはね」

「ハハハ、これはキツい。それはまぁ、仕方ありませんねぇ。

 今日は、あなたに是非に会っていただきたい人物がいるんです。来てはいただけませんか?」


 聞き方はこそ丁寧だけど、私に拒否権はない。こうして形だけでも取り繕うのはポーズなのだろう。何に? 多分、私がこれから会う人物が関係しているのかも知れない。


「これから会う人物は、とても重要な人物です。私にとっても、あなたにとってもね」


 ヤアンスウはそう言いながら微かにその表情を歪める。

 私は、無言を貫き――ささやかな抵抗をした。


「さぁ、こちらです」


 そう言われて、通された先にいたのは一人のおじさんだった。

 その立ち姿には全く隙が無くて、ただそこにいるだけだというのに、圧倒的な存在感を醸し出していた。

 間違いなく、強い。それもとてつもなく。


「私は少しの間、この場を外しましょう。その間に二人でお話でもしてください」


 ヤアンスウはそう言うと、この部屋を出ていった。

 それと同時に、おじさんの雰囲気が変わった。この場を制するかの様な威圧感は失せ、その代わりに何だかとても優しい穏やかな表情を浮かべた。そこからは、何の打算も感じられない。


「とりあえず、立ち話も何だ、座って話でもしないか?」


 不思議だった。初対面のおじさんの言葉には、何とも云えない優しさが感じ取れ、私は素直に従っていた。

 二人で応接用のテーブルを挟んで対面する様にソファーに腰を降ろした。


「あなたは誰?」


 私の口から出たのは素朴な疑問。何で目の前のおじさんを見ただけでこんなに心が落ち着いたのかを知りたくて。

 少し間が空いた。おじさんは、軽く目を閉じて考えている様だ。

 そして口を開いて出たのは、


「私の事は知らない方がいい」


 という、言葉だった。おじさんは目を閉じたままだ。短い言葉だったけれど、その言葉の中からは色んな感情がこみ上げてきた。


「それよりも、君の事を教えてくれないか? 君がこれまでどんな生活をしてきたのかを私は知りたいんだ」


 不思議だった。今日、初対面のこのおじさんに私は、これ迄の事を話していた。物心ついた頃から話は始まり、カラスと私があちこちを転々と移動しながら、繁華街に辿り着くまでを。

 そこから、バーを始めたカラスは、戦友だったクロイヌと一緒に【掃除屋】を始めて、街から【クスリ】を追い出した事を。

 クロイヌが、組織の大幹部【九頭龍】になり、しばらくしてイタチ君がバーに来るまでを。

 そして、そこから今に至るまでを。

 何でこんな事を話してしまったんだろう。自分でもよく分からなかった。ただ、おじさんは私の話を黙って真剣に聞いていた。

 そして、不意にその目からは涙を流していた。


「お、おじさん。大丈夫?」

「ん? 気にしないでくれ、ちょっと目にゴミが入っただけだ。

 それより、聞きたい事があるんだ。

 …………君はこれまで幸せだったのか? 何か不幸だとは思わなかったのか?」


 おじさんは真剣な表情で私にそう聞いてきた。

 私は迷わず答える。


「子供の頃はたまにね。どうして私は親がいないんだろって。

 でも、気が付いたの。私にはカラスがいた。不器用で、見た目はおっかなくて、最初は怖かった。

 だけど、そんな強面の大男が、慣れない手で料理をこなしたり、裁縫をしているのを見ている内に、少しずつ好きになった。

 それからは毎日が楽しかったわ。知らない街に行くのは冒険しているみたいでワクワクしたしね。

 バーに住むようになってからはもっと楽しくなった。近所には悪い奴が一杯いたけど、それ以上に愉快でいい人がたくさんいた。

 最初クロイヌは、何だか、もう一人の親戚のおじさんみたいだったし、イタチ君は、ホントにバカで困った奴で、可愛い弟みたいだった。イタチ君は、口では歳上とかいってたけどあれは絶対ウソっぱちよ。あれは間違いなく私より年下に決まってるわ。

 あ、いけない。話がずれたわね。――とにかく、私は幸せよ」


 本音だった。おじさんは、大きく一度頷くと立ち上がる。


「ヤアンスウに伝えろ、お前に話があると!」


 そう、大声で叫ぶ様に言うと、私の耳元で囁いた。


「有難う」


 それだけ言うと、部屋を出ていく。

 何でだろう、今度は私の目から熱いモノが溢れていた。



 ◆◆◆



 しばらく後、同場所。そこの最上階にあるペントハウスにて。


「さて、これで私の欲しいモノを教えてくださいますかね?」


 ヤアンスウはそう言いながら、にたりと口元を歪めた。

 相手は、【マスター】。


「先程、お会いになったからもう分かったでしょう? あなたの娘さんには一切の手出しはしてません。勿論、洗脳などはもっての他です、【あなたの協力さえあれば】これからも不自由はさせませんよ」


 勝ち誇ったような笑みを浮かべ椅子から立ち上がると、ヤアンスウはゆっくりとマスターへ歩み寄る。

 マスターはギロリとした鋭い視線を相手に向ける。そこには、ついさっきまでの娘に見せた優しげな男の面影は微塵も無い。

 思わず本能的にヤアンスウは後ろに飛び退き、双子の護衛が立ち塞がった。


「お前は、充分に権力を得たと思うが? これ以上何を望むつもりなんだ?」

「ま、保険ですな。私には敵が多いので――では【コード】を教えてくださいますかね? 【悪魔デビル】のね」


 マスターの眉間に深いシワが入る。対照的にヤアンスウは破顔する。マスターには、目の前の小男こそ悪魔に見えた。




 





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