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旅の準備をしよう


「良く眠れたか?」


「ええ、おかげさまで」


 宿の食堂で女将に出された朝食をつつきながら、おはようから始まる何の気ない会話。


「じゃあ、食ったら早速だが出発だ」


「どこに行くんですか?」


「まずは、ミルカの着替えやら装備の仕入れだな。

 昨日も言ったろう」


「あたしお金ありませんけど?」


「それくらいは俺が面倒みてやるよ。

 そのかわり」


「そのかわり?」


「仮に道中で記憶が戻っても、ひととおりの巡回が終わるまでは一緒に着いて来て欲しい。

 もちろん安全は保障する。

 まあ、元々それほど危険な道程じゃないからな。

 魔の根源の復活が迫ってるのなら話は別だが」


「それって迫ってるんじゃなかったでしたっけ?」


「それを確かめる意味でもある。

 とりあえず、近くから順に回っていくぞ。

 ここより南にロザリヌってえ小さな村がある。

 だいたい歩いて2~3日だな」


「食事とかはどうするんですか?」


「それを仕入れるのも出発前の準備のひとつだ。

 まあ、俺に任せとけば問題ない」


 そこそこ固いパンを齧りながらキルスは言い放つ。


「おや、もう旅に出る話かい?」


 水を注ぎにテーブルにきたついでに女将が話かけてくる。


「ああ。こいつの記憶を取り戻すためにも、こんな小さな街で居座っているよりも、いろんな地域に出向いたほうがよさそうだからな」


 思わぬ発言にミルカはキルスを見る目が少し変わる。

 ちゃんと自分のことを気にかけてくれているのだろうか。あえて口には出さないところが奥ゆかしくて歯がゆいが。


「ほんとにいつもあんたはせわしないねえ」


 と女将さんが多少呆れたように首をすくめる。


「ま、近いうちにまた来ることになるだろうけどな。

 どうせそう遠くへ行くつもりはないから」


「気を付けて行っておいでよ。これからは一人の体じゃないんだし。

 戻ってきたときは、また是非ともうちに泊まりにきてくれよ」


 食事を終えて身支度を整えると女将に別れを告げて、二人は宿を後にした。




「さてと、食糧も買い込んだし、着替えもOK」


「その、魔法運搬袋マジカルキャリアって便利ですね」


「ああ、冒険者御用達のアイテムでな。

 普通はこれを手に入れられるかどうかで、冒険者稼業が続けられるか否かに関わってくる。

 普通に買おうと思えば目玉めんたまがとびでるくらいの価格だ。

 大抵はこれの入手を目指して金を溜めるが、ちびちびした稼ぎでは途方もない時間がかかる。で、ちょっと大物を目指して身の丈に合わないクエスト受けて、返り討ちにあってさようならってのがよくあるパターンだな。

 俺は運よく親父のお下がりを手に入れられたからよかったものの。

 これが無ければ重い荷物を持って旅をする羽目になる。

 だいたい、1人分なら、ひと月分くらいの食料やらなんやらが収納できるからな。

 さすがに食料の鮮度を保つことはできないから食事は質素な保存食がメインになるが、それくらいは我慢してくれ。

 で、あとは、ミルカの装備くらいだな」


「装備……ですか?」


 ミルカはあまり乗り気ではない。


「ああ、簡単な武装ぐらいは必要だろう。

 万一のために身を護るためにな。

 なじみの武器屋があるからそこへ行くぞ」


「武器なんていらないんやけどなあ」


「なんか言ったか?」


「いえ、なんでもないです」


 いくらゲームライクな世界だとはいえ、相手は質感を伴った魔物であり、昨日の戦闘でも目にしたが、魔物に攻撃すれば肉は削げるし血も噴き出す。

 案外とエグイグロイ光景を目の当たりにすることになる。

 完全に生命活動を止めると――つまりはとどめを刺すと――、素材の一部を残して魔珠と呼ばれる宝玉に変わるために、グロさは感じないからまだましだが。

 キルスの話では、運が悪ければ盗賊や山賊といった類に出くわすこともあるという。

 そう言った相手に――今の段階では魔物相手でも変わらないが――刃物なんかで立ち向かうだけの勇気はミルカには湧き上がりそうもなかった。


 とはいえ、キルスが自分のことを考えて用立てしてくれるのならその好意を受け入れるぐらいの度量はミルカには備わっていた。


「親父~、居るか~」


 こじんまりとした商店の戸をあけて、キルスが声を張る。

 が、しばらくしても反応が無い。


「ちっ、留守か。

 まあ、急ぐわけでもないし、すぐに帰ってくるだろうから、めぼしいもんがないか先に見ておきな。

 予算はそうだな……。

 武器と防具で、2000tBってとこか……」


「ちょっと俺はその辺ぶらぶらしてくるよ」


 ミルカは一人、無人の店内に残された。

 めぼしいもの……の心当たりもないままに、とりあえずきょろきょろと店内を見渡す。

 ちなみに、今身に着けているのは、ごく普通の布でできたズボンと、裾が長くてワンピースっぽい簡素なシャツだ。下着は元々つけていたものからこっちの世界の色気も減ったくれもないシンプルなものに変わっている。

