いつも見る夢と現実
「はぁ、はぁ……」
逃げていた。とにかく逃げていた。何から逃げていたのか? 何時から逃げていたのか? 何時まで逃げ続けるのかも分からないまま――ただオレは無我夢中で走っていた。
「ハハッ、元気があっていいねぇ。ボクぅ」
いつの間にか前に人が立っていた。
あまりに闇が深い為かその顔も服装も何も分からない。ただ、子供にでも本能的にこれが悪いモノだと分かる。
「フフフ、もうパパとママは出かけたよ、後は君だけだよ◯◯◯君」
そう言うや否や闇から手がこちらに伸びる………………。
◆◆◆
「か…………ッッっ」
オレは思わず飛び起きた。無性に喉が渇く。ベッドの側に置いてあるミネラルウォーターを一気に飲み干して、思わずむせちまった。
ベッタリと汗をかいていた、季節はもう秋から冬になろうとしていたのに。
オレはチッ、と舌打ちする。
「……またあの夢か」
オレには記憶が無い。正確にいうなら、オレは本当は何歳なのかも分からない。身分証が無かったからだ。
オレは【アンダー】で育った。
そこはこの塔の街で、下の街と呼ばれる区域より更に下の地下世界だ。
オレに親は居なかった。何故かは分からない、アンダーはいわばこの街のごみ捨て場だから、オレは両親に捨てられただけかもしれないし、或いはアンダーの住人同士の争いで二人とも死んだのかもしれねぇ。
オレには何も無い…………いや、一つだけある。
ソイツが今は枕の下にある、オレの相棒であるオートマグだ。コイツをオレは誰にも渡すことなく持っていたらしい。
このオートマグは通常の銀色を基調ではなく金色の装飾が施されていてハッキリいって目立つ。
以前調べたがこの金は本物らしくコイツ自体がトンでもない金額になるらしい。
オレはゴソリと金色の光を放つ相棒を取り出す。よくもまぁ、ガキんちょがコイツをあのアンダーで守りきれたもんだよな。我ながら呆れちまう。
正直、過去にはもう興味が無いつもりだが、この相棒だけはどうしても手放せなかった。コイツを仕事で使うのは、単に持っていたからだ。そうに決まってる。
知り合いの銃マニアにいわせれば本物の金を用いたオートマグなんて完全にカスタム品だから、その筋を辿れば、親も見つかるんじゃないか? とさ。
ちなみに以前に同じようにして相棒を調べた奴は殺されたけどね。…………勿論オレじゃないぜ。
そうこう考えてるうちにドアの向こうからオレを呼ぶ声がする。
「イタチ君、起きてる?」
……オーナーだ。普段は理不尽女王だが、無理に起こさないのだけは、感謝してる。
「起きてますよ」
「あら、珍しい」
「今、下に降ります」
「あ、ならいいわね」
とバンッ! と音を立ててドアが開く。思わずビクッとするオレ。
オーナーはいつも通りにドレスアップ……ではなく珍しく、シャツにジーンズ姿だ。
「イタチ君」
「は、ハイッ」
思わずシャキッと背筋を伸ばし立ち上がる。本能が告げる、今は刃向かってはいけないと。
「折角早起きしたんだから、買い物に付き合いなさい」
「…………はい」
「返事が遅い!」
「はいっッッ」
「うん、よし。じゃさっさと行くよ」
グイッと手を掴まれる。普通なら美人、今の格好なら美少女でも通用しそうな彼女に近付かれたら、興奮しそうなものだが、今オレはただただ怖い。
下に降りるとカラス兄さんが料理の仕込みをしている。相変わらず、マメだ。うちのバーは、何気に料理が売りでもある。ただし、料理は決まっている訳ではなく、その日のカラス兄さんの気分だ。
「おはです」
「ん? 珍しいな」
「カレーですか?」
「いや、ポトフにするつもりだ。……買い物か?」
「えぇ、オーナーの」
「まぁ、たまにはお前も行けばいいさ」
と言いながらカラス兄さんが紙を渡す。
「ついでに具材と備品も買ってこい」
そこには少しの備品と大量の具材が細かく書いてあった。カラス兄さんと目が合った。そこに宿る光は拒否を許さぬものだった。
「イタチ君、早く行くよ。カラス行ってくる」
「お嬢、行ってらっしゃい。イタチ、お嬢に悪さするなよ」
「しませんよ! ……オレだって命が惜しい」
「何ですって!!!」
スパーーーン。
即座に背後から頭をはたかれる。ジーンという衝撃が走り、オレは頭を押さえてうずくまる。
「これですよ、悪さなんてしませンて」
「はは、お嬢。もう少しおしとやかにしないと」
「何ですって! カラス!!!」
ヤバイ、マジにヤバすぎる、しかし遅かった。オーナーの手がオレを掴む。そのまま引き寄せるとひょい、とオレはリフトアップされた。
……あの、オレ、投げる物じゃないっすよ。しかしそんなオレの気持ちなどここに立つ美女の皮をかぶった魔神には通じる訳もなくそのままカラス兄さんめがけ、射出された。
ンで、だ。
何だかんだで買い物にいくのはこれから三十分後になる。
オレはしばらく全身擦り傷とアザだらけになったとも付け加えておく。




