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1章狐狸風波     3・真人

3  真人まひと


 視界に広がる世界はすべて夜の帳に包まれていた。

 そびえるビル群はありったけのネオンに埋め尽くされ賑やかで、行き交う人々も躍動感に満ち溢れている。

 何かが始まる予感。

 ここでの体験はきっとすべてを忘れさせてくれるはずだ。神酒みきの心の内で高まる高揚感。


 新都西区三十五・夜玉ブラックホールに初めて訪れた神楽神酒かぐら みきは、メインストリートを五歩進めば必ず立ち止まり辺りを興味深く見渡した。

 そこかしこで会話を楽しむグループがある。

 外の世界では見ることのない服装のいかつい男たち。極限まで肌を露出し色気を振りまく女たち。ショーウィンドには何に使用するのかまるで想像もつかないような機器が並んでいる。酒を片手に大声を発している者もいた。頭上ではビルの一室の窓を開いて歌っている者もいる。全力疾走で前を駆け抜ける者がいたかと思うとその後を必死に追う一団の姿もあった。

 漂ってくる甘い匂い。未知の喧騒が神酒の好奇心を掻き立てた。

 

 「フーイート(食べる者と食べられる者の店)……?何の店かしら?」

 パープルの看板に血のようなレッドの文字が煌めく店の前に神酒は立ち止まった。ホールでは客が盛り上がりながら何かを口にしている。肉料理のようだ。窓越しに覗き込むとどの客も満面の笑顔で口の周りを血だらけにしながら手づかみで肉を頬張っていた。


 「……イヤー!!!……」


 ふと、どこかで女性の悲鳴のようなものが聞こえた。

 どこ?キョロキョロしている間にまた悲鳴が聞こえてきた。聞き間違いではない。確かに女性の助けを呼ぶ声だ。

 路地裏からだろうか。

 店とビルの間の暗い路地裏にそっと足を踏み入れた。メインストリートの喧騒が弱まり、はっきりと悲鳴が聞こえてきた。どうやらこの店の調理場からのようだ。

 裏口のドアがあり、その横には曇った窓があった。割れていて、その隙間から室内の声が漏れてきている。

 鼓動が高まる。恐怖を感じたが、このまま見過ごすわけにもいかない。誰かが襲われているかもしれないのだ。

 音をたてぬように気を配りながら神酒は窓に近づいた。そしてゆっくりとガラスの割れた箇所から覗き込む。


 「キャー!!!!!!」


 かん高い絶叫。

 神酒は驚いてのけぞった。

 誰かが襲われているのだ。

 気を取り直して再度覗き込むと、汚れきった服装をした巨漢の男が包丁を振りかざしていた。その目前にはキッチンの上に手足を縛られ寝かしつけられた若い女性がもがいている。この角度からはよくわからないが傷を負っているようで、辺りは血だらけだった。


 「何をしているのよ!!」


 神酒は我を忘れドアを開いて室内に飛び込んだ。

 豚のように太った男が突然の訪問者に驚き立ちすくんでいる。

 神酒は叫びながら男に突進した。男は包丁を振りかざしたままその突進をかわしたが、バランスを崩して壁に頭を激突させながら床に倒れた。

 神酒は調理場に何本も置かれている包丁の中から一本を抜いて女性の手足を縛っているロープを切った。


 「早く!早く逃げよう!!」


 そう声をかけて女性を起こした。右足が無い……その時初めて神酒は気づいた。太ももからバッサリ切り取られた足が隣のまな板に血だらけで置かれているのだ。

 女性は涙と涎を垂らし、身体を痙攣させている。

 太った男が身体を起こそうと唸りをあげた。

 神酒は慌てて女性に肩を貸し、よたよたと裏口から外に逃れた。背後で男が喚いている声が聞こえてくる。

 路地裏に出るなり女性は倒れ込んだ。神酒は女性を必死に引っ張り上げてメインストリートに向けて進もうとするのだが動かない。


 「誰か!誰か助けて!!」


 声をあげて助けを呼んだ。

 気を失ったのか女性はピクリとも動かない。


 神酒の助けを呼ぶ声を聞いて数人の男が路地裏に入ってきた。同時に店の裏口からも太った男を筆頭に数人が怒気を含んで飛び出してきた。


 「この女性ひとが襲われていたの!助けて!このひとたちに襲われていたのよ」

神酒がそう叫ぶと、助けに駆けつけてきてくれたはずの男たちが興奮気味に雄叫びをあげた。


 「うおー!!これは新鮮な女だ。外の世界の女じゃねえか!!!」


 「マジか!!!マジか!!!こんな御馳走めったにお目にかかれないぞ!!」


 「よし、俺が捕まえる。そのかわり俺が好きな部位をもらうぞ」


 「ふざけんな!心臓ハツは俺のもんだ」


 「タンはたのむ、俺に売ってくれ!上物の酒があるんだ。それを出すから……」


 「馬鹿野郎。一番美味いのは目玉だよ。目玉!!」


 男たちが自分勝手にそうつぶやきながらジリジリと迫ってきた。

 助けにきてくれたんじゃない……神酒にもそれがすぐにわかった。


 「おいおい!そっちの女は調理の最中なんだよ。店の商品だ!手を出すな」


 裏口から頭をさすりながら出てきた太った男が喚くと、神酒に迫りつつある男たちが、

「こっちの上物は?どうなんだ?」

「そっちの出歯亀でばかめは勝手に乗り込んできて商品を強奪していったんだ。うちの商品じゃねえ。まあ、捕まえたらサービスで調理はしてやるよ。活け盛りなんていうのはどうだ。生きたまま新鮮なのを醤油につけて食うのさ」


