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イタチは笑う  作者: 足利義光
第十三話
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タントン

 戻ってくるリスの姿を目にしたホーリーは安堵の溜め息をした。


『助かったか』


 だが同時に違和感を抱く。あまりにも容易すぎると。仮にも裏社会でも最強と呼ばれた殺し屋を始末するには連中は明らかに役不足だった。


『何だろう……嫌な予感がするよ』


 そう本能的に察したホーリーはスマホからメールを送った。相手は彼が知る限りで一番荒事に慣れた人物。


 その一方、リスも違和感を感じた。

 静か過ぎる事に違和感を覚えた。ここいら一帯は、様々な昆虫や鳥が住み着いている。

 だから一日中、その合唱は途切れない。常に何かの鳴き声が聞こえるはず。

 なのに、今は何も聞こえてこないのは異常事態と言っていい。

 そして気付く。

 微かにだが、草むらがガサガサと動く音。何かが動いている。だがその姿は見えない。

 何も無いはずの場所から何かが向けられる。

 それは赤い光点【レーザーポインター】。真っ直ぐに心臓に向けられ――火を吹いた。


「伏せろっっ」


 リスは突き飛ばされ、倒れこむ。ほぼ同時に遠距離からの銃撃。正確無比な狙いでリスと、突き飛ばしたホーリーはかえって助かったとも言える。銃撃は寸分違わずにリスの立っていた場所に集中していた。


「く、くそっ」

「よせ、相手の人数もよく分からない上にこっちの戦力を見抜かれている。到底太刀打ち出来ないよ」


 諭すようなホーリーの言葉は正しく、リスも理解はしていた。

 ただ、納得出来ない。ここで自分が諦めたら、無防備なままのカラスが殺される。体力を回復してもらう為に鎮静剤を打たせたのはリスの判断だ。


『俺は、ただ場当たり的に判断しただけ、その結果がこれかよ』


 悔しかった。自分にもっと強さがあれば――そう思い、涙がその目に浮かんでいた。


「でも、僕もここで死ぬ気は無いよ。だから、手を貸してくれないか?」


 リスの心情を察したホーリーの言葉には諦めとかの感情は感じられない。顔を上げたリスの目の前にはホーリーの差し出された手 。

 リスは迷わずにその手を掴む。


「伊達に僕も塔の街で生まれ育った訳じゃないって事を見せてあげるさ」


 銃撃は断続的に行われていた。恐らく敵は軍隊並の装備に身を固めた連中。このままじゃ十中八九二人とも殺される、それはよく理解していた。この銃撃は二人をここに釘付けにするのが目的で、そうして自分達は【地雷】に注意しながら慎重に距離を詰めるつもりだと。

 だが、それでもホーリーは、まるでいたずら小僧のような無邪気な表情で笑い、リスもつられて笑う。そこにこれから死ぬかも――という悲壮感は全く無い。


「「足掻いてやるよ」」


 ホーリーはジャケットから手榴弾パイナップルを取り出すとピンを抜き、下手投げで転がすように投げた。

 それが結果的に有効だったのか、すぐに「グレネード」と叫ぶ連中の声が聞こえ、ドオォォンン。と爆発が起きた。

 更にもう一つ手榴弾を同じく転がし――爆発させると、それを合図に二人は素早く起き上がり、一目散に廃工場までダッシュ。そのまま転がり込むように入り口に飛び込む。


「へへ、何とか生きてましたね」

「だろ? 案外簡単にゃ死なないもんさ」


 互いに笑いながら、二人の悪ガキはありったけの武器をかき集め、徹底交戦の構えを取る。



 ◆◆◆



 リスとホーリーが廃工場に立て籠ってからかれこれ五分。

 襲撃者達は激しい銃撃を彼らに撃ち込んでいた。

 元々今にも崩れ落ちそうだったボロボロの壁はいよいよ穴だらけでもうすぐにでも崩落しそうに見える。

 だが、それでも彼らは未だたった二人の相手に手こずっていた。

 深く伸びた草むらはちょっとした林の様になっており、視界は悪い。しかも、地雷の存在が発覚した以上、一気に突撃をかける訳にもいかない。

 いっそ、バズーカ等であのオンボロ工場を瓦礫の山に出来れば話は単純なのだが、【依頼者】からの要望はあくまで標的の確実な死亡と釘を刺されていた。

 その為に、使える武器も制限され、アサルトライフル中心の装備にせざるを得なかった。

 当然、リスやホーリーは敵の事情等は知る由もない。

 素人レベルとはいえ、手榴弾を牽制に用いたり、拳銃での散発的な反撃で思うように動けない。ちょっとした膠着状態に陥っていた。


 この状態に襲撃者達のリーダーはチッ、と舌打ちした。標的の正確な人数とそれから戦力の有無を確認する為に街でチンピラを雇って偵察させたのは失敗だった。思った以上にチンピラ達は不甲斐なく返り討ちにあった上に、敵はたった二人だが、予想以上にしぶとく抵抗をしてくる。

