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序章 4

                  4


 どこからか男の悲鳴が聞こえてきました。

 どっと沸き上がるゾンビたちの歓声が、悲鳴の主の死にざまを連想させます。

 周辺のゾンビたちが一目散で声の方角へ駆けていきました。


 おかげで束の間の休息がとれます。


 単車を降り、岩陰に隠れて様子を窺っているのは、梶原平三かじわら へいざ中村浩介なかむら こうすけの他、修羅場を抜けて合流してきた十二人の男たちでございました。

 それぞれが疲労困憊の表情、身体には大きな手傷を受けております。ひどいものになると右腕を根元から根こそぎ食いちぎられ、流血を必死に手で押さえこんでいるような状態です。


 中村が鋭い目つきで辺りに気を配りながら、平三の耳元で、

「見つかるのは時間の問題だ。今は悲鳴につられてゾンビがあちらに呼び寄せられているが、それもやがて終わる。そうなると今度は生きた人間の流す血につられてこちらに集まってくるぞ」


 ゾンビの習性を子どもの頃から嫌と言うほど教え込まれてきている平三にとって、言われなくても充分予期できる事態でございました。


 「平三、ここを切り抜ける手段はひとつしかない。お前もわかっているはずだ」

中村はそう言って平三に決断を迫ります。


 当然、平三にはわかっております。ゾンビの襲撃から身を守るためには、それ相応の犠牲が必要だということを……。


 と、背後で鈍い音がして、誰かが地面に倒れました。

 平三が振り返ると、右腕を食いちぎられていた男が倒れております。

 すぐ横には金棒を手にして顔面蒼白な男が立っておりました。

 倒れた男は左側頭部をぐしゃりと潰されていて目玉がひとつ転がっております。その行為を咎める者は誰もおりませんでした。誰かがやらねばならぬ事でございましたからむしろ感謝の念の方が強かったかもしれません。

