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序章 2

                    2


 村長である結城友兼ゆうき ともかねに命じられ新都(旧・東京都)を目指して五日後、梶原平三かじわら へいざの姿はすでに小笠原村から遠く離れた大和帝国西三十二域(旧日本国山梨県甲府市)の門前にありました。

 平三の傍には一人の男、竹馬の友の中村浩介なかむら こうすけが悠然と立っております。平三が幾ら断っても、共に付いて行くと言い張ってこの地まで旅を続けて参りました。平三としては帰す機会をうかがいながらの旅でございました。

 この当時の旅というのは、山林や街道に溢れるゾンビを回避するためにひたすら地下道を進むもので、景観を楽しみながらといったような類ではございません。空気の循環もままならぬ狭い地下道を腐臭に耐えながら五日進んでようやくこの地に辿り着いたのでございます。

 ゾンビが地上に溢れたあの日から八十年の時を費やし、村々は互いに地下道を掘り進め、交流の道を造り上げたのです。


 各村の腕自慢の男たちは一端ここに集合するよう指示されておりました。門前に集った武者の数はざっと八十名。槍や剣の他、銃のような武器を握っている者もいます。いずれも平三が見たことがあったり、近隣に武名が鳴り響いている男たちばかりです。しかし、それは向こうも同じ様子で、平三の姿を見ると男たちはざわめき立ちました。

 無理もありません。平三はここに集まっている男たちに比べると数段格上なのでございます。

 大和帝国は完全なる封建社会で、各村は決められた年貢を中央政府に納めることで土地を安堵され、抗ウイルス薬も定期的に購入することができます。

 しかし一定の量を収められない場合は厳しい罰則があり、違反が続くようだと討伐軍が組織され村は壊滅させられるのです。

 紙幣の価値など亡霊に等しく、野菜や果物、米などの現物による税の納入の形をとっておりましたから収穫量が生存・存続の鍵を握っております。ゾンビの襲撃に日夜怯えながらも村の住民たちは厳重に囲ったフェンス内で畑を広げ、収穫高を高めてきました。

 平三の生まれた小笠原村は代々、中央政府より討伐軍の任を受け継いでおり、戦争の度に平三は周囲が驚くような武功をあげて参りました。

 西域の村々には恐れられ、梶原平三かじわら へいざの名を聞けば泣く子も黙ると言われるほどでございます。


 なるほど、よくぞここまで集めたものだと平三は周囲を見渡しながら関心しておりましたが、内心では誰が立ち向かってきても鎧袖一触で撃ち倒すことができると自負もしておりました。

 しかし、集団から幾分離れた場所にいる二人が目に入ると途端に足が止まりました。


 「浩介、あいつらは誰だ。見たことがないな……」


 呼ばれて中村が手をかざして眺めます。しかし興味なさそうに笑って、

「随分と若いな。どうやら片側は女子おなごのようだが。大方、若気の至りで悪戯が過ぎて村から厄介払いされたんだろう」


 中村はそんなことよりこれから始まる責任者の話の方が気になって仕方がないようです。

 平三はそれでもこの二人から視線を逸らすことができませんでした。幾度となく戦場を駆け回って来た平三だからこそ感じることのできる威圧感が、この二人から猛烈に発せられているのです。しかもそれを二人とも巧みにじっと内に秘めています。それでも僅かに漏れてくる覇気が平三を刺激しました。


 前方に立っている女は身長百八十cm、女性とは思えぬ体格を平三と同じ黒い革の服で覆っております。髪はベリーショート、大きな黒い目に厚い唇。

 後方の男はさらに一回り大きく二m近くあるでしょうか。茶色の革の服に紺色のズボン。はち切れんばかりの筋肉とは相反して表情はどこか空でも眺めているようにぼんやりしており、薄ら笑いを浮かべております。

 どちらも二十う五歳くらいの若者ですが、その立ち振る舞いは常人の為せるものではございません。


 (これは勝てんな……)


 即座に平三は白旗をあげました。戦士としての直感でございます。どれほどの修羅場を潜り抜けてきたらこう育つのか、僅かな時間眺めただけでしたが平三は舌を巻きました。同時に自分がいかに井の中の蛙であったのかを思い知ったのでございます。

 周囲の男たちはそんなことなぞ知る由も無く、ただただ平三の挙動に注目しておりました。


 しばらくして責任者が到着し、おもむろに説明を始めました。


 「ここから首都までは約百五十㎞。これより地下道を使用することまかりならぬ。編隊を組むもよし、散尻に進むもよし、この峠道を進み明日の午前六時までに新都入口まで到着した者のみ夜玉ブラックホールにお連れ致す」


