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イタチは笑う  作者: 足利義光
第十二話
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紆余曲折

 

 そしてあの日、俺はイタチと――つまりあのガキと殺し合った。

 そして違和感を抱いた。コイツは俺の事を全く覚えていない様子だった。いや、それ事態は大したことじゃない。だが、コイツの戦闘力は明らかに以前よりも劣っている。

 最初は俺自身の戦闘力が単純に上がっているからだと思った。実際あの時よりも強くなったのは事実だから。だが、それ以上に目の前の相手からは手応えを感じない。

 決して弱いわけでは無い、その動きはやはり訓練されたそれのものだ。だが、あの時に感じた圧倒的なまでの何かが決定的に欠けている。目の前の相手とあの時のガキとが同一人物として結び付かない。

 そして、何より一番違和感を抱いたのはコイツからは02、あのレイジに似た雰囲気を感じた事だった。だが、それも今更殺し合いを止める理由にはならない。俺も奴も互いを敵として認識したのだから。

 結果は、結局は俺の負け。あくまで一人だった俺と仲間がいた奴との差が最後の決め手となった。


『ちっ、しょうがないか』


 意識を失う寸前で、俺は何処かスッキリした。結果はどうあれ全身全霊を尽くした。その事自体に満足感にも似た感情が浮かんだ。

 全力を尽くした事によるある種の達成感と相手、イタチに対する敬意。自分を出し尽くしたからこその【解放感】に包まれ、死ぬはずだった。


 だが、俺は死ななかった。瓦礫に押し潰されるはずの俺を救ったのは予想外の奴。


「おい、生きてるか?」


 目を覚ますと俺に覆い被さっていたのは【キク】っていう女。イタチの奴の仲間だ。さらにその上には、【トーレス】とかいう男。確か【サルベイション】の幹部の一人で、俺に致命傷を負わされた巨漢だ。殺したはずの奴が俺とキクって奴を庇う様に瓦礫を一身に受け止めていた。


「お前、何のつもりだ?」

「別におまえを守ったつもりはない」


 俺はトーレスの傷を見た。間違いなく、この傷と出血量では助からない。それどころか、こうして動いている事自体が驚きだ。トーレスはキクをじっと見た。そういう事らしい。

 ガララララッッッ。

 崩落が更に激しくなった。もう時間は無い。だが、俺の身体はピクリともしない。


「ううぅっっ」


 呻きながらキクって女が目を覚まし――今の状況を即座に理解する。


「ガルシア……アンタ」

「よぉ、よく眠れたか?」

「冗談言ってる場合? 早く逃げなきゃ…………」

「…………あぁ、早くにげろ」


 キクは素早く動き、瓦礫の隙間から這い出る。ここまでだな。そう思っていると、手を掴まれ、引きずり出される。キクって女が俺を引っ張り出したのだ。信じられなかった。敵である俺を何故?


「俺はイタチじゃないぜ」


 俺はそれしか言葉が浮かばなかった。殺す理由ならいざ知らず――自分を助ける理由なんざ目の前の女にあるハズも無い。


「分かってるわよ、このバカ!! ほら、少しは頑張りなさいよ、アンタ」


 そう言いながら俺を壁に寄りかからせる。言葉も出ない。疑問しか浮かばない。


「ガルシア…………」

「きにするな、お前を守れてよかった」


 トーレス、いやガルシアは満足そうな笑みを浮かべる。そして、俺に向き直る。


「おい、おまえはキクを守れ! しなせるな」


 それだけ言うとそのまま崩れ落ち――瓦礫に埋もれていく。その目で俺を射抜く様に。

 そこから先の事は意識が薄れたからか殆ど覚えてはいない。

 朧気ながら覚えているのは、俺を肩に乗せるあの女の横顔。何故かその表情が目に焼き付いて忘れられない。




 次に俺が目を覚ますと、そこは見知らぬ部屋。真っ白で清潔なその部屋に面食らう。自分の状態を確認すると、身体のあちこちに管がついていて、どうやら点滴の様だった。他にもモニターには俺の脳波や心拍数らしきものを表示している。


『どうやら、病院らしいな』


 身体は殆ど動かない。というよりは動かせないと言うべきか。身体の感覚がない。それでいて眠気も強く、恐らくは麻酔薬の効果なのだろう。命拾いした様だが、何故ここにいるのかが分からない。


 どうやらまたしばらく眠っていたらしい。

 目を覚ますと、傍にいた看護師が小走りで病室を出ていった。すぐに医師らしき白衣の中年が目の前まで来て俺の様子を確認する。

 正直言って、昔の事を思い出すので白衣を見るとあまりいい気分がしない。軽く問診をしてきたので返事を返す。

 話を聞く限り、俺はかなりヤバイ状況だったらしい。とにかく出血量が多かったので、手術後もERにしばらくいたそうだ。


「誰が俺をここに?」


 質問すると、医師は「その筋の大物」とだけ答え、出ていった。

 医師が出ていくとすぐに病室に厳ついスーツ姿の連中がズカズカ入ってきた。どう見ても素人の集団ではない。その筋の大物の手下ってところだろう。およそ数分位だろうか、連中が背筋をピンと伸ばし直立不動の態勢を取った。どうやらこの連中のボスが来たらしい。

