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イタチは笑う  作者: 足利義光
第十三話
103/154

ビッグガン

『――妙だ、な』


 零は基地を歩きながらそう感じていた。

 正面での挨拶代わりの攻撃で三十人。そこまでのゲートや外で十人。まだ四十人しか殺していない。にも関わらず、敵の抵抗が無い。


『逃げたの、か?』


 そうも思ったが、それなら監視してる【サルベイション】とかいう組織の連中が始末するだろう。

 零の標的はあくまでここの司令官であり、塔の組織の最高幹部が一人――【ハザマ】だけ。残りの連中はついでに過ぎないのだから。

 しかし、さっきから現れるのは散発的な抵抗を見せる兵士が数人いた位で、正直拍子抜けだった。


 標的がいるのは情報を見た限り、ほぼ間違いなく二階の会議室。ハザマはそこで定期的に身内のパーティーを開くらしい。

 敵の始末に於いて最も重要な事は、相手の正確な情報だ。その標的がどんな相手なのか? どういう生活をしていて、どういう人間関係を築いているのか? こうした情報の細部ディティールがモノを云う時が有るから。

 その点、数時間前の別の【幹部】の始末の際、その情報はほぼ正確だった。あれだけの情報収集力ならば、ここの話も間違いないだろう。ならば、今の状況は恐らくは、【ハザマ】の判断によるものなのだろう。ヤアンスウが言っていた。


 ――ハザマは最高幹部の中でも一、二を争う程の武闘派。


 つまりは、戦闘のプロだという事だろう。

 零は考える。自分ならば、どういう戦い方をするのか? と。

 相手は部下を大事にするらしい、家族として扱い、養っているとも。ならば、どうするのか?


『答えなど無意味、だ』


 零は考える事を止めた。何故なら――所詮、自分は【殺戮人形キリングマシーン】に過ぎない。標的は殺すだけなのだから。

 やがて、標的がいるであろう会議室に近付く。足音を消し、気配を探る――微かにだが、人の気配を感じる。人数までは判然としないものの、零にはそれでもう充分だった。前に進む彼に対し、

 ドガガッガッガガガガッッッッ。

 壁毎無数の銃弾が雨霰と零に襲い掛かった。

 凄まじい轟音と破壊音は十秒以上も続き――――ようやく、収まった。

 残されたのは――銃撃の凄まじさをありありと感じさせる無数の銃弾の貫通した穴。それから、もうもうと上がる煙。それから壁の向こうで全身をボコボコにされた侵入者のはずだった。

 ギギギッッッ。

 会議室のドアが開き、そこからアサルトライフルを構えた三人の男達が出て来た。目的は当然、侵入者の死を確認する為。

 会議室側もだが、銃弾の雨が降り注いだ通路もまた、凄まじいまでの煙が上がっていた。


「これじゃあ、ぐちゃぐちゃだな」


 先頭の男が思わずそう口にして、他の二人も頷いた。通路の壁には、どす黒く染まった血がこびりついており、その出血量では相手は間違いなく死亡している事は確実だった。

 煙を手で払いながら、倒れている侵入者の確認に向かう。そしてその顔を見た瞬間だった。

 パラララララララッッッッ。

 その音が聞こえたと同時に先頭にいた男の全身は撃ち抜かれた。

 更に残りの二人も殆ど同時にその銃撃で穴だらけにされ、その場で絶命する。

 先頭の男が相手を最期の瞬間に見たのは、侵入者と思い込んでいた自分の部下の無惨な姿――そして、サブマシンガンを片手に姿を見せた侵入者、つまり零。その目に宿るのは、ただただ【無】。


『は、ハザマさん……コイツヤバイ――逃げて』


 そう思いながら、彼はそのまま力尽きた。

 零は、そのまま反撃に出た。左手に構えたグレネードランチャーの引き金を引く。狙いは足元に転がっている【身代わり】の死体を穴だらけにした銃撃――その際に空いた壁の【穴】。本来なら、瞬時に狙うにはあまりにも小さなそれも、【世界が止まって見える】零にとっては容易い事。寸分違わずにその小さな穴の中でも一際大きなそこに榴弾を叩き込んだ。壁の向こうから「ヤバイ」という叫び声。零は部屋の入口の前にいればいいだけ。

