表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
イタチは笑う  作者: 足利義光
第十三話
112/154

人形

 

「さて、揃ったね」


 ジェミニはそう言いつつ、部屋を見回す。

 時間は夜の八時。外には点々とした電灯がついているだけで外には満点の星空。コテージタイプのリゾートホテルはプライベート重視なので周囲に誰もいないのがいい。周囲はジェミニの仲間が見張っている。第三者に話を聞かれる可能性は低いだろう。

 カラス、クロイヌが互いに対面している。

 イタチはスマホでしきりに謝っている。

 リスとホーリーはあえてここには呼んでいない。手遅れだとは思うが、これ以上危険な目に合わせるのをカラスが反対したからだ。

 三人の中でイタチは頬を膨らませ、露骨に不満気だった。


「さて、揃ったね――じゃねぇよ。もっと前もって教えろよこういうのはさ」


 そう言いながら、ジェミニを恨めしげに睨む。

 苦笑するジェミニの代わりにカラスが――


「何だ、彼女と乳繰り合いたかったか?」


 代弁するように嫌味を言った。


「う、そんなんじゃねぇッスよ」

「なら黙ってろ。お前がごねればごねるだけ乳繰り合う時間が失くなるだけだ」


 カラスの言葉にイタチはため息をつくと、手を振り、話を促した。


「では、本題に入るよ。まずは状況を――現在、ヤアンスウの居場所ですが不明です。」

「のっけからダメじゃん」

「……続いて塔の組織の動きですが、今回の事態を受けて、クロイヌさんの九頭龍からの【除名】を検討している模様です」

「つまり、クロイヌの旦那も終わりってワケか?」

「…………で、カラスさんは一連の事件の実行犯との憶測が浮かんでいるらしく、警察や軍隊が捜索中です」

「ま、悪人面だからな」

「………………あのさ、レイジ。ヤジとか要らないからさ、少し黙ってろ! このバカ」

「お、何だやるか? オレとやんのか、ノン」

「くだらん」


 子供みたいなやり取りをしている二人にクロイヌは一喝。


「その辺の状況説明なら、コイツらは自分の情報源で理解している。さっさと本題に入ればいい」

「分かったよ。ったく、そういうすぐにチャチャを入れるのは相変わらずだよ、君はさ」

「ハイハイ、悪かったよ…………んで?」

「事態は最悪だよ――」


 ジェミニは改めてヤアンスウの動向を語りだした。

 ヤアンスウは着々と動いている模様で、彼の仕業と目される施設への侵入や、要人の暗殺等が塔の町では頻発していた。

 今の所は塔の組織はマスコミ等に報道規制をかけているので、こういった件はまだ表沙汰にはなっていない。


「へっ、つまり、連中はやりたい放題ってワケかよ、ノン?」

「ああ、そうだねレイジ」

「組織としてはこんなのが表沙汰になれば求心力が低下するからな」


 最後のカラスの言葉が全てだった。組織にとっては面子メンツこそが一番重要だった。この塔の街を磐石の体制で仕切っているという印象が朧気になれば、間違いなく街の外部からの風当たりが強くなる。そして、組織にとって一番危惧すべき事態はこの事を街の住人に知られる事。そこからアンダーにこの流れが伝播し、争乱が起こる事だ。


「ま、これは元々僕のシナリオだったんだよ。この街を争乱にする事はね」

「ったく、物騒なこった」

「この街を牛耳るには、組織の弱体化は必須だからな」


 ジェミニは頷き、クロイヌは更に言葉を続ける。


「お前達も分かっているとは思うが、【九頭龍】を倒した所で組織は打倒出来ない。実行部隊を率いる連中が一時的にいなくなる事で、多少の混乱は巻き起こるがな。

 この街の実権を握っているのは、あくまでも【塔の住人達】だ。九頭龍は所詮、彼らの意思の代弁者に過ぎん」


 九頭龍の落ちた首はまたすげ変わる。これまで幾度と余所の街からの攻撃で九頭龍のメンバーが減った事はあった。だが、すぐに次の九頭龍が【生え変わり】、即座に反撃。敵組織は返り討ちとなる。こうして、組織は生き延び、更に余所の街にも影響力をもたらしていくのだ。

 いくら、イタチやカラスが凄腕の殺し屋であろうと、一人で出来る事には限界がある。この街そのものと化した組織を倒す事は不可能。これが、様々な組織及びに犯罪者達の一致した意見だった。