 カツカツカツカツ。

 ブーツの音が聞こえる。かなり独特な足音だ。

 そしてそいつが俺の目の前に姿を見せる。

 そいつは【黒】だった。文字通りに帽子からコート、ブーツに至るまで全てが漆黒。そして俺はこの男を知っている。あの【サルベイション】の施設を襲撃してきた組織の幹部。

 あの時はイタチとの殺し合いにしか眼中に無かったから特に気にもしなかったが、この男もまた只者じゃない。醸し出す雰囲気だけでこの場を支配しているのが分かる。


「アンタ、誰だ?」

「…………お前らは外せ」


 その一言で手下達はサッと引いていく。大した奴だ、余程普段から躾をしているんだろう。


「俺はクロイヌと呼ばれている」


 その幹部は病室で葉巻を吸いながらそう言った。

 クロイヌという名前は聞いたことがある。【塔の組織】の最高幹部の一人。確か、元は【掃除屋】をしていて、街の悪党を殺しまくったと。最悪の治安状態だった第零区域――第十区域こと繁華街から薬の売人を追い出した実績を買われ幹部になった男だ。そしてあの野郎と関わりを持つ男。


「……何で俺を助けた?」


 真っ先に口から出たのは素朴な疑問。俺は組織に殺される理由はあっても、助けられる理由など持たない。


「お前は俺の手駒が連れてきた」

「手駒?」


 そう言われて浮かんだのは、あのキクって女だ。そう言えば、あいつは……あの女はどうしたんだろうか?


「手駒って言うのはキクって奴の事か?」

「…………」

「あの女はどうした?」

「………………」

「答えろ!!」


 俺は思わず叫んでいた。自分でも何をそんなに必死なのかは分からない。ただ思わず叫んでいた。

 クロイヌは口から紫煙を吐き出しながら、しばらく黙っていたが、やがて口を開いた。


「お前の代わりに【罰】を受けた」

「何だと? お前の部下だろうが!!」

「だからこそ、だ。お前は組織の兵隊を殺した。そいつを何の咎めもなく治療出来ると思うのか?」


 その言葉に俺は押し黙るしか無かった。実際、俺はあの時に数えきれない程の兵隊を斬殺したのだから。


「……あの女は生きてるのか?」

「何故聞く?」

「いいから答えろ!」

「殺してはいない」

「……会わせろ」

「いいだろう、ついてこい」


 クロイヌは椅子から立ち上がると病室を出た。俺も続こうとするが麻酔の効果だろうか、身体が思うように動かない。

 ようやくベッドから起き上がると、もう体力の限界だとでも云うのか、息切れを起こす。何とか壁に寄り掛かりつつ、病室を出るとクロイヌは待合室のソファーに座っており、それを遠巻きに他の入院客の家族が座っている。


「どうした限界か?」

「運動不足だったんでな、準備運動だよ」


 その後もクロイヌの後を追うのが精一杯で、目的の病棟に着いた時には、疲労困憊で今にも倒れそうだった。


「……ここだ」


 クロイヌがそう言うとその病室の前で立ち止まる。

 俺は辛うじて動く左手で病室の扉を開いた。



 あの女、キクって女はベッドに寝かされていた。頭には包帯が巻かれてはいたが、見た目は特に前と変わらない様に見える。

 俺はベッドに近付き、女の顔を見た。

 あの時には何も感じなかったが、こうして間近でその顔を目にすると、顔立ちはかなり整っていると思った。恐らくは美人の部類に入るのだろう。何故か、その顔に触れたくなり――左手を伸ばす。

 その瞬間、キクは目を覚ますと「ぎゃあああああああああ」と大声で叫び出した。意表を突かれた俺はその場で尻餅をつく。

 キクの絶叫は全く止まること無く続く。その目は大きく見開かれ、気でも狂ったのかと思わせる程だ。

 慌てて看護師と医師が病室に駆け込み、鎮静剤を注射してようやく収まる。その有り様はまるで戦場の様だった。




「こいつに何があったんだ?」


 あまりの変貌ぶりに驚いた俺は絞り出す様な声で呟く。

 クロイヌが答えた。


「コイツは【記憶】を失っている」

「記憶、どういう事だ?」

「俺達がお前達をみつけたのは、サルベイション施設の出口手前だ。お前を庇ったようで、瓦礫の一つがあの女の頭部を直撃――記憶を失ったそうだ」

「……戻るのか?」

「医師の話ではな。だが、本人次第だろうとな」

「………………」

「今日の所はこれで帰らせてもらう」


 そう言ってクロイヌは立ち去り、病室に残されたのは、俺とキクって女だけ。何とも言い難い雰囲気だ。

 キクは、ベッドに手足を拘束されていた。確かにさっきの様な暴れっぷりでは、こうした措置もやむを得ないのかも知れない。

 キクが「ううっ」と呻く。その表情は随分苦しそうだ。


『……悪い夢でも見てるのか?』


 目の前で苦しむ女を見ていて、俺の中で何かでズキンと痛む、俺はコイツの知り合いを殺した。なのに、コイツもあのトーレスって男も何故俺を助けたんだろうか? さっぱり分からなかった。


