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イタチは笑う  作者: 足利義光
第十三話
110/154

充足

 オレがホーリーからのメールで大まかな状況を知ったのは、クロイヌを回収してすぐの事だった。


『ったく、こきつかってくれるじゃないか』


 オレは心の中でそうボヤキながらバイクを走らせた。

 リスの隠れ家である廃工場なら以前、そこを案内されていて知っていた。

 確かにその辺の隠れ家よりかなりいい。

 周囲に何も無いから無関係な住民を巻き込む事も無い。多少荒っぽい事をしても問題ない。


 リスの配慮に関心しながらもオレはバイクを加速させた。

 とにかく、スピードを限界まで上げていたかった。

 身体に感じる風は心地いいを通り越し、痛みを感じる程に強い。だが、これ位が丁度いい。

 余計な事を考える余地を無くしたかった。じゃなきゃ、【現実】に飲み込まれそうだったから。


『確かにあれは、レイジ兄ちゃんだった』


 信じられなかった。

 今のオレは、記憶をかなり取り戻していた。だからあの【虐殺】についても事実だと理解していたし、それをオレがやったとも理解していた。

 そして、家族同然だったオッサンに致命傷を負わせ、レイジ兄ちゃんを殺した事も。

 あの時、もしあのまま我に返ったなら……間違いなくオレは自分のやった事実ことに押し潰されていただろう。

 だからこそ、レイジ兄ちゃんは自分の記憶をオレに移した。オレの【人格こころ】を守る為に。

 そのレイジ兄ちゃんが生きていた。そして、オレに言ったんだ。


 ――よ、久し振りだな。


 正直言うぜ、怖かった。生まれてこれ迄オレは怖いと思うような状況でも、【恐怖】を感じる事は無かった。

 感情が欠落してる、と言われてもあながち間違いじゃない。実際オレ自身、そう思ってた。


 キッカケは、あの施設で過去の【記憶】を知ったからだろう。

 オレという人間の中に複数の記憶が混じりあっている。

 それが誰の記憶かは断言出来ないし、知らない。

 ハッキリしてるのは、オレの中には【殺戮人形キリングマシーン】が眠ってる。

 ソイツが日々、目を覚まそうとしているのをここの所、感じていた。聞こえてくる、ソイツはこう話しかけてくる。


 ――なぁ、兄弟。いい加減楽になれよ。お前がどんなに足掻こうが、話の結末は変わらない。オレはお前だ。オレこそが本当のオレなんだ。

 ――もう充分だろう? そろそろ受け入れろ。


 こうした声が聞こえる。

 最初は気のせいだと誤魔化していた。だが、日に日にその声が聞こえる頻度が上がっていく。誰にも知られたくない、それがリサでもだ。だから、ここ三日程は色々理由をつけてはオレは夜一人で寝ている。リサも二重人格だから相談に乗ってくれるのは分かってる。でも、怖いんだ。オレの中に怪物がいるって知られるのが。ただ怖い。


 そして極めつけは、レイジ兄ちゃん。

 その顔を見た瞬間――オレの中の脆い部分が崩れていくのが分かった。そこからソイツが出てくる様な感覚。

 それが恐ろしくて仕方がない。何か気を紛らわしたい。

 だから、これはもっけの幸いって奴なンだ。



 ◆◆◆



「イタチさん」


 リスが駆け寄ってきた。ホーリーが誰かに助けを求めたのは知っていたが、イタチだとは思っていなかったらしい。その表情には安堵が見える。


「よ、久し振り」


 ヘルメットを外したイタチはそう軽く返すと、バイクを倒す。


「イタチ君、助かったよ」


 ホーリーも安心したのか、その場にへたり込んだ。イタチは周囲を見回してそれも無理は無い、と思った。

 工場内はボロボロだった。

 穴だらけでそこから陽射しが入ってきているし、火薬の臭いが蔓延している。こんな状況で二人で耐え抜いた事に正直驚いた。


「とりあえず、まだ終わってないから」


 イタチはそう素っ気なく言う。

 二人がその視線を向こうに向けると、赤髪の青年――タントンが起き上がっていた。彼は何を思ったのか身を翻し、姿を消した。


「み、見て下さい。逃げましたよ」


 リスはそう叫んだ。だが、それが甘い願望から来た言葉で、現実はそう甘くない事は自分自身が理解していた。

 イタチの――こと、荒事に関しての勘はいつも正確だ。

 恐る恐る、その様子を確認、イタチの表情は険しいままだった。

 まだ相手が諦める訳が無い。そう確信していて、それは間違いないのだろう。

 だが、リスは同時に気付く。イタチの様子が何処かおかしいと。いつもならどんな状況でも不敵に笑っていたり、冗談を言ってばかりだと云うのに。今は何か違う。一言では説明出来ない。だけど、何かが違うと。そして、それについて聞いていいものかと思案している内に事態は動いた。


