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1章狐狸風波     7・北条勇と平静

          7 北条勇ほうじょう いさむ平静たいら しずか


 F.C.八十八年 九月二十六日 午後七時  新都西区三十五・夜玉ブラックホール

 バー『レッドアイ』店内

 

 「こうして全員で顔を合わせるのも一年ぶりになるのか。懐かしいものじゃ」


 カウンターの前に立ち、全員の顔を確認しながら熊谷法力くまがい ほうりきがそう口を開いた。

 誰かが口火を切らねば<殺気漲る緊張感>が音をたてて切れそうだったので、鎌倉九郎かまくら くろうは熊谷の声にほっと胸を撫で下ろした。


 ようやく一息ついて周囲を見渡すと、カウンターでは真人まひとが背を向けてひっそりと座っている。カウンター越しにこの店のマスターである藤原中蓮ふじわら ちゅうれんがじっと最後の訪問者たちを見つめていた。奥のボックス席に座っている茨木いばらぎ酒呑しゅてんは暗闇に潜む肉食獣のように押し黙って微動だにしない。


 店内に入って来たのは三人。

 ひとりはオールバックの髪型に生えそろった顎鬚の男。背丈は百八十cm、体重は八十kgはあるだろう。歳は四十ほど。高位の軍人官僚の軍服に身を包んでいた。

 何を隠そうアトミナーの隊長、北条勇ほうじょう いさむ大佐である。

 かつて遂行不可能と言われた任務を幾つも完遂してきた歴戦の勇。この部隊の絶対的な指導者リーダーであった。

 しかし朋友の契りを交わしている熊谷法力以外は誰も北条勇を積極的に迎え入れようとはしていない。懐かしさを味わうよりも極度の警戒心に店内は満ちていた。


 理由は過去にある。


 だがそれだけではないようだった。北条勇の隣に寄り添う脚のスラリと伸びた女性の存在も雰囲気をより険悪なものにしていた。

 ブラックのスーツ姿にブラウンのストレートヘア。眼鏡の奥の瞳はコンピュータに向かうときのように冷たく輝いていた。無論九郎以外のメンバーも面識はある。名前は平静たいら しずか。北条勇の直属の上司である平武衛たいら ぶえい大将の次女で、陸軍少将を務めており軍部の階級では北条勇よりも上にあたる。

 アトミナーに与えられる任務はすべてこの平静を経由して下りてくる。それを全員に根気強く伝えるのが北条勇の仕事でもあった。

 一年前に部隊が強制解散させられるときもやはり同じように特殊任務が平静から北条勇に指示された。

 平静は決して戦場には赴かない。あくまでも重要な任務の伝令役。

 血を流し成果を出すのはいつも現場の人間だけであった。

 そんな官僚を尻目にどんな理不尽な命令でもアトミナーの隊員たちは北条勇を信じて戦った。


 今もまだ誰ひとり北条勇に裏切られたとは思っていない。

 <永久解散>は酷薄な上層部の連中が決めたことなのだ。北条勇は異を唱えただろう。アトミナーに人一倍誇りを感じていたのは隊長の北条勇だったからだ。上層部とどんな交渉をしたのかは誰もわからないが、最後まで食い下がったに違いないと全員が信じていた。

 

 「大佐。その後ろにおるひとは誰でっか」

九郎が尋ねた。

 平静に注がれていた冷たい視線はその隣の男に向けられた。

 見たことは無い。新顔である。


 「先に紹介しておこう。今回の任務に参加する梶原平三かじわら へいざ伍長だ」

北条勇がそう言って背後に立つ男を紹介した。

 身長は北条勇と同じくらいだろうか。戦場を知っている男の風格が漂っていた。

 名前を聞いて奥のボックス席が騒がしくなった。

 アトミナー紅一点の茨木が席を立ってゆっくりと向かっていった。梶原平三の前に立つと、

「生きていたのか」

そう言って笑顔で握手した。

「ああ。この部隊の話はだいたい聞いた。よろしく頼む」

梶原平三も微笑んだ。茨木は尚も

「新入りとは久しぶりだね。誰以来だい。まあいいや。一度は戦場で一緒に戦った仲だ。弱い男は嫌いだが、あんたは歓迎するよ」


 茨木らしくない話ぶりを聞いて九郎が冷やかしの声をあげる。


 「ついに赤鬼にも職場恋愛できるチャンスが巡ってきたようや。百年に一度の絶好の機会や。これを逃がせば生涯独り身やさかいがっついていけや」

「おめえはいちいちうるせえんだよ九郎。ひとり補充されたんだ。ひとり消えても問題はない。九郎、おまえが消えろ」

「そんな気を使ってもろうておおきに。けど今晩は茨木とこのあんちゃんで一緒に消えればよろしい。朝までゆーっくり楽しんでや」

「誰に向かって口をきいてやがる。表で出ろ九郎。決着を付けてやる」


 「ふたりともいい加減にせんか」

熊谷法力がたまりかねて間に入った。酒呑が暴れようとする茨木をなだめながら奥へと戻っていった。


 「相変わらず元気のいい人たちね」

平静がボソリとつぶやく。失笑にも似た揶揄が隊員たちの心に引っ掛かった。

 慌てて熊谷法力がその前に立って、

「同窓会じゃあるまいに懐かしさばかりに浸っているわけにもいくまい。さて勇、今回の任務はなんじゃ。説明してくれ」


 北条勇が口を開こうとするのを隣の平静が遮って、


 「わかっているはずよ。今回の任務はこのの護衛。時間は三十時間」


 そう言ってカウンターの席でひとり酔いつぶれている神楽神酒かぐら みきを指さした。改めて全員が標的ターゲットを確認した。


 「その娘は何者だ」


 奥から茨木の怒号。

 昔から茨木と平静の相性は悪い。簡単に言うと北条勇を挟んで三角関係の状態だった。北条勇の気持ちは昔から平静の方だけに向けられている。それが茨木は気に喰わない。


 「名前も素性も極秘事項トップシークレットよ。あなたがたはただ護衛すればいいの。最後のひとりになろうとも守り続けなさい」

平静は冷たくそう言い放った。合理的な頭脳の持ち主だが言葉に棘があり、それがいつも事態を困惑させてきた。一年が過ぎてもその点の成長は見られなかったようである。


 「何から守る?」

マスターの藤原中蓮がグラスを拭きながら尋ねた。


 平静はニヤリと笑って、

「すべてからよ」



 そう言い残して店をひとり後にしたのであった。


 <永久解散>撤回の話にはまるで触れることなく……。


 こうしてアトミナー八名の精鋭が揃った。



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