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序章 7

                 7


 新笹子隧道しんささごずいどうと呼ばれたトンネル内では、小笠原村代表の梶原平三かじわら へいざに、若者の茨木いばらぎ酒呑しゅてんが対面しておりました。


 単車のライトに照らし出された光景は異様の一語に尽きます。

 下半身を失ったゾンビたち五十体ほどが、上半身を必死に両手で支えながら生きた人間を求めて悶えているのでございます。髪が抜け落ち、皮膚が剥がれ、地獄の亡者のようになったゾンビたちが顎がはずれるほど大きな口を開けて歓喜の雄叫びをあげております。

 地面を這って近寄ってくるゾンビたちを鉄パイプで払いのけながら、平三はじっと茨木、酒呑と対峙しておりました。


 「生き残ったのはあんただけだ」


 長身の偉丈夫の男、酒呑がぶっきら棒にそう言いました。その表情は案外にこやかで、平三のここまでの苦労を労っているようにも見えます。


 「いや。お前たち二人も入れれば三人だろ」

低い声で平三がそう答えると、短髪ながら一目で女性とわかる茨木がプッと吹き出しながら、

「面白い冗談が言えるんだね」


 「何がだ?」


 「……私たちとあんたらじゃ格が違う。それぐらい見抜けていたはずだと思っていたんだけど」

そう言って茨木は真っ直ぐな目で平三を見つめます。猫の子のような大きな瞳。純粋な野生の肉食獣そのものでございました。


 平三はその無垢な目にたじろぎながらも

「何者なんだ。お前たちは。村の住民じゃなさそうだが……」

「そりゃそうだ。俺たちは都会育ちだからな」

楽しそうに酒呑が答えます。


 「ではなぜ新都を目指す?なぜ中央政府の言いなりになっているんだ?」

「人には都合っていうものがあるからね。」

次に答えたのは茨木でした。


 平三は二人を代わる代わる見比べながら、

「どうしてここで道草をくっている?お前たちの力ならばもっと先に進んでいてもおかしくないだろう」

そう尋ねて、今度は周辺のゾンビの残骸を見渡しました。

 

 平三は日頃から他人に興味を持つようなタイプではありません。

 頭にあるのは自分と妻のことだけでございます。部隊のリーダーなど勤められる器ではないと自覚しておりましたし、実際に周囲の部下に気を使ってくれていたのは今は亡き中村浩介なかむら こうすけでした。

 しかしこの二人に対してはまるでおもちゃを目の前にした幼子のようです。

 己よりも強き者に向けた尊敬の念、恋慕のような情、掻き立てられる好奇心が平三の心の内に込み上げておりました。


 「あんたを待っていたんだよ。よくここまで辿り着けたもんだ。普通の奴ならこの半分のそのまた半分も進めやしない。実際、たいしたもんだ」


 このゾンビたちの大半を斬り捨てただろう酒呑が、そう言って手放しで褒め称えます。

 無論、そんな賛辞で有頂天になる平三ではありません。

 むしろより深刻な表情で、

「だが、お前たちは簡単にここまで来ている。見たところ傷一つ負ってないな。常軌を逸する強さだ」

「だから言ったろ。私たちとあんたじゃ比較になんないんだよ。まあ、それでも比較したがるやからもいるけどね……」

そう言いながら寄って来きたゾンビを蹴飛ばし、茨木は煙草に火をつけました。


 「どういうことだ?」

「随分と必死になってここまで来たようだけど、こんなことは茶番だよ。誰もあんたらが新都に辿り着くとは思っちゃいない」

「では、なぜ俺たちは集められたんだ」

「ピエロさ」

そう答えた茨木は悲しそうに煙草の煙を吐きました。


 「ピエロ?」

「そうさ。対照実験だよ。上空の衛星を使ってここの状況はつぶさに報告されている。通常の戦士の戦闘力、ゾンビたちの戦闘力、そして私たちの戦闘力。でもやつらが興味を持っているのはあんたたちじゃない。これは私たち二人の実力を確かめる実験なんだ」

「お前たちの?」

「ああ。知っちゃいないだろうね。アトミナーっていう戦闘部隊を」

「アトミナー……聞いたことはない」

「大和帝国皇帝直属の部隊さ。特別攻撃部隊。まあ知らないのも無理ないけどね。超極秘の部隊だから」

「お前たちがそうなのか?」

「ああ。いや、厳密に言うとそうだった……かな。一年前に部隊は解散しているからね」

「軍の特殊部隊……道理で戦慣れしていて強いはずだ……」

「私たちの強さを確認したがっているやつらがいるんだよ。腕がなまっていないかね。普通の兵士であればあっさりと壊滅するような状態でも、アトミナーの兵士ならば容易に攻略できる。それを証明するのが今回の目的さ。素人がゴールすることなど誰も望んじゃいないし、仮にできても何の意味もないんだよ」


 茨木の話を冷静に聞いていた平三は沸々と高まってくる怒りを抑えきれなくなっておりました。この話が真実だとすれば、単なる「物差し」の役割で自分たちは呼ばれたのです。そして命をかけて戦わされ、死んでいった。


 それは「犬死」に等しい死でございました。


 「さすがにこのトンネルの中まではやつらは撮影できない。だから一応ここまで辿り着いたやつには話してやろうと思ってね。それで待っていたのさ。誰も辿り着けないとも思っていたけど、よくここまで生き延びてきたね。この話は生き残ったことへのご褒美だよ」


 茨木はそう言って煙草を一本平三に投げて寄こしました。平三は条件反射的にそれを左手で受け止めます。


 「いいか、これ以上進んでもあんたには何のメリットもない。抜けたほうがいい」


 そんな酒呑の提案を聞いて、平三の手のひらの中の煙草が粉々になって地面に落ちます。手のひらに爪が食い込み、血がその上に垂れておりました。


 無言になった平三を見て二人が顔を見合わせます。


 酒呑はそれでも助言を続け、

「いいか。このトンネルを抜け、南に進むと村がある。ここまで辿り着いたんだ行けないことはない。新都を目指すより百倍は危険度が低い。無駄な完走はもう諦めて離脱しろ」


 実に理不尽な時代でございました。

 人権など皆無に等しく、国の意向をもってすればあらゆる事柄がまかり通る時代です。

 一部の権力者の独断専行の暗黒時代。

 しかし、生きていくうえで理不尽を強いられるのはいつの時代でも同じではないでしょうか。むしろ人の世で理不尽が無い社会など作れようはずがありません。

 人は理不尽とわかっていても生きるためにそれに寄り添うのでございます。

 懸命に生きるとはそのようなことでございました。

 

 この時の平三も同じでございます。


 逃げ出すことなど頭の片隅にもありません。


 無意味な意地だと笑われる方も多いでしょう。


 否定する気もございません。


 ただ、おわかりいただきたい。

 理不尽を突き付けられても尚それを克服し前に進む……それがこの時代を生きる人間たちの精一杯の意地でございました。



 期限の午前六時。


 新都入口に立っていたのは茨木と酒呑だけでございました。


 諦めることなく前に進み続けた平三の姿はそこにはありませんでした。



 こうして第一の実験は終了したのでございます。


 それは序章に過ぎません。


 あらゆる犠牲と代償を払ってあの一族は誕生していくのです。



 それでは始めていきましょう。



 



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