とりあえず落ち着こう。
「歌で魔物を眠らせたり、傷を治したりなんて聞いたこともねえよ」
キルスはそういうが、結局のところ、事実は事実として受け止めるしかない。
その後の道中でも何度か魔物と遭遇したが、不確定要素だらけのミルカの出番はなく――いうなれば相手が雑魚だったからキルス一人で対応できた――、とぼとぼ歩いて近くの街まで到達した。
「とりあえず、獲物を換金して着替えの購入だな。
といっても、もう店は閉まってる時間か……」
ミルカは着のみ着のままトリップしたのでその格好は、スウェットパンツと紫のパーカーという派手ではないが少々目立つ格好をしている。
キルスは旅の最中で着替えを持ち歩いていたがサイズが合うはずもなく、他に選択肢もないままその格好で街まで到達したのだった。
人目は引くが、所詮デメリットはその程度。大して街を歩き回る予定もないため後回しにされた。
ミルカが連れられて向かったのはギルドというところだった。
なんとなくの雰囲気で伝わるのがゲームライクな異世界のいいところだ。
「あら、キルスさん?
いらしてたんですか?」
受付に居る眼鏡をかけた小柄な女性(貧乳)が、入るなり声を掛けてくる。
「ああ、今日戻ったばかりだ。
さっそくで悪いが換金を頼む」
キルスが渡したのは、小さな丸い石。この世界で魔珠と呼ばれるもので、店によってはそのまま通貨としても使えるが、その場合は相場より安い価値しかつけてもらえないので、換金して使うほうが一般的だ。
ちなみに、この世界の通貨は発音すれば『シュビー』という単位で、日本円の10倍くらいの価値がある。
1シュビーが10円。10円以下のものを買う場合はおつりは諦めるか、まとめ買いするか、そもそも10円以下のものは店頭に並ばないので然したる不都合は生じていなかったりもする。
閑話休題。
「また、せこせこと稼ぎましたね……」
「塵もつもればってな」
「それより、あの後ろの女の子は?」
「ようやく見つけた勇者……」
「まさか?」
「だったらいいんだけどな。
たまたま拾った迷子の記憶喪失だよ。
行くあてもないってんで面倒を見ることになった」
キルスの言は半分本当で半分嘘が混じっている。
キルスがそのうち現れると信じている勇者は、曲がり間違ってもミルカのような人間――年恰好や放つオーラという意味で――ではないと断言できるだけの理想と憧れをもっていたりする。
が、不可思議な能力を備え、それも勇者が降臨するというあの――現時点では誰も見向きもしない――神殿で力を得たというのであれば。
勇者本人ではなくともなにがしかの関連性を疑うのが人情だ。
できれば手元に置いておき、経過観察を行いたいというのがキルスの思惑でもあった。
そしてそれは、この世界で頼る所のないミルカの事情とちょうどマッチしていたために、ここに来るまでにキルスとミルカでとりあえず勇者さがしの旅を行うという合意がとれていた。
「へえ、彼女かなんかだと思った」
「馬鹿言うなよ、あんな乳臭ぇガキ」
ミルカは自身に投げられた雑言を聞かなかったことにした。
「冗談よ、親戚かなんかかなって」
「そりゃそうだろう。おれはアンちゃん一筋だからな」
「おあいにくさま。わたしにはちゃーんと心に決めた思い人がいますから」
「つれないねえ」
「にしても変わった服をきてるね」
「なんでもパーカーっていうらしいがな」
「聞いたことない」
「俺もだ」
などと、通り一遍の会話をしている間に要件が済む。
途中で奥から神経質そうな男が呼びだされなにか話をしていたようだが、それもすぐに終わった。
「待たせたな。それじゃあ行こうか」
と、連れられてきたのは小さな宿屋だった。
「俺のいきつけにしている宿でな。
部屋は狭いが、飯はそこそこ美味い。
何より値段が安いってんでまあ、それなりに……」
「そこそこで悪かったわねえ」
カウンターから宿の女将が目ざとく口を挟んだ。
女将オブthe女将という恰幅のいいエプロン姿のおばさんだ。
「訂正しよう。値段の割にはなかなか美味い」
「サービスなんていらないってわけかい?」
「飯の大盛り以外でサービスなんてされた覚えがねえが?」
それだけ言い返すと、キルスはミルカを指して、
「今日は二人分で頼む。
部屋は別だ」
「あら、可愛いお嬢ちゃんだねえ。
格好は変だけど……」
「あいにく店が閉まった時間にしか来れなくってな。
で、先に言っておくが……」
「言わなくてもわかるよ。
浮いた噂ひとつないあんたに彼女ができるわけないだろう?
