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イタチは笑う  作者: 足利義光
第十三話
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束の間の休息

 イタチが廃工場でタントンを返り討ちにしてから二日後。

 塔の街はいよいよ、混乱の只中にあった。

 この数日で、組織の実行部隊を率いる【九頭龍】が二人死亡、一人は行方不明。

 一説では、今回の騒ぎは行方不明の九頭龍である【クロイヌ】が黒幕だと書き立てる記者まで出てきた。

 何処からそういうネタを集めるのか、【カラス】という凄腕の殺し屋が暗躍していて、アジトだったバーを爆破して逃走した事になっている。

 それを受けてかネット上では、近々塔の街で大事件が起きるとか、その騒ぎに乗じてアンダーの住人達が対極的して上に上がってくるのでは無いのか? 等といった様々な推測がなされ、沸騰しつつあった。


 渦中の人物であるクロイヌ当人はと言うと、目の前のカウチに寝そべって目を閉じたままラジオからのジャズ演奏に聞き入っていた。

 トレードマークである黒一色のファッションは、他の人々からの注意を引くから――そういう理由もあって、今の服装はジーパンにポロシャツ。その顔さえ直視しなければ、一般人に見えなくもない。

 外に目を向けるともう一人、渦中の人物がジョギングをしている。

 カラスは、今朝になってようやく目を覚ました。

 廃工場でカラスの姿を見た時、その姿にイタチは思わずギョッとした。重傷だとは聞いてはいたものの、実際にこうして目の当たりにすると、悲惨な状態だとすぐに理解した。粗末な作りの簡易ベッドに寝かされたカラスがかなり暴れたのか、周囲には様々なゴミが散らばっている。


「鎮静剤を打ってからもしばらくもがいていたんです」


 リスはようやく緊張が解けたのかホッとした表情を浮かべていた。しかし、以前よりも頬は痩けていて、顔色も悪い。自分がいなかった間、かなりの負担と無茶をしたんだろうとイタチは感じた。


「それで、どうするんだい。ここも敵にバレたわけだけど?」


 ホーリーが奥から荷物を両手に出てきた。いつでも移動できる様に手荷物や生活物資を予めパッケージングしていたようだ。この辺りの手回しの良さは普段から人を観察し、先読みするというホストならではだと感じた。

 もっとも、紫を基調にした相変わらずのセンスのスーツは泥や砂まみれ、所々破けていて、如何にも高そうだった革靴も同様にボロボロ。それでいて顔だけは何事もなさげにキッチリしているので滑稽だった。イタチは思わず、ははっと笑いながら、問いかけに答える。


「大丈夫だよ、逃げ場所は確保済みだから、さ」



 そうして、彼らがいるのがその逃げ場所である、リゾートホテルだった。ここは塔の街の外にあり、塔の街のみならず、各地から大金持ちの有力者が休日を過ごす場所。

 入るまでの手続きこそ色々と手間がかかり厄介ではあったが、一度入ってしまえば、プライベート保護等の観点から客自身の申請や許可がない限り外部からの接触を遮断してくれる。

 その為に、敵対する一部の犯罪組織の幹部やボスもいたが、ここで争うとホテルからの追い出されるので互いに干渉せず――奇妙な平和がここにはあった。

 それは塔の組織も、ヤアンスウの一派も同じで、彼らとしても各地の有力者と事を構えるつもりはない。

 だからこそ、ここは最高の避難先だった。


「それにしても、お前は何もしないのか?」

「それは君も同じだろう?」


 コテージの庭に寝転がっているのはイタチとジェミニことノン。

 イタチは傍らにノンアルコールのカシスオレンジを片手に。ジェミニは分厚めの小説を見ている。

 傍目からすると、完全にバカンス気分にしか見えないだろう。


「にしても、あのカラスって人は怪物だね」

「何だ、今頃分かったのかお前?」

「二日で起き上がって来たと思ったら、もうリハビリがてらにジョギングだよ。――普通の人間ならまだ安静にしないといけないハズなんだけどね」

「いても立ってもいられないんだろ? ……正直、オレもだよ」

「ククフフ。その割にはここで寝そべっていたり、恋人と二人で食事したりと満喫している様に見えるのだけどね。いい加減紹介してくれないのかな?」

「……お前、その妙な笑い方を直せよ、いい加減」

「別にいいだろ。君に迷惑をかけた訳でもないし」


 この二人の他愛の無い会話も、ほんの一ヶ月前を考えればとんでもない事だった。彼らは敵同士だったのだから。


「おいイタチ、手合わせしろ」


 そう声をかけてきたのはカラス。息こそ切らしてはいないものの、その全身は汗でビッショリ。身体は十分に暖まっているようだ。断ろうかと思ったイタチだったが、カラスの目は有無を云わさずだった。