「はあっっ、はああ」


 そうこうしている内に女が目を覚ました。その目はひどく怯えていて、俺は何故かアンダーにいた頃の――ガキの頃の事を思い出した。


 今の俺の中には自分のものじゃない記憶が混じっている。

 例えば、俺は行ったことも無い塔の街の、【塔の区域】の中を知っている。そこで、毎日好きに生きていた記憶。

 他には、海の向こうの大陸から船で【密入国】する光景やら、引き取り先での虐待。そして、その相手を殺し、逮捕された警察から売り飛ばされ――研究施設送りになった等の記憶が。

 そうした記憶が断片的に唐突にフラッシュバックし、その都度激しい頭痛に悩まされる。

 これは【人格統合実験】のせいなのだろう。という事は、これは00や02の過去の記憶ということなのか? 最近はこうした頭痛の頻度も随分減って来てはいたが、それでも未だに不快感は拭えない。それはまるで、自分の中には無理矢理別の自分をブチ込まれた様な違和感。

 更にそうした記憶が徐々に俺の本来の記憶のようになっていく。同時に元々の記憶が薄れていくのが分かる。それは俺の一部が【死んでいく】感覚。俺が俺では無くなる感覚。


 今、目の前で苦しんでいる女の目を見た事がある。

 そう、この目は昔の俺そのものだ。他者を信じず、自分すら信じ切れず、日々を怯えて生きていたあの頃の俺の。

 コイツは俺を助けて、自分を失くした。俺にとって他者とは利用し、切り捨てる存在でしか無かった。

 例外だったのは02、いやレイジだけだった。

 だからこそ、その命を奪い、名前まで奪い取ったあのガキの事が許せなかった。だが、この女と、あのトーレスを見ていて疑問に思う。あのガキが俺の思っている通りの奴だとして、そんな奴にこんな仲間がついてくるのだろうか?

 仮に、この女も外道だとしても、コイツが俺の命の恩人である事には変わりがない。


 俺はしばらくの間、考える事にした。時間はある――これ迄の事を振り返り、これからの事に思いを馳せる時間はある。




「俺を雇え」


 あくる日、クロイヌに俺は切り出した。

 クロイヌは相変わらず、禁煙のはずの病室で葉巻の煙を吹かす。


「お前を信用しろと云うのか?」

「信用なんざ、いらねぇ。金さえ出せばいい」

「あの女の為か? あれは心が壊れた、もう元には戻らんぞ」

「関係ねぇよ、あれに俺は命を救われた。その分の借りはキッチリ返す――――それだけの事だ」


 俺とクロイヌは睨み合う。互いの思惑を見透かそうと。

 重い沈黙がこの場を包み、硬直状態に入るかと思った時、一本の電話がクロイヌのスマホに入った。その会話は分からなかったが、奴の表情が微かに変わるのが見てとれる。


「良かったな、お前向きの【仕事】が入った」


 クロイヌはそう言うと、病室を出る。その去り際に俺は尋ねる。


「いつからだ?」

「お前の準備が整い次第、だ」


 そして、あの独特の足音を響かせ、去っていく。




「く、来るな。やめろっっ、あたしに触るなあぁぁっっ」


 キクは、相変わらず、目を覚ますと喚き散らす。誰が近付こうともこの調子で、先生曰く、これはアイツ自身の過去の事がフラッシュバックするからなのだろうと。アイツがどんな悲惨な人生を送ったのかが――そこから理解できる。

 俺は彼女の拘束を外し、その傍らに座る。

 目を覚まし、狂った様に暴れる彼女を真正面から押さえつけようとし、何度も殴られ、蹴られるが構わず、話しかける。


「やだ、触るなっ――――レイジじゃない奴が触るなよっっっ」


 まるで駄々っ子の様に喚くアイツの口を自分の口で塞ぐ。

 そして、唇に走る痛みと、血の臭い。

 口を離すと、唇から血が流れ落ちる。彼女の口から俺の血が滴り落ちる。

 彼女は、はー、はー、と息を切らしながら俺を睨み付ける。


「あたしに触るなよっっっ、このケダモノッッ」


 俺は暴れる彼女の肩に手を置き、話しかける。


「心配するな。俺はお前を傷付けない。落ち着け」


 自分でも信じられない様な言葉を口にしていた。何故、こんな言葉が口から出たのか?

 俺は何度も何度もそう言った。殴られた顔が腫れようと構わずに何度も言い続けた。それは、ガキの頃の俺が一番聞きたかった言葉だった。誰も信用出来なかった俺が一番聞きたかった言葉。


 やがて、疲れたのか眠った彼女を見つめながら、俺は決めていた。俺がコイツを守ると。それが、俺にとっての恩義を返す事であり、今、俺が一番にしなければいけない事なのだと。そう強く思った。























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