再ビ会ウ
やはり、昨日と同じで魔物との遭遇率は平常時に比べて明らかに高いようである。
「まあ、ミルカが事前に察知してくれるし、こないだみたいな手におえない奴もでてこないし、面倒っちゃ面倒だが多少なりとも収入にはなるからありがたいっちゃありがたいんだが」
「大儲け?」
「そんなに大した儲けにゃならんが、まあ魔物と会わずにに移動だけしてたらまったくの赤字だからな。昨日今日でようやくとんとんって感じだ」
「結構大変なんやな。冒険者って」
ミルカとしては一人で魔物と戦うキルスを目の当たりにしつつ、ただ後方で待機しているだけだ。
ちょっとは役に立とうと『微睡の歌』などを歌おうとも試みるが、遭遇する魔物のレヴェルが低いらしく、歌唱中にキルスが葬ってしまうために発動が間に合わない。
聞くところによると、精々10秒から数十秒で詠唱が終わる魔術と違って歌唱スキルは使い勝手がさほど良くないということであった。
幸か不幸かキルスが傷を負わないために『癒しの歌』も出番がない。
「普通の冒険者ってのはもっと積極的に魔物を探して狩るからな。
俺は旅のついでに出会った魔物と戦うだけってのが基本だから効率がひどく悪い。
まあ日銭稼ぎのためにわざわざ時間を使わなくてついでで金が得られるんだから文句もわかねえな。
それより、アレはどうしてる?」
「うん、やっぱりまだつかず離れずでついて来ているみたい……」
アレというのはおそらく昨夜出会った謎の獣人である。獣人であるかどうなのかはさておき他に言い表す言葉が今のところ存在しない。
あれは一体なんなのか? が不明であるのでアレだのアイツだのという呼称を採用するしか手がないのである。あるいは昨日のヤツとか。
「餌付けされたってわけでもなかろうが……。
村までついてくるとなっちゃあ厄介かもな。
いっそのこと待ち伏せして正体を確かめてみるってのも一案なんだが……」
それにはミルカが首を振る。
「でも昨日みたいに近づいては来ないみたいなんや」
そう言いながらもミルカは首を捻る。
彼女の感知能力にはある一定の範囲があるらしく、ある程度の距離になるとそれは有効に働かない。
例の謎のアレは、その範囲のギリギリを出たり入ったりしながら付いて来ているのであった。
それをキルスに伝えると、
「まるで向こうもミルカと同じ能力を持っているようだな……」
と見解を示す。
仮にそうだとしてついてくるのは何の目的で? というのは答えが出ないのだが。
そんなこんなで、遭遇した魔物を狩りつつも、目指す村に到着する。
「ようこそロザリヌ村へ~」などと出迎える村人など居ない寂れた村であった。
「ここの宿の飯は食えないことはないんだが、それほど美味いってわけでもないからな。
なじみの店がある。一応酒場も兼ねているが、飯を食うだけの客も多いからな」
と、一軒の小さな食堂に案内される。
黒板にメニューが書かれていたがミルカにはいまいち――文字は読めるものの――ピンと来ない。
「キルスさんのおすすめの奴で」
と、思案を放棄する。
出てきた料理は、肉をグリルしたものでそこそこ美味であった。
とまあ、久しぶりのまっとうな食事を楽しんでいると、
「おう、キルスの旦那ぁ」
と声がかかる。
冒険者というよりは、どちらかというと荒くれ者といった風貌に近いが顔はそれほどいかつくない青年が立っていた。
「ああ、こいつはガルウってケチな冒険者だ」
「ケチってこたあねえだろ?
村一番の出世頭なんだから」
「村で唯一の冒険者の間違いだろ」
「それでも村一番に違いはねえさ」
などと軽口を叩きあう。
冒険者同士顔なじみであるのはもちろん、ほどほどに気のおけない仲のようである。
「最近変わったことはなかったか?」
村付近の情報源としても重宝しているために、キルスはいつもどおりといったふうに何気なく尋ねる。
「ま、いつもどおりさ。変わったことといえば、ここ2~3日で畑を荒らす獣に迷惑しているってぐらいかな。
それより女連れとは珍しいな」
「まっ、なりゆきでな。
それよりその畑荒らしはお前が討伐したのか?」
「いんや、どうやら夜の間にやってくるらしくてな。
それに荒らすといっても、滅茶苦茶にするほどたちが悪い相手でもないようで。
今んとこ俺っちに依頼もないから、放っておいてるさ」
「どんな相手かわかっているのか?」
「足跡からして、野犬か狼の類。それほど大きくもない」
「そんな奴が野菜に手を出すとは考えにくいな」
「だろ? みんな不思議がってるよ」
「魔物の出現状況はどうだ?」
「そいつはいつもどおりだな。
といっても、こんな寂れた村だ。ここ数日は来訪者もいない。
俺も近場しか回ってねえから確かなことは言えねえが。
それより、今回はどうなんだ?