「クロイヌの旦那、そんな事は百も承知だぜ。この街をぶっ潰すってなら、ミサイルの雨でも降らせるしか無い。そんなのは個人じゃ無理だよ」

「そうだよ。まともな武力しゅだんじゃ組織の打倒は無理なんだ。だからこそ、僕が考えたのが――」


 ジェミニははぁ、と一呼吸置き説明を始めた。

 それは【フォールン】の研究から始まった。カラスとクロイヌは表情を歪め、イタチは舌打ちする。それぞれにそのクスリに少なからず因縁を感じていた。


「フォールンの特性は様々な感覚を麻痺させる事だ。特に痛覚をね。確かに問題も多いが優秀なドラッグだったよ」

「クソみたいな副作用がオマケだけどな」

「確かにね。軍仕様の初期型はまだ幾分か常用性等を抑えていたけど、大戦末期になると依存者の大幅増と、無理な増産体制が原因で副作用が酷い劣化品が出回ったそうだ。ですよね?」


 ジェミニがカラスとクロイヌに視線を送り、二人は頷く。

 代わって口を開いたのは、クロイヌだった。


「悲惨な状況だったらしい。俺達は、大戦末期にはすでに軍を離れてはいたが、元々は敵側で流通していたフォールンがその頃には両陣営で蔓延していたらしい。さっきも話には出たが、末期の前線では、神経を磨り減らしてフォールンに逃げた中毒者ジャンキー同士で殺し合いをしていたそうで、そこではたった一人を殺すのに、通常の三倍近い銃弾を浪費した。まさに泥沼だ」

「おまけに互いに半ばゾンビみたいな状況で、まともな状況判断すら出来ずに、敵味方お構い無しに銃弾を乱射。最後には自分の頭を撃ち抜いて誰一人生き残らなかった戦場もあったそうだ。冗談みたいな話だがな」


 クロイヌとカラスの話は更に続き、フォールンがいかに兵士達を蝕んだのかを語った。大戦を知らないイタチとジェミニはその悲惨さに顔をしかめた。

 話が終わり、一息入れてから再びジェミニが話を続ける。


「僕が考えたのは、劣化品の副作用を高める事だった。

 強い常用性を更に高める事で、特定の人間を懐柔しやすくするためにね。

 それとはまた別に争乱の際に敵の混乱を目指したモノも開発していた。結果は大失敗だったけどね。

 その実験の失敗作はレイジ……いや、そこのイタチがサルベイションの施設で見たハズだよ。そうだよね?」


 その問いかけでイタチの脳裏に浮かんだのは、あの哀れな怪物。

 肉体を異常なレベルで増強させ、痛覚を完全に無くし、死ぬに死に切れず、トドメを刺された哀れな存在。やり切れない気分になったイタチは小さくああ、とだけ返す。


「でも、失敗が続く中で【亜種】とでもいうべき代物が出来た。

 それによって、ヤアンスウは救済サルベイションを実行する気になったんだ」


 そこまで言うと、ジェミニは改めてふう、とため息をつく。

 そして、無言で自分の傍らに置いてあったノートパソコンを開く。


「これ以上は僕にも言えない。見た方が早い」


 そう言うと、一人部屋を出ていった。

 一番近くにいたイタチがパソコンを操作する。このパソコンはたった一つだけファイルが入れられていた。

 それは画像ファイルで、時間にしておよそ三十分程らしい。

 ファイルを開き、その内容を目にした三人の表情は一変した。

 イタチの口から出たのは――驚愕。


「何だよ、これ?」


 クロイヌはその映像を睨み付けながら呟く。


「これは確かに【戦争】だな」


 カラスは静かに、だがハッキリとその怒りを抑える。


「これが使われたら街は終わりだ」


 そこに映っていたのは、無数の人々。その服装は様々だったが、いずれもボロボロで、中には服とは云えない状態の布切れを纏う老人までいた。天井が見えて、この身なりの大勢の人々。間違いなく、アンダーの住人が暮らす集落だろう。彼らをサルベイションの兵隊達であろう連中が取り囲み、抵抗する者を続々と無力化していく。但し、殺したりはしない様だ。


 ――今から行うのはフォールンの亜種。その実地試験だ。


 そういいながら、姿を見せたのはヤアンスウ。

 その表情はこれから行う【実験】の為なのか、妙にニヤついている様な印象を与える。


 ――さて、このフォールンの亜種、通称【パペット】は実にユニークな特徴を持っている。口で説明するよりも実地試験をしてみた方が早い。そこで、これから実行する。


 そう言うと、ヤアンスウはピイッ、と口笛を鳴らす。

 カメラが切り替わったらしく、次の瞬間にはヤアンスウから無力化した集落の人々に対象が変わった。

 サルベイションの兵隊が何人かの住人を抑えつけると、一本の注射を首筋に注射していく。その住人は直後はジタバタと抵抗していたが、しばらくして大人しくなった。

 すると、何を思ったのかサルベイションの兵隊達は整然と、その場から立ち去る。集落の住人達も突然の事態に困惑、その場に立ち尽くす。またカメラが切り替わり、それを見届けたヤアンスウが言う。


