2章霧の中の生命(いのち) 3・見えない敵
凄く久しぶりの更新になりました。
読んでいただいている方に感謝いたします。
3 見えない敵
F.C.88年 9月29日 午後11時 新都西区35夜玉
バー『レッドアイ』店内
神楽神酒護衛の任務開始より4時間経過、残り26時間
神楽神酒がレッドアイで酔いつぶれてから6時間経過
「敵の位置は?」
軍師役の熊谷法力が冷静に尋ねた。尋ねた相手はレッドアイの店長、藤原中蓮。藤原は消音狙撃銃ヴィントレスの改良型を掲げて天井付近を見渡した。
「どうした藤原。敵の位置は?」
熊谷がやや語調を荒げて問う。藤原はわずかに首を横に振った。
「なんや、ごっつい警報機を付けといてどこからの侵入かわからへんのかい」
ぼやきながら鎌倉九郎もコルトアナコンダを用心深く構えた。足音をたてずに動き、カウンターで酔いつぶれている神楽神酒をかばうように立つ。
「九郎は黙ってな。ここはビルの地下1階。入り口はひとつだろ。ってことは侵入口は決まってるだろうが」
そう言って、女傑<赤鬼>の異名を持つ茨木がシャフトが2m近くあるレールガンを構えて入り口に標準を合わせる。
「あほか。抜け目のない藤原が脱出口をひとつにするわけないやろうが。裏口があるやろ。奥の厨房の中か?」
九郎の問いに藤原は頷いた。
「チッ!じゃあ二手に分かれて守るしかないな」
茨木が舌打ちしながらそう言って、相棒の酒呑に奥へ行くよう顎で合図した。<青鬼>の異名をもつ酒呑が超重量機関銃のブローニング2054を構えながら奥へ向かおうとする。
「ちょい待い。藤原、裏口はいくつあるんや?」
九郎が酒呑を右手で制して藤原に聞いた。カウンターにつっぷしている神楽神酒以外のメンバーが皆、藤原に注目する。藤原は少しだけ時間をおいてから口をわずかに開き、
「3つだ。厨房の奥の裏口。天井の換気口。冷凍庫の裏には隠し扉がある」
「さすが用意周到じゃのお。で、この警報はどこからのもんじゃ?」
熊谷が腕を組みながら問うと、藤原は首を横に振った。
「なんで店長が店の構造知らないんだよ」
いきり立って茨木がそう叫んだ。
「ホンマ、つくづくあほやな。藤原がこの店、このビルの構造を知らないはずがないやろ。細部まで調べ尽くしているに違いないんや」
「じゃあなんで……」
警報は引き続きけたたましく鳴り響いていたが、敵の気配は感じられない。
「すべてだ」
藤原がぼそりと答えた。
「え!?」
茨木、酒呑の他に新たにアトミナーのメンバーに加わった新参者の梶原平三が同時にリアクションをとる。
「すべての警報機が鳴っている」
藤原がもう一度口を開いてそう言った。
「なるほどね。4か所同時に攻めてくるってことか。おもしれえ、返り討ちにしてやる」
茨木が舌なめずりをしながらそう言い放った。
「いや……藤原が警報機を4つしか仕掛けんはずがない。対人、対物、罠はもちろんのこと、移動式の探知機も装備しているやろ。全部でいくつや?」
九郎の言葉に茨木や酒呑が目を丸くする。
「ああ。26だ。」
「26……」
藤原の答えにさらに茨木や酒呑が驚きの声をあげる。
「鳴ってるのはそのうちいくつや?」
九郎が真顔で藤原を見つめた。無言でたたずむアトミナーの遊撃部隊・真人はずっと冷たい視線を藤原と九郎に注いでいた。
「25だ」
「25……それが同時に鳴ったのか?」
茨木が信じられないといった表情でそう言った。普通の侵入であれば順に警報機が鳴るはずである。敵の数が多かろうが、少なかろうが、変わりはない。
藤原は茨木の問いに答えなかった。
「で、鳴らなかったひとつはどこじゃ?」
さすがに年の功、熊谷は落ち着いている。動揺を押し殺していた。
藤原が右手でゆっくりと<そこ>を指さした。唯一敵の侵入を許していない箇所だ。
「そこ、か……」
苦笑しながら熊谷が頷く。
そこはレッドアイの正面入り口であった。敵は一番攻めやすい正面入り口を無視したことになる。
「手強いな」
熊谷はそう言って横に立つアトミナー隊長の北条勇に声をかけた。
確実に罠だ。
敵がアトミナーを誘導しようとしているのが明白だった。
さすがにここまで開けっ広げの罠を仕掛けられたのも初めてのことである。
「なめやがって」
茨木の表情がまさに鬼の形相に変わった。
警報の音が変わった。より深刻な状況を物語っているに違いない。
「店内に潜り込んだ」
藤原がそう告げると、北条と熊谷以外のメンバー全員が得物を構えた。
気配がない。足音どころか、呼吸音すら聞こえてこない。
戦場の死神とまで恐れられたアトミナーの精鋭から気配を隠し通せるはずことなどかつてなかった。特に斥候の九郎に気づかれないなど超一流の暗殺者にもできない芸当である。
誰もが息を飲んで辺りをうかがう。
気のせいか霧のようなものが室内に立ち込めていた。
(ガスか……)
全員が正面の出口を見た。
(あぶり出す作戦か……)
有毒ガスであれば逃げるためには外に出るしかない。
「敵だ」
このとき、藤原がそう呟いた。
「姿を見せずに伏兵で襲う気や」
九郎も呟く。
「いや。違う。これが敵だ」
藤原はそう言って白く曇る室内のガスを見つめていた。
藤原の言っている意味がこのとき誰も理解できていなかった。
しかし敵は確実に鼻先にいたのである。