 倒れた男は身体をビクビクと痙攣させていましたが、やがて静かになりました

 それを待っていたかのように男たちがこぞってそこに群がります。

 手にした剣やナイフでその身体を千切りにして、それを自らの頭上に翳すとその血を浴びたのでございます。まるでシャワーを浴びるかのように。


 平三と中村も同じように死人の血を浴びました。

 これでわずかな時間ではありますが、ゾンビの臭覚をカモフラージュすることができます。


 男たちは単車に戻ると、すぐさま先を急ぐのでした。


 一方、スタート地点から三十㎞進んだ地点に二人の若者の姿がありました。

 こちらも単車を降り、路外にそびえる大樹の陰で小休憩でございます。

 女の方がその巧みな運転術を思う存分披露してきた茨木いばらぎ

 長身の男が大薙刀を自在に操り百あまりのゾンビを斬り捨ててきた酒呑しゅてん


 「何人が新都に辿り着くかな」

酒呑が美味しそうに煙草を吹かせながら呟きますと、茨木は興味無さそうに、

「さあね。誰も残らないだろう」

そう答えてこちらも煙草の煙を吐きます。


 夕焼けに染まりながら煙が空にあがっていきました。


 「あの男は残りそうだな」

「あの男?」

「茨木が視線を気にしていた男だよ。日本刀持っていた男。忘れてるってことは無いだろ?」

「別にたいして気にもとめちゃいないよ。どちらにせよ素人に毛が生えた程度さ。半分も行かないうちにお陀仏だろうね」

「へー。そうか……。茨木は予想を裏切る男が好みだからなー」

「なんだよ酒呑その思わせぶりな物言いは。私に喧嘩売ってるのかい?」

「いえいえ。滅相も無い。列国に赤鬼と呼ばれて恐れられた茨木の姉御に対してまさか」

「チッ!九郎みたいなことを言いやがる。酒呑、お前だって似たようなもんだろ、青鬼の異名を知らない兵士はどこの国にもいないはずだ」

「鬼の斬り込み隊がなんでこんな辺境でゾンビたちと遊んでるんだか。悲しくなってくるな」

「……隊に戻りたいのか?」

「消滅した隊に戻ることはさすがに不可能だろ。そんな夢物語、寝てても見やしねえよ」


 はるか後方で銃声。


 断続的に聞こえてきます。


 「ハッ!どこの馬鹿だい、銃なんて使ってるよ。これで半径三㎞周囲のゾンビを一斉に呼び寄せてしまったね」

そう言って茨木が辺りを警戒します。


 銃声の方向に駆け始めたゾンビたちが近くを走り抜けていきました。


 「あの男か」

そう呟くなり右手に持っていた大薙刀を一閃し、間近に迫ったゾンビ二体を斬り伏せました。宙を舞って落ちてきた二つの首が地上に転がります。


 「だとしたらとんだ大馬鹿だねえ。まあ、自業自得さ、私たちにとってはこの辺りのゾンビたちがいなくなって好都合だしね」


 大方のゾンビたちが立ち去ると二人は留めてあった単車に戻り、新都目指して走り出しました。


 銃を使用したのは、酒呑の予想通り、平三の一行でございました。

 厳密に言うと平三と行動を共にしていた十一人の男の中のひとりです。

 銃声は悲鳴同様、ゾンビを強く刺激し、引き寄せます。この時代にそれを知らぬ者など皆無なのですが、恐怖にかられて思わず使用してしまったのでございます。

 死人の血を被っていたとはいえ、もともとが負傷した身体です。自らの生きた人間の血がそこには混在しておりましたから、目をつけられると隠しようがありません。あっという間に標的にされます。


 ゾンビの追跡をかわそうと、各自がまたバラバラに散ります。


 平三と中村もまたその場を離れました。


 銃を手にした男のもとにゾンビたちが群がります。

 胸を撃とうが、頭を撃とうがゾンビは構わず向かってきます。四方八方から……。白濁のよだれを振りまきながらどんどん寄せてきます。男は狂ったように発砲を繰り返し、やがて悲鳴と断末魔をあげてゾンビの群れの中に飲み込まれていきました。


 平三の手にした日本刀は刃こぼれし、刀身もすでにグニャリと曲がっております。それでも尚、すれ違うゾンビを一刀のもとに首をはねていくことができるのは類まれな剣術の腕前があったからでございます。普通の人間の技では「木より硬くなった」ゾンビの身体を斬ることなどとてもできないのです。

 中村も上手く寄せてくるゾンビをかわしながら先を進みます。


 「グァオー!!!!!!」


 凄まじい咆哮が鳴り響いたかと思うと、平三の目前のゾンビが道路に開いた大きな穴に消えていきました。近くを通り過ぎようとしたゾンビが同じように穴に飲み込まれます。黒く大きな手が、ゾンビを捕まえるなり穴に引きずりこむのでございます。


 「穴熊の巣だ。これはチャンスだぞ」


 中村がそう言って穴に近寄りました。

 手は出てきません。

 逆にゾンビが近づくと一瞬で穴に飲まれます。

 ごくたまにですが、対ゾンビ用に改良された獣の一部が野生化して縄張りを作っている場合がございます。穴熊とは熊の一種で、滅多に巣穴から出てくることはなく、まれに巣穴に近寄るゾンビを獲って食べるのでございます。そして周辺のゾンビを食い尽くすと巣穴を出て別な縄張りを作るのです。


 銃声と悲鳴が止むと、ゾンビは走るのをやめ、茫然とまたうろつき始めます。

 互いに一定の距離をとり始めて縄張りを再構成するのでございます。

 彷徨うゾンビが近づくたびに穴熊は大量に餌を確保しようと引きずり込みました。対ゾンビ用の獣はゾンビ以外を口にすることはありません。人間を襲うことなど稀です。餌が豊富な現状では、よほどのことが無い限り危険はありません。染色体自体に書きこまれたプログラムがそう命じているはずでございます。


 周辺が落ち着くのを待って、平三と中村はまた旅路を急ぐのでした。


 さて、この続きはまた後ほどとさせていただきます。



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