 こちらに被害は無いものの、思った以上に手間取りそうだ。


『割に合わん仕事かも知れんな』


 確かに、様々な要因が今の事態を形成している。敵の想像以上の抵抗もそうだ。だが所詮は二人。標的――カラスが一向に姿を見せないのは、最初こそ罠かとも考えたが、どうも違うように思える。

 標的はかなりの重傷を負っていると聞いた。出てこないのではなく出てこれないと判断するのが正解なのだろう。


『なら、何故こうも抵抗出来る?』


 先程からの抵抗を見る限り、あの二人は無謀な馬鹿ではない。こちらを足止めしながらも、逃げる事も可能だろうにそうしない。

 この廃工場の裏には何も無い。そこには以前、ある企業が産業廃棄物を違法投棄を長年おこない、その影響で土地が汚染されたのだ。

 それ以来、その跡地には未だ草一本生えない。

 だからこそ、廃工場の裏には何も、誰もいない。

 だが、だからこそ逃亡にはそこを使うと考えていた。

 襲撃者のリーダーの判断で、そこを用いての逃亡を図った場合の対処もすでにしていた。汚染された区画を抜けた先を既に封鎖していた。だが連中は未だに抵抗を続け、逃亡する様子も無い。


『だとすれば、味方が来るという事か?』


 それが結論だった。この事態を打開出来る様な奴がここに来ると分かっているからこうも粘るという事だろうか?

 なら、と考える。

 前金は貰ってる。これ以上、この膠着が長引く様ならここからの撤退も考えるべきかも知れない。そう考えていたその時だった。

 背後に気配を感じた。ナイフを抜き、振り向き様に切りかかる。

 何をされたのだろうか? 一瞬、彼は分かっていなかった。

 膝に力は入らず、そのまま崩れ落ちる。


「駄目ですねぇ、きちんと前金の分は働いて頂かないと。

 ま、いいんですけどね」


 彼の視線には奇妙な人物の姿。

 そいつは燃えるように赤い髪をしていて、くぐもった声をした青年。何をされたのかは分からなかったが、ただ一つハッキリとしている事は自分はもう死ぬという事実だけ。


『し、死ぬな……お前達』


 それが彼の人生最期に頭をよぎった事だった。その場に崩れ落ち、そのまま絶命した。


「さーてと、楽しませてもらおうかな」


 赤髪の青年は酷薄な笑みを浮かべつつ、周囲にいる【前菜】達に舌なめずりをした。 



「どうも、妙だね」


 ホーリーが呟く。それはリスも気付いていた。

 さっきまで激しい銃撃は鳴りを潜め、奇妙な静かささえ漂う。


「何かあったんですかね?」


 リスはそう言葉を返す。

 この廃工場の入口はここだけ。あとは、小さな窓も鉄で覆われ、そこにはセンサーも仕掛けた。何か起こればすぐに分かる。


「何にせよ、好都合だね。これで少しは時間を稼げれば――」


 ホーリーがそう言いかけていると、前方から銃声が轟く。

 慌てて顔を引っ込め、備えた。この扉は頑丈で、さっきからの銃撃から二人を守っていた。防爆仕様という文字が掠れてはいるが目に入った。

 だが、何も起きなかった。銃撃はここを襲わない。


「どうも嫌な予感がします」

「僕もだよ、リス君」


 二人の視線は外に向けられていた。



 ◆◆◆



「うあああああああっっっっ」


 殆ど悲鳴に近い絶叫をしながら銃撃を喰らわせる。

 その狙いは赤い髪をした青年。

 こいつが自分達のリーダーを殺害したのを仲間が目にしたのだ。

 敵はたった一人。問題なく仇を取れる……そのはずだった。


 だが、実際にはその銃撃などお構い無しとばかりに、赤髪をなびかせながら、敵はその中をまるで泳ぐように躱していく。そして仲間が一人、また一人と地面に倒れ伏していく。

 今やこの場に残っているのは、自分とあと一人。

 ガキン。

 鈍い音が聞こえ、そしてまた仲間は倒れた。


「あと、一人。さぁ、撃たないのか?」


 赤髪の青年はゆっくりと焦らすように近付いて来る。まるで早く撃ってこいと云わんばかりに。

 絶叫と共に引き金を引いた。銃弾はバラ撒かれ襲いかかる。

 だが、次の瞬間。ふわりと風が舞い、ズシンとした重みを頭に感じた。生暖かい何かが流れる感覚。全身から力が抜けていきその場に倒れた。彼の視界に見えるのは倒れ伏した自分を見下ろすあの赤髪の青年。彼はこれ以上なく優しく微笑みながら一言「死ね」と言った。その微笑みは愉悦からくるものだと気付いた時、彼は文字通りに砕かれ、その命を奪われた。


