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イタチは笑う  作者: 足利義光
第十三話
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激突

 

「お前は誰、だ?」


 零は、同類イタチに話しかけた。何故、そんな事を聞いたのか? それは自分でも少し意外だった。他者に対する感情など持たなかったはずなのに。何故か、目の前にいる相手には懐かしさを感じる。


「オレか? ただのイタチってとこかな」

「イタチ?」


 零の言葉にイタチは軽く頷くと、クロイヌを片目で見る。どうやら命に別状のある様な負傷は無いようだ。

 そこに、ブオオオンと音を立ててサイドカー付きのバイクが来る。白のライダースーツを身に纏い、運転するのはリサだ。


「じゃ、アンタはとりあえずここから逃げな」

「いいのか? チャンスかも知れんぞ」

「アンタを殺す時は真っ正面からやるさ……堂々とな」

「いいだろう、いつでもこい」


 イタチもクロイヌも口元を歪め――笑う。


「ハイハイ、つうかさ、仲良くくっちゃべってる場合じゃねぇだろ? クロイヌさんだっけ? さっさと乗りな」


 リサが呆れ気味にそう言うと、クロイヌは大人しくサイドカーに乗り込む。


「じゃ、後でな――あんなデカブツにやられんなよ、バカ」

「わーってるよ――後でな」


 リサはバイクのアクセルを踏み込み、一気にその場を離れていく。この場に残りたかった。だが、相手の異様さを感じ、その場に残れなかった。間違いなく、足手まといになると分かったからだ。


『こんな所で死ぬんじゃねーぞ、まだまだアンタと一緒にいたいんだからさ』


 リサとクロイヌが走り去るのを見届けたイタチは零に話しかけた。


「今度はオレが聞くぜ? …………アンタ誰だ」

「……俺が誰なのかはもう分からない――ただのぜろだ」

「成程ね、よろしくな、ゼロさん」


 そう言うと、イタチは先制を仕掛ける。

 足元に転がっていた石を蹴り飛ばす。狙いは【目】。零もその意図に気付いたが、構わずファイファーツェリザカの引き金を引く。

 ドウウン!!

 まるで大砲みたいな音。それは石を粉砕し――イタチの脳天に向かう。更に反動で零は後ろに飛び退く。

 イタチも相手の反撃を予測していた。迷わずに横に飛び、【ゾウ殺し】の弾丸を避けた。

 ガアアン!!

 凄まじい音が響き――弾丸はガードレールを撃ち抜く。それを、見たイタチは思わずひゅー、と口を鳴らす。


『さてと、カッコつけてみたはいいけどさ』


 イタチは、今の状況を整理する。

 イタチがここに来たのは、クロイヌと接触する為だった。まずは、第十区域に――ホームに向かってみたは良かったが、リサはクロイヌが隣の第九区域へと移動していると、ツテからの情報を教えてくれた。

 それで、第九区域へと向かおうとしたら境界線となる【橋】が落とされたと聞いた。 そこで、イタチとリサは別行動を取る事にした。



 ◆◆◆



「さて、こっからは別行動だな」

「別に構わないけどさ、アンタ……足はあるのかよ?」

「ま、何とかなるよ。心配すんなって」


 それだけ言うと、リサと別れ、一人になったイタチは繁華街を歩く。

 たった一ヶ月程、それだけ留守にしただけだと云うのに、とてつもなく遠い昔の事の様に感じる。


「お、久し振りだねイタチちゃん」


 声をかけてくるのは、よく買い出しの為に立ち寄った雑貨店のおばちゃん。イタチは軽く手を振りながら、通り過ぎる。

 バーが無くなってからこの辺りの治安は少し悪くなった様に見える。以前なら真っ昼間にいなかった連中が――明らかにチンピラ風の奴等が所々にたむろっていて、周囲の店々を観察している。

 相手にする必要も無かったが、イタチは目にしたそういう連中に。よお、と話しかけながら近付いては追い散らす。

 イタチの事を知ってる奴らは見た瞬間に逃げ出す。それ以外の【新入り】には歓迎の挨拶を喰らわせておく。

 そうこうしている内に、【マダム】のいるパン屋に辿り着くのに思いの他、時間がかかってしまった。


「あら、イタチちゃん。ようやく来たのね」


 マダムは相変わらず、占い師の服装で待っていた。

 ただ、壁一面に張り付いている情報が大きく様変わりしていた。一見すると、意味の無い様々な情報の羅列に見えるが、マダムはこうした小さな出来事の集積から物事の本質を読み取る。