「来るぞッッッ」


 イタチはそう叫ぶと二人に下がるように手を振った。

 二人はその言葉に素早く後ろに後退。

 ギュルルルルルッッッッ。

 爆走してくるのは、襲撃者達が乗ってきたであろうハマー。

 タントンはにやけながらそのまま突っ込んでくる。

 仕掛けていた地雷が反応して爆発したものの、所詮は殺傷力の無い対人地雷。ハマーに太刀打ち出来る訳もない。

 襲撃者達がそうしなかったのは他に罠があるかもと警戒したからだった。

 ガコオオォォンン。

 そのままハマーは猛スピードのまま廃工場へと突っ込む。頑丈な扉を易々と倒し、そのまま奥へと爆走。奥の工作用機械にぶつかってようやく止まった。


「派手な挨拶をするじゃねぇか」


 イタチはハマーを見てはいない。見ているのは自分の正面に立つ、タントン。


「久し振りだね、イタチ」


 タントンはそうくぐもった声で話しかける。

 イタチは、は? とだけ返す。あんな派手な髪の色の相手など知らない。


「なら、これなら分かるだろ?」


 そう言うと、赤髪のかつらを外した。露になったのは黒い短髪。そして代わりに顔に【仮面】を被った。


「お前は――!」


 イタチはその仮面に見覚えがあった。白を基調にしたその仮面に描かれていたのは【うお座】の絵。


「思い出してくれたね。そう、サルベイションのメンバーの一人でうお座を意味する【パイシス】」

「わざわざ名乗ってくださるとはご丁寧だな、死ぬ前に名前を知って欲しいのか、アンタ?」

「ハハハ、知って欲しいねぇ――君が死ぬ前に。でも、もう一つ名前はある」

「へっ、教えてくれるのか」

「勿論、勝てたらね!!」


 タントンは飛び込んできた。

 イタチも同様に飛び込む。

 二人は小手調べするかの様に交互に攻撃を交わす。拳を突きだし、蹴りを放ち、それを受け止め、流す。それを何手か繰り返し、互いに一歩だけ飛び退く。


「ハハハ、いいね。やはりいい」


 タントンは全身を震わせ喜ぶ。サルベイションでの施設でムジナとの対決を見た時から、闘ってみたいと思っていた。

 野生のケモノの様な雰囲気を纏いつつも、その実は様々な【改造】を受けた化け物。

 自分も似たようなモノだ。違いがあるとするならば相手は最新の科学で、自分の場合は古典的な方法で、という違い位の物だ。


「アンタなら本気で殺れるよッッッ」


 タントンはそう叫ぶと、再度イタチへと肉薄。右手を貫手の様に突き出す。イタチはそれを身をよじって躱す。今度は左手を下から突き上げる。イタチが身体を後ろに倒しつつ躱そうとした。