「はああぁぁぁぁぁっっっっっ」


 青年は全身を震わせた。恐怖などではなく、命を奪う優越感とそれに伴う快感からだ。

 子供の頃からさんざん【殺し】を仕込まれた。

 元々は【ギルド】で育てられ、将来は【凶手】として生きていくのだと教え込まれた。

 だが、彼は違和感しか覚えなかった。

 ギルドは暗殺を請け負う。にも関わらず、それに関係の無い殺しはご法度。目撃者は消しても構わないが、それ以外は原則禁止。

 もしもその法度を破るなら処罰される。

 彼は、初めての仕事の際にそれを無視した。標的を仕留め、その帰りにたまたま目についた家族を襲い、殺した。

 理由等はない。ただ、殺したかったから殺した。ただそれだけの事だった。

 だが、ギルドはその事で彼を咎めた。食事に毒を盛り、自由を奪い、拷問を施した。

 拷問とはいえ、痛めつけるのが目的では無い。あくまで【制裁】を与えるのが目的だったらしく、彼が受けたのは【睡眠】を奪うという物だった。

 睡眠欲は人間の数ある本能でも、もっとも重要な物だ。

 それは徐々に精神をおかしくしていく。彼は眠りそうになる度に電流を流され、針を苦痛を与えるツボに刺され、水をかけられた。

 そうして、相手が完全に服従するように矯正する。それを繰り返す事で、凶手はギルドの命令に従順になる、という事だ。

 だが、彼は屈しなかった。只々笑いながら何も云わず、何も吐かずそうして耐えた。


『何故、自由に殺してはいけない? 折角、殺し方を覚えたというのに……何故自由に使えない?』


 その一念で彼は耐えた。

 どの位、そうした状態を耐えたのだろうか?

 彼は自由になった。


 ――君は自由が欲しいのかね?


 彼はそう問いかけた。初めての事だった。ギルドの人間で【自由】について聞く人間等これ迄いなかった。青年はただ頷き――解放された。

 彼――ヤアンスウはギルドを抜けた。そして【モグラ】と名を変え、アンダーに潜った。青年は迷う事なくモグラについていった。彼なら自分に自由を与えてくれる。

 青年は名前を与えられた。名前等は単なり記号に過ぎない、そうギルドでは教えられた。だが、それを与えられた時に感じたのは込み上げる喜びだった。

 自分に価値があると理解出来た。

【タントン】。彼に与えられた名前。意味は中国語で【痛み】。

 まさに自分に相応しいと青年――タントンは感じた。


 それ以来、タントンはモグラに自由を与えられた。

 但し、目立つ訳にはいかないという事で、仕事以外での殺していい人数は一日に十人までと決められたが、それで充分だった。

 それからの日々は楽しかった。

 あれこれと細かい制約をつけられたギルドとは違い、モグラは基本的には自由にさせてくれた。

 タントンにとってモグラ――ヤアンスウは【恩人】であり【父】。彼の為なら何でもしよう。やがて来る【救済サルベイション】にも力を貸そう。

 そうして、【その時】はきた。

 モグラはギルドを倒し、ヤアンスウという本来の名前を取り戻した。

 そして彼は長年の計画を実行に移し始める。


 ――君に始末して欲しい人物がいるんだ。


 ヤアンスウはタントンに頼んだ。いつもの代理人を通しての手紙越しの依頼では無く、直接の依頼。

 その標的はかつてヤアンスウをこの世から消すきっかけとなった男。

 重傷を負っていたにも関わらず、ギルド壊滅の際に多くの凶手を葬った凄腕の殺し屋。


『関係ないね、殺すだけだ。たかが怪我人の始末だ』


 そう思いながら、廃工場へと歩いていこうとした。

 ブオオオオォォォンン。

 バイクのアクセル音が静かな朝を突き破る勢いで鳴り響いた。

 パパパパン。

 その音に比べれば実に小さな音だったが、銃声が聞こえ――タントンは身を倒し躱した。

 銃弾は正確に彼の脳天や喉があった場所を通過し、バイクはそのまま廃工場へと突っ込んでいく。


『ああぁぁぁぁ。最高だ』


 タントンは久し振りに自分が楽しめる相手を見つけた喜びに身をうち震わせていた。















 

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