 昨夜、宿の女将さんから貰った服はあれはあれで可愛らしく気に入っていたのだったが、冒険には適さないということで却下されている。貰ったものだから捨て去りこそはされなかったが、キルスの持つ魔法運搬袋マジカルキャリアの奥底に眠っていることだろう。


 で、武器にはさしあたり興味の湧かないミルカは、防具の棚を見ながらウロウロしてみるが、どれも武骨でかわいくない。

 もちろん、片田舎のさびれた武器屋にこじゃれたデザインの装備が置いていないというのもひとつの理由ではあろうが。

 実用性や機能性とそれなりの価格設定を考慮するとどうしてもシンプルで飽きの来ない、それでいて美しさの欠片もないという見た目に落ち着くのだろうが。


「ぴんとこおへんなあ……」とミルカが一人ごちる。


「なんだ? 客か? ひやかしか?」


 野太い声に振り返ると髭面の禿げあがった大男が立っていてミルカは怯む。


「えええ、ええと。防具とか武器とかを選んでまして……。

 予算は2000tBで……」


「客か……。

 この辺じゃ見ない顔だが、冒険者か?」


「登録とかの手続きはしてないんで、まだ冒険者とかじゃないと思うんですけど」


「なんのために装備が居るんだ?」


「えっと、この近辺の村とか回る旅を……」


「得意の武器は?」


「武器とかは使ったことがなくって」


「じゃあ、魔術師ってことか」


「そういうわけでも……」


 矢継ぎ早に繰り出される質問に次々となんとか答えていく。


「ふん。じゃあ、おめえさんに売るもんはねえよ。さっさと帰りな」


 武器屋の親父は冷たく言い放つ。

 ひょっとしたら、店の品を手に取り首を捻っては戻すという行為を見られていたのかもしれない。

 なんだか親父は機嫌が悪そうだった。


 それでもミルカは食い下がる。


「あの、お金なら……」


「まあ、2000もあればそこそこの装備は整うだろうよ。

 だが、武器は使えねえ、魔術もだめ。

 そんな奴が旅にでるなんて自殺行為も甚だしい。

 もうちっと金を溜めて、護衛の冒険者を雇うのが安全だろうさ」


 どうやら、口は悪いが親父はミルカのことを若干なりとも気遣ってくれていたようである。


「えっとお、一人で旅をするってわけじゃなくって。

 多分ちゃんとした冒険者の人に連れていってもらうんです。

 で、念のために装備を整えるためにお邪魔を」


「そいつは何処にいる?」


「ちょっと、出て行ってしまったんですけど。

 キルスさんという方で……」


 そこまで話すと親父は黙り込んだ。


「……、なんだ、あの野郎の連れか。

 ならなおさらだ。

 大して腕の立つ奴じゃあねえが、ここいらの魔物に後れを取るほどの野郎でもねえ。

 あいつがいるなら装備なんていらないんじゃないのか?」


「それは……、一応念のためというか、今後のためというか……」


「かといってな、嬢ちゃん。

 知らないかもしれないが、この世界で魔物と闘い抜くにはそれ相応の覚悟が居る。

 将来的に冒険者の上位を目指すんなら、神託職クラスを授かるために自分の方向性を見つけて伸ばしとかなきゃならねえ。

 剣で生きるために修練を積むか、魔術の才能があるか見極めてどっかの魔術師に師事するか。

 どういう方向を目指してるんだ?」


 やはり口は悪いが、親父はミルカの将来についてもなんとはなしに相談に乗ってくれようとしているようである。


「歌って踊れる……アイドル?」


「なんだそりゃ? 聞いたこともねえ」


「うーん。魔術師の一種なのかなあ。系統的には……。

 聞いたことありません?