 ドウッッッ。

 榴弾が爆発し、会議室が吹き飛ぶ。辛うじて入口に辿り着いた相手はそのままサブマシンで即座に撃ち抜き、再度グレネードランチャーから榴弾を撃ち込む。

 だめ押しの爆発。

 零は止まって見える時間の中で、爆風の届く前に後退――収束した所で、会議室に足を踏み入れる。

 瓦礫の山になった会議室には、無数の兵士や、恐らくは将校らしき連中がその骸を晒している。これでは生存者はいないだろう。

 そう判断した零が立ち去ろうとした瞬間だった。鋭い殺気を感じ、サブマシンで背後を銃撃。

 カガガカカカン。

 奇妙な反射音――が聞こえ、振り向いた瞬間には目の前に巨大な拳が迫っている。

 ガキン、鈍い音と共にその拳を顔面に貰った零が会議室の壁に強かに身体を打ち付けた。


「貴様、よくも俺の家族を…………!!」


 ザシャリ、と足音を立てたのは間違いなく標的である【ハザマ】。

 その身体は、所々、出血してはいるが、いずれも大した負傷では無い様だ。

 零は即座に振り返るとサブマシンガンを斉射。銃弾を全弾叩き込む。敵の情報を得る為に。

 ハザマは迷いなく両腕で上半身を覆うように構える。

 すると、銃弾はその両腕に当たり――そのまま弾かれていく。

 そのまま一気に突撃してくるハザマのブチかましが零を直撃し、そのまま、バコオンという音を立て、壁をブチ破り――更に通路の壁に勢いよく叩きつけられた。反動でハザマが後ろに下がる。


『今ので死んだだろう、このクソガキが』


 ハザマは自分の両腕に視線を向けた。最新鋭の軍用特殊義手。特殊な加工を施されたこの両腕は銃弾を弾き、打撃力はコンクリート壁をも砕く、まさにハンマーの様な代物だ。今ので、相手は内臓なども破裂したに違いない。運が良ければ即死、悪ければ地獄の苦しみにのたうつ事だろう。


「何っっ?」


 だが、ハザマの口から出たのは相手に対する驚愕の言葉。

 たった今、壁に叩き付けたはずの相手――零は何事も無く、平然とその場に立っていた。


「貴様、何者だ?」


 ハザマは相手に対する脅威を身体で感じ取り、思わずその場を飛び退く。


「俺は、お前にとっての死神、だ」


 零はそう言うや否や、弾を撃ち尽くしたサブマシンガンにグレネードランチャーを投げ捨て――左の手をホルスターに回す。

 それを見たハザマは思わずなにっ、と唸った。

 それはまさに一言で言うならば【異様】な代物。あまりにも巨大なその銃身はまるで玩具の様ですらある。だが、それは間違いなく拳銃だった。【フェイファーツェリザカ】。その全長は550センチ、重量は6000グラム。使用する弾丸は、ゾウ撃ち小銃用である.600NitoroExpress。恐らくは現在、世界最強の破壊力を持つであろうリボルバー拳銃。

 人間相手には不必要な程の威力を持つその銃を用いる殺し屋はハザマの知る限りただ、一人。


「だが、ワシの勝ちは動かん!!」


 ハザマもまた腰に手を回すと自身の得物を抜き放った。

【ケル・テックPLRー16】。アサルトライフル用の5.56mm×45弾をバラ撒ける【自動拳銃】。勿論、アサルトライフル用の銃弾を拳銃で扱う為、反動はかなりの強さだが、ハザマは負傷する前からこの銃を愛用していた。圧倒的なその攻撃力が爽快だったからだ。本来なら出来ないフルオート射撃も出来る様に改造されており、立ちはだかる敵を文字通り、こいつで【蜂の巣】にしてきた。


『こいつは、恐らく00。どういう訳かは知らんが、組織の誰かに雇われたとでも言うことか?』


 ハザマは目の前の相手の正体に気付いた。だからこそ、出し惜しみする事無く、ケル・テックPLRー16を使う事にしたのだ。

 その勝負はほんの一瞬だろう。共に、直撃すれば必殺の攻撃力を持つ銃同士。だから素早く、走りだす。

 フェイファーツェリザカの最大の弱点は、単発だという事。マトモにやり合えば、フルオート仕様のケル・テックが圧倒するだろう。

 バララララッッッッ!!