 猛者もさたちが色めき立ちます。

 この永延と続く峠道にどれほどのゾンビたちが徘徊しているのか見当もつきません。その中を進むことなど自殺行為です。新都はおろか五百m進むことすら至難の技でございます。


 「もちろん徒歩というわけではない。ここに単車を用意した。各自でこれに乗って新都を目指されて結構。時速百五十㎞で走れば一時間で到着する計算だ。それを十五時間の猶予を与えるのだからお主たち猪武者どもには楽な仕事であろう」


 そう言うと責任者の男はさっさとここを立ち去ろうと致しました。誰もが言葉を失っている中で、数歩進んだ後、何かを思い出したのかくるりと回ってこちらを向き、

「そうそう。代表が新都に到着できない村は補充要員を出してもらう手筈になっておる。逃亡しようが途中で死のうが変わりはない。以上だ。各自好きにスタートして構わんぞ」


 質問する余地もありません。


 男たちは互いに顔を見合わせ状況を懸命に理解しようと悪戦し始めました。


 「平三どういうことだ。政府の連中は俺たちを新都に迎い入れたいんじゃなかったのか?これじゃここで全員ゾンビの餌だぞ」

中村が深刻な表情を浮かべ、危疑きぎの念を平三にぶつけてきます。


 「さあな。連中の考えていることはわからぬが、どちらにしても実力を兼ね備えた者だけを歓迎するつもりだろう」


 「ふるいにかけるにしてはいささか極端過ぎるな」


 「浩介、お前は村に帰れ。これ以上付き合うことはない。俺に何かあったら妻を頼む」


 しばらくの沈黙の後、中村はそっと平三の肩に手を置き大きなため息をひとつこぼし、

「足はどうするつもりだ?お前に単車の運転は無理だろう。徒歩で明日の朝までに新都まで辿り着くのは無理な話だぞ」


 「うーん」

平三は唸って天を仰ぎました。


 数分後、支度を整えた平三と中村は一台の単車にまたがり出発の刻を待っておりました。

 他の男たちもそれぞれが思い思いの単車に乗っていますが、踏ん切りがつかず、スタートできない状態が続いております。


 ハンドルを握る中村が痺れを切らせてリアシートの平三に声をかけます。

「どうする。先頭を行くか」

「いや。待て」

「後方は不利だぞ。気づいたゾンビたちの集中攻撃を食らう」

「わかっている。しかし待て。俺たちが動くのは、あの二人が動いてからだ」

「あの二人……あの若造たちをまだ気にしているのか」

「ああ。あいつらは相当な使い手だ。何者かは知らないがあいつらと行動を共にすれば生存の可能性は高まる」

「はあ?。鬼の平三の異名が泣くぞ。あのガキどもと仲良しこよしをしたがってるなんて。なんだったら直接言って友達になってもらえ。手を繋いで新都を目指せるぞ」

「茶化すな浩介。見ろ、そろそろ動くようだ」


 一方、平三の注目を一身に浴びていた二人の若者は、こちらも一台の単車に二人で乗り、今後の方針を話しておりました。


 「いやいやこんな待遇を受けるとは聞いていなかったな」


 リアシートの男が右手に持った長い薙刀を天にかざしながらそう呟きました。

 ハンドルを握る女はニヤリと笑い、

「ああ。帰ったら九郎くろうのやつ、とっちめてやる」

「九郎との賭けに負けたのは茨木いばらぎ、お前だろう?それで俺までこんな辺境の地に飛ばされちまった」

「わかっているさ。この借りはきっちりと返す。好きなだけ酒を奢ってやるよ。それでいいだろ、酒呑しゅてん

「OK。ま、あっちに居ても退屈していたしな。いい気晴らしになりそうだ。なんだったら真人まひとのやつも連れて来てやればよかったな。あいつも暇そうにしていたから」

「あいつが来ると目茶目茶になる。それより見な。さっきの男がまだこっちを見ている」

「この中じゃ一番まともそうだ……つるむのもありか……な。それより珍しいな男の視線を気にするなんて。ああいう男が好みだったのか?」

「まさか!じゃあ、先頭行くよ。途中で転げ落ちても拾わないからね」


 そう叫ぶと、猛然とアクセルを吹かし、飛ぶようにスタートしていきました。


 その後を平三と中村が追います。


 これを皮切りに全員が一斉に走り出しました。



 さて、この続きはまた後ほどとさせていただきます。




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