2章霧の中の生命(いのち) 4・戦闘開始(バトル・スタート)
4 戦闘開始
F.C.88年 9月29日 午後11時 新都西区35夜玉
バー『レッドアイ』店内
神楽神酒護衛の任務開始より4時間経過、残り26時間
神楽神酒がレッドアイで酔いつぶれてから6時間経過
店内に鳴り響く警告音。さらに店内は白く曇っていく。
「これが敵?このガスがか?」
<青鬼>こと酒呑が口を開く。店長の藤原中蓮が頷いた。
【ジュビュビュビュビュビュビュビュ!!!】
途端に<赤鬼>こと女傑・茨木の6300gのレールガンが火を噴いた。
「チッ!このアホ」
斥候の鎌倉九郎が舌打ちしながら、カウンターに寝そべっている神楽神酒を抱えて床に伏せた。他のアトミナーの隊員たちも同様に四方に散って物陰に隠れた。
茨木の持っている得物・レールガンは、特別改良された電磁加速砲である。350MJの威力を秘めていた。ミサイル並みの威力と引き換えに、射出後、人体に有害なプラズマが大量に放出される。アトミナーの隊員たちはそれを知っているのですぐに茨木から離れたのだった。
茨木が射出を止めた。
壁が崩れ落ち、ホコリが舞って室内はさらに曇っている。
わずか3秒の射出で店は半壊状態である。
警告音だけがむなしく鳴り響いていた。
「何しとんねん!このアホ鬼が!!」
鎌倉九郎が飛び起きて茨木に詰め寄った。茨木はニヤリと笑ってから鎌倉九郎の右肩を蹴り飛ばした。鎌倉九郎は吹っ飛び壁に激突する。
「ガタガタうるせえんだよ。敵を潰すのが前衛の仕事なんだ。邪魔すんじゃねえよ九郎」
茨木は勝ち誇った顔でそう答えた。
鎌倉九郎は後頭部を摩りながら起き上がり、
「敵って……敵の姿と、敵の攻撃の区別もつかへんのか、この暴れ馬が」
「同じだね。私たちの前に立ちふさがる奴は何もかも皆殺しだ」
茨木はそう言って、傍らで立ち上がった酒呑に同意を求めた。酒呑はうんざりした表情をしながらも渋々頷く。
「どうしたんじゃ藤原?敵もこの攻撃を受ければ一端は退き下がるじゃろ」
アトミナーの軍師役、熊谷法力が、カウンターの内側から消音狙撃銃ヴィントレスの改良型を構える藤原中蓮を確認してそう尋ねた。
藤原中蓮は幾分緊張した面持ちで消音狙撃銃ヴィントレスのスコープをのぞきこんでいる。
全員がその向けられた銃口の先を見た。
半壊した店内。暗闇が広がっているだけ。
「なんやねん。何が見えるっちゅうねん」
鎌倉九郎が藤原中蓮に近づきそっと尋ねた。
藤原中蓮は答えず構えを崩さない。
次に敵の気配に気が付いたのは前衛遊撃部隊の真人だった。般若の面の奥の瞳に殺気がこもった。両手を眼前にゆっくりとかざして攻撃態勢をとる。真人は身体に仕込まれた刃物を使った白兵戦を得意としていた。
他のメンバーも目を見張る。
しかし敵の気配はしない。聞こえるのは警告音だけ。
「この音がうるさくて敵の気配がわからん。藤原、この警報機を切れ」
酒呑がたまらず叫んだ。
「いや。この音がする以上は敵はそこにいる」
藤原中蓮が静かに口を開いた。
「まさか……茨木のレールガンをくらって平気な奴なんているわけがない」
酒呑が反論する。茨木も虎のような大きな目を見開いて藤原を睨み付けていた。
「なんやねん。このガスは」
白い煙のようなものが少しずつ隊員たちに近づいてくる。茨木のレールガンの攻撃でもガスは吹き飛ばなかった。それどころかガスの流入も防げていない。
「背後からもじゃな」
熊谷法力がカウンター裏の厨房を確認して呟いた。おそらく隠し通路からもこのガスは流入しているに違いない。膨大な量のガスがこの店内に向けて四方八方から流されたのだ。
「どないすんねんジイサマ。逃げるよりほかに手はないんちゃうか」
鎌倉九郎が熊谷法力に問う。熊谷法力は隊長の北条勇の方を向いて、その顔を見た。どうやら北条勇も熊谷法力と同じ意見のようだった。
「目標を確保しつつ正面より外に出る」
熊谷法力がそう言うとアトミナーの隊員は足音ひとつたてずに隊形を組んだ。
先頭に斥候の鎌倉九郎。
その二歩後ろに前衛左翼・酒呑。右翼に茨木。さらに二歩さがったところの中央に遊撃部隊の真人。
後衛には中央に隊長の北条勇。その警護役に梶原平三。梶原平三は軍師役の熊谷法力とともに目標<真血>の神楽神酒の肩を抱えていた。
そして最後に殿の藤原中蓮。
地上の出口につながる階段付近にはなぜかガスは充満していなかった。敵は正面入り口からだけはガスを送り込まなかったのである。
これは単純な誘導であった。
しかし正体不明のガスから逃れるには正面から逃れるしかない。例えそれが敵の罠であったとしてもである。
「いくで……」
鎌倉九郎がそう言い残して口火をきった。
全員がその後に影のように続く。
「動いておる……」
熊谷法力がボソリと呟いた。
確かに白い煙のようなガスはアトミナーを追うように続いてくる。どんどんとその体積を増やし、色もくっきりとしてきた。
「どうなっているんだ。まるで生きているようだ」
傍らの梶原平三も驚きの表情を隠せない。
こうして大和皇帝直属の超極秘組織「アトミナー」の第一の戦闘が開始された。