 先制攻撃はハザマ。そのアサルトライフル用の銃弾が零へと襲いかかる。流石に、零も今度はその場から動き、躱していく。

 ドドウン!!

 今度はフェイファーツェリザカがその弾丸を放った。

 ハザマは零に対して脅威を改めて、感じるしかなかった。

 あの【ゾウ殺し】を片手で、しかも連射。あの銃を撃った事があったハザマでも、その凄まじい反動に驚いた。とても連射出来る様な代物では無い――それが彼の下した判断だった。

 にも関わらず、相手は平然とそれをやってのけた。つまり、相手を人間だと思ってはいけない。

 ハザマの顔の真横にガアン、と轟音を立てて大穴が開く。この弾丸の威力では、義手の対弾性能も無意味だろう。だが、それでもこちらの勝ちは動かない。

 ハザマは全身を機械化した事で、最早人間を遥かに越えた。右目は最新式のサーマルビジョン機能があり、相手の熱を追うことが出来る。零がいくら煙に紛れようがその動きはハッキリ見えている。

 更に――――!!


「はああっっっ」


 気合いと共にハザマは【加速】した。その両足の加速力は一瞬とはいえ、チーターにも匹敵する。その勢いで間合いを瞬時に殺し、肉薄――引き金を引いた。

 銃弾は寸分違わず、相手の無防備な上半身を貫き、吹き飛ばした。恐らくは2メートルはあったであろう巨体が易々と後ろに飛んでいき、そのまま床に転がっていく。間違いなく【致命傷】だ。


『ふう、ワシの身体の全スペックを身内にも洩らさなかったのが幸いした様だ。あの【加速】は実戦で使うのは初めてだったが、上手くいったな』


 ハザマが、義足にこの加速力を追加したのは二週間前の事。定期メンテナンスの際にこの機能を実装させたのだ。

 その理由は単純で、【0シリーズ】対策だった。【サルベイション】の一件で、これ迄昭かにされていなかった、クロイヌの手駒――つまり【02】ことイタチの存在が九頭龍の面々に対して明らかになった。

 ハザマは、その映像を見て戦慄した。どう見ても貧弱そうなまだガキにしか見えなかったソイツは、常人を遥かに越えた能力を駆使していた。

 もしも、アイツが自分の命を狙ったら、このままでは殺られる。そう判断したからの対策だった。


『とは言え、まさか使う事になるとはな』


 相手の身体は激しくピクンピクン、と脈動している。

 いくら、痛みに強かろうとも、出血多量では助からない。しかも、内臓などもメチャクチャになった筈だ。訳の分からん加速力や痛みに対する耐久性があろうともだ。


『だが、部下達の仇をこのまま死なせるのもつまらんな』


 事前に、年少の部下達は逃がしていたとは言え、ここで一緒に戦った古参の部下達の無念をそのままにしておく事がハザマには出来なかった。油断無く、倒れている零に近付き、トドメを刺そうと銃口を向けた。

 ドウン!