 歌に神聖な力を宿してパーティをサポートするようなクラスとか?」


 実際には、ミルカは既にあの神殿で石碑に触れた段階で神託職クラスを手に入れており、それは『研修生』という。

 何をするのかさっぱりわからないクラスであったがなんとなく将来的に『アイドル』へとクラスアップしていけそうな初級のクラスっぽい。

 が、なんとなくそのことはキルスにも言いそびれているためにここで口に出すのもはばかられた。

 で、その選択は間違いでなかったことを示す反応が親父から返ってくる。


「そんなけったいなクラスはねえよ。

 クラスってのはな。神々からの贈り物だ。

 剣士や聖騎士、攻撃魔術師、補助魔術師とバリエーションは多いが基本的な種類としては数が知れてる」


「でも実際に……」


 と、数少ないレパートリーのまどろみの歌なり癒しの歌を披露しようかとしていた時にキルスが戻ってきた。


「おう、親父。

 早速で悪いが、こいつに適当な武器と防具を見繕ってやってくれよ」


「お前はいつも唐突に現れて……」


 とそのままキルスは店内をうろつくと、2~3の商品を手にしてカウンターに置く。


「防具はこんなもんでいいな。

 あとは武具だが……」


 と、ミルカの意思も確認せずに話を進めていく。


「革の籠手と胸当てか。

 こっちも商売だから、文句はいわねえがな。

 そんなもんは気休めにしかならんぞ」


「俺の手持ちじゃ大したもんは買えねえの知ってるだろ?

 それにミルカは、前衛向きじゃないからな」


「まあ、客の言うことにゃあ逆らえねえさ。

 で、武器はどうする?

 前衛じゃねえ、魔術師じゃねえ。

 そんな奴に売る武器はねえぞ?

 弓だって使いこなすには苦労するしな」


「そんな危ないもん持たして後ろに立たれちゃあ俺の方が戦闘に集中できねえよ。

 魔法は使えないにしても……。魔術師の系統だとは思うんだよなあ」


 キルスの印象でもミルカは魔術師の派生のようであった。


「ってことはロッドか。値が張るぜ?」


「まっ、見るだけ見せてくれ」


 親父は奥に引っ込むと手に木箱を抱えて戻ってきた。


「うちにあるのはこんだけだ」


 箱を開いてみせるとそこには、小ぶりな杖が無造作に積めこまれていた。

 キルスはそれを手早く仕分ける。


「これは……だめだな。こいつも予算オーバー。これは……よくわからんな……」などとぶつぶつ言いながら。


 結局残ったのはたったの5本だった。

 みな先端に小さな透明の石が組み込まれている。


「まあ、本来は魔術師の魔力を増幅するための装備だ。

 効果があるかどうかわからんが、持ってないよりはましだろう。

 一応打撃武器としても使えるしな。

 ミルカ、好きなの選びな」


 そういわれてもミルカにはそれぞれの違いがわからない。

 とりあえず一本一本手に取って感触を握り具合を確かめてみる。

 短いロッドはなんとなく元の世界で慣れ親しんだマイクのようでもある。


 ふと一本を手に取った時に、ふわっと全身を包むような暖かな気配を感じた。


「あ~、あ~、あ~」


 マイクテストよろしく、発声練習をやってみる。キルスも親父も怪訝な目で見ているがお構いなしだ。

 なんとなく喉の調子が良くなっているような気がしてついつい持ち歌のワンフレーズを歌おうとするが、どうにも歌詞もメロディも度忘れしたようで出てこない。

 仕方なく、癒しの歌を口ずさもうとしたところでキルスからストップがかかった。


「それくらいにしときな。

 それが気に入ったならそれにすりゃいい。

 親父、こいつは幾らだ?」


「ん? さっきの防具とあわせて18000ってとこだが……」


「そんなにするのか?」


 キルスが目を剥いて驚く。


「こいつに填められている魔珠はサイズは小さいが、あまり出回っていない特殊なやつでな。

 どの属性の魔術に対応しているかさっぱりわからねえから需要はねえんだが。

 希少なアイテムであることには間違いはねえから、安値では売り出してねえんだよ。

 たまたま安く仕入れたから、そんな値段で売りに出せるが、他じゃあ法外な値段がついてもおかしくねえよ」


「んなもん、無造作に置いておくなよ」


「うちは、武器と防具が専門だからな。ロッドの良しあしはわからねえ。

 鑑定するだけの知識のある魔術師なんてこの街にゃいねえし、やってくることもないからな」


「ってことだ。ミルカ。そいつは予算オーバーだ。

 他のにしな」


 そう言われても、ミルカはその名もなきロッドを大層気に入ってしまった。


「むうう」とうなりながら、ぎゅっとロッドを両手で握りしめる。


 それを見た親父は、観念したように、


「まあうちに置いておいても、仕方がねえ。

 気に入ったんなら持ってくがいいさ」


「えっ? いいんですか?」


 ミルカは瞳を輝かせて親父を見る。


「売るわけじゃねえぞ。レンタルってことでどうだ?

 他のロッドに乗り換えた時には返しに来てくれ。

 あと、そいつの使い勝手がわかったら教えてくれ。それが条件だ」


「ありがとう! 大切に使うよ!」


 これにて、旅の準備が整ったわけである。




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