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1章狐狸風波     4・熊谷法力

4 熊谷法力くまがい ほうりき


 新都西区三十五・夜玉ブラックホール


 路地裏での一件で大人しくついてくるかと思いきや、神楽神酒かぐら みきの行動は見事に鎌倉九郎の期待を裏切った。

 少し目を離すとどこかに消えている。

 するとどこかで歓声やら怒号が飛び交い、そのトラブルの中心に必ず彼女がいた。好奇心旺盛の限度を超えている。もはや自殺志願者同様の精神状態だと九郎の目には映っていた。可憐な笑顔の根っこは絶望にけられ腐り始めているのだと。


 (まあ、だからこそこんな餌につられて外の世界から来たんやろうけどな)


 内心で同情めいたものを感じながら、九郎はその都度駆けまわっていた。


 周囲の人間から見たら九郎が凄まじいスピードで走っているように見えている。だが九郎の表情にはまったく徒労の色が見えず、呼吸は微塵も乱れていなかった。

 さもあらん。全力疾走の四割弱の速度しか出していないのだから。理由は辺りの状況を見渡しながら走っているためだ。行き交う人間たちの顔ぶれ、ビルの窓越しの人間、屋上の影、もちろん神酒の行動や反応までつぶさに観察して記憶に刷り込んでいる。

 物心ついた頃から訓練されてきた斥候・諜報員としてのスキルだった。


 突如誰かが九郎の左腕を掴んだ。

 振り返ると坊主頭にサングラス、鍛えられた肉体を迷彩服で包んだ男が立っている。ニヤリと笑った口元には無精髭が。一見は壮健な男性だが、よく見ると顔は皺だらけで還暦以上の年齢であることは明白だった。


 「ジイサマ……。どうしたんや?」


 九郎が驚いてそう口にした。

 ジイサマと呼ばれた男は腕を離し、

「いつまで待っても来ないからな。こっちから探しにきたんじゃ。なんじゃ、お前ひとりか?」

「いや……いるにはいるんやけど、放し飼いにしとったらあっち行ったりこっち行ったりでなかなか前に進まんのや。ほら、あそこや。あそこでまたトラぶっとる。ほんまべっびんさんやのに落ち着きがないわ

「なに呑気なこと言っとるんじゃ。危ないじゃろが。あれが標的ターゲットじゃろ」

「そうや。あれが今回の祭りの御輿や」

「だったらすぐに言って救出せんかい!こんなところで殺されてしまったら元も子もないじゃろうが」

「そやな。そやけどそれは杞憂や」

「なんじゃと?」

「見てみん周りを。ゴミクズみたいなここの住民に紛れて目をギラギラさせてるやつらがぎょうさんおるやろ」

「……いや、わからん。暗くて表情なんて見えんぞ。」

「なんや、もうろくしたんか。悪魔の指揮者なんて呼ばれて恐れられていた熊谷法力くまがい ほうりきともあろう男が情けないわ」

「やかましい。小僧のお前に言われる筋合いないわ!それでどのくらいいるんじゃ。」


 九郎がぐるりと周囲を見渡した。


 通行人や店員、客、住民など辺りには四百人以上の人間がいる。

 路地裏などの暗がりに潜む人影を含むともっといるだろう。


 「ざっと三十五人やな。それも相当な腕のプロのボディガードや」

「三十五?おいおい、そりゃいくらなんでもないじゃろ。国家の要人級を超えておるぞ。お前もブランクがあるからその目がくらんでるんじゃないのか?」

「冗談やない。部隊が解散してからもこの一年間欠かさずにこの目を鍛えてきたんや。かつてわしが戦場で見誤ったことなんてあったか?」

「ウーム……お前の目は確かに正確じゃったな。それでアトミナーは幾つもの危険を回避してきた。信用していないわけじゃないが……しかし三十五人も警護をつけるとは、あの女はいったい何者なんじゃ?」


 十m先の店の軒下で神楽神酒が数人の男たちと揉めていた。

 神酒も必死に抵抗していたが、ついに大柄の男に後ろから羽交い絞めにされてしまった。別の男が興奮した表情で近寄っていく。その手には大きな青竜刀。

 九郎が腰から銃を抜いて素早く狙いをつけた。

 ふっと息を吐くのと引き金を弾くのはほぼ同時。続けて三発撃った。青竜刀を持った男のこめかみと振りかぶった右腕に直撃する。もう一発は神酒を羽交い絞めにしている男の右足へ。

