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序章 3

                     3



 大和帝国西三十二域(旧山梨県甲府市)の領土を僅かに出たところで、梶原平三かじわら へいざらの一行は早くも足止めをくい、茫然と行く先を見つめています。

 この先がいかに危険かがよくわかっているからでございます。

 ここまではゾンビの姿はありませんでした。

 村を守るフェンスから四百mの範囲は村を守る獣たちの縄張りです。近寄るゾンビたちは食い尽くされてしまっています。

 本当に怖いのはこの先、四百m先の世界なのでございます。


 先頭に立つ一台、若者二人がゆっくりと単車を進めました。

 それに従って平三と中村浩介なかむら こうすけが続きます。

 残りの男たちは、つられて動き出す者やそれでも静観し続ける者などバラバラでございました。


 旧国道二十号線。

 百年前には東京都と山梨県を結ぶ峠道として車の往来も激しかったのですが、今は見る影もありません。

 人間が活用しなくなって廃れた獣道……黒く穴ぼこになったアスファルトの上には大量の石や砂が溢れ、その上に倒れた巨木や生い茂った草木が思い思いに跋扈ばっこしております。

 二千十六年九月二十六日のあの日にうち捨てられた車の残骸が、蟻山のように点々と残っておりました。

 これでも中央高速道路に比べればまだ人の通れる幅というものがございます。あちらはダメです。極度に渋滞した状況のまま時だけが過ぎて邪魔くさい車体は風化せずにひしめいているのです。

 この中を単車で進むということ自体がかなりの難題でございました。そのうえ、この道には動き回る厄介な殺戮者がびっしりとはびこっているのでございます。


 殺戮者たちには、かつて人間だった面影がほとんどございません。着ていた衣服はボロボロになって剥がれ落ちており、全身は裸の状態。髪もほとんど抜け落ちておりました。無数の緑色の斑点を朽ちかけた身体に浮き上がらせ、同じところを行ったり来たりしています。

 どれほどの時を同じ行為を繰り返しながら生きてきたのでしょうか。

 そんな自問自答などまるで皆無で、彼らは何かが現れる時をひたすら待っているのでございます。彼らの感覚を唯一刺激することのできる「生きた人間」が現れるのをただ待ち続けているのです。


 「見てみなよ酒呑しゅてん、死人どもがうようよしていやがる」


 先頭の単車のハンドルを握る女が、舌なめずりをしながらリアシートの偉丈夫に声をかけます。

 酒呑とよばれた男は大の大人二人がかりでも持てないような太く長い薙刀を片手で小脇に抱え、その切っ先で道路をコツコツと叩きながら、

「ゾンビの縄張りは九㎡。間合いは充分にある。単車の通る隙間もな」

「人間に気づくまでの話だろ?久しぶりの獲物を見つけたとなったら連中は狂喜乱舞して一丸になって押し寄せてくるよ」

「気づきはしない。この単車のエンジンはほとんど音をたてない。気づかれるとしたらトロイ後ろの連中だけだ」

「お前は本当に楽天的だね。島でロシアと戦闘になった時のことを忘れたのか?あの時もお前はのんびりして楽観視していた。結果はどうなった?部隊は解散。ゾンビどもと変わらぬ身の上だ」

「結果、俺たちは生き残った。だろ?だいたい茨木いばらぎはネガティブすぎるんだよ。北条ほうじょうのおっさんの事にしてもそうだ……」

「よせ酒呑!その話は関係ない。呼び方も改めろ。北条大佐は我らのリーダーだ」

「リーダーだった。だろ?もう過去の話さ」

「それは、どうかな」

「ん?意味深な台詞だな。そう言えば茨木、お前この作戦が開始される直前にジイサマとなにやら話し合っていたな。何について話してたんだ?」

「企業秘密だよ」


 茨木はそう言ってニコリと笑いました。屈託の無い純粋無比な笑顔。虎が笑うとこんな印象なのかもしれません。


 「つったく、一体どこの企業にも属してるんだか……。俺たちは流れ者の浪人だろうが」

酒呑が独り言のようにそうぼやき、たまらず空を眺めました。


 日が沈むまでには、まだ随分と時間がありそうでございました。


 一方、茨木・酒呑コンビから後方に五mの距離に平三はおりました。

 二人が何やら相談している様子なのは目視できましたが、会話の内容までは届いてきません。

 ハンドルを握る中村はそれどころではなく、目前に広がる異様な光景に飲まれております。


 「ここを通るのか……正気の沙汰じゃないな……」

生唾を飲み込みながら同じことを繰り返しつぶやいております。


 「後ろから追われても単車の方が速い。要は前だけに集中していれば回避できるはずだ」

そう言って平三が腰の日本刀を抜きました。

 ゾンビと対峙したことは何度かありましたが、単車に乗りながら戦うのは初めてです。踏み込んで斬ることもできず、間合いはほぼゼロに等しい状態です。向かってくるのをギリギリまで引きつけて払うのみの対処しかできません。