 経済新聞から、何処のかもよく分からないどマイナーな地方紙にゴシップまで雑多な切り抜きの寄せ集め。マダム曰く、


「世の中を理解するなら、ネットだけじゃ駄目よ」


 だそうだ。ネットには膨大な情報が溢れている。その情報はネットの海を漂流していて、すぐに釣り上げる事が出来る。

 だが、その情報は様々な無駄ぜいにくが入っていたり、または身そのものが削ぎ落ちていて、旨味が全く無かったりと、様々。

 それに比べると、新聞の記事は情報の精度が違うそうだ。

 その情報ぐざい記者りょうりにんにより、取材ちょうりされ、記事りょうりとなる。

 記者によってその記事の信憑性せんどは違うし、そもそも記事ぐざい自体が腐っている時もある。

 だが、一旦人の手を加えられる事で、単なる出来事に様々な味付けが施され――それを味わえる。

 一流の記者であれば、その分その記事は精度の高いものとなるし、二流、三流ならその記事は偏見に満ちた物になったり、または単なる権力におもねるだけのくだらない物にもなり得る。

 だが、無数の情報を見ることで流れが分かる様になるらしい。

【世の中の流れ】という物が。

 俯瞰する事で、世界がどうなっていくのかが予測出来、それに応じて先手先手を打つ事が可能と、以前マダムにイタチは聞いていた。


「おばちゃん、おひさ」

「もう、いやねぇ。他人行儀になっちゃって――頼まれたモノは修理してもらってるわよ」


 マダムにとってイタチは孫みたいな感覚らしく、満面の笑みを浮かべつつ、イタチが修理を依頼した物――相棒たる【金色のオートマグ】を手渡す。イタチはそれを手にすると、手触りを確認し、ヒップホルスターに素早く収納――抜き放つという動作を繰り返す。

 たった数日間、手元を離れていただけだと云うのに相棒の不在は、イタチをひどく不安にさせていた。


「おばちゃん、有難う」

「あら、試し撃ちはいいの?」

「必要ないよ、それにおばちゃんのツテを信じてるからな」

「嬉しい事言うじゃないの。……聞きたい事一つ無料タダにしてあげちちゃうわよ」

「それなら――」


 こうした一連の流れで、マダムからクロイヌの情報を聞き出す事に成功したイタチはすぐにリサに連絡を入れる。必要な情報を得たイタチはマダムに頭を下げると、小屋を出ようとした。


「イタチちゃん、何処いくのよ?」

「いや、足を探さないと」

「バイクならあるわよ、イタチちゃんのバイク」

「え、マジですか!!」

「バーが無くなった時にね。盗まれちゃ可哀想だからウチで預かったのよ」


 そう言うと、マダムはキーを投げてよこす。それを手に、マダムの後についていくと――そこは店の裏。狭い上に監視カメラや、警報システムが死角なくソイツを見張っていた。


「すっげぇ。新品みたいじゃないか」


 思わず、感嘆の声をイタチはあげる。

 それは、紛れもなくイタチが乗っていたバイク。しかも、そのボディはピカピカに磨かれ、まるで新品同様。


「おばちゃん、オレ、何て言えばいいのか」

「いいのよ、アンタにゃこれから大仕事があるんだ。……しっかりおやりよ」


 マダムの言葉にイタチはアクセルの音で返事を返すと、そのまま一気に走り出す。狭い繁華街の裏通りを疾走し始めた一匹のケモノ。その背中にマダムは――


「頼んだわよ、イタチちゃん」


 そう呟いた。



 ◆◆◆



 イタチは、目の前の相手が、噂に聞いた【00】だと本能的に察した。何故なら、ゆうに二メートルを越えるその巨体は信じられない速度で、間合いを詰めてきたから。零はイタチに肉薄。至近距離からファイファーツェリザカの引き金を引く。常人なら間違いなく不可避の攻撃。だが、目の前にいたイタチはそれを、目で追いつつ顔を反らして躱す。それどころか、イタチは左手をショルダーホルスターに回し――ワルサーPPQを抜き放ち、そのまま迷わず弾丸を放つ。

 パ、パパン。

 PPQ独特の機構により、二発の弾丸はほぼ同時に発射。それは、寸分違わずに零のファイファーツェリザカの銃身に命中――弾く。零は右拳を振るう。今度はイタチも躱せない。右肘をあげて防御する。鈍く、重い拳に全身が痺れる様な感覚を覚える。更に零はそのまま右肩を巻き込む様にし、肘を叩き込む。

 まるでハンマーを受けた様な衝撃に身体がぐらつき、思わず、かはっ、とイタチは呻く。だが、イタチも負けじとその場で飛び上がると頭突きを顎先に喰らわせた。今度は零がぐらつき、後ろによろよろと下がる。


「いててて、何つう馬鹿力だよ」


 イタチはそう呟きながら、右脇腹を押さえる。ヒビ位は入っているかも知れない。

 その一方で零は首を軽くコキコキと鳴らす位で、平然としている。


『何だよ、さっきので口の中はグシャグシャのはずだぜ』


 イタチは半ば呆れ気味に呟く。


『こりゃ【スイッチ】も【リミッター】ももう使ってやがるなぁ。ならっっっ』


 イタチは再度足元の小石を蹴りつける。勿論、零の目にはそれは止まっているかの如く、ゆっくりと見える。そのまま進みながら躱していく。イタチは素早く後退バックステップ――PPQから弾丸を四発。二発程の発射音と時間差で弾丸を放つ。