 ガキン。

 鈍い音と共に、イタチの全身をまるで電流を流された様なショックが走る。

 身体がぐらつき、何をされたのか一瞬分からなかったイタチは思い切り後ろに倒れ込みつつ追撃を躱す。

 更に、左手をショルダーホルスターに回すと、ワルサーPPQを抜き出す。

 その瞬間、ワルサーが弾かれた。イタチは【それ】をハッキリと目にし――そのまま倒れて転がると素早く間合いを離す。


「な、何だ今の? リス君は分かるかい?」

「俺に分かる訳無いっすよ、見えないんだから」


 今の攻防を目にしたリスとホーリーは目をパチクリさせる他無かった。何が起きたのかが殆ど見えなかった。

 両者共に、辛うじて手足を繰り出した程度にしかその目では捉えられない。一つだけ理解出来たのは、自分達が近くにいてはイタチの邪魔になりかねないという事実。

 どちらが、ともいえないタイミングでその場から距離を取る。



「いつつ、アンタやるじゃないか。いいのを貰っちまった」


 イタチはそう言いつつ、ペッと口から血の混じった唾を吐き出す。

 そして顎先をさすりつつ、不敵に笑う。


「――【鉄拳】って云うンだろ、それ」


 その言葉を聞いたタントンはへぇと言い、感心した様な表情を浮かべた。


「やっぱアンタいいねぇ…………コレを見てたとは」


 そう言いながら、左手を開く。

 そこにあったのは一見、メリケンサックの様な代物だった。

 但し、それはメリケンサックと云うには原始的で無骨。黒光りした鉄のそれは何より一般的なメリケンサックとは明らかに異質。

 一切の装飾性も無く、三つの突き出た鉄角は最小限ではあるが殺傷力を感じさせる物だった。


「いい暗器だろ、こうして手の内に隠すと、一見すると素手にしか見えない。至近距離だと何をされたのか分からないままに一撃で相手を撲殺出来るんだ」


 タントンはそう言いながら、鉄拳を人差し指でクルクル回すと素早く手の内に隠す。その動作には無駄がなく、不意を突いたその攻撃は文字通りに相手を瞬殺出来るだろう。


「さぁ、本気を見せてくれよ。オートマグを抜くんだ」


 不敵に口元を歪め、タントンはゆらゆらと全身を揺らし始める。

 ゆっくりと、不規則に揺らしつつ、間合いを少しずつ詰める。

 イタチは身体の力を抜き、集中する。

 互いに理解していた。決着は恐らくほんの数秒足らずだと。

 仮にオートマグを抜いた所で、相手の鉄拳に銃口をずらされるだけ。【スイッチ】を入れた所で、この至近距離なら如何に早く銃口を向けても同じ結果になるだろう。

 それならいっそ、素手のままの方が対応しやすい。

 傍目からは互いに何をその場でゆっくりとしているのか理解出来ないだろう。その一つ一つの動作の間に駆け引きが起きている等とは露程も思わずに。


 互いに仕掛けたタイミングはほぼ同時だった。

 ゆらりとした動作から瞬時にそのギアをあげ、最速で距離を詰める。タントンは左手の鉄拳を握り、素早く突き出す。ジャブの様な速度の攻撃――狙いは喉。イタチは右手で受け流し、反撃の左掌底を放つ。

 タントンの口元がにわかに歪み、右手を広げる。

 もう一つの鉄拳が握られており、それを人差し指に引っ掛けるとそのままくるりと回しながら攻撃。


『さっきの対応で、君がどう動くのかは見させて貰った。これで終わりだ!!』


 まず、イタチの左掌底をくるりと回した鉄拳をぶつけて弾く。そのまま鉄拳を右手で握り込み、ほぼ零距離で顔面に襲いかかる。この瞬間、タントンは勝ちを確信していた。この一撃で決着はほぼ着く。そう思ったからだ。

 だが、イタチはその想定を破った。

 ガツンという感触。鉄拳は確かに命中した。だがそれはタントンの狙った鼻先では無い。イタチは鉄拳に対し、頭突きを放った。

 上から叩き落とし、鉄拳の勢いを殺した。

 そのまま、あああっっと叫びながら頭を振り抜き、右手を弾く。

 体勢を崩された相手の右足をイタチは左足で踏みつける。

 そうした上で、右肩を相手の鳩尾に叩き込む。

 その衝撃に今度はタントンの息が止まった。勢いを受け流そうにも、右足を押さえられまともに一撃を貰い、全身から力が抜ける様な感覚に陥るも、逆に左足でイタチの右足を踏み――左手の鉄拳で反撃の一撃を繰り出す。狙いは相手の腹部。鉄拳の一撃なら命中しさえすれば深手は必定。

 鉄拳はイタチの鳩尾に入った。だが、同時にタントンの身体にも鋭い衝撃が走る。鉄拳の直撃よりほんの一瞬早く、イタチの右肘が肋骨を軋ませた。

 互いに一撃を受けて、よろめく。

 次の一撃で決まる。

 だから、互いにすぐに姿勢を整えて――仕掛けた。

 奇しくも互いに両手での攻撃だった。

 タントンは左右の鉄拳。イタチは左右の掌を繰り出す。

 タントンの狙いは左右の肋骨をへし折り、肺に突き刺す事。

 仮に相討ちでも、間違いなく打ち勝てる確信があった。

 イタチが右足を踏み込む。瞬時に左右の掌の勢いが加速。さっきまでとは比較にならない速度でタントンの両脇腹を打った。

 メキメキ……。

 それは何て事の攻撃にすら見えたが、肋骨は折れ――左右の肺にその骨が突き刺さった。


「が……がくうぅぅっっ」


 タントンは口から血を吐き出しながら、その場に膝を屈した。

 苦痛には慣れていた。子供の頃から痛みに耐えられる様に鍛えられたから。

 だが、こんな感覚は初めてだった。

 自分の中から何かが抜けていく。血は大して流れてはいない。

 しかし、間違いなく何かが失われていく。それが、自分の命だと気付き、真っ先に浮かんだのは【喜び】だった。だからこそ。


「――タントンだ」


 彼は目の前の相手に敬意を評して自らの【名】を名乗ると、そのまま地に伏した。

 満足だった。自分の全力を向け、そして敗れた。

 相手にほんのわずかとは云え、全力を出させた。間違いなく、ムジナとやり合った時より相手は格段に強かった。今、この男に勝てる相手は少なくとも自分の知る限りいないだろう。


「アンタも強かったぜ」


 イタチはそう言うと、右手でヒップホルスターから相棒たる金色のオートマグを抜き出し――その銃口を向けた。

 タントンは満足気に微笑む。


『光栄だねぇ、キチンとトドメを刺してくれる訳だ』


 銃声が響き、一人のケモノが死んだ。




「ヤアンスウ、タントンが失敗しました。例の【0】にやられた様です」


 その報告を聞いたヤアンスウは、敢えて何も言わなかった。ただ、口元を大きく歪め――


『タントンでも返り討ちか。もう、アレに勝てるのは同類だけかな』


 一人笑った。





















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