 轟音が鳴り響き、ハザマの身体がぐらつく。まるでハンマーで殴られた様な激しい衝撃と、振動。

 更に、信じられない事に――零はその身体を起こしていた。


「貴様ッッッッ。往生しろっっっ」


 ハザマは叫びながら右手のケル・テックPLRー16の引き金を引こうとした。


『ん? 何だ…………』


 だが、何故か銃弾は目の前の相手に向かっていかない。

 というより、感覚がおかしい。まるで、手の先が無いかの様だ。

 視線を右手に向ける――――すると、そこにあるハズの物がそこには無かった。手首から先が無くなっていた。

 そして気付く、宙を舞う右手と引き金に指をかけようとしていたケル・テックPLRー16。

 仮にも特殊仕様の義手を吹き飛ばしたフェイファーツェリザカの破壊力を実感し、戦慄した。

 しかも、相手――つまり零はムクリと立ち上がる。まるで、何も無かったかの様に。あれだけの銃弾をまともに喰らったにも関わらずに、だ。


『どれだけ性能のいい防弾装備を着こんでいやがる?』


 ハザマは右腕を回す。かくなる上は接近戦以外の選択肢は無い。

 ジャコン。

 駆動音を立て――右腕から予備のナイフが飛び出し、それで切りつける。シュッという風を切る音、零の頬をナイフが掠める。

 更に左手をボディに叩き込むべく放つ。零はその攻撃を右手で反らすべく伸ばす。

 ギュオオンッッッッ。左手が一気に加速――零の右手を弾き、そのまま腹筋にめり込む。メキメキという感触。間違いなく骨が折れるか砕けたか、いずれにせよ深手。零の口から血が滲む。

 更にそこに右のナイフが突き刺さる。


『いくらいい防弾装備をしていようが関係無い。これなら間違いなく殺せる――!!』


 ハザマはナイフを深々と食い込ませ――更に裂くように動かす。

 確実に内臓を殺す為に。勝利を確信しながら――――。

 ドウン!

 また、ハザマの全身にハンマーで殴られた様な激しい衝撃が走る。フェイファーツェリザカからの弾丸が、ハザマの右脛を吹き飛ばした。


「くそがっっっ」


 ハザマは怒りを露にナイフで引き裂こうとした。

 だが、そのナイフは【動かない】。まるで、コンクリートで固めた様にびくともしない。ハザマは愕然とした、機械化した自分の力でも動かない事実に。

 そして、相手の左手――その先に握られているフェイファーツェリザカの銃口がこちらに向けられ弾丸は放たれる。

 次の瞬間、ハザマの巨体は後ろに飛ばされ、床に着地。そのままゴロゴロと転がっていく。

 ようやく止まった時には、もう身体が動かない。

 視線を向けると、腹に冗談みたいな大穴がパックリと開いていて、オイルが漏れだしている。

 零はゆっくりとこちらに向かってくる。腹にはナイフが刺さったままだが、それを気にする様子は無い。


「どうする? ワシの身体に半端な銃は効かんぞ?」


 苦し紛れだが、フェイファーツェリザカの弾数は五発。全て撃ち尽くしたのは確認していた。相手がリロードするならその隙を――それがハザマの最後の反撃の機会。

 辛うじて動かせるのは、左手。この左手には【指向性爆薬】が仕込んである。小型ではあるものの、人間一人をバラバラにするには充分な代物だ。勝負は一瞬――リロードの瞬間。全てをそこに向け、集中。

 ドウン!

 だが、次の瞬間、ハザマの最後の抵抗は失敗に終わる。視界が目まぐるしく変化し、悪酔いしそうだ。

 そしてその動きを止めたのは零の足。

 ハザマの視線の先に見えたのは、さっきまで自分が繋がっていた身体――その首元が破壊されていた。


「ば、バカな」


 ハザマは辛うじてそう絞り出し――そして見た。

 零の右手にもう一丁、フェイファーツェリザカが握られていた。

 その無骨な銃口が目の前に突きつけられる。


『万事休す、だな』


 ハザマは相手を睨み付ける。ナイフはいつの間にか零の腹から抜けていた。そして、あれだけの深手にも関わらず、不思議な位に出血量が少ない。それどころか、今更ながらに気付いた。

 相手は黒のシャツ以外のアンダーウェアを着ていない。【防弾装備】など着けていなかったのだ。

 思わず「化け、物め!!」とありったけの力を込めてそう吠えた所にトドメの弾丸がその視界を奪い――全てを壊した。


 この場に残されたのは零だけ。特に感慨にふける訳でもなく、ただただ淡々とその場を立ち去る。


「少しは、手応えがあっ、たな」


 そう呟く零の口元は、微かに歪んでいた。
























 


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