「え? イヤですよ。めんどくさいし――」


 イタチはそう言いつつ、素早く起き上がるや否やで足払いを放つ。

 カラスは後ろに飛び退く。イタチが肩からカラスの身体めがけて突っ込む。カラスは両腕でそれを受け止めるものの――勢いに押されてよろめく。

 イタチはすかさず手でカラスの足を掴むとそのまま引き倒し、馬乗りからの鉄槌を喰らわせようと構えた。そこにカラスからの掌底がイタチの顎先を押し退けた。イタチはそのままの勢いを利用して後ろに転がって体勢を整えた。

 今度はカラスが先に仕掛ける。左足を軽く踏み込んだ次の瞬間――そのまま宙を舞い、右の飛び膝を放つ。その軌道は外側から内側へと喰い込み、さながら【斧】の様な迫力。

 イタチはそれを肘を突き出してブロック。だが、カラスの重い一撃で完全に体勢を崩された。そこに右肘を上から叩きつけるかの如く振り下ろす。狙うのはイタチの無防備な首元から後頭部にかけて。

 手合わせで用いるにはあまりにもえげつなく、容赦の無いその一撃は、以前のイタチなら間違いなく倒せただろう。

 だが実際には、イタチは身体をそのまま沈め込み、カラスの出足を払った。強烈な攻撃では無かったが、カラスの強烈な肘打ちの勢いを削ぐのには充分。更に出足を蹴りつける。カラスの体勢を再度崩すと、相手の顎先めがけ――イタチはそのまま一気に飛び上がる。

 ガツンとした感触。カラスがよろめきながら後ろに下がる。

 だが、先に膝をついたのはイタチ。渾身の頭突きが命中する直前にカラスの膝が逆にイタチの顎先に命中。意識が飛びそうになり、その結果、頭突きは失敗したもののお返しとばかりに鳩尾に肘をめり込ませていた。

 二人は共に互いの顔を見据え、笑みを浮かべた。



 パチパチパチパチ。

 二人がその音に周囲を見ると、いつの間にか見物人ギャラリーが周囲に集まっていて、今のやり取りを見ていたらしい。

 拍手が巻き起こり、歓声があがった。


「これじゃ、集中出来ないな」

「ですよね。じゃ、また」


 それをキッカケに二人は拳を突き合わせると、手合わせを終える。イタチは驚いていた。


『カラスの奴、まだ本調子にゃ程遠いな。でも……』


 以前なら、手合わせの際ここまで肉薄出来た事は無かった。スピード等で最初こそ先手を取れるものの、これ迄の経験値の差が徐々に出てきて、最終的にはボコボコにされるというのがパターンだった。だが、今の手合わせは違う。勝ち切れこそしなかったが、互角以上の手応えを感じたし、何となくだが、カラスの反撃を予測出来た。キッカケは間違いなくあの三週間――マスターとのやり取りだろう。

 その一方、カラスも内心驚いていた。


『あいつ――段違いに強くなっている。一体何があった?』


 今まで数々イタチとは手合わせをしてきたが、自分が押され気味だったのは今のが初めてだった。

 イタチは確かに強い。素質なら間違いなく自分よりも上。

 まるで戦闘をする為だけに生まれてきたのでは無いかと思わせる小さな怪物。

 それ故にこれ迄は何処か自分の性能に頼る傾向が強く、だからこそ隙もあった。だが、今のは少し違った。その隙が小さくなっていた。何があったのかは分からないが、キッカケを掴んだと云う事だろう。