 男は神酒を離して悲鳴をあげて地面に倒れた。

 九郎と熊谷法力がすぐに走り寄る。

 神酒は地面にペッタリと座り込みながら驚いた顔で辺りを見渡していた。

 銃撃戦など日常茶飯事なのか住民たちは特に驚いた様子も見せていない。しばらくは注目していたが、やがて誰も関心を示さなくなった。


 「ほんまに言うこときかん姉ちゃんやな。ウロチョロすんなや!」

「ゴメン九郎……。でもあの人たちが嫌がる人を無理やり店に連れ込もうとしていて、それで……」

「あんな、神酒ちゃんはここに何をしに来たんや?」

「……観光?」

「そうや。一日警察署長でもなければストリートファイトするためでもない。単なる観光客や」

「でも……」

「でももヘチマもない!!ここにはここのルールがある。よそ者がお節介焼いていちいち首突っ込まれたんじゃ迷惑や!!」


 真っ直ぐな目で九郎は神酒を叱り飛ばした。

 神酒はしゅんとしてうつむいたまま。

 見かねて熊谷法力が横やりを入れた。


 「まあまあ。正義感旺盛で結構なことじゃないか。こんな勇ましい女性は久しぶりじゃな。いやいや歓迎するよ。ようこそ夜玉ブラックホールへ」

「勇ましい女性って……いつも異常に勇ましい女見とるやないか。まあ、茨木いばらぎはもう女を捨てとるか」

「やかましい九郎。黙っとれ」

「あの……どなたですか?」

「おお、自己紹介が遅れてしまって申し訳ない。わしゃこの九郎の親代わりをしておる熊谷法力って言うものじゃ」

「九郎の親代わり……あの、私は神楽神酒と言います。宜しくお願いします。」


 神酒がペコリと頭を下げた。


 熊谷法力はサングラスを外し、皺くちゃな表情をさらに崩して、

「こちらこそ宜しくの」

そう言って優しく微笑んだ。


 その後、神酒は勝手にウロチョロすることはなくなった。

 九郎と熊谷法力はその少し後ろを歩きながら、唇を動かさずに会話をしている。


 「ジイサマ見たか?さっき俺が撃った男やけど、別の着弾の跡もあったわ。それも別に二方向や。見事に心臓を貫いとった。悔しいけど射撃の腕はわしより上やな」


 「本人に気づかれずに警護しておるのか。しかし、どこからどう見ても普通のお嬢さんじゃな……大和帝国皇帝の血族の者なのか?」


 「いやそれはない。詳しい話はレッドアイでみんな集まってから話すさかい待っとってや」


 「そうか……しかしみんなが集まると言っても真人まひとが来るかどうか。この一年まったく顔見せに来んぞ、あのガキ」


 「真人ならジイサマよりも先に神酒ちゃんには顔見せが終わっとるよ」


 「なに?真人がか?」


 「そうや。どこから嗅ぎつけてきたのか、あいつも神酒ちゃんの警護についとる。さっき神酒ちゃんが襲われたとき、四、五人斬り捨てていきやがった。それで神酒ちゃんは真人のことをスーパーマンだと勘違いしとる」


 「はっ!真人が正義の味方か?それは面白い」


 「笑いごとやないで。ジイサマもこのこと知らんちゅうことは誰があいつに指示したんや」


 「そりゃ……まあ、いさむしかおらんじゃろうな……昔から真人は勇の命令しか聞かんかったからな」


 「わしも同じや。わしも北条ほうじょう大佐から神酒ちゃんの保護と誘導を命じられたんや。なんでわしと真人の二人が同じ命令受けとんのや」


 「念のため……じゃろうな」


 「それが腹立つっちゅうんや!信用してないって言うことやろが。どんな戦場でも今までこんな侮辱を受けたことはなかったわ」


 「部隊が解散して一年経ってるからな……昔と同じようにはいかんじゃろ」


 「北条大佐だけが変わった!ちゅうことや」


 「まあそういきり立つな。勇には勇の事情があるんじゃろ。それだけ大切な標的ターゲットってこともあるじゃろうし……」


 聞こえているはずもないのだが、神酒がくるりと振り返り、ニコリと笑って手を振ってくる。


 「まるで保育園児のお散歩や」

それを見てポツリと九郎が呟いた。



 やがて目的の富士屋ホテルに到着した。



 こうして実験は静かに始まったのである。


 一大軍事作戦「夜型ナイトタイム」。



 

 すべてはあの一族誕生のために……。




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