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歌うトリッパー


「時間稼ぎだと?」


 魔物と対峙し、その距離ももうわずか。視線を逸らせないキルスが剣を構えたままで問う。


「ええ、ほんの1分か2分でいいから!」


「それで逃げる準備が整うっていうのか?」


 ミルカはキルスの背中に向って決意を明らかにする。


「逃げるんじゃない。戦うんや。

 あたしにしかできない、あたしの戦いを!」


 逡巡するキルス。が、迷う余裕は消えかけていた。

 警戒して足を止めていた魔物であったが、相手が攻撃してこないと見てとるや、先制の意思を固めたのだろう。


 ゆっくりした歩調から、一気に速度をあげ、キルスに襲い掛かる。

 首をもたげて、首の根本まで割れた大きな口を開き、噛みつきにかかる。

 キルスはそれを剣で受け流しながら、サイドステップで距離を取る。


「くっ、防御してもこれだけのダメージか……。

 1分だと? それでどうにかなるんだったら!

 信じてやろうじゃねえか。

 だが、しくじったら末代まで恨んでやるからな!」


 キルスは決意を固めた。


 明らかに、己より格上の相手ではある。

 が、自分に与えられたのは勇者と共に戦うという神託職クラス


 いずれ世界を混沌から救う一助とならなければならない。


――ちっ、こんなことなら、勇者と出会う前にも多少ヤバい相手とっときゃよかったよ


「ありがとう!」


 奮戦する意を固めたキルスを確認すると、ミルカは姿勢を正した。


(あたしに出来ること……それは……)


 ゲームでのプロローグとは手順が違ったけれど。

 一人で世界を救う力には及ばないけれど。

 彼女にはこの世界で生き抜くために得た力があった。


「やわらかな~♪、ひかりの~♪ なかで~♪」


「なっ?」


 突然歌い始めたミルカにキルスは驚愕する。

 とはいえ、それに構っている暇も余裕もないのも事実。


 既に体力は半分を切っていた。

 なんとか直撃は避け、魔物の攻撃を逸らし、致命傷は避けているものの、徐々に削られているのは確かだ。

 約束の1分、いや2分、それまで持ちそうもない。


 とっさの判断で……というより、半ば想定していたとおりにキルスは腰に下げた布袋からとっておきのアイテムを取り出す。


「食らえ!」


 魔物に投げつけられたそれは、爆音を響かせて爆裂する。

 彼が旅の中で手に入れた時遺物ロストワンのひとつである。


『ぐぉぉるぉぉぉぉ!』


 魔物が悲痛な叫びをあげる。


 急所ともいえる魔物の顔面で炸裂したそれに、あわよくば致命の一撃を期待していたキルスだったが……。

 爆煙の奥から、以前となんら変わらないシルエットが浮かび上がる。

 良く見ると所々焼け焦げて、傷を負っているが。


「効いてな……い?」


 それどころか、不意の攻撃を受けた怒りに任せた魔物は、雄叫びを上げながらキルスに向って爪を振り、狂ったように攻撃をしかけてくる。


 二撃、三撃と打ち下ろされるそれをなんとか剣で受けながらも。

 ダメージは蓄積していく。


 とどめとばかりに魔物は大きなあぎとを広げとどめを刺そうと首を振り下ろす。

 キルスに躱す力は残っていなかった。

 もう駄目だ……。と心の奥で感じ、芯から諦めつつも、最後の矜持で目を見開く。

 魔物の首がゆっくりと、スローモーションのように彼に迫る。

 

 キルスの鼻先まで牙が迫り……。


 さすがの彼も目を閉じかけたその瞬間。

 振り下ろされた首の角度が、迫る方向が変わる。

 キルスに向ってではなく地面に向って……。


 どぉぉんと大きな音を立てるでもなく、ゆっくりと魔物が崩れ落ちた。


 当然、死まで覚悟していたキルスは安堵の溜息をつきつつも、目の前で起こった事態を説明づけようとする。


「まさか……。

 お前がやったのか?

 即死魔法……? 禁呪使い……」


「死んだわけじゃないと思う。

 眠ってるだけ。

 今のうちに逃げよう」


 ミルカはもちろん自分の為したことを理解している。

 披露したからには、説明をしないといけないことも。


 とにもかくにも、魔物の脅威から逃れることが出来た二人は、とどめを刺すでもなくその場を足早に後にした。


 というのも、キルスの攻撃力では弱点を突いたところで――弱点がどこかは明らかではないということはおいておいて――一撃で致命傷を与えることは叶わないし、手間取っていると魔物が覚醒するというピンチは継続しているのであったのだ。




「で? 説明してくれるんだろうな?」


 キルスが尋ねる。


「えっと、神降術スキルって言ったらわかるんかな?」


「ああ、武器による特殊な技の体系や、特殊な魔術。

 選ばれしもののみが仕える技術の総称だ」


「うん、それ。

 なんか、歌うことで特別な効果を発揮するっていうのがあたしに与えられたスキルみたい」


「歌うことで魔物に眠りをもたらしたと?」


「うん、まどろみの歌って言うらしいんやけどな」


「それはどこで覚えた?」


「さっきの石版に触れた時やけど……。

 なんとなく、頭の中に入ってきたって感じで……」


「よくもそれだけで……。

 ぶっつけ本番で使う気になったな」


 呆れるようにキルスが言う。


 それはミルカも自覚していた。

 アイドル候補生であったミルカは楽曲を覚えるのには長けているはずだった。

 それでも何度も聴き、聞きながら歌いということを繰り返してようやく自分のものにする。

 それとは異なり、あの時歌った『まどろみの歌』はいきなりミルカの記憶に侵入して根付いた感じがするのだった。


 さらに言えば、そういう歌を歌うことで力を発揮するという能力を得たということは自覚できても、キルスが言うようにそれを本番でいきなり使う――効果も確かめずに――のは自殺行為の範疇内に入ると言われても過言ではないだろう。


 それを行う気になったのは、さわりしかプレイしていないゲームのその後の流れを耳にしていたからというのが真相である。


 初期レベルでは到底勝てない岩蜥蜴ロックリザードに襲われ、歌の力で乗り切ると同時に、その時居合わせたNPCと行動を共にすることになるというのがゲームの序盤の流れだというのだ。ざっくりとした話を小耳にはさんだ程度であるが。


 NPCの名前までは聞いていなかったが、序盤のナビゲーター役を務める役割というのをキルスと重ね、そうであるならば、これは強制イベントに近く、手順を踏めば乗り越えられるというのが、ミルカの抱いた推測であり希望であった。


 それでも、この世界とゲームの関係性が明らかではない今の段階では博打には違いなかったが、勝算が無かったというまでの賭けではない。


 ついでに言うと、ミルカが逃避行動に出ようとしても阻害されたのもまた、強制イベントであれば逃げることは叶わないというゲーム的な縛りに起因していたのではないのか? というのが、あの行為に及んだ一因でもある。


「なんせ、上手くいったからね。

 結果よければ……やろ?」


「そういうことにしてやるがな。

 なんにせよ、あれほどの魔物が出現したってことは報告を入れなければならないだろうな……」


 言いつつも、薬草を獲りだして傷を癒そうとするキルスに、


「ああ、怪我の回復も任せて」


 と、同時に覚えていた『癒しの歌』を歌い始めた。

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