それより、服が無いんだったらうちの娘のお下がりでよければ何着かは残ってるとおもうけども?」
「そいつは助かる」
とかなんとかあって、ミルカはとりあえず女将さんの部屋で着替えることになった。
「記憶喪失って大変だねえ」
「ええ、まあ」
「それより、これありがとうございました」
「いいんだよ。嫁に行った娘の服さ。
まあ、あいつと旅に出るんだったら少々動きにくいから買い直したほうがいいだろうけどねえ」
ミルカを包んだのは街娘エディションのエプロンドレスである。
サイズは少し大きいくらいで支障はないが、たしかに山道やなんかを歩くのには適していない。
それでもミルカはその服が気に入っていた。
元々コスプレには多少の興味もあり、また異世界を堪能するからにはそれにふさわしい衣装を……という思いからである。
「食事は共同の食堂で、だからね。
嫌いなものとかあるかい?」
そう問われても、ミルカは異世界の食事事情を知らない。というわけで、多分大丈夫ですと曖昧な返事を返し、酷いモノが供されても食べきる決意を固めたのだがそれは結局無用に終わった。
「そういうもんなんですか」
ミルカがキルスに相槌つ。
キルスが語るのは、彼が神から与えられたという――ひとりで言い張っている――役割についてと、この世界の根本であり、何もしらないミルカとしては聞きごたえがある話ではあった。
「この世界には四つの国がある。といっても俺達がいるリェイボゥは他の三国と比べると貧層過ぎて悲しくなるがな。
で、どういうわけだが昼間に出会ったあのような古びれた神殿はこのリェイボゥに集中してるんだ。
俺の知る限りで四つ」
「そのどれかに勇者が降臨するってわけなんですね」
お行儀よく真面目なんてその気になれば容易い御用のミルカは普段ついつい出てしまう関西弁を封印し、なんだかわからないけれどそこそこ美味しい異世界料理を食べつつも器用に話し相手をこなす。
「どれかとも限らねえよ。
全部にそれぞれ現れる可能性だってある」
「そういうもんなんですか。
でも全然人が居ませんでしたよね」
「元々、人の少ない地方だからな。
それにみんな平和ボケしてやがる。
挙句の果てには大国同士で戦争だなんだをおっぱじめようってくらいの生ぬるさだ。
勇者が降臨して世界を救ってしばらくはそれぞれ観光名所として栄えたらしいが、それももはや数百年前の話。
今じゃ通うのは俺くらいなもんさ。誰も見向きもしねえ」
そういうキルスの気持ちはわからないでもなかった。
キルス達が出会ったあの魔物。
それに帰路での魔物の出現率。
何かの兆しであるとキルスはギルドのお偉いさんに訴えたようなのだが相手にされなかったようなのだ。
「なんか大変ですねえ」
「まあいいさ。事が起こった時に、慌てりゃいい。
俺は俺でひとりで準備を進めるだけさ」
その準備というのは、これまでであればキルスの予感に従って、勇者が出現するかもしれない神殿や祠の類を見て回る。周りがてら手におえるレヴェルの魔物を倒すというその日暮らしの低級冒険者まがいの自分で勝手に定めた任務だった。
が、ミルカとの出会いで、多少は目的が変わった。
神殿にミルカを連れていくことで何かが起こるかもしれないという期待。
とはいえ、やることは前とそれほど変わらない。
一人旅が二人旅になるというだけだ。
ミルカも他に目的も保護者も居ないために、それに従うことに異存はなかった。