 ――これで、【仕込み】は完了した。パペットの特徴は、まず即効性。カメラを向こうに。


 その言葉に従い、カメラをズームしながら集落へと向ける。

 まだ、事態が飲み込めない住人達がそこでざわついているのが映った。そのままカメラをゆっくりと流しながら住人を映していく。

 すると、その中にここで奇妙な者達がいる。

 彼らは、一応に目の焦点が合っておらず、顔色は真っ青。

 周囲のざわついた人々に比べ、明らかに異様だった。

 ヤアンスウの声が入る。


 ――パペットを仕込んだ者は、ものの数分足らずで【自我】を喪失する。そして、只々【恐怖】だけを感じる。


 ――うが……ウガアアアァァァァァァアアッッッッッッッ!


 すると、突然そのパペットを仕込まれたであろうその住人がまるで野獣の如く吠えた。

 彼らは周囲にいた人々に襲いかかり、容赦なく噛みつき、殴り、蹴りつける。他の住人達は突然の【身内】からの襲撃に為す術も無い。


 ――見ての通り、パペットとなった者は恐怖のあまり、獣の様に周囲の者に誰かれ構わず襲いかかる。

 但し、凶暴とはいえ、彼らの肉体はあくまでも普通の人間。

 放っておけばいずれは制圧されるでしょう。


 その言葉通りに人形パペットは最初こそ人々を蹂躙したものの、徐々に取り囲まれ、取り押さえられていく。


 ――あの通り、ああやって制圧されるのが関の山だろう。

 そこで、人形パペットたる所以を。彼らは特定の【周波数】の音波を流す事で、次の段階に移行する。この音波だ。


 キイイイイイイイイ。


 イタチの顔が苦痛に歪んだ。不快感が込み上げてくる。

 思わず画面から目を反らし、周囲を見た。

 だが、カラスもクロイヌも何事もなく画面を見ていた。


『気のせいか?』


 不快感が治まったイタチは、再度画面に目を向ける。

 人形は再び、咆哮と共に暴れだす。

 彼らの異常さはすぐに見てとれた。その身体が突然、膨張――異様な筋肉を身に纏いその猛威を振るい始める。

 状況は一変した。もはや、化け物と変貌した人形達はその力で住人達は血祭りにされていく。小さな集落は逃げ惑う住人達の悲鳴と断末魔の叫びに包み込まれ、さながら阿鼻叫喚の地獄の様相を示し………………やがて沈黙に包まれた。

 カメラはその全てを、一部始終を収めた。

 そこに転がっていたのはもはや、人間とは思えない凄絶な肉の塊とかしたモノ達。

 それは、引き裂かれ、粉砕され、人の手でどうすればああいう事態に陥るのか? にわかには判断出来ない事だろう。

 そして、人形達はその場に立ち尽くしたまま崩れ落ちる。その肉体は普通の人間へと戻り、地に伏したまま動かない。


 今度はヤアンスウが集落に来ていた。彼の足元には凄惨な光景が広がっており、それを目にしたサルベイションの兵隊達すら直視を避ける。そんな中でヤアンスウは、表情一つ変えずに歩いていく。

 一面の血の海を水溜まりの様に乗り越え、散らばった肉片を路傍の石の様に避け、蹴り飛ばす。

 やがて、人形と化した哀れな怪物の倒れている場所で彼は足を止めた。足で蹴り、その身体を仰向けにした。


 ――ご覧の通り。パペットはある周波数にその脳を刺激され、云わば【バーサーカー】と化する。その猛威は先程の通り。

 しかも、アフターケアも万全。脳からの指令で云わば【火事場のくそ力】……いや、【リミッター】を強制的に外された者は、肉体が負荷に耐えきれず、やがて限界を迎え――こうなる。


 ヤアンスウはパペットとなった哀れな被害者の頭を掴み、カメラの前で晒す。

 その顔からは血が吹き出していた。口は当然、目や鼻や耳。それだけではなく、皮膚からさえも出血している。

 それを見たイタチは――


「すんません、ちょい外の空気吸ってきますわ」


 そう言って出ていった。

 最後にヤアンスウが嬉々とした表情で言う。


 ――ジェミニ。理想的だとは思わんか? 私も実際、驚いたよ。ここまで素晴らしいとは、ね。

 これで、救済サルベイションは発令出来るな。


 そこに映るのは、裏社会で長年生きてきた男達すら、憎悪を覚える――外道の顔だった。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