 狙いは相手の腹部。

 零は加速した。一気に間合いを詰め――弾丸を気にする素振りは無い。そのままPPQから放たれた四発の弾丸をあっさりとその身に受けながら構わず襲いかかる。そして左手のファイファーツェリザカをイタチに向ける。


『冗談キツいぜ! あんなもん貰ったら身体が粉々になっちまう』


 ドウン。

 ファイファーツェリザカから弾丸が飛び出す。


『終わり、だ』


 零はそう確信した。彼にとってはそれはいつもの光景。

 自分の【死】を認識した時、標的の目には瞬時に【絶望】が浮かぶ。それを、見る事で、彼は自分の生きる実感を感じるのだ。

 だが、気付く。――――イタチの目には【恐怖】など浮かんでいない事に。

 瞬間――イタチの右手が腰からそれを抜き放った。

 キラリと金色に光る【オートマグ】はまるでそれ自体が手の一部の様に滑らかに、そして素早く零へと向けられそこから弾丸を――30カービン弾を放った。ファイファーツェリザカ程の破壊力は無くとも、これもまた小銃ライフル用の弾丸。至近距離で喰らえば頭位は吹き飛んでしまうだろう――だが。

 その照準は零に向いていた訳では無かった。その狙いはイタチの顔面めがけて向かってくる弾丸――つまり、【.600NitoroExpress】へと向かう。二つの小銃弾がぶつかり、30カービン弾はあっさりと弾かれる。しかし、それで構わなかった。

 .600NitoroExpressの軌道が僅かに逸れた。それだけで狙いは達していた。脳天をぶち抜くまでのほんの僅かな時間差タイムラグは、【スイッチ】で加速したイタチにとっては向かってくる弾丸を避けるのに充分な時間だった。身体を沈め、躱しながら、オートマグが再度火を吹いた。如何に、零が常人を越えた筋力を持ち、ファイファーツェリザカを扱えたとしても、そもそも最大最強の拳銃はその分、反動も強烈苛烈。それだけに速射性能で云うなら、オートマグの方が上だった。

 30カービン弾は零の心臓へと向かう。

 零にも、【視えている】。だが、その反応は鈍い。これも又、ファイファーツェリザカによる反動故だった。

 零の身体を30カービン弾が貫き――その威力は零の巨体をも吹き飛ばした。


「ふう、キツいぜ」


 イタチは、【スイッチ】を切ると、一息つく。ほんの数秒とは言え、スイッチによる反動は体力を削り取った。


「にしても、死んだか?」


 間違いなく相手の腹には穴が開いただろう。手応えは充分、あとは念の為にトドメを刺すだけだ。イタチはワルサーPPQとオートマグを構え、相手に近付く。慎重に、油断なく。

 すると、零の身体が起き上がり――ファイファーツェリザカの銃口を向けてくる 。イタチは迷わず、【スイッチ】をONにし、左右に構えたワルサーPPQとオートマグから弾丸を放った。

 パパ、ダン!!

 ワルサーPPQは、ファイファーツェリザカの銃身を弾き吹き飛ばし、オートマグは左手を撃ち抜いた。更に、イタチはそのまま飛び込みながらの飛び膝を零の顔面を直撃。まるでハンマーを叩きつけた様な手応えだった。零は再度倒れ、後頭部を強かにアスファルトに打ち付けた。


「ふう、化け物かよコイツ」


 イタチは後頭部から血を流すのを見て相手の死を確信。思わず本音を吐露した。

 今度こそ、と零に近付き、その身体を蹴りつけるが反応は無い事を確認し、腕時計のボタンを押す。少し離れたところからバルルルンという、バイクのエンジン音が聞こえる。この腕時計も又、以前にマダムから貰ったプレゼント。イタチの乗るバイクを起動させ、乗り手の場所まで自動で走ってくる。当初はまるで、SFみたいだなと、思ったものだった。

 イタチが左右のワルサーとオートマグをホルスターに納めた時だった。不意に悪寒が走る。危険を感じ、イタチは飛び退きつつ、その身を沈めた。零が起き上がっていた。だが――違う。【コイツ】じゃない。


「やるじゃないか――いい反応だ」


 その声は、イタチの心を激しく掻き乱した。

 その声の主は、死んだはず。それも、イタチ自身の手によって。


「そ、そんなアンタは?」

「よ、久し振りだな」


 そこに立っていたのは、紛れもなく【02(ゼロツー)】ことレイジ。信じられない物を見たという表情でイタチは思わず後ずさる。

 そこにアクセルを吹かし、バイクが来た。迷わずに飛び乗り、一気に走り出す。まるで――いや、その場から【逃げる為に】。


「はは、どうやら嫌われちまったかな」


 走り去るイタチを見て、レイジはそう呟いた。


「…………何でレイジ兄ちゃんが?」


 イタチの心は激しく動揺し、乗り越えたかと思った【過去】の重さに押し潰されそうだった。







 

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