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イタチは笑う  作者: 足利義光
第十三話
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地獄の蓋は開く

 

 気が付くと俺は【そこ】にいた。

 目の前に映るのは、様々な実験用らしき薬品に、解剖された動物が何らかの溶液にホルマリンってやつだろうか? に浸けられていた。

 身体の自由は殆ど無い。動かそうにも手足は金属製の拘束具で完全に固定されており、ピクリとも動かせない。そして、そもそも俺自身が溶液に浸けられていた。まるで【実験動物】を保存するかの様に。

 時折、そこから出されては俺の嫌いな白衣を着た連中に色々と身体をいじくられる。メスが俺の身体を裂き、注射をし、そしてまた元の溶液に浸けられる。こんな事をただ繰り返す。

 おかしな事に何をされても【痛み】を感じない。それに全てが【ゆっくり】とスローに見える。

 たまたま意識が朦朧としていて、感覚がおかしくなったのかも知れない。始めはそう思ったが、それからも幾度となく生きたまま【解剖】される。その都度、全く痛みもなくゆっくりと切り裂かれていくのをただ見ていた。

『俺は【スイッチ】も【リミッター】も使ってないんだぞ』

 なのに、麻酔も何もされずこうして平然と生きている。意味が分からなかった。

 そもそも、何で俺はこんな所にいるのかも………………。

 思い出せない……何故、俺はこうなったんだろうか?


 そうしてどれくらいの日時が経過したのか、分からなくなった頃だった。俺は奴を目にした。

 もうかれこれどの位振りだろうか、ソイツは俺と同じくでかい試験管みたいな容器に入れられ、俺と同じく溶液に浸けられていた。

 見た目こそ、俺が知ってた頃から大分、変わっちまったが、間違いない。こいつは【00(ゼロ)】だ。

 一体こいつに何が起きたというのか? その身体は異常なまでに膨張していて、今にもはち切れそう。辛うじて昔の面影を残しているのはあの細い目だけだ。

 それ以外は、大人しそうな顔つきは凶悪になり、以前は子犬の様な雰囲気を纏っていたが、今では獰猛な狼の様だ。


 奴もまた俺と同じく、意識はあるらしく細い目を時折動かしている。ふと、俺と奴の目が合った。ほんの一瞬だったが、それで分かった。

『00はもう死んだ』

 奴の細い目にはおよそ【生気】が無かったのだ。そこから窺えるのは只々何も無い。完全なる【無】。


 それからしばらくして、00は試験管から出された。すぐに色々とチェックを受け、データを確認し、それで出掛けていた。

 一体あいつは何をしているのだろうか?

 その答えはすぐに分かった。奴は文字通り【血塗れ】で戻ってきたから。それは酷い有り様だった。

 00の全身は、恐らくは銃創、刺傷、爆発の際の裂傷等々、どう見ても普通じゃ有り得ない程の重傷の数々。正直、あれだけの負傷で何故生きてるのかが分からないレベルだ。

 そういった事が何度もあり、その00は表情ひとつ変えずに処置を受けていた。


 俺にお鉢が回ってきたのは00の腕がもげたからだろう。

 冗談抜きで、前回の【お勤め】から戻ってきた際、奴の右腕はプランプランと今にも取れそうだった。

 最近は、暇だから、自分なりに色々と暇潰しをしていて、特に体内時計カウントにはまっていた。俺が云うのも何だが、この前は100000迄カウントした。それ以上は流石に眠くなった。

 来る日も来る日も試験管で【漬物】にされてる身としてはこれ位しか日々の楽しみがないのだ。


 その時は文字通りに唐突だった。

 いきなり、白衣の先生方が大慌てでこっちにやって来る。普段は決して見かけない重武装の兵隊を引き連れて、だ。

 眼鏡をかけた恐らくは白衣の連中のリーダーらしきオッサンがおそるおそる話しかけてきた。


 ――今から君をここから出す。我々としても不本意だが、仕方がない。詳しい話は後程するが、出す前に言っておく。

 決して我々には刃向かわない事だ。君の命は我々次第なんだ。理解できたら頷いてくれ。


 俺としては、こんな漬物状態は飽き飽きしてたとこだ。文句などある訳もない。大きく首を縦に振る。

 即座に、漬物用の溶液が試験管から抜き出され、それから試験管の入口……まぁ、正面扉みたいな物が開く。拘束具が外され、手術台に載せられる。また、腹を引き裂くのかとも思ったが、眼鏡をかけた白衣は注射をした位で、特にそれ以上何かを施すつもりはないらしい。

 それから俺は、戦闘服に着替えるように促され、黒を基調にしたそれをチョイスした。それから、恐らくは作戦室らしき部屋へと案内され、そこで【依頼人】に会った。

 依頼人とは云うものの、モニターにはその顔は映ってはいない。只、音声が聞こえるだけ。あちらからも俺の姿は見えないらしい。


 ――君に消して貰いたい人物がいる。


 後は分かるだろう? お約束の展開ってヤツだ。何の事は無い。俺は単なる【殺し屋】になったって訳だ。正直、殺しに自信が無い訳じゃない。長い間、漬物にされたから身体がなまったかとも思ったが、特に不自由は無い。それどころか絶好調と言っていい。