どうせあの祠に行くんだろ? 必要とあれば御伴しますぜ」
ガルウからの提案というか、営業にキルスは腕を組んで考え込む。
別に護衛も必要としないキルスだが、たまに付き合いでガルウに随伴を頼むことはしばしばあった。
普段からの情報料を兼ねての依頼でもある。
多少なりとも懐が潤っている今の状況と、ミルカの存在――ある意味ではお荷物とも言う――を考慮して、
「そうだな。久しぶりに頼むとするか。
詳しいことは後で話す。
しばらくは飲んでるんだろう?」
「まあ、いつもどおりの時間くらいまでは」
「こいつを宿に案内してからまた来るよ」
「了解した」
と、空気のように耳をそばだてながらも食事を続けていたミルカにはほとんど触れることなくガルウはカウンターへと消えて行った。
「明日あの人も一緒に行くってこと?」
「ああ、心配するな。身なりはああだが悪い奴じゃない。
腕はそこそこにしか立たんが、居ないよりはマシってことだ。
実際何が起きるかわからないからな。
警戒するにこしたことはないだろう」
そう言われてしまえば、ミルカには拒否る権利も口実も生じない。
食事が終わると、近くの宿に連れていかれて部屋をあてがわれた。
1日ぶりとはいえ風呂に入って湯を浴びてさっぱりし、まともな布団で寝れることを喜びながら、ベッドに横たわる。
日中の疲れが彼女を心地よい眠りに誘うのであった。
夜半過ぎ……。
ミルカの寝ている部屋の窓から室内に侵入する影があった。
小さな寝息を立てて寝ているミルカの枕元まで来ると、ミルカの肩を揺する。
目を覚ましたミルカが驚いて声を上げようとするのを口に手を当てて無理やりに抑する。
「ふがふが……」
声にならない小声を上げるミルカ。
窓から差し込む月明かりに照らされて浮かび上がる顔を見てミルカは驚愕した。
「静かに。大丈夫だから、話聞いて」
その声は聞き覚えのある声。確実に見覚えのある顔でもあったのだが、鼻がトンガリ、犬の耳が生えているところが自分の記憶とまったく異なる。
それはそれで驚きで予想だにしていないことだったが、なんとなくことの成り行きを納得してしまうミルカだった。
大丈夫、落ち着いたから……と視線と態度で相手に訴える。
それを確認すると、相手は口にやっていた手をそっと話す。
そこでミルカが小声で話しかけた。
相手の名前を呼ぼうとして、どういうわけだか発音できないことに気付くが、
「こっちに来てたんや。なんでワンコになってんの?
昨日来たのも……」
「うん、わたし……。
それより、着替え貸してくれない?
人間の姿に戻りたいんだけど、服失くしちゃってて……」
ミルカが自身の服を差し出すと、ワンコの体が薄く輝き、毛むくじゃらの体がすべすべお肌に変わっていく。
何がどうなっているのかさっぱりだが、とりあえずワンコが着替えるのを待ちながらも質問を投げかけた。
「あれやんな? うちのこと知ってるんやんな?」
「もちろん。なんでだか名前は言えないけど……」
「そうやねん。こっちも同じで。
あたしはミルカって名前で……」
「ああ、ミルカね。そういう意味だったらわたしはチェリっていうのがここでの名前かな?」
「で?」
「で? って?」
「いや、いろいろ。
あたしは3日ほど前に気が付いたらこの世界に居て、たまたま出会った人と旅してる途中だったんだけど」
「ああ、じゃあわたしも似たようなもんかな。
でも誰とも出会わずに森とか彷徨ってたのと、なんか犬みたいになれるって思って変身して遊んでたら、服がなくなっちゃってて元に戻るに戻れなくなって」
「なんで犬に?」
「わかんない。なんとなくそんな気がするからなれるかな? って思ったらなれた。
で、遊んでたらモンスターっぽいのに追っかけられて逃げてるうちに元の場所がわかんなくなって」
「っていうか、これってあの時登録だけしたゲームだよね?」
「やっぱりそう?」
「どう考えてもね。あたしの時はスタート地点の神殿みたいなところあったし。
チェリだったっけ? チェリがいるってことは他のみんなも来てるのかな?」
「まだ会ってない?」
「うん、チェリが最初」
「ふーん」
元の世界での知り合いというか仲間に再会できたものの、だからと言って何? というのがよくわからない二人であった。