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イタチは笑う  作者: 足利義光
第十二話
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目覚める最悪

 男にとって、生きるとは【殺す】事だった。

 それも何かを得る為にでは無く、ただただ命じられた標的を殺す為だけに。

 いつからこうなったのかすら、もう覚えてはいない。

 彼にはガキの頃の記憶は殆ど残っていない。

 その事を尋ねた事もあったが、答えはこうだった。


 ――必要ないだろ、そんなもの君に。


 確かにそうだ。

 男は、自分がマトモな人間である実感をもたない。

 自分が覚えているのは、その全てが自身による【虐殺】の光景だけ。それも一方的な虐殺。殆どの場合、相手は唖然とした表情のままこの世から消えていった。

 極々稀に多少手応えのある標的もいた。

 あれは、いつの事だったか? それすらも曖昧で感覚が麻痺している。だが、仕方無い。男の出来る事はただただ、命じられた標的をこの世から消す事だけだったのだから。


 いつの頃からだろうか、自分という存在が果たして生きていると云えるのだろうか? という疑念を持つようになったのは。

 男にとっての日常とは、今も収容されている【医療用カプセル】でのいつ終わるかも知れない【睡眠】時間と、誰かを虐殺する為の【活動】時間のみ。

 この繰り返し以外の時間を彼は知らない。

 それ以外にもかつては【記憶の残渣】が以前の彼には存在した。

 だが、それすらも【殺戮人形キリングマシーン】である彼には不必要と判断され――消去され、今じゃ絞りカス程度の記憶だけだ。


 ここにいるのはただただ、命じられた標的を殺すだけの殺戮人形。

 もはや、それ以外に彼には存在意義も無い。

 殺す時だけ、生きている実感を得られるモンスター。

 男はそう割り切り、余計な事を考えるのを止めた。




 ふと、声が聞こえてきた。

 普段、自分を管理している白衣の奴らでは無さそうだ。

 耳を澄ますと、小さいながらも音が聞こえた。

 パス、パス、パスッッ。

 この音を聞き間違える事は有り得ない。紛れもなく【消音器サプレッサー】を用いた銃撃。


 ここは、【塔の組織】の管轄する研究所。その警備は、軍隊でも突破は困難を極める程に厳重。

 そして何より、組織に【宣戦布告】も同然の行為を試みる者などこれまでいなかった。これまでは。

 だが、それもどうでもいい事だ。男はただ、眠るだけなのだから。



 プシュウウウウウ。

 炭酸が抜けるような音が彼の耳に入る。この音は自身が収容されている医療用カプセルの解放シークエンス――つまりは【目覚まし時計】の様な物。浸かっていた溶液が、少しずつ排水されていき、マスクも外れる。カプセル自体もゆっくりと開いていき、解放される。


 ゆっくりと目を開き――口を動かし、鼻で息を吸い込む。

 こうして、彼は自分がまだ生きている事を辛うじて実感するのだ。


「やぁ、初めまして」


 声をかけられ、その相手を見てみる。

 すると、その目に映ったのは背の低い初老の男。

 傍らには恐らくは双子と思われる二人組が控えていて、油断なく彼を見据えていた。

 三人ともに間違いなく只者ではない。


「おま……えはだ、れだ?」


 男は辛うじて声を出すとそう問いかける。

 自分を殺すつもりならあのカプセル毎殺ればいい。あの医療用カプセルは一種の【拘束具】でもあるのだから。用事が無いなら寝かしたままでも済んだ。つまり、この三人は自分に用事がある。

 そう判断しての言葉だった。

 初老の男は顎に手をかけて笑うと、


「自由になりたくないか?」


 そう尋ねた。

 その目はどこまでも暗い光を帯びていて、その本心を伺い知る事は出来そうに無い。


「あー、すまないねぇ。まず、私から名乗らなければ失礼だったよ。私は【ヤアンスウ】」

「ヤ……アンス、ウ?」


 初老の男、つまりヤアンスウは自身の右手を差し出し、言った。


「君には、自由になる権利がある。…………何故か分かるかね?」

「わ、からな……い」

「君は誰よりも強いからだよ。

 さぁ、来たまえ――君を【解放】しよう。この腐った街から」


 こうして、男は解放された。そしてそれは、【塔の街】に巻き起こる最悪の事態のキッカケとなる。

 男には名前が無いし、必要でも無い。。

 何故なら――彼は【ゼロ】だから。

 




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