「ふぅーん。やるもんだね」


 そのやり取りを興味深げにジェミニが見ていた。

 短いながらも、濃密でなかなかに有意義な時間だと思えた。

 イタチの強さは昔から知っていたが、ここに来て更に凄みを増したと思えた。更に、最高の殺し屋と呼ばれたカラスの腕前もこの目で見る事が出来たのは大きかった。

 戦況はこちらが圧倒的に不利だ。サルベイションの戦力で自分に付いてきたのはおよそ二割といった所。

 それに対して、ヤアンスウは残りの大半を掌握し、その上自分の手で壊滅させた【ギルド】の残党も配下に置いているらしい。

 更に塔の組織から極秘扱いだった【ゼロ】を奪取した。

 正直、出来る事なら戦うのを避けたいというのがジェミニの本音だった。だが、そうもいかない。

 ヤアンスウは【救済サルベイション】を実行するつもりだ。

 そうなれば、犠牲者はとんでもない数になるだろう。

 自分が原案を考えたとは言え、狂気の沙汰だと結論付け――破棄した計画。それをヤアンスウは間違いなく実行するだろう――それも一切躊躇うこともなくに、だ。

 弱者が強者に勝った例は少ない。歴史を見れば、確かにいくつかの戦いはそういった例を取り上げる。だが、それは無数にある出来事のほんの一部の事でしかない。それ以外の出来事でそういった逆転勝利がどれだけの数に、確率になるのだろうか。



 ◆◆◆



「だからこそ僕は【手段】を選ばずに手を出したんだ」


 ジェミニは苦々しい表情でそれを口にした。

 話を聞いているのはクロイヌ。相変わらずカウチに寝そべり、今度は新聞に目を通している。


「それで?」


 クロイヌは先を促す。身体を起こし、新聞を折り片付ける。

 ジェミニが頼んだ紅茶をメイド服姿の女性が運んで来た。

 このホテルは、注文をすれば時間に関係無く大抵の事はしてくれる。その辺りの使い勝手の良さも人気の理由とされる。

 クロイヌが紅茶を口にいれると、ストレートのさっぱりとした口当たり。清涼感を感じた。


「ニルギリか? なかなかだ」

「分かりますか、流石ですね」


 ニルギリとはインド原産の紅茶の一種。その特徴はさっぱりとした口当たりに清涼感。スリランカ原産のセイロンティーに近い味と云われ、同じくインド原産のダージリンやアッサムに比べると強い個性は感じないが、その分クセも少なくて飲みやすい。


「ちゃんと時期は十二月から一月の物を指定していますので、味はいいですよ」


 ジェミニは紅茶を飲むのが好きだった。アンダーにいた頃は馬鹿にされたものだが、あの上品な香りと味わいがたまらなく好きだったのだ。心が落ち着くので、考え事をする時にも最適だと考えている。


「お前が紅茶に並々ならぬ思いがあるのは理解した。――そろそろ本題に入ってくれ」

「分かっていますよ。どうも悪い癖でしてね。紅茶を口すると我を忘れてしまう……。確か手段を選ばなかったと言いましたよね?」


 ジェミニの問いかけにクロイヌは一度、大きく頷いていた。

 紅茶を口に運び、息を吐く。そして決心したのか話の続きを始めた。


「【フォールン】の研究に力を入れたのは、アンダーに他所からの軍人崩れが流れてきたのがキッカケです。

 その軍人崩れはアンダーで好き放題に暴れ回りました。鎮圧しようと部下が向かいましたが、敢えなく返り討ち。

 そこでやむを得ず、銃での射殺を命じましたが、その男は何度撃たれても倒れなかった。最終的には数十発の弾丸をその身に受けてようやく倒したソイツが服用していたのが【フォールン】だった訳です」


 ジェミニの表情が苦々しさに歪む。


「当然、クスリには頼りたくは無かった。でも、その時の僕たちは今よりずっと弱かった。やらなければ殺られる、アンダーのルールです。そこで、やむを得ずにヤアンスウ――いえ、モグラを頼ったのです」

「そもそも、何故お前はあの男と関わりを持った?」


 カラスは目を細め、目の前の相手を凝視する。その一挙一動を見逃すまいと集中させる。その上で言う。


「全てを話せ。嘘や偽りがあるなら、お前を殺す」


 ジェミニは改めて目の前の男から発せられる凄みを感じ取った。

 そして、全てをさらけ出す覚悟を決める。

 その上で尋ねる。


「あなたも運命共同体という認識でいいんでしょうか?」


 そう聞いたジェミニも目を細め、クロイヌを真っ直ぐに見据える。

 互いに武力こそ用いないが、これは一種の【戦争】だ。

 互いに手の内を晒しつつ、主導権を握る為に駆け引きを繰り広げる。二人は紅茶を飲みきると、一呼吸。

 そして、口火を切った。























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