 それを聞いて男たちが凄まじい歓声をあげた。

 神酒はそんな狂気の会話を聞いていて生きた心地がせず、それでも倒れた女性を庇うようにして地面に腰をおとしていた。


 男たちが涎を垂らしながら一斉に神酒に襲い掛かる。神酒は女性の頭を抱きしめながら目を閉じた。


 ザッ


 何かが目の前に降りて来た音がして神酒は目を開いた。


 (誰……?)


 暗闇に立つひとりの男。


 闇よりも暗い黒のシルエット。


 男たちが神酒の寸前まできて足を止めた。

 先頭の二人が斜めに身体を両断されて崩れ落ちる。

 男たちがどよめく。


 「マヒトだ……」


 誰かがその名を口にした。

 転げるようにその場から逃げ出す者が続出する。


 「なんだてめえは!どけ!!」


 それでも詰め寄る男が三人ほどいた。手には大きなナイフ。ひとりは銃のようなものを構えている。

 神酒を庇うように立つ全身を黒一色で包んだ男はひるむことなくじっとしていた。


 「あっ!」


 黒の男の首にナイフが突き刺さる瞬間に神酒はそう叫んだ。

 ナイフが確かに突き刺さったように見えたのだ。

 しかし、実際はナイフを持った腕ごと切り落とされ襲い掛かった男は悲鳴をあげて転げ回った。

 さらに黒の男がすっと踏み込むと、

 口を開き唖然としていた男二人の首が宙に舞った。辺りはあっと言う間に血の海。店の人間たちも慌てて店内に逃げ込みドアを閉めた。

 神酒たちに襲いかかろうとするものはもはや誰もいない。バラバラの死体とのたうち回る男がひとり


 「神酒ちゃん!!」


 そう叫んで路地裏に飛び込んできた男がいた。

 先ほど知り合ったばかりで、案内人ナビゲーションを買って出た鎌倉九郎かまくら くろうだ。神酒の姿が見えなくなってあちこち探し回っていたのだろう、汗だくである。

 しかし、黒の男の姿を確認すると足を止めた。


 「あの……助けてくれてありがとう……ございます。」

神酒が立ち上がり、黒の男に感謝の言葉を述べた。

 男が般若のような面をつけていることに初めて気が付いた。

 髪は長く、身体は細い。脚は長く、ピッタリとした黒のパンツ。上半身には黒く輝く宝石が散りばめられた黒のジャケット。

 面の奥から一瞬だけ男は神酒を見た。

 夜の闇の中に浮かび上がる青い瞳。

 そして何も答えず男はその場を離れた。


 「九郎。不手際だな」


 九郎の前に立ってそう言い放つと、空の闇へと飛んでいった。


 「神酒ちゃん、怪我はないか?こんな路地裏に迷い込んで……だから言うたやないか。危険だって」

「ねえ九郎、今の誰?」

「え!?」

「今の誰なの!?すっごくかっこいい!!何?スーパーマン!?悪いひとたちから正義を守っているの?武器も無しにどうして倒せたの?何で飛んでいけるの!?」


 神酒が興奮して矢継ぎ早に問いかけた。


 「いや、スーパーマンって……」

「あのひと九郎の名前を呼んだよね。知り合いなの?ねえ!名前は?名前はなんていうの?」

「知り合いゆうか……まあ、腐れ縁やな……」

「名前は?」


 九郎はため息をつきながら夜空を見上げて答えた。


 「真人まひとや。姓は知らん」

「……真人さんか……こんなところにも正義の味方っているんだ」

「ああ?……神酒ちゃん、それは勘違いも甚だしいわ。あいつはそんなまともなもんやない」

「だって……助けてくれたんだよ。さっと現れて。真人さんがいなかったら私襲われていた」

「まあ、そりゃそうやけど……」

「あれ?あの女性ひとがいない。どこ?」

「右足無かった女のことだったら、神酒ちゃんがぽーっとして夜空見上げている間に向こうから逃げていったで」

「片足で?」

「片足だろうが片手だろうが、この街の人間は生きていくためには何でもするんや。この店もそう。ここに住んでいるほとんどの人間がまともなものなんて口にできへん。それでも生きていかにゃならん。だから食えるものは何でも食う」

「……人間を食べるの?」


 その問いには九郎は何も答えなかった。代わりに遺骸を見渡して、

「話は後でゆっくりするさかい行くで。もう道草はナシや。さっさとホテルでチェックイン済ませようや」


 怪訝そうな表情で神酒は頷く。

 そして足元をなるべく見ないようにしてメインストリートへ向かった。


 これが神楽神酒と真人の最初の出会いであった。


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