 初仕事は思った以上に手応えの無い物だった。

 標的は、初老の恐らくは会社社長。護衛は四人いたが、簡単に排除出来たし、標的もあっさりと始末出来た。

 拍子抜けするくらいにすぐに終わったので、迎えが来るまで街をブラブラする事にした。

 何となく、橋から川を眺め、気持ちよさげに泳ぐ鴨を見ていて、何だか憧れる。親鴨の後を子鴨が付いて回る。その中でも、更に小さな子鴨が遅れていく。しばらくして、親鴨が止まり、一番末っ子らしき子鴨を皆で待っているのを見ると、何だか微笑ましい。


「あぐっっっ」


 不意に頭痛が俺を襲う。そして、いくつかの場面が不意に浮かび上がる。それはまるで、写真の様に一場面ずつ。だが、俺は、それが何かを知っている。そう、これは俺自身の【記憶】なんだと理解した。

 不快な頭痛はそれ以来、幾度となく俺を襲った。

 やがて、静止した写真の様な場面は、その出来事の前後を含めた【記録】へと変貌していく。

 繰り返し頭の中に再生されていく内に、ボヤけていた記録は鮮明になり、次第に理解した。

 その中で俺は、いつも一人のガキんちょと一緒だった。

 そいつは、俺の後を付いて来る。

 初めは正直言って鬱陶しかった。何処に行こうと、そいつはついてきて、俺を真っ直ぐに見ていた。

 追っ払おうかとも思ったが、そいつの目は俺に何かを訴えかけている。だから、気になっていた。

 だが、ある日の事だ。俺は不意に気付いた。そっくりだった。

 それは【文字通り】――俺自身に。


『……こいつは俺だ。昔の俺なんだ』


 そう思った時、このガキんちょをもう他人だとは思えなくなった。俺はいつの間にか、コイツを【弟】みたいに思い始めた。

 名前は何だっただろうか? どうしてもそこだけが出てこない。まるで、編集されたみたいにその部分だけが抜け落ちている。とりあえず、弟と呼ぶことにしよう。


 それから、俺と弟はある研究者と親しくなった。

 その人は、何て言うべきか他の白衣の連中とは違っていた。ハッキリいってしまえば変わり者だった。


 ――辛気くさい話はやめようぜ、飯でも食ってりゃあ、その内良いこともあるさ。ほら、喰え。


 いつもこう言って、ガハハと笑い声をあげながら一番に食事を始め、いつも食べ終わるのは最後だった。とにかく大食いで、声が無駄にでかくて、細かい事は気にしない。そんな人だった。

 俺は研究の為にという事で、弟を連れて、実験施設のある集落に入った。そこで何を行うのかも知らないままに。



 その集落の目的は俺を完全な【殺戮人形キリングマシーン】に変える為のモノだと、あの研究者のオッサンは説明した。


 ――何とかそれを先伸ばしにしてきたが、時間の問題だろう。

 だから、味方を呼ぶことにした。


 オッサンは味方となる誰かを呼び寄せて、その協力の元でここから逃げ出す計画を練っていた。

 俺は、その【味方】が誰かを尋ねたがはぐらかされた。その時になれば、分かるから、と。

 だが、俺もオッサンも甘く見ていた。この実験に関わる連中の恐ろしさを理解仕切れていなかったんだ。


 味方が誰かはすぐに分かった。

教官マスター】だ。彼は、俺を始めとした、あの忌まわしい実験の対象者全員に様々な事を教えてくれた。

 戦い方に、環境に応じた生存術等を。確かに彼なら申し分無い。


 ――これを飲め。


 オッサンは俺に薬を渡した。それは、連中が実施する実験に対抗する為のモノらしい。

 実験はある特定の周波数の【音波】で俺の脳を刺激する事で、俺を意図的に【暴走】――殺戮人形に変えるそうだ。渡された薬を飲む事で、脳の働きを抑えるらしい。俺は迷わずにそれを飲んだ。