 囲まれたらそこで終わりです。単車のスピードを落とさず、上手く回避しながら進むのがベストだといえます。白刃の戦闘はなるべく避けた方がよさそうです。


 「浩介、お前の操縦の腕にかかっている。頼むぞ」

「……ああ、最善を尽くすよ。コケても恨むなよ」

「よし。行こう。新都まで一気に駆けるぞ!」


 茨木・酒呑の単車がスタートするのを確認し、一呼吸置いてから平三・中村の単車が続きます。


 まだ幾分走りやすい路面が続いております。二台は徐々にスピードをあげ、ゾンビたちのテリトリーに近づいていきます。

 後続はなく、残り七十人以上の男たちは息を飲んでその行方を見守っておりました。


 まず初めの一体目。


 ゾンビの後ろを通過します。


 気づかれてはいません。


 時速は四十㎞あまり。


 次のゾンビも別な方角を向いており、セーフ。


 時速は五十㎞まで上がっています。


 しかし、ここで一度スピードを落とし、廃車を迂回します。

 その影からゾンビが急に現れました。

 リアシートの酒呑が一閃、大薙刀を振るうとザッという音と共にゾンビの首が中を舞います。


 他のゾンビにはまだ悟られていません。


 横たわった大木をウイリー走行で乗り越えました。

 ガッ!いう音が辺りに響きます。

 周囲の八体くらいのゾンビたちが途端にビクリと反応します。

 速は四十㎞。

 ピッタリと後ろから平三たちがついて来ていました。


 「うー……うー……」


 低い唸り声が辺り一帯を包みます。

 何かを探すようにゾンビたちがキョロキョロし始めました。


 この時、左前方二mの距離にいたゾンビと平三は目が合いました。


 緑に濁った瞳。

 魚の目のように瞬きもせずにじっと見つめてきます。

 ゾンビのポカンと開いていた口が急に閉じました。

 死んでいた表情が満面の笑みに変わります。待ち焦がれた恋人に再会した時のような純粋な笑顔。心からの喜びの笑顔。


 「ヒャー!!!!!!」


 そのゾンビが歓喜の声をあげました。


 ガソリンに火がつくように見渡す限りのゾンビたちに伝播し、それぞれが喜びに身体を震わせながら歓声をあげます。


 「ヒャー!!!!!!!ヒャー!!!!!!」


 久しぶりに人間が食えると興奮しているのでしょうか。


 運悪く、静観していた後方の男たちがこぞってスタートをきったちょうどその時でございました。

 先頭の男が急に活性化したゾンビに引きずり降ろされます。三体のゾンビが我先にとそこにむしゃぶりつきました。鋭い悲鳴が響き渡ります。


 そこを避けて後続の単車が猛然と進みます。

 二体のゾンビが弾き飛ばされました。

 廃車の上から走りくる単車に飛び移るゾンビが二体。

 そこを避けようとスピードを落とした単車が数体のゾンビに襲撃されて横転します。

 ゾンビたちは倒れた男たちの顔やら首やらに食らいつき肉を頬張ります。

 血しぶきが辺りを豪雨のように濡らし始めました。


 平三と目が合ったゾンビは猪突猛進して迫ってきました。


 (速い!!)


 平三はその間合いの詰め方の異常なスピードに驚嘆しました。何十年も何も食わずに彷徨っていたとは思えぬ速度です。

 村に住んでいた頃に対峙してきたゾンビたちは、はぐれて迷い込んできたのを集団で狩るといったもので、それも獣たちに散々ついばまれ息絶え絶えのゾンビたちでした。本当のゾンビの脅威というもを平三も中村も知らないで育ってきたのでございます。


 避けようと中村がハンドルを切ったその横腹目がけて突っ込んできました。


 「ウォー!!!」


 平三も吠えて刀を振りました。

 間一髪のところで、ゾンビは右肩を斬り落とされ地面に転がります。まるで石を斬るような感触です。これでは十人も斬らないところで刃が駄目になってしまいます。


 中村はスピードをあげて、次のゾンビの襲撃もかわして進んでいきます。

 振り返ると右肩を斬られたゾンビはすぐに起きて後続に襲い掛かっていました。


 どこかの単車が廃車に衝突したのか、後方で爆発音と共に爆炎があがりました。

 高まるゾンビの歓声と男たちの悲鳴は尽きることがありません。


 爆発音で人間の存在を察知したゾンビたちが雪崩のように向かってきました。

 まるで獲物に群がる蟻のようです。

 後続でもたもたしている単車はあっと言う間に飲み込まれ、運転手たちは食い尽くされていきます。


 先頭を行く茨木と酒呑は電光石火の速度でゾンビをかわしては斬り、障害物を避けてはどんどん前へと進んでいきます。中村も負けじとそれを追いますが、距離は開く一方でございました。


 迫ってくるゾンビたちを斬り捨てている平三も肩で息をする状態。脚や腕にはゾンビに噛まれたり、爪で裂かれた傷がいくつも見られます。抗ウイルス薬を飲んでいるので感染は防げますが、戦闘力は落ちていく一方です。


 しかし見渡す限りの視界には喜び勇んで向かってくるゾンビばかり。その数は減るどころか益々増えておりました。

 血みどろの狩場を抜けてこられた後続も十数台あまり。全員が血まみれの状態で後を追ってきます。


 「どうする?自刃するなら付き合うが……」

中村の問いに対し、平三は息を切らせながら首を振ります。

「諦めるな。とにかくあいつらを追うんだ。後方の悲鳴と大量の血の匂いがゾンビたちを引きつけている今しかチャンスはない。周辺のゾンビはかなりの数がここに集まっているはずだ。ここを抜ければゾンビのいないエアポケットに辿り着ける。何としてもここを抜けるぞ!!」


 こうして僅か一㎞の行程の中で、集まった武者のほとんどが命を落としたのでございます。

 先はまだこの百五十倍の距離がございました。



 さて、この続きはまた後ほどとさせていただきます。


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