 それからしばらくして、【実験】は開始された。

 それは不快な感覚だった。

 全身から脂汗が滲み、吐き気を催す。倦怠感が襲い、なおかつ身体の震えが止まらない。そして、何より【声】が聞こえる。


 ――殺せ。周りの人間を全て殺せ。お前の目の前のそいつを殺せ。後ろのあいつを殺せ。次に目が合った奴を殺せ。


 延々とそうした声が聞こえ、気を抜くとその声に身を任せてしまいそうだ。あの薬を飲んでいなければ、まず間違いなく暴走していた事だろう。

 これで大丈夫、そう思った時の事だった。

 集落で異変が起きた。監視カメラに実験をチェックする為にマスターが連れてきた兵士が持っていた銃火器で応戦していた。

 言い方は悪いが、彼らはどのみち俺が暴走した振りで排除する予定ではあった。最初から【捨て駒】としてここに来たのだ。

 だが、連中はまだ俺が研究施設にいるというのに戦闘を始めていた。

 既に集落の住人が多数殺されていた。最初は連中が殺ったとばかり思っていた。だが、違った。

 彼らの死に様は多様だった。撲殺もあれば、絞殺。それから刺殺等々。俺の知りうる限りの様々な【殺人術】が駆使され、無残に殺されていた。

 そして、見たんだ。

 銃火器を手にした兵隊を相手にして、全く寄せ付けずに圧倒する奴の姿を。


「嘘だろ――――!」


 そのカメラに写っていたのは【弟】だった。

 奴は片手に体格に不釣り合いな程の大型のハンティングナイフを手に、襲いかかる。

 一見、無謀に見える突撃だったが、彼は【加速】し、兵隊を翻弄。

 一人、また一人と殺していく。

 そこにいたのは、実験のでき損ない、失敗作などでは無かった。

 紛れもなく、圧倒的な戦闘力を持つ殺戮人形キリングマシーンそのもの。


 気が付けば、俺は走っていた。途中、遭遇した兵隊や白衣の連中には消えてもらった。生かして置くわけにはいかなかった。

 体調はまだまだ、最高とは言い難い。寧ろ、最悪だ。

 だが、何とかしてあいつを止めなければ。アイツの【心】が死んでしまう。


 ようやく集落に辿り着いた時、既に集落には生存者はいそうに無かった。人の気配が感じられない。

 見えるのは累々たる集落の皆に兵隊の死体。

 俺は遅かったのだ。


 ザシャ。

 俺のすぐ近くに誰かの気配がした。

 危険を察し、間合いを取りつつ――相手を見た。

 それは、【ケモノ】だった。血を全身に被り、赤く染まっている姿はまさしく人間とは思えない。


「殺す、全て殺す。目の前にいる相手を殺せ……」


 そう呪文の様に呟く様子は異様で、手にしたハンティングナイフも赤く染まっている。

 正直言って、今の俺に勝ち目は薄かった。薬の影響だろうか、【スイッチ】も使えない。

 仕掛けてきたのは弟からだった。素早く――鋭い踏み込みからの刺突。何とか躱したものの、奴の肘が肋骨をへし折っていた。

 あっという間に俺も殺られるって事だ。それもまた仕方がないのだろう。俺は脱力し――弟を受け入れた。


 気が付くと、俺は研究室に寝かしつけられていた。

 オッサンも見るからに重傷で、恐らくは助からない。

 もっとも、それは、俺も同じだろう。

 弟は、マスターが抑えた様だ。気を失い、俺の横に寝かされている。


「なぁ、どうなるんだ? コイツは?」


 俺の問いかけにオッサンは暗い表情をした。

 何でも想像以上に精神的に【負荷】がかかっていて、自我が崩れてしまうそうだ。

 助けるには一つだけ。

【人格統合】。俺やオッサンが非人道的で反発したそれしか――自我を失いつつあったアイツを救う方法が無かった。

 もう、迷う時間も論じる時間も無い。

 俺は、自分の記憶を押し付ける事になるのだろう。でも、コイツが助かるなら。

 最後にあいつにメッセージを残し、俺は自分の【記憶】を渡した。

 そうして、意識が薄れていった。

 只々、弟が生きていける様に祈りながら。



 ◆◆◆



「ふむ、確かにこれは良くないねぇ」

「はい、この零――いえ、本来の02は未だ強い感情が残っています」

「この記憶を消せないのかな?」

「試みましたが、この被験体は意思が強いのか受け付けないのです」

「なら、記憶の一部を【改竄】は出来るかね?」

「それなら、恐らく可能です。それで何を改竄するので?」


 レイジが眠る試験管の前で話をしていたのは、この研究所の主任研究者と、ヤアンスウ。この研究者を買収した事で、彼の率いる一派はここを組織にも察知させずに占拠出来たのだ。

 ヤアンスウの目的は単純。ここに保管されてる最悪の殺戮人形を手に入れる事。ここには二人の零がいた。

 最初の零は、もはや自我を殆ど持たない完成品。すぐにでも実戦投入出来ると聞いた。

 だが、もう一人――この元々の02は違う。

 性能なら、こちらの方が上らしい。だが、未だに強い自我を持ち、屈することなくこうしてここに存在する。

 ヤアンスウにとっては、こちらの零にこそ強い関心があった。


『自我の希薄な暗殺者など散々見てきたよ。だが彼は面白い、実に魅力的だ』


 彼にとって、目の前にいるそれは、云わば【未知の存在】。強靭な自我を持ち、絶大な戦闘力を持つそれは、見たことも無い程に魅力的だった。


「――簡単だよ、ただ一点を変えればいい。弟に対する親愛を憎悪にね。人の記憶や感情などその程度の事で簡単に変わる。その程度の儚いものなんだよ」


 そう言いながら、薄く笑顔を浮かべた。







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